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何でもそうなんですけどね。シンプルに見ようと思えばシンプルに見えるし、複雑化しようと思えばナンボでも複雑化できます。
でも、複雑に見てしまうのも何らかの理由があるんですな。そこを読み解いていきましょうか。
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自己肯定感とは?と改めてお聞きしたいことがありネタとして投稿失礼いたします。
根本さんのご本やblogにて、自己肯定感について学ばせて頂いてる者です。
自分では自己肯定感が低いと思っていて取り組ませて頂いてたのですが、先日友人にむしろ高いのではないか?的な反応を受け、改めて自己肯定感とは?と考えています。
仕事で上手く行かないことがあり落ち込んだという話を友人にしたところ、
「自分のことよほど完璧に思ってるんだね。じゃなきゃそんなことで落ち込まないよ」
と言われました。
確かに、理屈では理解できます。
出来ない前提なら落ち込まずに受け入れて改善策に心が向かっているでしょう。
ですが…自分の心の反応のとしては、
「こんな簡単なことも出来ないだな自分は。。ほんとしょうもないなぁ。なんでもっと冷静に対応出来なかったんだろ…?」
というものだったので、やはり自己肯定感は低い?のではないかとも思えます。
ただ友人の理論で考えると
「私はほんとは出来るはずなのに失敗したから悔しい」ということになるのだと思います。
その立場でもう一度ミスを振り返ると、確かに「慢心」があったようにも思います。
「出来ない前提」が自分に心底周知されていたら、もっと慎重にことにあたったのではないかと。
ここまで考えて混乱して来ました。
出来ない前提があったから気もそぞろで、慌ててしまった気もするし、逆にどうにかなるとホントは楽観視してるところがあったから、雑さが出てしまったのではないかと。
自己肯定感とは、かくも複雑なものなのでしょうか…?
(Mさん)
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漠然と、あるいは確信をもって「私は何かから逃げてる」と感じている方、実は少なくないと思います。
向き合わなきゃいけない嫌なものから逃げてるように思えるんですけど、実はそれも罠。
ほんとうは幸せとか成功から逃げ続けているのかもしれません。
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YouTube単独ライブ配信お疲れ様でした!
コメントするタイミング難しくてひたすら観覧に徹してました。
ライブ配信聞いてても改めて思ったのですが、根本さんのお話を摂取すると囚われから自由になる感覚があります。
多分ガッチガッチの無意識の枷がある私にはもう手放せない常備薬です。
そんな有効成分が効いたのか、ふっと力が抜けていつもより自分を俯瞰して今見れてる気がします。
それで何というか、私の人生(というかとくにここ数年のこと)は、それが何か分からないけど、希望を求めて行動して、一つ一つ潰して行くような作業だなと思いました。
「あれはダメだった。そしてここもダメだった」みたいな。
格子にひかれたマスの中にマッキーでばつ印をつけてる自分の姿が浮かびました。
そして、今なかなか『詰んでる』状態なんだなと(笑)
でもここでふと、心の中のスーパーバイザー根本先生ならどう見るかな?と思ったら「いよいよ年貢の納め時で、問題と向き合う時」なのかもと思いました。
「外」や「行動」に答えを求めるんじゃなくて、自分の「内側」と「感情」に。
ライブ拝聴した後、更新されたblogの最新記事がスッーと身体に染み込んで来てそんな風に思えた気がします。
というか、その記事で根本先生が言われてたことそのまんまですね私が言ってることて(我田引水!笑)
ライブの中で「逃げる系男」の話があった時めちゃ共感しました。
わたしいつも逃げたくて。
で、時々自分は一体何から逃げたいんだろう?と思うのですが、まぁよくわからないままで。
逃げたい系の心理てどんななんだろう?と根本さんのお話で一度聞いてみたいと思いました。
それではいつも誠にありがとうございます。
新刊の「孤独本」拝読出来ること、とても楽しみです。
(Tさん)
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子ども時代から母親の面倒を見るなど誰かを背負ってきた人はそれが癖になってしまい、仕事もパートナーシップも背負おうとしてしまうものです。
でも、そうすると対等な関係って築けないし、結婚への抵抗も強くなりますよね。
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私は33歳の男です。
先生のライフワーク本のお陰で念願の自営業になれました。
ありがとうございました。
私には付き合って3年になる彼女がいます。
私の収入が月平均で30万を越えたら結婚する予定です。来年には達成出来そうです。
ですが時々迷いが出てしまいます。
私は以前からプレッシャーに人一倍弱く、会社で部下を持たされることに耐えられずフリーランスになった人間です。
彼女は今まで付き合って来た人と比べると自立的というかドライな性格で1番相性が良いです。
ですが時々とても怒ることがあり情け無い話ですが、そんな時は気が遠くなって心がシャットダウンする感覚になります。
自分はやはり結婚の責任など、増してや子供を持つことなどやり通せるなのだろうかと不安になります。
今日のことですが同業の友人と飲むことがあり店で呑んだあと酔い覚ましに近くの公園を散歩しました。
友人はかなり酔ってたのか私の肩にしなだれかかって来たり手を繋いで来たりしました(同性の友人です)
酔ってると思ったしとくに意味はないと思いされるがままにしてたのですが公園の暗い方へずんずんと歩いて行こうとするので、なだめてタクシーに乗せて帰らせました。
私は一駅だったので歩いて帰りました。
精神的に少し動揺してたからです。
大学の時も親しい友人と似たようなことがあり、その時は友人には明確な意志があったのですが、当時女性とも何の経験も無かった私は固まってしまって、それに彼は気を悪くしてキスをしかけてましたが、やめてふて寝してそれ以来何もありませんでした。
帰途を歩きながらその当時のことを思い出し、自分は別に嫌じゃなかったし今日も嫌じゃなかったと思いました。
大学時代の彼も今日の彼も背が高く体格が良いので中肉中背な私は同性としての憧れはあります。
じゃ同性愛者或いは両性愛者かと言えばそれとも何か違う感覚があります。
何となく確信としてあるのは、責任を取りたくないという感覚です。
同性ならそれが無いから楽で、そういう意味で嫌悪感がないというか。
また私は若干の女性への苦手意識があります。
それは母が依存的で情緒不安定な人だったので、必要以上に要求に応えなくてはいけないという意識とまた癖があります。
自立系武闘派の皆様にお怒り頂きそうな話ですがサンドバッグ資材くらいにはなるかもしれないと思い吐き出させて頂きました。
(Aさん)
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昨日のネタにも通じるのですが、私たちが表面的に人に接している部分から掘り下げていくと、悪い人/正しい/心の痛みと経て、最後は愛・親密感・才能の層に行きつきます。
この仕組みを知っていると対人関係やパートナーシップが読み解きやすくなると思うのです。
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人に見せている要素は「ウソ」の自分で、人には見せない、隠している要素が「ほんと」の自分なんて思っていませんか?
そう思っちゃう理由も分からんでもないですけれど、実は両方とも自分自身なんです。
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根本先生
こんにちは。
私は自己肯定感&自分軸向上に日々(毎日じゃないけど‥.)取り組んでいる一読者です。
取り組みはじめは楽しく前向きにウキウキと向き合えていたのですが、ここのところ自己対話したり、ふとした瞬間に見えて来る自分の本心があまりにネガティブで、ダウナー気味です。
今日聞こえてきた本音は「この先生きてもただ責任が増えるだけ」「今まで何度も前向きに舵を切りなおそうとしてきた」「でも結局根本は変わってない。これかも楽しいこと嬉しいことは表面的だ」
いつもそんなこと思ってるわけではないし、今までもましては人からはよく「楽しそうだね」と言われたり付き合って来た人達や今の彼にも「〇〇と居ると楽しい」と言われます。
でも、自分の中の真実味というか、ずっと変わらずあるのは上記のネガティブな想いです。
それを変えようとあれやこれやとして来ました。
表面的というか浅瀬では効果はあって、行動や選択を変えて来たので、人間関係や仕事も随分と楽に暖かく有難いモノばかりになりました。
だからこそ、自分の中の相変わらずの暗さに脱力しています。
一方わたしは、その根暗さがお金やライフワーク?になってる側面があります。
それについてはいまだどう捉えていっていいかわかりません。
表面的な明るさと、拭い難い根深い暗さについて、どんな心理構造があり、今後どう向き合っていけば良いのか、根本さんのお考えお聞きしたく失礼しました。
(Sさん)
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人間関係の断捨離は筆者も推奨するところなのですが、でも、職場の人など付き合いを完全に断つことのできない相手もいるものです。
そういうときは自分に素直にまずは素直になり、距離感を決め、その距離に合ったコミュニケーションをしていくのがお勧めです。
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白黒思考というか、ゼロか100かの情熱系?にありがちで課題に感じてるけど受け入れて開き直るって手もあるなと思案中です。
コロナ禍からじわじわと人間関係の断捨離と物理的な物品や仕事関係の断捨離をやってきました。
冒頭通り私は「やるか、やらないか。グレーはない。やらないなら徹底的にやらない。やるなら徹底的にやる、いややりたくなくてもそうなっちまうんだ!」という性質があります。
そんな調子であらゆる事象を捨てまくって、仕事は一社一案件(これももうフェードアウトしたい)人間関係は同棲の恋人のみ、服はアンダーウェア含め7着、本は全て処分(本関係の仕事なので執着があった)
そんなこんなで随分サッパリして、そしてそんなに淋しくもない。
(YouTubeやVoicy開けば根本さんが毎日発信くださってるし!ありがたや~)
でもここ数日、そんな私の防波堤を越えて連絡くれる危篤な人達が続いて、自分でも予想外にストレスを感じました。
(夜中うなされてたようで恋人が起こされたらしい)
また、私は好きな人もそうじゃない人もどうでもいい人も一律断捨離したのですが、防波堤飛び越えてくる人てのは、強引なタイプで元から好意的には思ってませんでした。
でもそういうバイタリティのあるタイプというのは、行動力や人脈を持ってるので恩恵受けた感謝とそして…損得勘定!笑で繋がってました。
でもそういう嫌らしい自分も微妙に嫌だし、真っ新になった土地に入ってくる人が特に好きでもない人ていうのが耐えられなくなってます。
でもこれからこういうふうに鬼畜生として我が儘に生きて行くには、好きでもない人には適した距離感で付き合う社会性みたいなのも必要だろうなとも思って、そう思えた時は自分の中に男性的?な力強さみたいなのがむくっと湧いてきます。
山奥で仙人になるわけでも無ければ自分を圧迫させない社交を身につけるのが1番現実的だと思うのですが、感情的にううう~~~!!となってしまいます。
人間関係の断捨離と社会生活について根本さんの意見お聞きしたい!
(Sさん)
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親密感への怖れがあると、好きになった人に近付くと相手のイヤなところが見えて距離を置きたくなり、でも、離れるとやっぱりいいところが見えて追いかけたくなるものです。
それを野良猫女子(男子)と呼んでます。
そんな野良猫属性な方々が幸せな恋愛をするためのポイントを解説します。
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根本先生、いつもお世話になっています。
「失ってから気づく」と「去るから追いたくなる」の違いについて伺いたいです。
私の恋愛でよくあるのが、
気になる人に自分からグイグイ行く
→相手が好意を持ってくれる
→恋愛として好きかわからない&この人のここが好きじゃないなどと悩む
→相手の気持ちが離れる
→やっぱり好きだったかもしれない、と苦しくなる
というパターンです。
相手の気持ちが離れた直後は、それまで悩んでいた相手の欠点はどうでもよくなるのですが、しばらくすると「やっぱりその欠点は嫌なんだよな~」という思いがぶり返します。
「でもやっぱり好きかも…」と堂々巡りを繰り返してしまいます。
これは去るから追いたくなってるだけなのか、失ってから自分の気持ちに気づいたのか、どちらなのでしょうか?
そしてこのパターンをやめるにはどうすればいいのでしょうか…(涙)
(Kさん)
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親密感への怖れがあるとある程度の距離までは早く仲良くなれるんだけどそれ以上は距離を縮められません。
そうすると他の子が相手とより近い距離に入ってしまって自分より仲良くなってしまうのです。
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根本先生、はじめまして。
最近、こちらのブログにたどりつき、自分が自立系武闘派女子だと自覚しました。
迷える子羊の話をどうか聞いてください…悩みを書き連ねてたら2万字を超えてしまったので簡潔に書きます。
・私→アラサー独身彼氏なし。父はモラハラ、母は過干渉の一人っ子。逃げる様に家を出て絶縁状態
・先輩→アラフォー独身男性。女慣れしてないみたいで、女性社員とはあまり喋るタイプではなかった。昔付き合ってた女性がお金目当てだったらしく、心に傷を負っているかも。ロックマン?
半年前に転勤→尊敬できる先輩に出会う→仲良くなる
→先輩、私のこと女として好きなのでは?
→先輩のことは好きだが男として好きかはわからん
→意識して私の態度が少しそっけなくなる
→先輩が会社で他の女性社員と恋バナをするように(街コンの女がどうとか)
→お前私のことが好きなんじゃないのかよ!とショックを受ける
→私への態度が仲の良い男の後輩に対してのそれになった気がする
→目が合わせられなくなる→先輩も話しかけて来なくなる
→他の女性社員と仲良くなってる
→あれはかつての私のポジションじゃないの
→負けじと私も他の男性の先輩と仲良くなる→悔しいし悲しいし心ぐちゃぐちゃ
全然簡潔じゃないですね!
嫌われたかも?と思い込んで関係性を壊してしまうのは私のあるあるなのですが、今回はどうなんでしょう。
業務のことでは話しますが、必要以上には話さなくなってしまいました。
さらに、相手が男でも女友達でも、最初は私が仲良くなるのにしばらく経つと他の子の方が仲良くなってる現象も私のあるあるです。
何もしてない子にポジションを奪われた感じ…
辛い、またこれか、悲しいです。
私が半年かけて培ってきたものがなくなってしまった気がします。
問題は自作自演なら、これも全て私の勘違いなんでしょうか?最初から全て勘違い??
特別意識?承認欲求?相手のNo. 1でいたいというか…。
ついでに、先輩とのSEXは想像できるけど、キスはできないのは何でなのでしょう…。
心の中ぐちゃぐちゃで毎日泣き暮らしています。
助言をいただけましたら嬉しいです。
(Mさん)
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「自分には価値も魅力もない。自分なんていなくてもいい」と思わせる無価値感。
しかし、その感情は本来自分が持っている魅力を隠すための都合のいい道具なんです。
もちろん、それが必要な時期があったからなのですが、大人になってもその道具を手放せないケースが多発しています。
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根本先生、こんにちは。
自立系武闘派女子とはつゆ知らず、がんばってムチ打って生きてきた結果、はじめてがんばれない状態になり、こちらに辿りつきました。
この数ヶ月、毎日心の支えになっています。
じぶんの感情に目を向けられるようになり、抵抗があったお恨み帳も最近書けるようになりました。
そこで行き着くのは、いつも無価値感です。
思えば思春期の頃から、いつもずっと、ひっそりと、それはわたしの中にありました。
家族にも友だちにも、特別嫌われたことってなくて、むしろ愛されていると思います。
でもなぜか、「わたしって、別にいてもいなくても変わらないな」といつもどこかで思ってきました。
嫌われはしないけど、かといって特別にもならず、わたしがみんなを好きなほど、みんなはわたしを好きではないなと。
たとえば、大事な報告がわたしにはこないとき、その時その人の頭にわたしが浮かばなかったことにさみしさをおぼえます。
中高は華やかな同級生に囲まれ、じぶんの影はうすく、色んなコンプレックスが確立しました。
家族仲はよいですが、犠牲心が強い母の顔色、姉よりも優等生であることに気を遣ってました。
勉強はできたのに就職ができず、学費を出してくれてる父には申し訳なさがありました。
でも、たくさん辛い経験をされた方に比べたら、わたしは環境的にとても恵まれていて、なのに感じる、この無価値感ってなんなのでしょう。
恵まれていることへの罪悪感とは、少しちがう気がするのです。
たくさん先生のブログを読み漁ってますがどうにもわからず、ネタになればと送らせていただきました。目についたら取り上げていただけましたら幸いです。
(Sさん)
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