「何者かにならねばならない」という呪縛~自己否定からではなく、自己肯定から物語を始めよう~

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私たちはつい「何者かにならねば」と今の自分を否定して、違う何かになろうとしてしまうものです。
それは短期戦だったらいいんですけど、長期戦になるならば、その目的は達成されず、ただただ疲労感と虚しさが残ることになるでしょう。
「何者か」になる必要なんてないんです。だから、自己肯定から始めて行きましょう。

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タイトルでドキッとしたみなさま、こんにちは。今日は私たちがほとんど無意識で思ってしまう「何者かにならなければならない」という呪いについて語って行きましょう。

<問1>
ちなみにみなさまには「何者」になろうとしてきた、あるいは、なろうとしているのでしょうか?

<問2>
仕事において、パートナーシップにおいて、人間関係において、どんな自分になればよいと思っていたのでしょう?

<問3>
そして、何者かになったならば、何が手に入ると思っているのでしょう?

<問4>
いつ頃から「何者にならば」と思うようになったと思いますか?
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長年チャレンジしていた目標がなくなってしまい、新しい希望を見つけたいのですが、なかなか心がついてきません。

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長年自分を支えてくれたものがなくなったのであれば、へたり込んでしまうのが自然なことですよね。
そこで無理に自分を奮い立たせて未来に向かおうとしても、そう簡単に心は付いて来ないんじゃないでしょうか?
そういうときは「自分の心とただ一緒にいる」ということ。
その時代を振り返りながら、気持ちを整理していくんです。
そのためのイメージワークも紹介します。

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長年、ある目標を目指して毎年チャレンジしてきました。今年は年齢制限もあり最後の挑戦でした。周りからも「今回は大丈夫だろう」と言われ、自分でもかなり可能性が高いと思い、受かるつもりで計画を立てていました。ところが結果は不合格でした。フィードバックで印象的だったのは、「私自身を評価した」というより、「基準に合う人を選んだ」ということでした。

ただ、それ以上に大きかったのは、自分の内側に何を乗せていたのかに気づいたことです。
私は幼少期から虐待やネグレクト、転校などがあり、安心できる家庭や頼れる大人がいませんでした。ずっと「尊重されない自分」を抱えながら生きてきて、「この目標を達成できれば、ようやく安心できる、幸せになれる、自分を救ってあげられる」と、仕事以上の意味をそこに託していたことに気づきました。だから長期的に見れば、この出来事によって自分の人生観や世界観が明らかになったことは、むしろ良かったとも思っています。

この十数年、ブログや本を読んだり、カウンセリングを受けたりしながら、家族の問題や生い立ちとはかなり向き合ってきました。以前だったら「親のせい」で止まっていたと思いますが、今はそこへの抵抗感はあまりありません。一方で、その目標を人生の支えにしていたことが分かった今、支えそのものがなくなってしまいました。

振り返ると、私はずっと「一人で頑張って登り詰めるしかない」という生き方をしてきました。気づけばかなり孤立していました。でも今回の出来事をきっかけに、「一人で考えられる世界はもう終わった」と感じています。同僚とランチに行ったり、友人と連絡を取ったり、これからは周りの人の意見や力を借りながら生きていきたいと思うようになりました。人を頼ることへの抵抗感もなく、見事に相互依存に移行しました。

ただ、その一方で思うことがあります。

もし人生には保証も救いもなく、「もう十分苦労したから、これからは安心していいんだよ」と言ってくれる存在もいないのだとしたら、この先の人生は本当に良くなっていくのでしょうか。今まで信じてきた希望を手放したあと、新しい希望がまだ見つかっていません。頭では「好きなことをして、できるだけ幸せに生きればいい」と思えるようにもなってきました。でも心のほうはまだついてきておらず、正直、気力が出ません。

こういう「人生を支えていた前提が崩れた後」の時期は、どう考えながら過ごしていけばいいのでしょうか。
(Kさん)

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「家族」にネガティブなイメージがあると「結婚」を遠ざけたり、バツを重ねたりしながら、アンダーグラウンドの住人になる確率が高くなってしまう件。

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家族に対してネガティブなイメージがあると、新たな家族を作ること(=結婚)に抵抗が出てしまうのは理解しやすいところでしょう。
しかも、そこに我慢や犠牲などが満載ならば、自分の心を癒すためにアンダーグラウンドが必要になることもごく自然なことだと思います。
だから、家族の中で生まれたトラウマを解消し、自分自身を取り戻していくことから取り組みたいと思うのです。

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先生こんにちは。今年50を超えたのにまだ色んなものを置き去りにしたまま、幸せになる事ができない武闘派女子(女子はいつまでも女子さ)です。現在バツ2のシングルマザーで、高校生の娘を育てています。 
モラハラアルコール依存気味の表向きの顔が素晴らしく良い父と、スポーツで全国制覇したのに、そんな父のご機嫌を伺いつつ、抑圧された感じで専業主婦をしていた母の間に生まれた四人兄弟の長女です。
父と母のケンカの間に立ったり、姉だからと理不尽ばかりを押し付けられ、我慢ばかりの日々。
そんな調子で何とか家庭の雰囲気を良くしようといくら私がすり減ろうとも、父が私を褒めると嫉妬を向けてくる母。褒められると言うことを一切されずに育ったので、自分に全く自信が無いのに、中途半端に勉強ができ、プライドだけは高くて自分の中に暴れそうな龍がいるような性格になりました。
それでもその性格と耐え忍ぶ根性と合わせ、今は人並み以上に給料は貰えてはいるものの、前述のとおりバツ2で、おまけに娘の上にいる息子ともほとんど会えなくなってから、早8年近くが過ぎようとしています。ちなみに一度目の離婚は相手が統合失調症になったからでした。引っ張られて私の身体もおかしくなったからです。
何故わたしばかりこんな人生なのか、おかしいじゃないかとセミナーに行ったりして、少し楽になったところで根本先生のブログにたどり着きました。もう何もかもが刺さりすぎて、何も知らずにただ溺れないように必死で生きてきた自分に涙が出るほどです。もっと早くたどり着きたかった。そこから、泣いたり深く内観したりして、今度こそ幸せになるぞと美しい気持ちで思っていたのに、またもや既婚者からの猛烈アプローチに屈してしまいました。最初は眼中に無かったんですが、誘われて出かける様になってから、相手のあまりの優しさに気づいたらこんな事に。泣 
お察しのとおり不倫なんてもう30年選手です。20代からです。こんな自分に吐き気がします。少しだけ今までと違うのは、相手が私のことをものすごく好きらしいんです。いじらしいほど。でも家庭を出る気は感じられません(し、怖くて聞けねえ)
こんな私でも心から通じあえるパートナーと、幸せな日々を過ごす事を諦めきれません。とりあえず何からやれば良いのでしょうかうか? 私は今生幸せを味わう事ができるんでしょうか…。
(Kさん)

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「母を助けられなかった」という罪悪感の中に、あなたの才能と進む道が隠れている。

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人に喜んでもらいたい、役に立ちたい、認められたい。そんな思いの背景には、亡き母を助けられなかった無力感や罪悪感が隠れているのかもしれません。しかし、その思いは母を深く愛していた証しであり、誰かを助ける才能の源でもあります。罪悪感を手放し、「私も助けてもらっていい」と許すことで、承認欲求に振り回されず、自分の才能を生かす方向性が見えてくるのです。

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根本先生こんにちは。
いつもありがとうございます。
先日、カウンセリングで目の前にあるものを認める事というお話をしていただきました。
今まではネガティヴな感情を、ポジティブな方向からに置き換えないと、と思ってなきものにしていたと気づき、とても腑に落ちました。

それを踏まえて整理してみると、頑張らないと、と思っても動けない自分を否定していたのですが、そもそも何の為に頑張りたいのだろう?
目標に向かってコツコツ進めない自分を否定していたのですが、それってそもそも自分に向いているのか?という疑問もあり、欲しい未来にワクワクしてないからできないのでは?と思ってきました。

今の仕事をしているのも人に喜んで欲しいし、自分も楽しいからです。
しかし、、そこまでの価値を自分が提供できているのか?と自分がこの人たちに尽くさないと期待を裏切ってしまうと不安です。

でも、あなたがいてくれてよかったと言われたい。
私は与えたいだけでなく、承認が欲しいのかも。
そして、その言葉は母に言われたかった事かもしれないと思いました。
いつも私達の面倒を見てくれて、暴れん坊の父に振り回されて、かわいそうと思っていました。
母に幸せになって欲しかったし幸せにしてあげたかったけれど、いつも疲れていた。
やっと自由になれたころに病気で亡くなって、結局何もできなかった。
それを埋めたいのかなぁと思います。

いきたい方向性がずっと定まらないのは、どっちにいきたいかが自分でもわからないからだと思っているのですが、そういった事も関係してくるのかななど。

やっぱり私にはできない、私なんてみんなに好かれない、だってどうせ私だもんみたいなパターンを変えたいです。
根本先生ならどうお考えなのかお聞きできると嬉しいです。
(Mさん)

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罪悪感があると男性性の方に向かってしまい、女性性が使えない、抑圧されるようになって心が枯れていく、燃え尽きていく。

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今日は「罪悪感があると女性性が抑圧される」というお話をさせていただきたいと思います。

この一言でピンとくる方はかなり心理学を深く学ばれている方だと思いますが、これが理解できると、なぜ私がブログでもカウンセリングでもセミナーでも本でも女性性、女性性って言いまくるのかが分かると思います。

ただこれ、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話でもあるので、順を追ってお話していきましょう!

まず、このテーマは「自立と依存」「男性性と女性性」という2つのテーマに、「罪悪感」という感情が絡んでいます。

どれも非常に重要なものなのですが、一部、ピンと来ない部分も出てくるかと思います。

「自立」と「罪悪感」はセットで考えても良いものです。
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超自立人間はなぜそこまで頑張り続けてしまうのか?~表は依存的だと思っているけれど、その心の中には自分が気づけない自己信頼が確立されている~

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自立的な人ほど自分は依存的だと思い、もっと頑張らなければ、もっと自立しなければと思っています。
そして、過酷な状況におかれても必死に頑張り続け、どんどん希望の火が消えていくように感じています。
しかし、そこまで頑張り続けられるのはそれだけが理由ではありません。
心の中に自分が気づかないうちに「自己信頼」、つまり「自信」が生まれているからです。

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「こんなに頑張ってるのに全然報われない!幸せになれない!」という絶望的な思いを託していただくことがあります。

「命をかけてカウンセリングを受ける」という言葉が嘘ではないような、そういう切迫感を感じることだってあります。

頑張ってるから報われるわけではないのですが、そこまで頑張る理由は何か?をひも解いていくと意外な真実に出会うことも少なくないのです。

今日はそんなちょっと深い心理について語っていきたいと思います。
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ひとりで頑張りすぎて自立するためには感情を抑圧しなければならないのですが、そうするとやがて抑うつ状態になって燃え尽きてしまいやすいのです。

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早くに自立をすると感情を抑圧して生きることになります。
そうするとネガティブな感情を感じなくて済む一方で、喜びや楽しみも恋愛感情も感じられなくなってしまいます。
そしたら感情を取り戻すことが第一歩になるんですが、そこではかつて好きだったこと、夢中でしていたことがヒントになるものです。

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根本先生こんにちは。
最近このブログに辿り着いた39才女です。
過干渉・過保護・気分屋の父、専業主婦の母、妹の4人家族。
私は上京して一人暮らし11年目です。

幼少期から人間をシャットアウトして生きてきました。イメージでいうと四畳半の部屋に鍵をかけて閉じこもっている感じです。
空想と読書と絵を描く事と動物だけが友達でした。人間が嫌いでした。
でも現実の人間関係では行く先々で可愛がられたり大事にされたりと、困ったことは起きていません。少数精鋭ですが心許せる友人もいます。

今まではずっと一人でいいと思っていました。でもやっぱり恋人が欲しいのです。
(というか恋愛がしてみたいのかな…)
私は「好きで一人でいる」と思っていたのですが、実は「人間は私を傷付ける」から一人でいたのだと最近気づいてしまったからです。(上記のシャットアウトしてた事も無自覚でした)
今まで誰にも恋愛感情を抱くことなくここまで来てしまったのですが、どうすれば良いのでしょうか。両性具有の自覚かなり有りです。
ちなみに今は米ワークでうつ状態になってしまって休職中です。
ほんとは絵で生きていきたいのに…。
むしろこっちが先ですかね。
ネタとして使っていただければ幸いです。
(Mさん)

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平和主義者の心理~揉めるくらいならば我慢するし、ほんとにヤバければ回避しちゃう他人軸の生き方~

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平和主義者は争いを好みません。自分さえ我慢すれば丸く収まるなら、平気で我慢します。
そうして人に合わせ、自分をあまり出さず、基本的に肯定してくれるので安心な相手です。
けれど、何を考えているか分からないし、ヤバくなったらすーっと回避しちゃう平和主義者は実は頑固者で怒ったら怖いんです。

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「平和主義」という心理があります。

別に反戦運動に参加し、、、、というわけではなく、

・争いが苦手、嫌い
・自分が我慢すれば丸く収まるなら我慢する
・人に迷惑をかけるくらいなら嫌なことも我慢する
・揉め事が起こらないように相手に合わせる
・反対意見があっても述べずに、その場を流そうとする
・常に周りの空気を読んで争いにならないように配慮する
・意見が対立している場合は折衷案を何とか絞り出す
・揉めそうなときはピエロになるなどして場を和ます
・相手の言葉を否定せず、同調する
・ヤバい状況になったらその場を離れる
・誘いを断らなければならないときは罪悪感がすごい。
・相手の気に障らないように慎重に言葉を選ぶ
・周りに神経を使い倒すので、一人の時間が必要
・一人になるとドッと疲れる

みたいな感じ。当てはまるところ、ありますでしょうか?
もしくは、みなさんの周りにそういう人はいませんか?

そういう背景があるので、周りから見ると「事なかれ主義」とか「回避型」として見られることもあります。

また、特に尖った発言とかもないので存在感が薄く、それに悩む人もいます。
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エネルギーに振り回されるなら、その才能にも振り回されることがあるんです。~才能を使っているのか、才能に使われているのか!?~

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哲学的な命題っぽいテーマなのですが、自分が持っている才能に私たちは案外振り回されてしまうもので、時にはそれが「消費されてしまう」ということもあるんです。
野球の才能があるからと酷使されて肩を壊しちゃった高校球児、みたいな。
だから、才能というのはちゃんと守ってあげる、大切にしてあげる、その中で育てる、磨く、というのが大切なんです。

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こんにちはりりです!19歳学生です^ ^
私は幼稚園時代からずーーーーっと浮いて生きてきて周りと馴染めずに邪険にされてどんどん本来すごく明るい分病みまくって負のオーラを出して生きてきました。
しかしずっと自分でどうしてこうなの?って思い自分なりに原因を調べまくるっていうことを中1くらいからやり出して高二で根本さんに出会いました。
今まで何を言われても腑に落ちなかったもやもやがようやく言語で表現されてそこから狂ったように毎日毎日いろんなサイトを見てたらそしたらあら不思議ってかんじでそっから一年足らずで自分の苦しさが全部人生経験として昇華できちゃいました。びっくり。

そこから後輩たちのスーパーカウンセラーとして、というか誰に対しても仕草や行動、口癖、トーンを見るだけでその人の性格と心理パターン、悩みと過去の出来事を聞くとその人の問題の本質、大事にしてる価値観、認知の歪みがすぐわかるようになりました。
あまり自信を持てない私でもこれは断言できるくらい自分には才能があるんだと思わざるを得ないくらい他人からのウケというかびっくりされることが増えたんです。
なんでか安心するとか、相談とか秘密をいうのは私にだけだとか、そういうその人にとって心の弱い部分を渡して委ねてくれるようになったんです。
その上でどうしたらいいか一人一人向いた方法でアドバイスをしてうまく行くっていう経験をしていきました。
まじでうれしくて、この力がきっかけでようやく人と馴染めていけるようになりました。
そこからやっと人間関係の感覚を掴んで、自己肯定感もあげて本来の自分で誰とでも仲良くなれるようになりました。
なんですけど普通の人と馴染めていけば行くほどその私の力が少しずつ弱くなってる気がするんです。
この力は私にとって必要なもので人のことを知りたい、助けになりたい、心を全部明け渡してほしいっていう欲求のために必要だし私の大事な一部で体的に言うとどんどん触覚が鈍くなってるみたいな感覚で失いたくない気持ちが強いです。
でもこの力に頼らなくても自立して自然体で楽しく生きるほど、それを必要としなくなって使わなくなって、苦しい気持ちの感覚を忘れていって分からなくなっていくような感じがして…今では使おうって思わないとうまく出てこなくて日常的に使うのはもう厳しいところまで行ってます。
本当に嫌だし怖いしこれを失ってしまったらわたしじゃないって思うくらいなんです。
それくらい大事なのに。分からなくなってく。力不足を感じることも増えてる。みたいな感じです。

一応今でもまだ他の人の反応はこの力を出したら圧倒されてる感じなんですけど、いろんな大人の人にも認められてて、学校の先生に全然心理学とは関係ない学校なんですけどカウンセラーになってみたら?すごいよほんとにって言ってくださってます。
でも自分的に納得いかないことが増えています。
それと同時になんか次の段階に来ててもう少しで最後かもって思います。
まだ解決できてないこともあるんですよね。分析した自分の心理パターン的に。

話を戻すと失いたくないっていうのもしかしたら回答をいただいたらそのままで大丈夫っていう回答が来るかもしれないんですけどわたし的にんーだよねーって感じるんですけどやっぱ嫌!困る!!!!って思います。笑
やっぱかわいいけどちょっとこういうギャップも必要じゃないですか!笑スパイス的な?だからなるべく失わない方法でアドバイスいただけるとうれぴーでーーーす!!!!!お願いします
(りりさん)

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