今起きているできごとは「本当の自分」を知るための情報源だから、その心理を掘り下げていくことで「本当の自分」に出会えるようになるもの。

遠距離恋愛だったり、アンダーグラウンドだったり、病気だったり、無職だったり、今起きていることは「結果」に過ぎません。
それを作り出す要素は「過去の自分」にあるわけです。
だから、その結果を読み解くことで「本当の自分」が見えてくるのです。

数年前から根本先生のアンダーグランドネタが刺さりまくっています。
彼氏もいるけど、セフレ(既婚者)もいる独身31歳です。
彼氏(バツイチ)は職場で出会い付き合って6年。遠距離。年齢は一回り以上年上。セフレとも遠距離ですが数か月に1度会っています。(関係を持って1年半)
今の彼氏が初めの彼氏で、初体験の時自分の性欲が覚醒しました。
2年前、数回職場の男の子と関係をもってしまい、現セフレにそれをネタとして話したのをきっかけに体の関係に。(連絡もまめで相性がよくてお互いハマる、でもやっぱり不倫は苦しい)寝るだけのために往復6時間以上かけて会いに行くこともしばしば。
恋愛経験が少なかったためすっかりアンダーグラウンドにはまってしまいました。

そんな矢先、婦人科系の疾患が発覚し手術を行ったため療養中、無職、実家ぐらしです。
彼は結婚にこだわりがないため前に進むには自分の決断=逆プロポーズしかありません。
女性として子供を産みたいという気持ちもありつつ、まだ女性として扱われたい自分がいて、セフレとの関係を断つこともできず、、、

病気を期に、結婚、出産、安定した仕事も何もなく無価値観や罪悪感。まわりへの劣等感がすさまじいです。
人目を気にしすぎた決断回避癖が今の自分の状況を作り出していることは自覚しています。
望む未来は関係に白黒つけることだとわかりながら、決断することができずにいます。
こんな自分に一喝またはアドバイスいただけると幸いです。
(Nさん)

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自分軸が確立されてくると「自己中では?わがままでは?前より依存的になったのでは?」などと思うようになるものです。

自立ってのは実は他人軸な状態で、ひとりで何でも背負い込で、ひとりで何とかしようとする姿勢を表します。
そこで自分軸を確立し始めると、今まで背負い込んできたものを人に任せ、ひとりで何とかするよりも一緒に解決していこうとか思えるので、弱くなったような、依存的になったような、そして、わがままになったような気がするのです。

根本先生、こんにちは。いつもありがとうございます。
自分は自分だ!人生楽しむぞ~と意識してから、主に恋愛で不満が出ることが減ってきました。
例えば、彼から返信が遅いことに「はよ返せや!」と思うことが減ったり、行動から推測して「私が喜ぶことをやってよ!」とイライラしたり悲しくなったりすることが減りました。
返信速度に関しては、彼を好きな理由に返信速度は関係ないし、彼にはその能力がないんだろうな~、私は彼の返信速度に関係なく連絡したいときに連絡しよう、となったからだと思います。
鈍感さについては、私と同じレベルで気遣いをするのは自武女以外には難しいだろうし、彼の鈍感さ(気付かないでいてくれるところ)にたくさん救われてて、好きなところと紙一重だなと思えたからです。

今は、
・聞きたいことは聞いてみる
・やりたいこと、欲しいものはやりたい、欲しいと言ってみる
・彼への不満・欲求は、なるべく「どうしてそう思ったのか」自分の中で腹落ちさせてから理由付き(こう思うからこうしてほしい)orどういう効果があるのか(喜びの舞を踊るくらい私が幸せになるよ等)の説明をして、お願いしてみる
などを実施しているのですが、ふとこれは自分勝手になっているのでは?と思いました。
今までの自分では考えられないほど、自分中心に行動しているというか、やりたくないことはやらなくなってきてるし、気分で行動しているし、相手の様子をあんまり伺っていないような、、。
自分軸と自分勝手・自己中はどう違うのでしょうか?
また前よりも人任せにしたい~(実際人に任せてる)、と依存が出てきてしまっている感じがします。依存と自立のバランスのとり方があれば教えてもらえたら嬉しいです!
(Nさん)

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父の最期の一言は何を意味していたのでしょう?~女であることの罪悪感が作りだす癒着と主従関係について~

両親からそんなひどい目に遭ったにもかかわらず、両親に尽くしてしまう、両親を助けに行ってしまう、というのは、意識的には「義務感」だったり、「放っておけない」だったりするかもしれませんが、潜在的には「癒着」という心理状態で、それ以外の選択肢を持たないケースも少なくありません。

いつもお世話になっています。

50代自営業。
女の子が要らないという考えを持つ家長女に生まれ、祖父から虐待を受け両親の愛に飢え、親戚の力を借りて育ちました。

二十歳で結婚し2人の子供に恵まれましたが、夫のモラハラに耐えかねて離婚。
子供2人を育てながら起業し再婚するも夫の度重なる浮気に耐えかねて離婚。

2回目の離婚を機に過去を振り返り、自分を癒し自分を愛することに専念しました。

お恨み帳もたくさん書きました。
両親、祖父母、元夫たち…
すべてを許せるまでは無理でも、それぞれに対して何かしらの感謝ができるようにはなりました。

3度目の結婚を望んでいるわけではありませんが、愛する男性と健全なパートナーシップを築いてみたいという願いがあります。

2度目の結婚生活の途中で、家を捨てて出て行った弟の代わりに生活に困窮した両親の暮らす地に戻って援助しはじめました。

早々とリタイアした自分勝手でわがまま放題の父と、いつも私に対して上から目線で物を言う母にうんざりしながらも頑張ってきましたが、私が離婚をしてすぐ父が病に倒れ入退院を繰り返し最終的に自宅で看取りをしました。

その間、弟はほとんど顔も見せず妹だけが手伝いに来てくれました。
父は妹が来ると喜んでパート帰りの妹に「仕事帰りか。お疲れ様。えらかったな。」と、頭を撫でたりしていました。

毎晩、母が入浴する時間は苦しんだり意識が朦朧とする父のそばに私がついていましたが、手を握ると振り解かれ…頭を撫でてもらうなんてことは一度もありませんでした。

そしていよいよ死期が迫ったある夜、夢と現実が混ざったりしている様子の父が私の顔を見ながら嘲るように笑いながら「あほや」と言いました。

父は私に対して言ったものでなかったのかもしれませんが、あのときの感情はどう表現していいのかわかりません。
恐怖のような憎悪のような…
いま思い出すのも苦しい出来事です。

男性への恨みや憎しみを手放せるようになってきていた私に新たな呪いをかけられたような気分です。

この傷を癒す方法があれば教えていただきたいです。
(Tさん)

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人生ってほんとうに何が起こるか分からないし、何が起きても不思議じゃないですよね。

「もうダメだろう」「離婚しかないだろう」みたいな状況が逆転しちゃうことって案外珍しくなく、予想外の展開を迎えることなんて日常茶飯事です。
となると、やはり自分らしさを追求していくことが一番大事なんだろうな、と思うようになりまして、今日はそんな「へー、そんなことあるんだー」という事例を紹介できる範囲でお伝えしようと思います。希望にしてもらえるとうれしい。

今日は心理学の話というよりも、それをぶっちぎってしまってるようなコラムをお届したいと思います。

「まあ、ふつうに考えれば無理だよね」と思われることが「ふつうに起こる」のが人生なんだろうと思うんです。

「え?そんなことって起こるの?」というお話をこの20数年の間にいくつも耳にしてきました。

その結果、「何が起きても不思議じゃない」という思いを持つようになったんです。

そんなネガティブな話ってみなさんの人生にも起きてきたかと思うのです。

突然彼に別れを告げられたり、信じてた夫が浮気したり、突然会社がうまくいかなくなったり、いきなり借金背負わされたり、大切な人が突然亡くなってしまったり、大きな病気にかかってしまったり、事故に遭って入院することになったり、等々。

でも、当然その裏にはポジティブなできごとだって起こりうるわけですね。

「人生は小説より奇なり」という言葉がありますけれど、ほんとその通りだな、と思いますし、「一寸先は闇」ってネガティブな意味で使われますけど、ポジティブな意味でもほんとそうだな、と思うのです。
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「自己犠牲」のパターンを手放すと「与え上手な人」になる。

自己犠牲がパターンになると苦しくて、辛い上に、恨み辛み憎しみが増えていくものです。
しかし、自己犠牲ができるということはそこに素晴らしい価値や才能がある証拠でもあるので、犠牲の部分を上手に切り離していけば、与え上手な人になり、苦労せずとも欲しいものを手に入れられるようになるのです。

根本先生初めまして。
最近ブログに辿り着き、本も何冊か読ませていただいてるところです。

私は35歳で独身の女です。
自己犠牲を払って人を恨むパターンと親密感と身動きが取れなくなる恐怖が結びつくパターンを持っててめんどいし怖いから緩めたいのでネタになってあわよくばヒントを・・・

母がブログでよくでてくる天職を得た自武女タイプで父も忙しいですが強靭な自分軸があるタイプです。
私は多分姫かお嬢かなと思います。
帰宅してからもお互いの仕事の愚痴や改善策を相談していて戦場の野営地みたいだなと思っていました。
金銭的に困ったことはなくて、いざという時には頼りになります。
でも忙しいので下のきょうだいたちの日々の悩み事を聞いたり励ましたりは主に私がしていました。(あと母のも)
人間にはそれが必要だと思ったんですけどあてにされるようになり、ずっとその役割から抜け出せず、逆に自分には精神的な支えが感じられず不登校になり鬱っぽい時期もありました。
自力で回復しましたが今もそこに戻りそうになるときもあります。

両親はなにかにつけて私に感謝を示してくれますが、ずっとお腹の底に恨みを持っていて、いつか何か酷いことを言ったりやったりしそうで怖くて、きょうだいたちがみんな独り立ちしたタイミングで近場に一人暮らしを始めました。

自己犠牲を払って、発言権を得てコントロールできると学んでしまったのかなと思うのですが、仕事をしていても、自分がひどく忙しいとか辛い状況でないと居心地の悪い感じがしてることに最近気がつきました。
自ら辛くなりにいって全部嫌になってしまうところがあります。
評価されると会社に取り込まれて身動きがとれなくなる怖さが湧いてきます。
人と関わるのも苦手で、同じような怖さがでてきます。

暗・・・この暗さが嫌で笑!
どっから手をつけたらいいものか被ってるかもですが、ネタになればうれしいです。
(Nさん)

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清楚で真面目な自分と、女風を使うエッチな自分、子どもの頃の抑圧された気持ち、そのつながりを解いてみる。

下ネタに走りそうで意外とくそ真面目な心理学を語る日です。
そこまでゴリゴリの心理学ってわけじゃないですが、「表」と「アンダーグラウンド」の一例として参考にしてもらえればと思います。
抑圧して育つと、その反動も大きくなりますし、でも、たぶん、その間ぐらいがほんとうの自分なんだろうね、という話です。

根本先生こんばんは。
お弟子さんの長期プログラムやコーチングにお世話になりながら自分を見つめ直している30代前半の自武女です。

最近、性について気になることがあります。
私はオナニーをしていて、その時に出てくる言葉が、子供の頃の自分の言葉だと感じることがあります。
オナニーをしながら「もっと私のことみて」と言うことがあります。
母親にもっとこっちをみてもらいたかったのだなぁと。
(母親は父親が大暴れしていつも泣いていたから泣いてないで私をみてよと感じていた)
「かわいい、綺麗ってもっと言って」
(親にかわいい、綺麗、大切などと言われたことがない、言われたかった)
はたまた、付き合った人にはオナニーをみてほしくやっぱり「私のことみて」の気持ちなんだなぁと思います。

最近は女性用風俗を利用しています。
最初はこういう人たちになら「私のエッチな所をみてといっても大丈夫かも」「お金を払ってかわいいって言って貰えば気持ちはおさまるのか?」と思いましたが気持ちいい、楽しい、一瞬満たされる、刺激的ではありますが核心には辿り着いていません。
一般昼職のくせにそんなものを利用する自分に罪悪感もあります。
両親、私ともにくそ真面目な家庭と性格らしく、性の話は1ミリもありません。
私自身も清楚でエッチと無縁そうなイメージが付きまとい、しかし自分ではエッチが大好きなもう1人の自分がいて、世間には内緒でエッチな自分を飼っているような気持ちです。
清楚で真面目な自分とエッチな自分、エッチな時にでる言葉は子供の時の気持ち、風俗利用の罪悪感、なにか深ーい繋がりがございますでしょうか…?
ネタにしていただけると幸いです。
(Nさん)

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幸せになることを「遠慮」してませんか?

「お母さんのことが大好きだから、お母さんが幸せになったら自分も幸せになっていい」
そんな思い込みを持っている方、意外と少なくないんですよね。
そうして幸せになることを遠慮している自分がいるのです。
だから、頑張って幸せになろうと思ってもなぜかうまくいかなくなるのです。

表向きは「幸せになりたーい!どうして幸せになれないの?」と思っているのだけど、ちょっと心の内を覗いてみるとこんな思いが顔を覗かせてびっくりすることがあるもんです。

「お母さんが幸せになったら自分も幸せになっていい」
「自分が幸せになってしまったら周りの家族を置いてけぼりにしてしまう」
「自分は一番最後でいい」

幸せになることを遠慮する心理、という奴です。

まあ、気持ちはわからんでもない、と思われる方も少なからずいらっしゃると思います。

その一方で、「うーん、自分は違うな。誰に遠慮することなく自分は幸せになる!」という“思い込み”を持っている方もいますが、やっぱりそこを崩してみれば「おかんに遠慮してる」という驚愕の事実に気付いたりします。

逆に、もし幸せでないのであれば、もし望みが叶っていないのであれば、「自分は誰に遠慮しているのだろう?」と探ってみるのも一興かと思うのです。
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