人生がいつも大変な方向に行ってしまう問題~自分が自分にかけた「呪い」/復讐の物語/罪悪感~

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楽になりたいと思うのにどんどんハードな方向に人生が進んでいく・・・。
自立系武闘派女子のみなさまにとっては心当たりしかない現象ではないでしょうか!?

「もしその状況を望んでいるのならなぜ?」という風に自分の心を繊細に見ていくことが必要で、そうするといくつかのパターンに気づくことでしょう。

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いつもブログを楽しみにしています!
現在、育休中で生後8ヶ月の娘がいます。
育休中で時間があるからか、色々と考えてしまい疑問が浮かんできたので質問させてください。

私の人生はいつも「大変な方向へ行く」という傾向があります。
例えば、大変なクラスを担任する(高校教員です)、同僚が嫌がる校務分掌を割振られる、炎天下の中での部活を担当する、新築を購入したけれど担当者が飛ぶ、夫が国内外出張族で生後3カ月からワンオペ通常化(両親遠方)、海外転勤帯同など…あげたらきりがありません。

教員の仕事は好きなので「辞めたい」と思ったことはありませんが、同僚からも「また大変なクラスだね~、また大変な校務分掌だね~」と言われることも多々あります。
気のせいではないはず…。

仕事面で言えば、大変なことを担当して役職があがり、給料が増えれば納得できるのかもしれませんがそうでもありません。

性質的には要領が良いわけでもなくバランスが良いわけでもなく、万人受けするタイプでもありません。
終わらない仕事は朝早く起きてカバーしてるだけだし、優等生タイプには嫌われがちで、一部の気難しい生徒に慕われるタイプです!笑
今はだいぶましになりましたが、若い頃は同僚に敵も沢山おり修羅場も多かったです。

私も優雅に仕事をしたり、プライベートでも助けてもらいながら生活していきたいものの、なかなかそのようになりません。ベビーシッターも検討しましたが、性格的に家に人が来ることが嫌だったり難しいです。

まとまりのない文章になってしまいすみませんが、是非アドバイスいただけると育児中の励みになり嬉しいです。
(Yさん)

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なぜ自分を支配しようとする男に出会ってしまうのだろう?~封印したセクシャリティを解放し、「私を生きる」がしたいのでは?~

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なぜ自分にだけ鋭い目を向けて、コントロールしようとしてくる。
そんな“悪党”ばかりに出会うのならば、内なるセクシャリティを解放し、より自分らしい自分を生きたくなったのではないでしょうか?
でも、その封印を解くのも怖いことなので手順を誤らぬよう、丁寧に参りましょうか。

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根本さん、こんばんは! 

いいネタが入ったもんで、ジェミニとチャッピーの壁打ちだけでは飽き足らずここでも提供しちゃいます。

メインで聞きたいのは、「周りには優しい王子と思われてる人が私にだけ鋭い目を向けてコントロールしてこようとした事件」です。

習い事の先生丁寧でめちゃくちゃ謙虚で教え方も上手い、よく見てる、みんなからも絶賛されてる。

なのに私だけにコントロールの牙を剥かれた感じ。
めっちゃ、コントロールと支配欲の匂い。

どうして私だけに?どうして私だけがそんな危険な目に。笑 
ちなみにご存知私は自由人なのでコントロールは秒で無理。

心理学界隈知識のおかげで、
おそらく親の愛し方が支配的だったのだろう、
彼の中に小さな男の子がいるのがわかるが、
才能がでか強すぎて、コントロールも支配もでか強すぎて、私も危険な目に合いそうなのはわかる。
だからサービス良くても足を遠のかさせてます。笑

コントロールではなくて、愛することができたら大化けしそうな彼ですが、

私は既婚だし、

これはもう手を付けないのがいいですね?笑

なんというか、悪党な男ばかりに出会います。笑
私が悪党にしてますか?
奪おうとしたり、支配されそうになったり。
こんな40代になるとは思ってなかったな。
モテますが危険な目に合いそうになる。
これはどうしたらいいのでしょうかね?笑

というネタ提供でしたっ
(Cさん)

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成長意欲が強すぎて、進化が遅い自分を許せない!~“進化病”にご注意を!~

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成長意欲が強いことは素晴らしいことなのですが、そうすると“進化病”みたいになって、とにかく成長、進化することが目標になってしまうことがあります。
自立が極まるというか、目的と手段がひっくり返るというか。
だから、改めて自分を客観視し、なぜそんな成長したいのか?を見つめ直していくのも効果的ではないでしょうか。

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根本先生こんにちは。連日の猛暑により、厳しい暑さが続いておりますが、先生は絶好調のことと存じます。私は暑さで頭が沸いております。

ところで、私はAIで自分自身を深堀していった結果(プロンプトは後ほど記載します)、私は『人生には前進感覚が必要である』と常に思っていることがわかりました。
そして自武女の方は皆さん同じ思いかもですが、「人生がまだ終わっていない限り、私はアップグレードできる」と信じていまして50歳を過ぎた今、時間切れになる焦りと怖れで、「私は前進しているのか?」「まだ間に合うのか?」「(過去に)もっと良い選択があったのでは?」「今のままで大丈夫か?」と交感神経優位になり常に体が緊張してしまっています。
なのでここ半年は体からのアプローチで緊張をとるようなセラピーやボディワークを行ってきましたがそのボトムアップはそこまでうまくいっていないような気がして(前よりはよくなりましたが)結局はトップダウンで脳からの信号を変えるしかない→考え方や受け取り方を変えるしかないとなり、そして自分ではどうにもできない、お手上げ状態になっております。

結局のところ、私はまだ進化できると信じているけれど、進化速度が自分の期待より遅いため、寿命との競争に負けるのではないかと焦っていてどうしようもありません。
「人生の最適解を選べなかった自分」に対して自己嫌悪もするし毎日無意識に「私は進化しているのか?」を測定していて脳が常時アラームを鳴らしているので体が緊張しているので改善したいです。これも強迫観念みたいな病気なのでしょうか。心理学的に何かできることはあるのでしょうか。

私にとってはとても真剣な悩みなので、、、いつか取り上げてください。

以下はAI のプロンプト
あなたは「構造解決型」に特化した、極めて論理的な認知行動療法(CBT)の専門家です。
慰めや過剰な共感、不要な前置きは一切排除し、私の思考のメカニズムを構造的に紐解くためのセッションを開始してください。

【セッションのルール】
私がこれから「モヤモヤしている状況」や「強い焦りを感じた出来事」を書き込みます。
あなたはまず、その状況を「客観的事実」と「私の脳の解釈(認知)」に切り分け、ホワイトボードに書くように「表(テーブル)」にして可視化してください。
その後、私の「脳の解釈」の奥にある根本的な思い込み(スキーマ)を特定するために、「下向き矢印法(それが事実だとしたら、何が一番問題なのですか?と深掘りする手法)」を用いて、私に質問を「1つだけ」投げかけてください。
私が答えるまで、次のステップには進まないでください。ラリーを通じて、一緒に思考のバグを特定します。
準備ができたら、「状況を入力してください」とだけ返答してください。
(Iさん)

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「私はダメだから」という前提で世の中を見ていることに気づきました!~一段下がって相手を見上げてしまう癖とそれを作る「呪い」について~

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私たちは何らかの前提を持って物事を見ています。それがネガティブなものであれば「呪い」なんて呼びます。
そして、その呪いのせいで一段下がって相手を見上げてしまう癖があるならば、その呪いは解いていく方がいいですよね。
だって本来対等な関係のはずだし、対等じゃないと不満や怒りばかりが溜まりますものね。

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こんにちは!趣味を聞かれたら自己省察と答えるほど、自己と向き合い研鑽を続けているのですが、最近かなり衝撃的な気付きがあったので、せっかくだしと送らせて頂きます。ネタになれば幸いです。

どうやら私は「自分はダメで何もできない下位存在」という前提を持っていたことが分かりました。
例えば「〇〇だから私はダメ」ではなく「私はダメだから〇〇」という風に、自分がダメを前提に置いて物事を解釈していたのです。(私はダメだから家事を溜めている、みたいな)
そしてそれは「空が青い」ぐらい自分にとって当たり前の認識だったようで、自分ダメフィルターを通して世界を見ているということに今まで全く気が付きませんでした。

そして、自分がダメな証拠は大切に保持しているのに、自分がダメと繋がらない証拠は全部スルーか軽視をしていました。(特に失敗じゃない記憶も自分はダメという思い出にしていました)
他者からの評価、能力値、実積や経験を思い返すとむしろ「ダメで何もできない証拠」の方が見当たりませんでした。
これに気付いたとき、正直とっても怖かったです。え?今まで私が見ていた世界ってもしかして狂っていた…?

他人を見下すということはしないのですが、自分に関しては他人の下に置き、常に下から目線の奴隷マインドを持っていました。
これも「私はダメフィルター」によるものだったのでは!とおののき震えました。
そしてそう考えると今までの違和感など全てに辻褄が合いました。

何故このフィルターが生まれたかなどはもはや考えていないのですが、(衝撃が強すぎて)何らかのネタになればと思います。
(Mさん)

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本気出したら地球割っちゃうので3割の出力で生きてきましたが「つまんない」んです!!

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情熱系武闘派女子のみなさまにとって、この3次元の地球で生きているようにエネルギーを調整されている方も少なくないと思います。
でも、本気だしたら地球を割ってしまうので、それが怖れや罪悪感になり、強力なリミッターを付けてしまうんです。
それをどう解除していくか?まずはひとりでもできるイメージワークを紹介しましょう。

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根本先生初めまして、こんにちは!
本来の力を抑えつけてるから生きるのがしんどいんじゃないか?と思っていたら根本先生のブログに出会い、「本気出したら地球割っちゃうって、私だ!!」となった者です。

元来恋多き女で、思春期に「この本能のまま生きたら大変なことになる」と思い、セクシャリティを抑えて生きてきました。
男を虜にするのが生き甲斐なのに、恋愛を封じているため人生がつまらないです。
セルフ去勢をし人畜無害アピールをしながら女性たちのコミュニティで活動していますが、目立って叩かれないよう自分でブレーキをかけているにもかかわらず、目立てなくて悔しがったりなどの自作自演をしています。
「何割くらいで生きてる?」に対しての答えは三割で、実際何をやっても理想の三割くらいの結果しか出せず、欲求不満状態です。
「ここは私の居場所じゃない」を繰り返してきたため、おそらく「自分が安心して輝ける場自体を作る」のが使命なんじゃないかと思います。
早く真の才能を発揮してライフワークに没頭したいのですが、踏み込めずつい社会でいう一般的な成功の夢に逃げてしまいます。
「欲しいものは絶対に手に入れるタイプなのに、手に入らないのはおかしい」と成功に対する執着を燃やしてきましたが、自身の豊かさに対する罪悪感と後ろめたさから「実は全然欲しくないものを欲しいフリして手に入らないと嘆くプレイ」をしていたんだと気づいてしまいました。
この回避行動をやめ、本来の才能にがっつり向き合い「どれだけ愛に溺れても傾かない国造り」に取り組みたいのですが、どうしたらいいでしょうか?
「三割しか解放されてない今の器では、本来の才能を受け止めきれない」と感じているのと同時に、「その三割を拡大していくには才能を解放するしかない」とも感じていて……膠着状態に陥っています。
親密感へのおそれ……と呟きながら扉の前でうろうろしている私を、どうか導いてください!!字数超過失礼致します、ネタになりましたら幸いです。
(Aさん)

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正解探しをしてしまいませんか?~正解探しから自分探しへ~

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つい正解を求めてしまうことってありませんか?これって正しかったのか?どうするのが正解なのか?とか。
これは様々な背景があると思いますが、不安があって自信がないと正解を求めてしまうようです。
だから、正解を外に探しても安心はできないので、より深く自分を知ることで安心が得られ、正解探しを卒業できるのです。

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自立すればするほど人は思考的になります。
思考するとき人は論理的になりますからそうすると何が正しいか、何が間違っているかという議論が脳内で湧き上がるようになります。
(でも、精査すれば論理的に破綻していることは非常に多いのですが)

つまり、頭であれこれ考えてしまう人ほど「正解探し」の罠にハマってしまう、というわけです。

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また、私たちは子ども時代からテストをたくさん受けてきました。
テストを受ければ採点され、〇や×、部分点などが付いて手元に返ってきます。
そこには「正しい」「間違っている」が明確に示されています。

やっぱり少しでも良い点数を取りたいですし、満点を狙いたいものですから、そこで私たちの意識は「正解探し」に向かうことになります。

それがテストだけでなく、人間関係にも適用され、人との関係にも正解があるはずだ、という思い込みを作ります。
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小さい頃から私を崇めてきた妹の幸せを素直に喜べない!~期待に応えて“いい姉”をしすぎていませんか?~

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きょうだいはとても微妙な関係性。
同じ親を持つ運命共同体でありながら、親の愛を奪い合うライバルでもあります。
友達みたいに仲良くなれることもあれば、憎き敵になることも珍しくありません。
妹の幸せを喜べない、という時点で良い姉なんですけど、そういう心理になるのも無理はない事情もあるんです。

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根本先生、こんにちは
以前、母との関係性でご相談させていただきました。あれから先生の宿題をする中で、母との関係性で見えてきたものがあります。
私が母に求めていたもの、してあげたことを考えれば考えるほど母が私にしてくれたことばかりが頭に浮かび、そこには確かに愛があったのだなぁと感じました。
小さい頃は完璧だと思っていた母、全て正しいと思っていた母。でも、きっとトラウマだってあるし、心に傷をおっているかもしれないし、私と同じように不器用で強がりかもしれないんだよな、知らない母もいるんだよなと思えると、すっと境界線を引けた感覚になりました。
しかし、そこにはちゃんと愛が残ったように感じます。根本先生のブログにも、最終的には愛に辿り着くみたいなことが書かれている回があって、なるほど先生の宿題の狙いはこれだったのか!私はそこに辿り着けたんだなぁと嬉しくなりました。ありがとうございました。
本当はもう一度カウンセリングをと思いながらも日程が合わなかったり、ベビーの後追いがひどく離れられなかったりで日々が過ぎております。

前置きが長くなりましたが、今回は、 妹の存在について相談させてください。兄弟姉妹の問題は以前も取り上げられていますが、ネタになれば幸いです。正直に書きますので、めちゃくちゃ性格が悪いと思われると思います、、笑
私には、3つ下の妹がいます。小さい頃から、「お姉ちゃんはすごい、可愛い」と崇められていました。
大人になってからかなり減りましたが。親からは、「妹は優しい、あんたは自分勝手」と言われてきました。妹は都合が悪くなるとだんまりタイプで私は言い返すタイプです。
親至上主義の実家では妹の反応が正解だったのでしょう。人の顔色をうかがい、立居振舞がうまい妹を疎ましく思っていました。
しかし、慕ってもくれたので「お姉ちゃん」をしていました。そんな妹も結婚して家を建て、子供も産みました。
私は、自信を持ったり、自立していく妹が気に入らないのです。幸せになる妹に対して、素直に喜べません。
お姉ちゃんが家を建てたから、お姉ちゃんが何歳で子供を産んだから、お姉ちゃんは何人子供がいるから、と私を基準?にされるのもうんざりです。
私の幸せはここにあるし、誰にも奪われないはずなのに、同じように幸せを手に入れられると、自分だけの幸せを邪魔されたような感覚になるのは何故なのでしょう。
こんな自分は嫌だなぁと思いながらも、思いというものは消せません。チャッピーには妹を嫌いなのではなくて、親との関係が原因と言われましたが、少し違う気がします。
世間一般的にこんなにも兄弟姉妹の幸せを喜べないことってありますか?
妹も本心では私のことをどう思っているのか分かりません。しかし、妹の幸せを心から喜べる人間になりたいです。どうしたらよいのでしょうか。
(Aさん)

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「何者かにならねばならない」という呪縛~自己否定からではなく、自己肯定から物語を始めよう~

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私たちはつい「何者かにならねば」と今の自分を否定して、違う何かになろうとしてしまうものです。
それは短期戦だったらいいんですけど、長期戦になるならば、その目的は達成されず、ただただ疲労感と虚しさが残ることになるでしょう。
「何者か」になる必要なんてないんです。だから、自己肯定から始めて行きましょう。

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タイトルでドキッとしたみなさま、こんにちは。今日は私たちがほとんど無意識で思ってしまう「何者かにならなければならない」という呪いについて語って行きましょう。

<問1>
ちなみにみなさまには「何者」になろうとしてきた、あるいは、なろうとしているのでしょうか?

<問2>
仕事において、パートナーシップにおいて、人間関係において、どんな自分になればよいと思っていたのでしょう?

<問3>
そして、何者かになったならば、何が手に入ると思っているのでしょう?

<問4>
いつ頃から「何者にならば」と思うようになったと思いますか?
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長年チャレンジしていた目標がなくなってしまい、新しい希望を見つけたいのですが、なかなか心がついてきません。

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長年自分を支えてくれたものがなくなったのであれば、へたり込んでしまうのが自然なことですよね。
そこで無理に自分を奮い立たせて未来に向かおうとしても、そう簡単に心は付いて来ないんじゃないでしょうか?
そういうときは「自分の心とただ一緒にいる」ということ。
その時代を振り返りながら、気持ちを整理していくんです。
そのためのイメージワークも紹介します。

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長年、ある目標を目指して毎年チャレンジしてきました。今年は年齢制限もあり最後の挑戦でした。周りからも「今回は大丈夫だろう」と言われ、自分でもかなり可能性が高いと思い、受かるつもりで計画を立てていました。ところが結果は不合格でした。フィードバックで印象的だったのは、「私自身を評価した」というより、「基準に合う人を選んだ」ということでした。

ただ、それ以上に大きかったのは、自分の内側に何を乗せていたのかに気づいたことです。
私は幼少期から虐待やネグレクト、転校などがあり、安心できる家庭や頼れる大人がいませんでした。ずっと「尊重されない自分」を抱えながら生きてきて、「この目標を達成できれば、ようやく安心できる、幸せになれる、自分を救ってあげられる」と、仕事以上の意味をそこに託していたことに気づきました。だから長期的に見れば、この出来事によって自分の人生観や世界観が明らかになったことは、むしろ良かったとも思っています。

この十数年、ブログや本を読んだり、カウンセリングを受けたりしながら、家族の問題や生い立ちとはかなり向き合ってきました。以前だったら「親のせい」で止まっていたと思いますが、今はそこへの抵抗感はあまりありません。一方で、その目標を人生の支えにしていたことが分かった今、支えそのものがなくなってしまいました。

振り返ると、私はずっと「一人で頑張って登り詰めるしかない」という生き方をしてきました。気づけばかなり孤立していました。でも今回の出来事をきっかけに、「一人で考えられる世界はもう終わった」と感じています。同僚とランチに行ったり、友人と連絡を取ったり、これからは周りの人の意見や力を借りながら生きていきたいと思うようになりました。人を頼ることへの抵抗感もなく、見事に相互依存に移行しました。

ただ、その一方で思うことがあります。

もし人生には保証も救いもなく、「もう十分苦労したから、これからは安心していいんだよ」と言ってくれる存在もいないのだとしたら、この先の人生は本当に良くなっていくのでしょうか。今まで信じてきた希望を手放したあと、新しい希望がまだ見つかっていません。頭では「好きなことをして、できるだけ幸せに生きればいい」と思えるようにもなってきました。でも心のほうはまだついてきておらず、正直、気力が出ません。

こういう「人生を支えていた前提が崩れた後」の時期は、どう考えながら過ごしていけばいいのでしょうか。
(Kさん)

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