正解探しをしてしまいませんか?~正解探しから自分探しへ~

つい正解を求めてしまうことってありませんか?これって正しかったのか?どうするのが正解なのか?とか。
これは様々な背景があると思いますが、不安があって自信がないと正解を求めてしまうようです。
だから、正解を外に探しても安心はできないので、より深く自分を知ることで安心が得られ、正解探しを卒業できるのです。

自立すればするほど人は思考的になります。
思考するとき人は論理的になりますからそうすると何が正しいか、何が間違っているかという議論が脳内で湧き上がるようになります。
(でも、精査すれば論理的に破綻していることは非常に多いのですが)

つまり、頭であれこれ考えてしまう人ほど「正解探し」の罠にハマってしまう、というわけです。

また、私たちは子ども時代からテストをたくさん受けてきました。
テストを受ければ採点され、〇や×、部分点などが付いて手元に返ってきます。
そこには「正しい」「間違っている」が明確に示されています。

やっぱり少しでも良い点数を取りたいですし、満点を狙いたいものですから、そこで私たちの意識は「正解探し」に向かうことになります。

それがテストだけでなく、人間関係にも適用され、人との関係にも正解があるはずだ、という思い込みを作ります。
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小さい頃から私を崇めてきた妹の幸せを素直に喜べない!~期待に応えて“いい姉”をしすぎていませんか?~

きょうだいはとても微妙な関係性。
同じ親を持つ運命共同体でありながら、親の愛を奪い合うライバルでもあります。
友達みたいに仲良くなれることもあれば、憎き敵になることも珍しくありません。
妹の幸せを喜べない、という時点で良い姉なんですけど、そういう心理になるのも無理はない事情もあるんです。

根本先生、こんにちは
以前、母との関係性でご相談させていただきました。あれから先生の宿題をする中で、母との関係性で見えてきたものがあります。
私が母に求めていたもの、してあげたことを考えれば考えるほど母が私にしてくれたことばかりが頭に浮かび、そこには確かに愛があったのだなぁと感じました。
小さい頃は完璧だと思っていた母、全て正しいと思っていた母。でも、きっとトラウマだってあるし、心に傷をおっているかもしれないし、私と同じように不器用で強がりかもしれないんだよな、知らない母もいるんだよなと思えると、すっと境界線を引けた感覚になりました。
しかし、そこにはちゃんと愛が残ったように感じます。根本先生のブログにも、最終的には愛に辿り着くみたいなことが書かれている回があって、なるほど先生の宿題の狙いはこれだったのか!私はそこに辿り着けたんだなぁと嬉しくなりました。ありがとうございました。
本当はもう一度カウンセリングをと思いながらも日程が合わなかったり、ベビーの後追いがひどく離れられなかったりで日々が過ぎております。

前置きが長くなりましたが、今回は、 妹の存在について相談させてください。兄弟姉妹の問題は以前も取り上げられていますが、ネタになれば幸いです。正直に書きますので、めちゃくちゃ性格が悪いと思われると思います、、笑
私には、3つ下の妹がいます。小さい頃から、「お姉ちゃんはすごい、可愛い」と崇められていました。
大人になってからかなり減りましたが。親からは、「妹は優しい、あんたは自分勝手」と言われてきました。妹は都合が悪くなるとだんまりタイプで私は言い返すタイプです。
親至上主義の実家では妹の反応が正解だったのでしょう。人の顔色をうかがい、立居振舞がうまい妹を疎ましく思っていました。
しかし、慕ってもくれたので「お姉ちゃん」をしていました。そんな妹も結婚して家を建て、子供も産みました。
私は、自信を持ったり、自立していく妹が気に入らないのです。幸せになる妹に対して、素直に喜べません。
お姉ちゃんが家を建てたから、お姉ちゃんが何歳で子供を産んだから、お姉ちゃんは何人子供がいるから、と私を基準?にされるのもうんざりです。
私の幸せはここにあるし、誰にも奪われないはずなのに、同じように幸せを手に入れられると、自分だけの幸せを邪魔されたような感覚になるのは何故なのでしょう。
こんな自分は嫌だなぁと思いながらも、思いというものは消せません。チャッピーには妹を嫌いなのではなくて、親との関係が原因と言われましたが、少し違う気がします。
世間一般的にこんなにも兄弟姉妹の幸せを喜べないことってありますか?
妹も本心では私のことをどう思っているのか分かりません。しかし、妹の幸せを心から喜べる人間になりたいです。どうしたらよいのでしょうか。
(Aさん)

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「何者かにならねばならない」という呪縛~自己否定からではなく、自己肯定から物語を始めよう~

私たちはつい「何者かにならねば」と今の自分を否定して、違う何かになろうとしてしまうものです。
それは短期戦だったらいいんですけど、長期戦になるならば、その目的は達成されず、ただただ疲労感と虚しさが残ることになるでしょう。
「何者か」になる必要なんてないんです。だから、自己肯定から始めて行きましょう。

タイトルでドキッとしたみなさま、こんにちは。今日は私たちがほとんど無意識で思ってしまう「何者かにならなければならない」という呪いについて語って行きましょう。

<問1>
ちなみにみなさまには「何者」になろうとしてきた、あるいは、なろうとしているのでしょうか?

<問2>
仕事において、パートナーシップにおいて、人間関係において、どんな自分になればよいと思っていたのでしょう?

<問3>
そして、何者かになったならば、何が手に入ると思っているのでしょう?

<問4>
いつ頃から「何者にならば」と思うようになったと思いますか?
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長年チャレンジしていた目標がなくなってしまい、新しい希望を見つけたいのですが、なかなか心がついてきません。

長年自分を支えてくれたものがなくなったのであれば、へたり込んでしまうのが自然なことですよね。
そこで無理に自分を奮い立たせて未来に向かおうとしても、そう簡単に心は付いて来ないんじゃないでしょうか?
そういうときは「自分の心とただ一緒にいる」ということ。
その時代を振り返りながら、気持ちを整理していくんです。
そのためのイメージワークも紹介します。

長年、ある目標を目指して毎年チャレンジしてきました。今年は年齢制限もあり最後の挑戦でした。周りからも「今回は大丈夫だろう」と言われ、自分でもかなり可能性が高いと思い、受かるつもりで計画を立てていました。ところが結果は不合格でした。フィードバックで印象的だったのは、「私自身を評価した」というより、「基準に合う人を選んだ」ということでした。

ただ、それ以上に大きかったのは、自分の内側に何を乗せていたのかに気づいたことです。
私は幼少期から虐待やネグレクト、転校などがあり、安心できる家庭や頼れる大人がいませんでした。ずっと「尊重されない自分」を抱えながら生きてきて、「この目標を達成できれば、ようやく安心できる、幸せになれる、自分を救ってあげられる」と、仕事以上の意味をそこに託していたことに気づきました。だから長期的に見れば、この出来事によって自分の人生観や世界観が明らかになったことは、むしろ良かったとも思っています。

この十数年、ブログや本を読んだり、カウンセリングを受けたりしながら、家族の問題や生い立ちとはかなり向き合ってきました。以前だったら「親のせい」で止まっていたと思いますが、今はそこへの抵抗感はあまりありません。一方で、その目標を人生の支えにしていたことが分かった今、支えそのものがなくなってしまいました。

振り返ると、私はずっと「一人で頑張って登り詰めるしかない」という生き方をしてきました。気づけばかなり孤立していました。でも今回の出来事をきっかけに、「一人で考えられる世界はもう終わった」と感じています。同僚とランチに行ったり、友人と連絡を取ったり、これからは周りの人の意見や力を借りながら生きていきたいと思うようになりました。人を頼ることへの抵抗感もなく、見事に相互依存に移行しました。

ただ、その一方で思うことがあります。

もし人生には保証も救いもなく、「もう十分苦労したから、これからは安心していいんだよ」と言ってくれる存在もいないのだとしたら、この先の人生は本当に良くなっていくのでしょうか。今まで信じてきた希望を手放したあと、新しい希望がまだ見つかっていません。頭では「好きなことをして、できるだけ幸せに生きればいい」と思えるようにもなってきました。でも心のほうはまだついてきておらず、正直、気力が出ません。

こういう「人生を支えていた前提が崩れた後」の時期は、どう考えながら過ごしていけばいいのでしょうか。
(Kさん)

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「家族」にネガティブなイメージがあると「結婚」を遠ざけたり、バツを重ねたりしながら、アンダーグラウンドの住人になる確率が高くなってしまう件。

家族に対してネガティブなイメージがあると、新たな家族を作ること(=結婚)に抵抗が出てしまうのは理解しやすいところでしょう。
しかも、そこに我慢や犠牲などが満載ならば、自分の心を癒すためにアンダーグラウンドが必要になることもごく自然なことだと思います。
だから、家族の中で生まれたトラウマを解消し、自分自身を取り戻していくことから取り組みたいと思うのです。

先生こんにちは。今年50を超えたのにまだ色んなものを置き去りにしたまま、幸せになる事ができない武闘派女子(女子はいつまでも女子さ)です。現在バツ2のシングルマザーで、高校生の娘を育てています。 
モラハラアルコール依存気味の表向きの顔が素晴らしく良い父と、スポーツで全国制覇したのに、そんな父のご機嫌を伺いつつ、抑圧された感じで専業主婦をしていた母の間に生まれた四人兄弟の長女です。
父と母のケンカの間に立ったり、姉だからと理不尽ばかりを押し付けられ、我慢ばかりの日々。
そんな調子で何とか家庭の雰囲気を良くしようといくら私がすり減ろうとも、父が私を褒めると嫉妬を向けてくる母。褒められると言うことを一切されずに育ったので、自分に全く自信が無いのに、中途半端に勉強ができ、プライドだけは高くて自分の中に暴れそうな龍がいるような性格になりました。
それでもその性格と耐え忍ぶ根性と合わせ、今は人並み以上に給料は貰えてはいるものの、前述のとおりバツ2で、おまけに娘の上にいる息子ともほとんど会えなくなってから、早8年近くが過ぎようとしています。ちなみに一度目の離婚は相手が統合失調症になったからでした。引っ張られて私の身体もおかしくなったからです。
何故わたしばかりこんな人生なのか、おかしいじゃないかとセミナーに行ったりして、少し楽になったところで根本先生のブログにたどり着きました。もう何もかもが刺さりすぎて、何も知らずにただ溺れないように必死で生きてきた自分に涙が出るほどです。もっと早くたどり着きたかった。そこから、泣いたり深く内観したりして、今度こそ幸せになるぞと美しい気持ちで思っていたのに、またもや既婚者からの猛烈アプローチに屈してしまいました。最初は眼中に無かったんですが、誘われて出かける様になってから、相手のあまりの優しさに気づいたらこんな事に。泣 
お察しのとおり不倫なんてもう30年選手です。20代からです。こんな自分に吐き気がします。少しだけ今までと違うのは、相手が私のことをものすごく好きらしいんです。いじらしいほど。でも家庭を出る気は感じられません(し、怖くて聞けねえ)
こんな私でも心から通じあえるパートナーと、幸せな日々を過ごす事を諦めきれません。とりあえず何からやれば良いのでしょうかうか? 私は今生幸せを味わう事ができるんでしょうか…。
(Kさん)

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「母を助けられなかった」という罪悪感の中に、あなたの才能と進む道が隠れている。

人に喜んでもらいたい、役に立ちたい、認められたい。そんな思いの背景には、亡き母を助けられなかった無力感や罪悪感が隠れているのかもしれません。しかし、その思いは母を深く愛していた証しであり、誰かを助ける才能の源でもあります。罪悪感を手放し、「私も助けてもらっていい」と許すことで、承認欲求に振り回されず、自分の才能を生かす方向性が見えてくるのです。

根本先生こんにちは。
いつもありがとうございます。
先日、カウンセリングで目の前にあるものを認める事というお話をしていただきました。
今まではネガティヴな感情を、ポジティブな方向からに置き換えないと、と思ってなきものにしていたと気づき、とても腑に落ちました。

それを踏まえて整理してみると、頑張らないと、と思っても動けない自分を否定していたのですが、そもそも何の為に頑張りたいのだろう?
目標に向かってコツコツ進めない自分を否定していたのですが、それってそもそも自分に向いているのか?という疑問もあり、欲しい未来にワクワクしてないからできないのでは?と思ってきました。

今の仕事をしているのも人に喜んで欲しいし、自分も楽しいからです。
しかし、、そこまでの価値を自分が提供できているのか?と自分がこの人たちに尽くさないと期待を裏切ってしまうと不安です。

でも、あなたがいてくれてよかったと言われたい。
私は与えたいだけでなく、承認が欲しいのかも。
そして、その言葉は母に言われたかった事かもしれないと思いました。
いつも私達の面倒を見てくれて、暴れん坊の父に振り回されて、かわいそうと思っていました。
母に幸せになって欲しかったし幸せにしてあげたかったけれど、いつも疲れていた。
やっと自由になれたころに病気で亡くなって、結局何もできなかった。
それを埋めたいのかなぁと思います。

いきたい方向性がずっと定まらないのは、どっちにいきたいかが自分でもわからないからだと思っているのですが、そういった事も関係してくるのかななど。

やっぱり私にはできない、私なんてみんなに好かれない、だってどうせ私だもんみたいなパターンを変えたいです。
根本先生ならどうお考えなのかお聞きできると嬉しいです。
(Mさん)

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罪悪感があると男性性の方に向かってしまい、女性性が使えない、抑圧されるようになって心が枯れていく、燃え尽きていく。

今日は「罪悪感があると女性性が抑圧される」というお話をさせていただきたいと思います。

この一言でピンとくる方はかなり心理学を深く学ばれている方だと思いますが、これが理解できると、なぜ私がブログでもカウンセリングでもセミナーでも本でも女性性、女性性って言いまくるのかが分かると思います。

ただこれ、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話でもあるので、順を追ってお話していきましょう!

まず、このテーマは「自立と依存」「男性性と女性性」という2つのテーマに、「罪悪感」という感情が絡んでいます。

どれも非常に重要なものなのですが、一部、ピンと来ない部分も出てくるかと思います。

「自立」と「罪悪感」はセットで考えても良いものです。
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