仮面を外し、鎧を脱いだ後にどういう風に生きたらいいのか?~好転反応と愛を原動力にする生き方について~

よく「仮面を外す」とか「鎧を脱ぐ」というテーマが出てきます。
自分を守るために身に着けた鎧、嫌われないために身に着けた仮面。
あるときは必要で、役に立ったものだけど、それがもう役に立たないどころかむしろ障害になることすらあって、「もうそれは必要ないよね」という風に思えることはよくあるものです。

例えば、「いい子で優等生をしてきた」ならば、それは学生時代は役に立つことが多かったでしょう。
職場でもそれは通用することもあるかもしれません。

けれど、「いい子で優等生」という仮面は自分の気持ちを押し殺す役割を作るんです。
「ほんとは嫌だけど無理して勉強を頑張る」みたいな感じで。
「めっちゃムカつくけど、それは出しちゃいけない」という感じで。
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男性性の自信、女性性の自信。~「そんなのなんとかなるってー!」は女性性の自信~

「自信」とひとことに行っても実は男性性の自信と女性性の自信があって、それぞれ全然違う意味を持つのです。
前者はやはり「結果主義」ですから、結果・成果を出し続けることが自信になります。
それに対して女性性は「プロセス主義」ですから、結果も大事だけど、そこに至るプロセスが重要で、どれくらい楽しいか、充実しているか、が自信になるのです。

「自信がない」という方ってたくさーんいらっしゃると思うのですけれど、そして、自分に自信を持とうといろいろと取り組んでいるんだけど・・・という方もいらっしゃるかと思うのですけれど、そんなみなさまにちょっと違った角度から「自信」についてお伝えしたいと思います。

「自信」と一言にいっても、非常に広いものでして、「仕事には自信あるけど、恋愛はさっぱり自信がねえ」という筋金入りの自立系武闘派女子を始め、「付き合うまでは自信があるけど長続きさせる自信がねえ」ということだってあるし、「なんか出会うことには自信があるけど、そこから付き合うまでに持って行くのが難しくて自信はない」みたいな場合もあるんです。

家事にしたって「料理」は自信あるけど、「お片付け」「お掃除」は自信ない、みたいな感じでね。

だから、よくよく見てみれば自信のあるところって誰でもあるわけでして、「自信がない」という問題の本質は「自信を持ちたいところで自信がない」というところなのかもしれません。

とまあ、理屈をこねているのですけれど、とりあえず「自信がある」というところを見ていくことは必須です。「それってあんまりうれしくない」というのも含めて。
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頑張りすぎて壊れかけて、なお踏ん張り続けて、最近ついに倒れました。~ブラックな人生を引き寄せる罪悪感とそこから描かれるヴィジョンとは?~

家族から罪悪感で支配されるとブラックな環境を引き寄せてしまうようになります。
ブラックな会社、ブラックな彼氏、ブラックな家族、という風に。
その罪悪感をなんとか手放していきたいのですが、それと同時に、そこから描かれるヴィジョンを見ていくことで「許し」を容易にすることもできるのです。

頑張りすぎて壊れかけて、なお踏ん張り続けて、最近ついに倒れました。

私は3人兄弟の長女。
2才したの妹。5才したの弟がいる。
昔は父母、私ふくんだ兄弟3人、祖父母の7人で住んでました。
今は父母、私、妹の4人で住んでます。
母は過干渉、ヒステリック系、他人をコントロールしたい種族。
父はボンボン精神虚弱体質。
放任主義者という名の無関心。
妹は精神虚弱でのかまってちゃん。
祖父は気難しい頑固じじい。
祖母は感情の起伏激しめ世間のルールに厳しい人。

そんな環境ですくすくメキメキとと育ってきた私。
外語大→ブラック企業→ブラック保育園→残業地獄企業→大手企業の事務職(7年目)と経歴を重ねてきた私ですが、先日ついに倒れました。
身体が「もう無理、限界だ…」と叫んで、現在絶賛省エネモードです。
周りの空気を読み、先回りし、みんなのご機嫌をとる超高性能センサーがオーバーヒートを起こしましたようです。
自分を労ってみたところ「あ、私はこれが好きだったっけ。これが嫌だったな。」と感覚が戻ってきました。お恨み帳にも大分お世話になり、「わたしを置き去りにするのはやめよう。もう私に母は助けられないな」という境地に降り立ちました。

そして迎えた今日。高性能センサーを20%まで(コントロールできないので実質0%かも)押さえ込み、一週間過ごしたところ…
ラスボス(母)の罪悪感と「家族なんだから」という切り札を両手いっぱい抱えて攻撃して来ました。依存ゾンビちゃんの限界が来たようです。
一瞬、全てを持っていかれそうになりましたが、攻防戦を経て何とか聖地(自室)に帰還。

また「あの地獄に引き戻されたらどうしよう」…という不安と「絶対に地獄には戻らない」という決意が私のなかで渦巻いています。

この攻防戦はいったいいつまで続くのでしょうか…私は疲れています。
(Mさん)

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猜疑心があって人を拒絶してしまうのですが、心許せる友人やパートナーがほしいんです。

「猜疑心」について深堀りしていきましょう。
どこからそれが来たのか?なぜ、それが強くなったのか?にはちゃんと理由があるはずです。
そして、そこには心の痛みがあるはずで、それを癒していくのがひとつ。
それと同時に「今、信用できる人を信用できる範囲で信用する」という風に100%を求めないことも重要なアプローチだと思います。

以前、こちらの記事(↓)でお世話になった者です。その節はありがとうございました!

あれから、自分の幸せを優先して考えるようになり、心許せる友人やパートナーが欲しいと思い、コミュニティなどに参加してきました。が、なかなか進展しません。

「どうせコイツも裏があるんだろ?」「何か別の目的があるんだろ?」と猜疑心があり、ちょっとでも矛盾したところが見えると一気に引いてしまい、相手を否定的に捉えてしまうのです。

最終的には「私なんかに人は集まらない(残らない)」という考えに到着するのがいつものオチ。私が長年親友だと思っていた人とも疎遠になってしまいました。

私の場合、拒絶されるのが怖いという繊細さは無いようで笑、単純に人が嫌いなのか、自分から拒絶してる気がします。

仕事でもなかなかクライアントが付かず、もしかしたらこれも、私が人を拒絶してるからなのかと思い、根本先生のご意見をいただきたく(平身低頭)。

心許せる相手が欲しいのに、自分から拒絶して孤独に陥るとか、私は何プレイをしているのでしょうか?笑
(Aさん)

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ほんとうは「自由人」なのに鎧を着て漬物石を乗せて自分を抑え込む呪文を吐き続けていたら生きるのに疲れてしまいますよね。

今の自分の生き方に疲れていませんか?
もし心当たりがあるならば、こうあらねば!という意識によって自分をしばりつけて不自由にしてしまってる状態かもしれません。
そこからどう解放していくのか?

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仕事、子育て、家事、遊びなどと、「やりたいこと」とのバランスをどうとればいいのか?

仕事もあれば家のこともある、それでいてやりたいこともある、となるとそのバランスをどうとるかは多くの方にとって課題のひとつだと思います。
やりたいことができないとイライラしちゃいますし、欠乏感も強くなりますよね。
とはいえ、そのために仕事を調整したり、家族にお願いしたりするのも大変だし。
そんなバランスの取り方を考えて行きましょう。

いつもお世話になっております。ネタ提供させてください。
私は42歳の会社員女性です。根本さんを入り口に自分を気にかけ、愛することに取り組んで2年以上経ちます。自分の心持ちも変わり、辛くて自尊心を削られる職場から暇で暇で在宅勤務中にTVを見てゴロゴロできることもある職場に異動できて、だいぶ楽になりました。本当にありがとうございます。4月の個人カウンセリングもありがとうございました。
 今回相談したいのは、ずっと継続的に取り組んでいる、「やりたいことをやる」です。その結果、興味あるイベントをSNSで日々チェックし、スケジュールが許せば申し込む、、というのをやっています。が、仕事や子育てもあるので、せいぜい月1~2回くらいしか申し込めないし、リトリート旅行とか、旅行系は行けないので、「チャンスを逃している」とか、急き立てられる気持ちになって、ちょっと鬱屈してしまいます。行きたいイベントをチェックしだしても数か月後にようやく参加できるとかなので、かなりジリジリします。
 こんな風に欠乏感感じてしまうのもよくない気がしており、自分の気持ちとの付き合い方をアドバイスいただけると嬉しいです。
 仕事や子育てうっちゃって参加すればいいじゃん、というのをより強く感じた時期もありましたが、結局業務の調整とか、職場に有給申請したり、夫に言い出す罪悪感や実際の手間で消耗し、「仕事、遊び、休むのバランスが大事で、休むのも大事だよな」と思ったりしたので今はほどほどにしています。何より、小2息子の、「ママいないの寂しい」と言われるのがうれしくて、そう言ってくれるうちは息子の気持ちを尊重したいなと思います(これは罪悪感というより私がそうしたいから!という気持ちです。)。
ただ、そうすると、「なかなかやりたいことやれない」と、ジリジリしてしまうので。。難しいですね。。

1Dayリトリートはぜひ参加したいと思っているので、また東京でも、できれば今夏に、開催してください!
(25年11月や26年3月や三連休のリトリートは旅行などでチャンスを逃しておりましたが、次はぜひ行きたいです。)
(Mさん)

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夫が年に1、2回、キレてしまい、本人に改善意欲はあるもののあまり改善が見られません。私にできることはないのでしょうか。

カウンセリングでも夫婦間でのモラハラ問題を扱うことはとても多いのですが、緊急性がなさそうであれば、そもそもなんでそんなキレてしまうのか?とじっくり背景から探っていくものです。
そのキレてしまう要因を緩和させることで、徐々に落ち着きを取り戻していくからです。

夫は1年に1、2回程度ヤクザのようにキレます。
私に対してももちろんありますが そこはもう諦めました。
何とか子供に対しては ヤクザになってほしくない!
号泣・慟哭の娘(8歳)には非常に胸が心が痛みます。

傷害事件における加害者は圧倒的に男性が多く、女性の約7~10倍に上るそうです。
自分の夫が(いれば息子が)…なんて考えたくないですが、可能性は ゼロではないわけです。

人生を棒にふってしまう傷害事件。
人を傷つけてはいけないという正論なんて誰でもわかっていることなので、それを超えたなにか、どうでもよくなったなにか、などがあるのかと思うのですが、傷害事件を起こさないためには男性自身も女性自身も、妻も夫も、そして娘や息子へどのように子育てしていけば良いと考えておりますか?
根本さんの考えを是非お聞きしたいです!

本人に改善したい意欲はあるようです。

夫婦カウンセリングは半年に1回ほど受けています。
ただ、私が向き合うことを希望しても、 トラウマや 心に向き合って改善するのは 気休め程度で 、それよりも 夫が 全体を見て向き合って行く方がよっぽど効率が良いということで、必ずそっちの方に話が進んでしまい、あまり進展がないまま5年経ちそうなことに先ほど気付きました・・・!
この方向性に納得しておりますが、私にもできることはないのだろうか?とも思っていて、そのあたりの思いも是非お伺いしたいです!
(Cさん)

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