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カウンセラーとの関係も人間関係のひとつであり、お互いが持つパターンが出やすいものです。それでトラブルになることもありますね。
また、そろそろこの関係は終わりにして、次に進んだ方がいいですよー!というメッセージでカウンセラーさんとぎくしゃくすることもあるんです。エネルギーのバランスが崩れたんですね。
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カウンセリングについての悩みです。よろしくお願い致します。
私は数年前から地元のカウンセラーさん(女性)のカウンセリングを受けているのですが、ずっと優しかったその方が、最近厳しいように感じております。
私が変われない・前に進めていないため、促す為に厳しくして下さるようになったのだろうと思うのですが、正直それが辛く、カウンセリングを続けるか迷ってしまっております。
安心出来る場所を失ったようで悲しい、自分は駄目だという気持ちが増している、という状況です。私が甘いだけなのだろうと思いますが、苦しいです。
この様な場合はやはり、カウンセリングは継続し、私が何とか頑張って努力して自分を変えるのが良いでしょうか。
情けない悩みでお恥ずかしいですが、ご回答頂けましたら幸いです。
(Yさん)
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例えば「話を聞くことが上手」という価値を知らず知らずで使ってしまうと、相手からディープな話を引き出したり、そんなつもりじゃなかったんだけど・・・という状況になったりしてしまいます。
だから価値を知らないって怖いことなのです。
そのお話と、どうしたらそれを正しく使えるかを考えてみたいと思います。
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根本先生、こんにちは。
既婚の30代女性です。
ブログやご著書で勉強させていただいています。
人とお喋りしている時に同じパターンを繰り返してしまうことについて、ご相談させてください。
女同士のお喋りで愚痴が出てくるのってよくあることだと思うんですが、私はそういう時に「なんでその問題が起きているんだろう」とつい好奇心から深いところまでぐいぐい質問してしまい、たぶん相手はそこまで喋るつもりじゃなかったんだろうなという部分まで喋らせてしまうことがあります。
それ自体はそんなに問題にならないんですが、そうやってぐいぐい聞いているうちに、ただの愚痴から本格的な相談モードに変わることがあり、そうなると、急にプレッシャーを感じてあたふたしてしまうんです。
人に助言ができるほど経験積んでないから大したことは言えない!どうしよう!でも相手は頼ってくれてるんだから何か言ってあげなきゃ!と無理してそれっぽいことを言って、後から無責任に適当なことを言ってしまったと後悔します。
また、相手にばかり深い話をさせて悪いかな?と気になって、別に聞かれていないけど自分の深い話もして、あんなこと打ち明けるつもりなかったのに…と後悔します。
そして、お互いに深い話をしたことで心の距離が急接近した感じがして、そのことにも戸惑います。
自分がぐいぐい質問したことが発端なのに、後始末が下手だなと思います。
ぐいぐい質問している時は自分軸だったのに、相手が相談モードになると急に他人軸になってしまうからあたふたするような気がします。
それを上手くコントロールできません。
昔は、こちらが聞いていないのにあまり親しくない人から重たい身の上話をされて、頭の中に危険信号が鳴り響き、距離をとりたいけどやり方が分からず、急に冷たくしてしまって罪悪感に苛まれるというパターンもあったんですが、経験を積んでそういう人からはフェードアウトができるようになりました。
子どもの頃、母の愚痴の聞き役で、母の感情に圧倒されて自分まで不安定になってしまうことがあったので、昔のパターンはそれが原因だろうなと思うんですが、今起きているパターンは他に要因がある気がします。
どうしたら、あたふたせずにいられるでしょうか?
(Mさん)
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子どもの頃から我慢を強制されてくるととにかく我慢することが癖になって何が欲しいのか、どうしたいのか分からなくなるだけでなく、心の中にどんどん怒りが溜まってしまうことになります。
それは「我慢=怒り」だから。
だから、脱・我慢のためにはこの怒りを解放し、その向こう側の本心にアクセスしていくことを目指すのです。
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初めまして。
いつもブログを読ませていただいています。
ブログでの的確なアドバイスを読み、何度も救われました。
ありがとうございます。
本日は、お恨み帳を書いていて、どうしたら良いのか分からなくなり、質問させていただきました。
私は過干渉ヒステリックおかんの元で育ちました。
親密感に対する恐れを持っており、後方待機部隊に所属する待つ女です。
両親に対する恨みを書いていたら、『我慢している自分』が出てきました。
それはとても強い存在で、ラスボスおかんと匹敵するぐらいの、ラスボス我慢が出てきました。
思えば私の人生は、ずっと我慢が隣にいました。
息をするのと同じくらい自然に日常的に私はずっと我慢をしてきたことに気づきました。
その我慢するクセは今も続いており、私の苦しみは、我慢から発生してるものが多いんじゃないかと感じています。
両親は私に我慢することを強制してきたんだ、どうしても我慢したくないことも我慢させられてきた、だからレイプされてるような気持ち(実際に性的なことをしてきた訳ではない)を感じたんだ、と腑に落ちました。
ただ、あまりにも当たり前に我慢してきて、今も些細なことでもすぐに我慢してしまい、それが自分の心と体を重くしてる、と分かったのですが、どうしたら我慢を手放せるのか分からなくなりました。
さっきスーパーに買い物に行ったのですが、そこでも当たり前のように買うものを我慢していました。
それも何度も。
あまりにも当たり前すぎて、我慢に気づかないくらい……。
我慢が隣にいすぎて、どうしたら良いのかわかりません。
どうにか我慢を手放したいです。
よろしくお願いします。
(Nさん)
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ラスボスおかんとよく呼んでいますが、母との関係はその付き合いが誰よりも長い分だけ様々な影響を与えてくるものです。
特に「癒着」は自立系な生き方をしているとすっかり隠れていることも多く、自分ではなかなかその存在に気づけません。
だから、頑張ってるのに報われなかったり、燃え尽きそうになったり、各地でトラブルに巻き込まれたりしちゃうのかもしれません。
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立て続けに「母との関係」に注目したカウンセリングをしていまして、これはみなさまにも当てはまるのでは?と思い、シェアさせていただくことにしました。しかもセミナーまで企画してしまいました。
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◎東京/オンライン:3/20(金祝)13:00-17:00 母がしんどい問題~母と娘の関係を終わらせ、自分の人生を生きる4時間~
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例えば、バリバリ仕事をこなして管理職になった筋金入りの自立系武闘派女子。
でも、心の中には常に「空洞」があったようで、仕事での成功は彼女を満たすものではありませんでした。
それで以前より(本人はあんまり自覚してないんだけど)プレイガールになって、常に複数の男性をキープする状態になってたんですよね。
そして、その恋愛は「支配的」なもので、相手が自分の思い通りにならないと猛烈に「不安」が噴き出てしまうパターンを持っていました。
私は「なぜそんなに強い不安感を持っているのだろう?」と思ったんです。
そこで浮かんできたのが「母」との関係でした。
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セクシャルカウンセラーの右京みさほさんと5,6年ぶりにライブしましたっ!
こんなにも空いてたのね!と不思議な気持ちになりましたけど、「たしかにこういう感じだった!」ということを思い出しながら頂いたご相談にお答えしていきました。
また次回開催も予定しますので私のブログやSNSをチェックしてみてください!
ちなみに今日もまたFacebookライブで「究極のセックス」と題したトークライブをしますので良かったら私のFacebookをチェックしてみてください!
トークライブのアーカイブはこちらからご覧いただけます!
https://www.instagram.com/p/DU3F6-SkpKs/
お答えしたご相談!
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ちゃんとがんばったし、責任も果たしてきたのに、なぜか心が満たされない。それは頑張りが足りないのではなく、「何を基準に頑張ってきたか」がズレているからかもしれません。
評価や期待に応えることを優先するうちに、本当に大切にしたい価値観が置き去りになっていることがあります。
報われなさは失敗ではなく、基準を見直すサインです。それについて考えてみましょう。
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これまでの人生、手を抜いてきたわけじゃないですよね。
むしろ真面目にやってきましたよね。
ちゃんと考え、ちゃんと努力し、逃げずに向き合ってきましたよね。(そりゃ完璧には向き合えてないけど。)
無責任な選択もしていないし、人のせいにしてきたわけでもないですよね。
それなのに——
・なぜか、満たされない。
・成果が出ても、どこか虚しい。
・「これでよかったのか?」が消えない。
そんな“報われなさ”を抱えている人は、実は多いのかもしれません。
カウンセリングでもそのような話をよく耳にするものです。
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心の世界では何が正しくて何が間違ってるかということはあんまりなく、感情もただ存在しているだけのものなので難しく感じてしまうものですね。
だから執着を感じているならば、その対象全部を手放そうとすればいいですし、御恨み帳もその対象に対して感じる気持ちをただ書き殴ればよい、というこれまた難しい回答になっちゃうものです。
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突然のご連絡失礼いたします。内容の都合上、長文となってしまいますことをお許しください。
「もう傷つきたくない あなたが執着を手放して「幸せ」になる本を拝読し、多くの気づきをいただきました。ありがとうございます。
一点、自分なりに考えても整理しきれない部分があり、ご意見を伺えましたら幸いです。
私は現在お付き合いしている方がおり、その方が格闘技をされています。
競技の性質上、他の男性と接触する場面があることに対して、私の中で嫉妬や不安が生まれてしまいます。
それでも相手を大切に思う気持ちや、関係を続けたい気持ちは変わりません。
ご著書の「執着を手放す」という考え方に照らしたとき、この場合に向き合うべきなのは
・相手そのものへの執着なのか
・自分の中に生じる嫉妬心への執着なのか
・あるいは関係の持ち方や距離感なのか
判断に迷ってしまいました。
そして御恨み帳について、解釈に迷っている点があり、ご質問させてください。
私の場合、
・特定の相手(恋人)に対する感情
・その相手に向けて生じる嫉妬心
・相手が行っているレスリング
という行為これらが絡み合っており、御恨み帳に書く対象を「人」に向けて書くべきなのか、「自分の中の感情(嫉妬心)」に向けて書くべきなのか、あるいは「出来事や行為」に向けて書くべきなのか、判断がつかずにおります。
御恨み帳は、どのような対象を想定して書くのが本来の使い方なのか、ご教示いただけましたら幸いです。
もし差し支えなければ、どのような視点で考えるのが適切か、簡単でも構いませんのでご教示いただけましたら幸いです。
お忙しいところ恐れ入りますが、どうぞよろしくお願いいたします。
最後になりますが、本書に出会えたことで、自分の感情や執着の捉え方を見直すきっかけをいただきました。
このような気づきを与えてくださったことに、心より感謝しております。
今後も先生のご著書を拝読し、学ばせていただきたいと思っております。
(Tさん)
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