私たちは背負った問題(痛み)に比例する素晴らしい才能が与えられている~性的トラウマがもたらす女神性という才能~

苦しく辛い経験をしてきて絶望をしていても、そうした問題を抱えられるほどの器を自分が持っているということであり、かつ、それ相応の才能があるからそれくらい苦しむことができるのです。
その痛みを解放し、その才能に目を向けることで人生を一変させ、ライフワークを生きるようになっていくのです。

家庭内レイプ、家族と絶縁、婚約破棄、不倫などドン底だった人生を、4年ほど前の根本さんの許しのワークショップをきっかけに、人生に光を見いだしたうちの一人です。

子供の頃からずっと自分はゴミみたいな存在で、男は世界の汚物と思い続けた生粋の武闘派こじれ女子。そんな自己愛ゼロの私を救ってくれたのが許しのWSで、心の核爆発からウミがマグマの如く流れ出て、感情解放&トラウマ越えの末、家族とも問題を乗り越え当事者とも和解しました。その節はありがとうございました。

その後はトントン拍子で道が用意され、進めばいいだけというミラクルが起き、死ぬために生を謳歌する素晴らしさを感じています。

ただ、ここ最近、パートナーシップでセクシャリティの壁にぶつかり、一年ほど付き合ってる彼の性欲?に悩んでいます。

彼は外国人で性にとてもオープンで、私が嫌悪感を感じたのが女の子ばっかりフォローしているInstaです。付き合う前から既に2000ほどフォローしていて、付き合い出したらやめるかと思いきや、現在4000を超えて、覗くと一般人のセクシー投稿、グラビア、ホステス、海外ポルノなど様々。

本人は隠しもせず、癖みたいにフォローしてたら増えただけで、メッセージもしてないし、海外じゃ彼女が彼氏のオッパイお尻フォローくらいじゃ誰も何も言わないよ。男だしあるから見てるだけ。といった感じです。

でも、ポルノ系は癖になると鬱を誘発するし、依存や中毒にもなりやすいと言われてます。(彼は両方の傾向を持っているのでそこも心配)さらに、将来子供のことを考えたら、娘が生まれてこんなお父さん?と想像すると気持ち悪くもなります。

これは、私が性に対して潔癖性すぎるのでしょうか?多くの日本人女性には、そんな男やめとけ!って言われそうですが(笑、それを除けば日本人男子なんぞ足元にも及ばないくらい私を愛し尽くしてくれています。

そこでお聞きしたいのが、性に対する潔癖性を越えるにはどうしたら良いのか、もしくは、性に対する思い込みを越えて広い範囲で性や人間というものを捉える場合、何が課題なのか教えてください。

昔の様な怒りの感情はなく、長く続いたレイプによるセクシャリティーへの偏見やブロックのような気もしますが、ここまで立ち直ってセクシャリティの壁にぶつかった以上、愛、セックス、性への固定観念を越えて多様性にダイブしたいです!
(Kさん)

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未熟な私はまだ人に「与える」資格がないと思ってしまいます~罪悪感と完璧主義、そして、抱え込み症候群~

人に対する愛が強い人ほど罪悪感を覚えやすく、人間関係に慎重な姿勢をとりやすいものです。
でも、そうして自分が完璧になるのを待っていたら時がどんどん過ぎていって何もできなくなりますね。
「今できる範囲で与えられることを与えようぜ!」という提案は、失敗しながら成長していく人の本質を表していると思います。

自粛期間中にVoicyにすっかりハマり以来入眠タイムのお供にさせて頂いております。
ほんとよく眠れます。ありがとうございます。

Voicyにコメントしようとしたのですが、長くなってしまいblogに失礼しました。

「与える」というお話がとても気になっておりずっと考えています。

私はこれまで、自分や相手の状況の変化で親しい関係から逃げるということを繰り返しています。

十代の頃から数年毎に何度かやって、約2年前にまた同じことを繰り返してしまい、流石に反省し人との関わりかたを変えました。

無責任なことをしないように最初から関わらないようなスタンスに現在はしています。

依存や犠牲にならないように自分軸を意識して日々過ごしています。
そこでたいへん根本さんのVoicyに助けられています。
本当にありがとうございます。

聞くたびに新しい発見があって、何重にも扉や門がある大きなお城か町のようです。
自分の変化によって新しい扉に気づいたり、開けられなかった扉を開けるようになったりと。

私は純粋な「与える」ということをまだ知らないのだと思います。

両親ともに非常に罪悪感の強いタイプで、故に自分より子供という感じで、愛情的にも金銭的にも裕福ではないけど、十二分に与えられて来ました。

ですが、子供の頃からそれが窮屈でした。

どうしてお母さんは自分のために服を買ったりしないのだろう?
どうしてお父さんは仕事ばかりで趣味や人付き合いもないのだろう?

こんなに尽くして貰って私はどれだけ立派な人間にならなければいけないのだろうか…
でもなれない…

何かを与えられるということは、とても恐ろしいこと。
そういう認識になっています。

与えるとは成熟さが必要なことで、今の自分には無理だと今は強く自覚しています。

それには何より自分軸とは学ばせて頂いているのですが。

それでも生きて行くには未成熟な自分でも社会に身を置かなければいけません。

ただ心の中で、感謝や懺悔をすることに留まっています。
実際に声をかけたり、接触して関係がまた出来るのが怖いのです。
その責任をとる自信が心底ありません。

与える段階に居ない人間が、どう人と関わって行けばいいのか、読み込みが足りないだけで、既出のテーマかもしれませんがいつか取り上げて頂けたら幸いです。
(Nさん)

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国民の義務である「税金」を気持ちよく払えるようになるにはどうしたらいいのか?

この問題についても「結局いつもと同じこと」と言われそうですが、
・自分軸で好きなことをやって日々を笑顔で過ごす(=ライフワークを生きる)
・お金、仕事に関する問題を解決する
・権威との葛藤を処理する
この3つを提案しております。

「義務」との向き合い方について、お聞きしたいことがございます。

働いていて、お金をいただくと、「税金」や「社会保険料」がお給料から引かれます。

国の法律で「義務」として定められており、もちろん、支払わなければ督促もきます。

そして、頑張ってお仕事をしていっぱい稼いでも、その分また税金も高くなってしまい、なんだか頑張って稼ぐことが「損」するような気持ちになってしまいます。

領収書をもらって「経費」としたり、「節税対策」などを行って税金対策をすることは、心のどこかで、「支払いたくないから」としぶしぶ、嫌々やっているような気がするのです。

義務感で税金等を支払う背景には、罰則があったり何かしらの、「怖れ」からの行動なのかな?と思ってしまいます。

でもどうせ、その「義務」から逃れられないなら、どう向き合えば、「愛」をもって、感謝して、税金等を支払えるようになるのでしょうか?

もし、感謝して税金を払えるような、気持ちになれるマインドがあるとしたら、それこそ、もっと前向きに仕事に取り組めたり、もっと稼いでみよう!と、人生をより楽しく生きれるんじゃないだろうか、と考えてしまいます。

心理学の視点からだと、どういう解釈ができそうでしょうか?

よろしくお願いいたします。
(Sさん)

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根本さんはどういう経路で文章をアウトプットされているのでしょうか?~直感と思考の使い方の例え~

私は考えて考えてアイデアをひねり出すということがどうも苦手で、直感、感覚を使う方が楽なようです。
そして、それをアウトプット(表現)する際に、思考を使っています。
そして、そのアウトプットする先にいる読者を常に想定することが大事だと思っています。

かれこれ20年、根本さんの著作blogおっかけさせて頂いております。

私は仕事で毎回アイデアを考える必要があります。
根本さんからは閃きというか直感的な力を勝手に感じさせて頂いております。
それで閃きについて、根本さん流のアドバイスお聞きしたくリクエストさせていただきました。

私は考えることが好きなので、ノートにペンでぐちゃぐちゃと書きながらウンウン唸りながら、ある臨界点でパッと浮かぶ、というの今までのやり方でした。

でもこのところ改めて根本さんの文章をじっくり読み返してたら、アイデアに対してもサレンダーというか、ウンウン唸って絞りだすというより、出来うる限りの力を抜いて頭を空っぽにしてそれこそ直感(インスピレーション)を待つほうがいいのかもしれないと思うようになりました。

今までは、思考をすごく使って疲弊した瞬間に力がフッと抜けてその瞬間直感と繋がりアイデアが浮かぶという感じだったのだと思います。

それなら最初から力を抜いて直感に繋がればいいのでは…?と。

そのやり方でここのところはやってます。
とても楽にはなってます。
以前はいつも息切れして、無理矢理感というかカスカス感があったのですがそういうのが無くなりました。

ですが、出来上がった制作物への反応は、イマイチでそこで「うーん?」となっています。
思考経由の辛苦の果てのアイデアの方が質がいいのかな?と。
自己判断として、そんなに差がないように思ってます。

ですが、人間は普段多分に思考的な生き物なので直感的なものより思考的なもの(制作過程が)のほうがわかりみ深い…のかな?とか。

根本さんは直感的でありながら、とてもロジカルで、そして読感のスーと入る共感性…

どういうスタンスというかどういう経路でアウトプットされているのでしょうか?

質の良い、それでいて伝わるインスピレーションを得る心得などお聞き出来ました大変ありがたいです。
(Rさん)

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自分の作品の満足度と見てくれる人の満足度のギャップとどう向き合えばいいのか?

自分としては満足度の高い作品を作ったのに意外とそれを見てくれる人からの反応が鈍かったり、その逆に自分としてはイマイチな作品に高評価が付いたりということがよく起きると思います。
そこから考えたいのは自分が望む「満足度」のバランスです。

ほんと感謝していす!
私は根本先生のおかげでライフワークを生きはじめています。
SNSに作品を投稿してるのですが、自分の満足と反応の落差をどう捉えていいのか質問したいです。
理想は自分の満足と見た人の満足が同じな場合ですが、あまりありません。
自分は満足した出来なのに反応なかったり、逆にあんまりだったの反応良かったりと。

今後成長と発展にはそのギャップの原因を分析し反映することが必要だとは思うのですが、そればっかになってやる気を無くすことがあったので、今は少し距離を持って制作と投稿をしている感じです。

まずは自分の満足を中心に制作してから、3割りくらいの労力で、どう受け止められるのか、伝わってるのか、を冷静に考えよう。と今は考えています。

自分の満足と反応のギャップについての向き合いかた、根本先生のアドバイス頂きたいです!
(Hさん)

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現状に不満があっても心の中では、それが「ほど良い」状態なのかもしれない。~「今」を肯定して問題の本質に迫る方法~

ご相談をいただいて、いろいろと話を伺っていくと、「案外、今の状況が自分にとってほど良いのかもしれない」という思いに至ることがあります。
あいまいで、中途半端で、決められなくて、イライラしたり、焦ったり、不安になったりしているけれど、それが「ほど良い」状態であることを理解することで、確実に解決に向けて一歩前進するようです。

先日、こんなツイートをしてみまして、その後も「ほど良い」を訴えるカウンセリングがありましたので、もう少し深掘りしてみようと思いました。

例えば、個人セッションで、

Aさん。「そろそろ本命の彼と出会いたいと思ってるのに全然出会いがないんですよ!いつまでもあいまいな彼とずるずる関係を続けるのもそろそろ疲れてきたし!」

とか

Bさん。「仕事を辞めたいってずっと思ってるんですけどなかなか踏ん切りがつかないんです。でも、辞めた後にやりたいことも特に見つかっているわけではなく、中途半端なんです。そんな自分がすごく嫌で」

とか

Cさん。「いい加減、旦那さんを選ぶのか、離婚して彼と一緒になるのかを決めたいんです!けど、なかなか決め切れなくて。そんな優柔不断で宙ぶらりんな状態がしんどいんです」

とか

Dさん。「野良猫な既婚者の彼をこのまま追いかけていていいんでしょうか?もっと誠実できちんとした人を見つけて結婚した方がいいんでしょうか?」

とか

Eさん。「カウンセラーとしてちゃんと食っていけるようになりたいので自分なりに頑張っているつもりなんですけど、なかなか売り上げが伸びなくて。自分には才能がないんじゃないかと思って最近落ち込み気味なんです」

とか、、、とか、、、とか、、、。

とりあえず、そっとこの本を差し出して「読んで、実践してね」と言ってセッションを終えられたら楽なんですけど、目の前にいるのは武闘派女子ですから、そんなことしようもんなら私の命が危ないでしょ?なので、一応、お話はお伺いするわけです。
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「ほんとの自分」と「ワクワクする自分」のイメージが真逆なのですが、どうしたら統合できるのでしょうか?~ライフワークを生きる話~

ほんとの自分は静かでクラシック、ワクワクする自分は未来的で刺激的。
ライフワークを見つけるべく自分と向き合っていたところ、真逆のイメージが出てきてびっくりした!というお話です。
カギは「頭で解決しようとせずに、感覚的に答えを見つけること」。
思考は「感覚」を現実化するために使うものです。

根本様、はじめまてして。
YouTubeからこちらのブログも拝読するようになりました。
いつも沢山の実践的なアドバイス有難うございます!つい先日のお花畑スピ妄想を現実に落とし込むお話とても参考になりました。
すぐにその日の日記で、「ほんとの自分が好きな〇〇」の問いかけをしてみました。

すると、予想外のイメージが出てきました。
またそれは、よくそれこそスピ系で言われる「ワクワクすること」の問いかけで以前自分が出したイメージと相反するというか、全く違うものだったことに自分の中で疑問符が浮かんでいます。

「ほんとの自分」の問いかけで出て来た自己イメージは、静かでクラシック。
古い日本の器や家屋を中心としたしっとりしたイメージで、また時間はとてもゆっくり穏やかな内省的な性質でした。
住む場所は古都。
読む本は古書店で入手した古典文芸。

しかし「ワクワク」のキーワードでこれまで出てきたイメージは、未来的で創造的。
まだ見ぬものを追いかける好奇心が外に向かう感じでした。
具体的なイメージも最新のミニマムな住まいやファッション。
住む場所は都会。
読む本はラジカルな話題の社会学本など。

ワクワク~の問いかけは、それこそワクワクする感じがし、
ほんとの~の問いかけは、「しっくりくる」「ずっと前から知っている」感覚が得られました。

若干混乱しており、この「ワクワク」と「しっくり」の矛盾というか、統合出来るのならその考え方などお教えいただきたいです!
(Rさん)

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