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平和主義者は争いを好みません。自分さえ我慢すれば丸く収まるなら、平気で我慢します。
そうして人に合わせ、自分をあまり出さず、基本的に肯定してくれるので安心な相手です。
けれど、何を考えているか分からないし、ヤバくなったらすーっと回避しちゃう平和主義者は実は頑固者で怒ったら怖いんです。
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「平和主義」という心理があります。
別に反戦運動に参加し、、、、というわけではなく、
・争いが苦手、嫌い
・自分が我慢すれば丸く収まるなら我慢する
・人に迷惑をかけるくらいなら嫌なことも我慢する
・揉め事が起こらないように相手に合わせる
・反対意見があっても述べずに、その場を流そうとする
・常に周りの空気を読んで争いにならないように配慮する
・意見が対立している場合は折衷案を何とか絞り出す
・揉めそうなときはピエロになるなどして場を和ます
・相手の言葉を否定せず、同調する
・ヤバい状況になったらその場を離れる
・誘いを断らなければならないときは罪悪感がすごい。
・相手の気に障らないように慎重に言葉を選ぶ
・周りに神経を使い倒すので、一人の時間が必要
・一人になるとドッと疲れる
みたいな感じ。当てはまるところ、ありますでしょうか?
もしくは、みなさんの周りにそういう人はいませんか?
そういう背景があるので、周りから見ると「事なかれ主義」とか「回避型」として見られることもあります。
また、特に尖った発言とかもないので存在感が薄く、それに悩む人もいます。
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哲学的な命題っぽいテーマなのですが、自分が持っている才能に私たちは案外振り回されてしまうもので、時にはそれが「消費されてしまう」ということもあるんです。
野球の才能があるからと酷使されて肩を壊しちゃった高校球児、みたいな。
だから、才能というのはちゃんと守ってあげる、大切にしてあげる、その中で育てる、磨く、というのが大切なんです。
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こんにちはりりです!19歳学生です^ ^
私は幼稚園時代からずーーーーっと浮いて生きてきて周りと馴染めずに邪険にされてどんどん本来すごく明るい分病みまくって負のオーラを出して生きてきました。
しかしずっと自分でどうしてこうなの?って思い自分なりに原因を調べまくるっていうことを中1くらいからやり出して高二で根本さんに出会いました。
今まで何を言われても腑に落ちなかったもやもやがようやく言語で表現されてそこから狂ったように毎日毎日いろんなサイトを見てたらそしたらあら不思議ってかんじでそっから一年足らずで自分の苦しさが全部人生経験として昇華できちゃいました。びっくり。
そこから後輩たちのスーパーカウンセラーとして、というか誰に対しても仕草や行動、口癖、トーンを見るだけでその人の性格と心理パターン、悩みと過去の出来事を聞くとその人の問題の本質、大事にしてる価値観、認知の歪みがすぐわかるようになりました。
あまり自信を持てない私でもこれは断言できるくらい自分には才能があるんだと思わざるを得ないくらい他人からのウケというかびっくりされることが増えたんです。
なんでか安心するとか、相談とか秘密をいうのは私にだけだとか、そういうその人にとって心の弱い部分を渡して委ねてくれるようになったんです。
その上でどうしたらいいか一人一人向いた方法でアドバイスをしてうまく行くっていう経験をしていきました。
まじでうれしくて、この力がきっかけでようやく人と馴染めていけるようになりました。
そこからやっと人間関係の感覚を掴んで、自己肯定感もあげて本来の自分で誰とでも仲良くなれるようになりました。
なんですけど普通の人と馴染めていけば行くほどその私の力が少しずつ弱くなってる気がするんです。
この力は私にとって必要なもので人のことを知りたい、助けになりたい、心を全部明け渡してほしいっていう欲求のために必要だし私の大事な一部で体的に言うとどんどん触覚が鈍くなってるみたいな感覚で失いたくない気持ちが強いです。
でもこの力に頼らなくても自立して自然体で楽しく生きるほど、それを必要としなくなって使わなくなって、苦しい気持ちの感覚を忘れていって分からなくなっていくような感じがして…今では使おうって思わないとうまく出てこなくて日常的に使うのはもう厳しいところまで行ってます。
本当に嫌だし怖いしこれを失ってしまったらわたしじゃないって思うくらいなんです。
それくらい大事なのに。分からなくなってく。力不足を感じることも増えてる。みたいな感じです。
一応今でもまだ他の人の反応はこの力を出したら圧倒されてる感じなんですけど、いろんな大人の人にも認められてて、学校の先生に全然心理学とは関係ない学校なんですけどカウンセラーになってみたら?すごいよほんとにって言ってくださってます。
でも自分的に納得いかないことが増えています。
それと同時になんか次の段階に来ててもう少しで最後かもって思います。
まだ解決できてないこともあるんですよね。分析した自分の心理パターン的に。
話を戻すと失いたくないっていうのもしかしたら回答をいただいたらそのままで大丈夫っていう回答が来るかもしれないんですけどわたし的にんーだよねーって感じるんですけどやっぱ嫌!困る!!!!って思います。笑
やっぱかわいいけどちょっとこういうギャップも必要じゃないですか!笑スパイス的な?だからなるべく失わない方法でアドバイスいただけるとうれぴーでーーーす!!!!!お願いします
(りりさん)
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騒音問題なんて他人が起こしてる問題なのですが、それを無意識(潜在意識)の投影としてとらえることもできます。
何かしら邪魔者が現れるパターンはないか?自分自身の内面で自分の成長・成功を邪魔する感情がないか?あるいは、自分自身の価値や成功をもっと受け取った方がいいんじゃないか?いろんな見方ができるのです。
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いつもお世話になっております。
4月に個人セッションを受けた後、少しずつ自分の価値を受け取れるようになり、気持ちが楽になりました。あれからずっと憧れだった思いもよらない人からお仕事がもらえたり、さまざまなチャンスに恵まれ、自分でも頭が追いついていけないくらいです。いつも本当にありがとうございます。
ただ、仕事は順調なのに、自分のメンタルや体力が同じように右肩あがりになっていかないのです。
それどころか、去年結婚して理想の住まいを手に入れたと思ったのに、引っ越してきた下の階の住人の騒音に悩まされ不眠症にまでなってしまいました。
この騒音に悩まされて不眠、というのは私が社会人になって一人暮らしをしてからというもの、毎回のように繰り返されるパターンで、どこに引っ越しても安住の地はないのか?と絶望しております。
今の家の前の家でも騒音で苦しんでいました。
管理人に相談、警察を呼ぶ、自分でできる範囲のことはやっていますが、現状泣き寝入りするしかないような状況で歯痒いです。
やっとこれからだ、という気持ちを「またか」という既視感のある障害でへし折られ、絶望的な気持ちになっています。
仕事をガンガンしたいのに、日中ずっとぼーっとしてやる気が起きず、もどかしくて悔しい日々です。
この「またか」というパターンはどうしたら抜け出せるのでしょうか。
引っ越し以外のアプローチはあるのでしょうか。
根本さんのネタ提供には相応しくない内容かもしれませんが、心理の面で私にできることや原因があれば教えていただけましたら幸いです。
暑くなってきましたのでお身体ご自愛ください。
(Rさん)
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体に出る症状というのは心の中でも深い領域にある問題を示していて、必ずしもその問題を自覚しているかどうかは定かではないんです。
だからもっともっと女子なのかもしれないし、気づいてないところで女性性を傷つけているのかもしれないし、そこは深掘りしていかないと分からないんですよね。
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根本先生、こんにちは。
以前にリクエストや本の感想を送らせていただいた者です。
先生のブログに、婦人科系疾患は「あなたは女性だよ」というお知らせです、と書かれていたので、そのことについて知りたいです。
昨年、子宮筋腫と診断されて現在は経過観察中です。
自分は生まれたときから女だと、何の疑問もなく思ってきたのですが「女性であることを受け入れている」とはどのような状態なのでしょうか。受け入れていることが分かる具体的なあり方や行動はありますか。
私は昔から男性や恋愛にあまり興味がなく、興味を持つのが苦痛なのですが、その点も関係があるのでしょうか。
ヒントをいただけたら嬉しいです。
(Mさん)
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平和で争いごとが好きじゃない人でも実は心の内側では戦っているのかもしれません。
思い通りにならないできごと、うまくできないこと、自分のルールに反することに対して「敵」を作っていませんか?
時にそれは「正しさ」を用いて正当化しようとするのですが、でも、そこには争いが起きているのです。
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喧嘩している相手がいるとしたら、そいつを敵にして戦っているわけですし、会社の待遇に不満を持っているならば、あなたは心の中で会社を敵だと思っているわけです。戦っているかどうかは分からないけれど。
思い通りに行かなければ、それを邪魔した奴らはみんな敵なんです。
赤信号も敵だし、なかなか進まないレジの行列も敵だし、賞味期限が切れた納豆も敵になるのです。
職場にもいっぱい敵がいるかもしれません。
仕事が遅い後輩や、決断力のない上司、ちゃんと自分を評価してくれない人事部、意見を急に変えるクライアントなど。
時には自分の体が敵になることってありませんか?
運動不足でちょっと階段ダッシュしたら疲れちゃったら両脚が敵になることもありますし、病気になったらやっぱり自分の体を敵とみなします。
“闘病”って言葉があるくらいですから、病気は敵に違いはありません。
100点取っても全然褒めてくれなかった父親も敵だし、自分の思いを押し付けてくる母親も敵だし、勝手なふるまいをしているパートナーも敵になることがあるでしょう。
そう見ていくと周りは敵だらけです。
誰も味方がいないように感じます。
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誰もが持つ暗黒時代(黒歴史)ではありますが、その時代が苦しくてつらかったからといってないことにするのは難しい、、、というか、もったいないものです。
その時代があったからこそ得られたことって何もなかったわけではないでしょう。
それにその時代の自分がなんとか耐えて頑張ったからこそ、今の自分があると思えたら、感謝の気持ちも湧いてきませんか?
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根本先生、こんにちは。
先日は個人セッションありがとうございました。
ライスワークを探しながら、占いの勉強に邁進しております。
今日はそんな中で起きている「今の私」と「過去の私」の葛藤について、相談させていただきたいです。
頑張って自分を解放している今の私(A)が成功し出すと、今までの我慢していた過去の私(B)が拗ねるというか嫉妬するというか。「結局そっちの私がいいんだね」みたいな「抑圧して我慢して苦痛に耐えてきた私ってなんだったの?」というBからの声が聞こえてきます。
今までの自分(B)を見捨てるような気持ちになって、Bに対して、申し訳ない気持ちになります。
私は正直、Aのほうが好きです。ずっと、なりたかった自分。
自分の気持ちに正直で、人と話すのが好きで、考えるより行動する、活発な自分。
Bは、Aな自分を押し殺すための仮面で、生きにくい社会を生き抜くための処世術でした。
Bになることを周りから求められた。学校とか親とか。しょうがなかったけど、でも、本当はAでいたかった。
だから、Bな自分は捨てていきたい。忘れたい。
でも、Bも私だから、「捨てたい」と思われていることに傷ついている。
「まわりから愛されたい」「捨てられたくない」という気持ちがBを生んだのに、結局、私自身にも捨てられてしまうの?と、やるせない気持ちになります。
Bな自分でいるのは苦しいです。不安で仕方ないし、空気は読んでしまうし、機嫌を伺わずにはいられない。必要とされたい。誰か私を必要としてほしい。
本当の本当は、こんな重くて面倒くさくて不安が強い私でも「そのままで大丈夫だよ、だいすきだよ」って抱きしめてほしい。きっと、他でもない、私自身に。
Aな自分もBな自分も、まるごと愛していくためにはどうしたらよいのでしょうか。
(Iさん)
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どうやら私たちは自分の中にある魅力に価値を感じないようにしていて、自分にないと思っている魅力を追い求めているようなところがあります。
でも、少し視座を上げてみましょう。
そもそも私たちは存在自体に価値があるわけです。それを感じられないから、「きれい」とか「優しい」という魅力に惑わされてしまうのかもしれないのです。
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カウンセリングなどで魅力や価値の話になると「うれしいですぅ~♪」と素直に受け取ってくれる輩はあんまりおらず、フリーズする、「それはそれでいいんですけど、こっちが・・」と話題を逸らそうとする、「いやいやいやいやいやいや」と全力で否定しに来る(←これは最近は少ない)、「えー、全然そんな風に思えないんですけどほんとうですか?」と疑う、といった反応が示されます。
もちろん、「カウンセラー人生=魅力を受け取れない奴らとのセッション」なので、「なぜ魅力や価値を受け取れないのか?」を研究して26年ってことになるのですが、今回は「そっかー、自分が持ってる魅力を魅力だと思ってないのか―」という説についてお話させていただこうと思います。
よく「優しい人は優しくするのが当たり前なので自分が優しい人だとは思っていない」という話をさせてもらってます。
そこにさらに「優しい人はその優しさを当たり前のことだと思っているので、自分の優しさに価値を感じていない」という話を付け加えさせていただきたいわけです。
なんだか禅問答みたいな表現ですけれど。
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