お察し上手な人は愛の人、癒し人。

つい相手の気持ちを考えて無理をしてしまう。
場の空気を呼んで、気が進まなくてもみんなのために頑張ってしまう。
良かれと思って先読みして行動してしまう。
その人が喜びそうなことをその人が気付く前に気付いて動いてあげる。

たとえ誰にも気付かれなくても、周りから評価されなくても、それでよい重たい荷物を背負い込むことになっても、やっぱり誰かのために頑張ってしまう。

こんな性格は不憫だと自分で気付いていても、気付いてしまうのだから動いてしまう。
動かざるを得ない。
もし、そこで見過ごしてしまったら罪悪感を抱えるから。
だから、報われないと分かっているのに、ついついやってしまう。

そして、疲れてしまう。

考えすぎだったり、気を使い過ぎだったりしてるってことは分かっているけれど、気付いちゃうんだから、分かっちゃうんだからそうせざるを得ない。

そんな風に自分のことを横において、誰かのために頑張っている自分のことは、正直あまり好きじゃないかもしれない。
そんな人の気持ちを察することができる能力なんて全然長所に思えないし、むしろ、無理やり背負い込まされた荷物のようにも感じてしまう。

でも、やっぱり気付いてしまう。
オフィスで困っている人をいの一番に見つけてしまうし、初めて訪れた店で戸惑っている人を見つけたら店員でもないのに話しかけてしまうし、このままだったらトラブルになるな、ということもみんなより早く気付いてしまう。

気付いたから動くしかないし、そういう癖は昔からずっとついている。
続きを読む


「愛」をベースにものごとを見ると自分や他人を否定をしなくて済むようになる。

できないことや失敗したことは、次、できるようにすればいいし、
相手は自分と同じじゃないから、同じように感じるとは限らないし、
何よりも自分は良かれと思って愛の行動をしたんだから、何も間違ってないんです。

個人セッションでもセミナーでも「そのベースに愛があるとしたら?」という目で見るように心がけています。
心理学を知るとつい「分析」に力が入ってしまい、「問題探し」にエネルギーを向けてしまいます。それって意外と楽しいし、謎解きのようで面白いのでハマってしまうんですけど、でも、クライアントさんはそればかりを求めてるわけじゃないんですよね。
むしろ、「どないしたらええねん!?」という答えが欲しいわけです。

で、その時にどこに視点を置くか?というと、私はなるべく「それが愛だとしたら?」という見方をしたいと思っています。
これは私のお師匠さんから学んだこと。

「なんでそんな愚痴ばっかり言うお母さんの話を聞き続けたの?」

お母さんとの癒着があって離れられないからお母さんを背負うしかなかったから、という分析をするよりも、それだけお母さんを助けたい、楽にしてあげたいって愛があったからだよね?という見方をしたいんです。

「なんでそんな野良猫くんのために自分の気持ちを我慢して付き合ったの?」

自己肯定感が低くて自分にはその程度の価値しかないと思ってるから、というよりも、それくらい彼のことが好きだし、追いかけちゃうんだよね~?そういう情熱の女だし、愛したい人なんだもんね~という見方に比重を置きたいと思います。

「なんで自分の仕事だけでもしんどいのに人の仕事まで抱え込んでるの?」

そうしないと必要とされないと思っているんだよね?それくらい自分の価値を低く見積もっちゃってるんだよね?という分析も悪くないんだけど、それだけ人を助けたい人ってことだよね?武闘派だもんねえ?という見方の方が好きです。

その状況やできごとを「愛」から見るのか?「問題」として見るのか?というのは大きな違いがあります。

愛というのは必ず存在しているので、どんな状況にあっても、どんな問題であっても、そこに愛を見ることは可能です。

例えば、本日発売の『人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本』の中ではそんな見方を紹介しています。
続きを読む


自分軸になると長所がきちんと長所として発揮されるようになる~自分軸になる方法~

他人軸って他人が軸なので振り回されます。
優先順位も他人が先ですから、自分は後回しです。
何かをするにも、決めるにも相手次第になりますから、受身の状態になります。

問題にもなりましたが、あるバラエティ番組で芸人さんがいきなり目隠しをされてワゴンに乗せられてどこかに連れていかれるコーナーがありました。

それってめっちゃ怖いと思いませんか?
すっごく不安になると思いませんか?
どこに連れていかれるのか分からないわけです。
そして、自分がどうなるのかも分かりません。
めちゃくちゃ考えちゃうと思います。

他人軸って究極のところ、そういう心理状態を作るんです。

だから、ものすごく疲れます。全然余裕はありません。

これは職場でも起きるし、恋愛でも当然起きますし、また人間だけではなく、「お金軸」「仕事軸」と言ったものにも起こりうるものです。

誰かに人生の主人公を渡してしまうわけですから、主体性はなくなりますし、ライフワークを生きることも難しくなるものです。

特に人の気持ちを考えたり、場の空気を読むことに長けていたり、周りの人に迷惑をかけたくなかったり、自分さえ我慢すればいいと思っていたりすると、その傾向がとても強くなってしまいます。

しかも、このタイプの人は「人のために良かれと思って・・・」という動機で動いています。
それって素晴らしいことなのです。

が、他人軸になってしまうと報われなかったり、評価を気にしちゃったり、頑張りすぎたりしてしまい、疲れてしまうわけです。

そうすると「長所が短所になる」という最悪なできごとが起こります。

だから、自分軸を確立することは人の気持ちを考えられる人こそ、非常に重要なのです。
続きを読む


寂しさは「外」で満たすのではなく「内」から満たすもの。

寂しさは人を狂わせる感情で依存症も作りやすい感情です。
外から調達したもので埋め合わせをすると、どんどん相手に依存してしまいますよね。とするならば、答えは「内」にあるんです。自己充足って言います。

私は10年以上付き合った元彼と2年前に遠距離になった際、元カレに彼女ができた(関係がかなり悪化していたので、私が捨て台詞で「彼女つくればいいじゃん!」と言ったため)ことをきっかけに別れました。

元彼から仕事をもらっているので今も連絡してます。月一は体の関係もあります。

最近、仲が良い可愛い同僚に
「結婚寸前だった彼と別れる→
仲が良かった社内の男性と付き合う→
子供ができて寿退社」という出来事がありました。

私は彼女が手元から去っていくような寂しさを感じ、その同僚にLINEしまくりたいのを抑えるため最近は頻繁に元彼にLINEをしてしまいます。

特に会社帰りになると誰かに連絡がとりたくてたまらないのですが、気軽に連絡をとれる友人もおらず、思わず元彼にLINE。

その際に「週末食事でも」と言ってくれるのですが、結局セックスがセットになってしまう&実際会うと私も寂しさで体を求めてしまうのが悩みでもあります。

最近は誘ってもらうことを切望しているのに「ご飯食べよう」って言葉をもらうと満足してしまい、「今回はやめる」と言ってみたり、でも寂しくなってやっぱり…とまたLINEして反応をみたり、自分でも何やっているかよくわかりません。

寂しさを認めたら、この気持ちもなんとかなるのでしょうか?
(Kさん)

続きを読む


納得がいかないことや理不尽だと感じることに対しては批判しないと気が済まない私ですが、やはり疲れてしまいます。

常に戦闘モードでいるのはしんどいものですが、自分の価値観に縛られているとどうしても戦わざるを得ません。
だから、その批判したくなる心理を読み解いてみましょうか。

いつも皆様のご相談と根本先生のわかりやすく切れ味のある回答を興味深く拝読しております。

今回もネタのご提供になるのですが、テーマは「男尊女卑が許せない心理」についてです。

私はとにかく男尊女卑の傾向が強い男性を嫌悪しており、軽蔑しています。

この夏に話題になった医科大の入試の件も非常に腹ただしく感じました。
(入試の前に医療従事者の労働環境や体制などに問題があると思いますが、隠蔽したことに対して腹ただしいという意味です)

また、「家事は女がやるもの」とか「女の癖に生意気」とかいう風潮にも疑問を感じますし、許せないという気持ちがあります。

一応これでも主婦なので、家事全般はやりますし、旦那の方が仕事をしている時間は長いため、自分の家事の割合が多いことに不満はありません。

ただ、あまりに手伝ってもらえない時はちゃんとお願いするようにはしています。

また、ネットで女性を馬鹿にするような発言をしたり、掲示板などで叩いているのを見るとやっぱり腹が立ちます。

先日、ツイッターで私の発言を馬鹿にしてした男性がいたのですが、徹底的に批判した上、相手の劣等感を逆撫でするような言葉を投げて炎上させました(笑)

しかも1人じゃなく、2人もです(笑)
私の発言にも何か馬鹿にしたくなるような要素があったのかもしれません。

その時、「これって自立系武闘派女子が彼氏や夫によくやってしまうヤツと同じなのでは?」と気づき、「これは絶対に恋愛ではやったらアカン…」と過去の自分を反省しました。

私は性格的に、納得がいかないことや理不尽だと感じることに対しては批判しないと気が済まないようなのですが、やはり疲れてしまいます。

もう少し男性に対して穏やかに寛容になるにはどうしたら良いでしょうか?

根本先生がよくブログで仰っているように、自分に対して寛容になることが先でしょうか…?
(Mさん)

続きを読む


ほんとの私ってどこにいるのでしょうか?

ほんとの私はこれだ!と決められたら安心なのですが、なかなか決められるものではありません。
もやーんとした結論にならぬよう、女王様の命令に忠実に従ってみました。

根本さん、おはようございます。女王様です(笑)
なぜか昨日のメルマガでネタ大募集中の文字が目にとまったので早速リクエストします!

ズバリ、「ほんとの私ってどこにいるのでしょうか?」です!

先日のカウンセリングでは私の長所をたくさん教えてくださり、ありがとうございました。その中に「人の気持ちが読める」「演技できる」と言うのがありました。
確かに、相手を読もうとしてる訳ではなくて、何というか、感覚として勝手に伝わってくることがあるような気もするし、相手のテンションに合わせることも多いのかなと思います。

周囲に合わせない私を「ほんとの私」とするならば、周りが思っているよりも、自分が思っているよりも、私はおっとり、まったりした性格なのかな?と思っています。
しかし、おっとり、まったりでいくと、たぶん、周りのスピードに付いていけないのです。
高速道路を時速40㎞で走っているような感じになります。
高速道路を走ってるのにそれでは周囲に迷惑を掛けてしまうのでは?という気持ち、せっかくスピードを出せるのに出さないなんてもったいないという気持ちになるので、自然と時速100㎞にしてしまうのでしょうね。

結局のところ、相手に合わせて演じているも私だし、おっとり、まったりしているのも私。
どっちも「ほんとの私」っていう自己完結に終わるのですが、終わらない方向でネタにして頂けませんか?

紳士の根本さんはよくお分かりだと思うのですが、私、女王様の言葉は絶対だと思うんです。
紳士の根本さんはよくお分かりだと思うのですが、私、女王様の言葉は絶対だと思うんです。
大事なので2回言いました!

楽しみにしていますね!

世界三大美女のひとりからでした(はあと)
(Tさん)

続きを読む


100%の力とは「固定値」ではなく「変動値」である。

(11/15追記しました。Mちゃんの分かりやすいノートをご紹介!!)

沖縄リトリートセミナーのセッション中にふと浮かんだ言葉。

「100%って固定値だと思ってない?変動値だよ!!」

100%全力を出す、とか、100%の力を発揮する、とか、100%全力で挑む、などの言葉で使われる「100%」。

続きを読む