このコロナ禍でライフワークはどう変わった?変わらない?~ライフスタイルが変わった今だからこそ、改めてライフワークをデザインし直してみては?~

オンラインで仕事ができるようになったり、家で過ごす時間が増えたり、近くの自然に出かける機会が増えたり、あまり服にお金をかけなくなったり、この1年半であなたの生活はどう変わりましたか?
ライフスタイルが変わったならライフワークも見つめ直してみるのもいい機会じゃないかな?と思うのです。

このところ「ライフワーク」に関するお話をあまりしていないなあ、と薄々思っていまして、かつ、こんどの日曜日にそのテーマでグループセッション(グループワーク)をするのですが、少数精鋭での開催になりそうなので(チャンスよ!みなさん!!)、ちょっとそんな話をしていきたいと思います。

コロナ禍によって私たちの生活はだいぶ変わり、完全に元に戻るってことはないと思います。

そのひとつがオンラインでの会議、セミナー、打ち合わせ等が一般化したことであり、すっかり在宅勤務に馴染んで「もう出社はできんのじゃ」という悟りを得た方も多いことかと思います。

私のセミナーも以前はほとんどが会場のみでの開催でしたが、今は会場+オンラインのハイブリッド形式が一般的になりました。

遠方や忙しい方などもオンラインなら参加できるわけですし、見逃し配信(アーカイブ配信)もありますから、遅刻したり、受講できなかったりしても安心です。

このシステムはかなり優秀なのでこれからも継続していこうと思うわけで、以前のように東京、名古屋、大阪、福岡やそのほかの街をツアーしてセミナーする生活はたぶん戻ってこないと思います。

だからといって札幌や仙台や広島にはもう行かないよー!なんて言うつもりはなく、オンラインが一般化したお陰で「リアルに会える」ということの価値は確実に上がっていると思うんですね。

だからリアルで会えるからこその価値を提供していければと思ってます。(お茶会とかグループセッションとか少人数の集まりとかいいと思う。)

また、個人的にはなじみの店が各地にあり、また、うまい飯屋もゴマンとあるとなれば行かない理由はないので、無理やりでもまた押しかけたい所存です。

でも、確実にセミナーのスタイルや出張への意識は変わりました。

みなさんの生活もこの1年半で大きく変わった点があると思います。
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「自分の感情に責任を持つ」と「誰かに自分を助けさせてあげる」は同じ意味?~救われない「依存心」から抜け出すヒント~

「誰か何とかして」という依存心は満たされることがなく、むしろその苦しみは拡大していく一方になります。
だから、そこで誰かの肩を借りて自分の足で立つことが求められるのですが、それは自分を助けさせてあげることでもあり、自分の感情に責任を持つことでもあるのです。

しんどいときって「誰かに何とかしてほしい」と思うものじゃないですか。やっぱり。
そうすると自分を抱っこして、おんぶしてくれる人がいたらいいな、と思うんですけど、それは相手からすれば重たいって分かるんですけど、けど、そういう依存心が出てきてしまうのも無理なきことかもしれません。

寂しいから、その寂しさを何とかしてくれる人が欲しいと思う。
辛いから、その辛い気持ちを何とかしてくれる人が欲しいと思う。
しんどいから、そのしんどさを持ってくれる人が欲しいと思う。
苦しいから、自分の代わりにその苦しみを持ってくれる人が欲しいと思う。

そう思うこと自体はふつうのことなのですが、それをじゃあ具体的に誰かに求めたとして、それを引き受けてくれる人というのは果たしているのか?ということになるんです。
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相互依存と依存の違い。そして、自立から相互依存への移行しやすくする意識の持ち方について。

肩を借りるのは相互依存、相手におんぶしてもらうのが依存。肩を借りるとはいえ、その力加減とかタイミングとか難しいですよね。恥ずかしさもあるかもしれないし。
だから、そこで自分でやる!と自立してしまうんですけど、敢えてそこは肩を借りるのもアリだと思うのですよね。

相互依存と依存の違いについて最近考える機会がありまして、要するに「肩を借りて立ち上がる」のが相互依存で、「相手に寄りかかる」が依存なんだよな、と思ったので今日はそんな話をしたいと思います。

ということで皆さん、ちょっとイメージして下さいませ。

段差で躓いてコケてしまったとき、膝をすりむいて痛くて、周りの目が恥ずかしくて、さっさとその場を離れたくなるわけですけど、多くの自立系な方は誰の手も借りずにすくっと立ち上がってカツカツかつと走り出すと思うんですね。

まあ、それで全然OKならいいんですけど、隣にいる人はそこに置いてけぼりを喰らってしまうんですな。

で、話を戻して、豪快にコケたあと「ちょっと肩貸してくんない」とお願いして支えてもらい、よっこらしょと立ち上がるんです。

相手の肩に体重はかけるものの自分の足で立ち上がろうとします。

そして、自分の足も痛いんだけど相手への配慮も欠かせませんよね。
「重たくないっすか?」とか。

だから、あなたがコケて、あなたが立ち上がるんですけど、その作業は相手との共同作業になります。うまく力やタイミングを合わせて立ち上がるわけですから。

それで立ち上がった後は「あざっす!!」と丁重に例を言ってふつうに歩き出しますね。

その時、相手も「ええことしたわー」とうれしくなるものです。

これが相互依存のイメージですね。
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休むこと、立ち止まる、ということはどういうことなのか?~敢えて無駄なことをしてみるのはいかが?~

心を休めようと思ったら好きなことをヤルのももちろん効果的ですが、好きなことをヤル意欲を復活させるためにも「無駄なこと」をヤッてみるのもお勧めです。
そうすると心にスペースができて余裕が生まれ、肯定的に過去・現在・未来を見つめ直せます。

根本さん、こんにちは。

夫との結婚前にメンタルが大荒れしていた際、カウンセリングで生命を助けていただいた者です。その節は本当にお世話になりました。

難産の末に一人娘として産まれた私は、過保護過干渉で保守的な親の元、自武女に成長。
親子の共依存が強く何年も結婚に踏み切れませんでしたが、カウンセリングのおかげで夫との結婚をきめ、上京。

都会で新たな人生を送っていたとき、道端で芸能事務所にスカウトされました。

元々表現活動が好きだったので、悩んだ末に芸能活動に一念発起。
不思議なくらい夢見たことが次々叶ったのですが、私以外の人を推していた事務所に何故か疎まれ、冷遇される急転直下の展開に。

コロナ禍で仕事が飛び、ロックダウン中に田舎の祖母が亡くなり、一緒に仕事を組んだ相手からモラハラを受けたりと色々ありつつも、何とか足掻こうとしました。

しかし、身体が切実な悲鳴をあげ、ようやく活動を辞めることを決めました。

今は休むこと、立ち止まることの大事さに気づきながらも、

あの激動の日々は何だったのか?

と回想し、気付けば人間関係の98パーセントが消滅してました……。

そして、これまで棚上げしてきた子供を持つかどうかに向き合う時が来た……と感じています。
今ここにある、自分自身を見つめ直したいです。
(Kさん)

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女優な人生~その有り余るほどの才能ゆえに自分を見失ってしまう問題とどう向き合うか?~

人の気持ちが分かり、相手が望むように動ける、というのは間違いなく才能でビジネスの面ではめちゃくちゃ効果を発揮しそうですが、24時間ずっとそんな“女優”を演じていたらそりゃあ疲れちゃいますよね?
ほんとうの自分に戻れる時間を作るっていうか、本当の自分を見つける旅に出てみませんか?

根本さん、こんにちは。
いつも勉強させて頂いております。
私は自分がどうしたいのか考えて、そこから言動、行動をするので他人をコントロールしてしまうところがあります。
他人の限界を瞬時に見極めて、どうしたら私の言いたいことが伝わるのか、あるいは伝わらないのか判断して会話をして、例えば意見の相違があったとして、私の言うことをわからないだろうなと判断したら譲ります。
そのまま会話を続けていても、おそらく不毛な時間が過ぎるだけなので、その人がわからない、という情報を手に入れて、それ以上、言い合いに発展させたりすることもありません。
昔から相手がどう思っているのか、何を考えているのかわかるので、それに沿った対応をしているため、自分の思い通りになることが多いです。
思春期の時は異性から好かれることが多くて、友達の好きな男の子から好かれることが恐怖でした。
今も親子、夫婦、嫁姑関係など、何もかもうまくいっていて、みんな私と一緒にいたいと言ってくれるけれど、私はひとりでいる時が一番楽だし、他人との間に温度差があります。
両親や義母はまるで私のファンのような関係で、一般的な関係とはだいぶ違うと思います。
夫も何もかも私と共有したいタイプで、私の役に立つことが大好きで大切にしてもらっていると思います。
身近な人に好かれて、何もかも自分の思うようになって、何でも持っているけれど、とても退屈に感じます。
身近な人は私との時間を持ちたがるけれど、私は他人といると色々なものが見えすぎて消耗するので、ひとりでいる時がほっとできる時間です。
何もかも手に入っているのに、退屈だなぁと思うのは何故でしょうか?
(Yさん)

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自己肯定感があがり、自分軸が確立できてきたからこそ、エアポケットみたいな問題にハマりやすいもの。

「ボスを喜ばせたい!ボスの希望をかなえてあげたい!」という前向きな気持ちで提案したことが、実は自分にとってはイヤなことだった・・・なんてこと、ありません?
そんなふとハマってしまうエアポケットみたいな問題は自己肯定感があがってきた今だからこそ、起きたことかもしれません。

いつもありがとうございます。

「どうして私、その選択をしちゃったんだろう(泣)(笑)」と思う出来事があったのでご相談です。

現在の職場のボスが、とある職種の人材を探していると言うので、私の知り合いを紹介しました。その人とは以前一緒に働いていたことがあります。話は無事にまとまったのですが。
ですが。

私、その人とは仕事のやり方が違うっていうか…(いい子ちゃん風にまとめたバージョン)、その人のことが、苦手なんです(本音)。

私自身、以前よりも自己肯定感が戻ってきたし、
自分軸も自然と深掘りしているし、
最高に楽しくてワクワクするライフワークに日々忙しくしています。(根本さんのおかげです!)

それなのに、私はなぜ、苦手な人とまた一緒に働く選択をしてしまったのでしょうか。

前よりも自分軸がしっかりしていることをわざわざ比較して確認したいのでしょうか。
ただ、「これはこれで面白い日々が待っているかも」と思えている自分もいます。

今できることって何でしょうか。
まだまだ自分に幸せを許していないのでしょうか。
武闘派の血が騒いじゃっているのでしょうか。
そういえば、長らく、「わくわく」「ふわふわ」追求する生き方をしていて、あんまり辛い苦しいという思いをしていません。
(Sさん)

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人に異常に好かれたり、嫌われたりすることが多いのは私が超能力者だから!?

目に見える才能を持っている人は分かりやすいけれど、人の気持ちが分かりすぎるなどの目に見えない才能って自覚しづらいんですよね。
そうすると過剰にサービスし過ぎたり、面倒なことに巻き込まれたりしてしんどい思いをすることになるのです。

こんばんは。
根本先生、またまたネタとして使っていただけたら幸いです。

今回は他人に好かれる悩みについてなんですが…他人から好き嫌いがハッキリ分かれやすく、その差が極端に激し過ぎて、ちょっと辛い事があります。

嫌われる時は、めちゃくちゃ愚痴を言われます。

一方好かれる時は、男女問わず話しを聞いてほしいとか、電話がかかってきて声が聞きたいとか、凄い時だと抱きついてきたり、最近婚活で知り合ったエリートの方もLINEでやりとりをしていたのですが、男の子みたいにはしゃいで来ます。

自分でも自覚はありますが、普段から話しをよく聞き、相手が悩んでいたり求めている物が分かるので、労ったり励ましたりすると飛びついてくる事が多々あります。
最近はないですが、依存された事もあります。

上手くこちらが回避したり、距離を取らないと、猪や闘牛みたいに突進して怪我して吹っ飛びます(汗)恐らく回避方法は、根本先生の方が詳しいと思いますので、良い回避術があれば教えて下さい。

相手と自分の温度差が激しいので、相手が過剰に期待していないか少し困っています。労いをやめても来ます。
こちらとしてはある程度1人で距離を取りたいのですが、このまま神のような存在で、何かを与えていった方がいいんでしょうか。笑
(Tさん)

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