他人に合わせすぎて自分のしたいことが分からなくなっているときに何をすればいいのか?

他人に合わせすぎていると、まず自分の価値や魅力が受け取れなくなります。だから、そんなお話からスタートして、自分がしたいことを見つけるために、まずは自分を喜ばせることを試行錯誤してみましょう!というお話です。

根本先生、いつもブログ拝読している40独身親同居女です。心救って下さってありがとうございます。

ライフワーク本を買って取り組みましたが、なかなか進めることが出来ません。小さい頃の夢がなかった人間は、何が本当にしたいことか、自然体なのかどうやって知れば良いのでしょうか。

小さい頃、夢が本当になく、幼稚園の卒園時に絵を描かされた時は眼鏡屋になりたいという嘘の夢をでっち上げました。
当時、親が雑貨商をしていて、商品を家で使うものに流用していた事から、眼鏡屋をすれば将来目が悪くなっても店の商品が使えると思って。でも先生から何故眼鏡屋なのと聞かれても、夢がないと言ったら生意気と思われると思い黙っている子供でした。

やっと小学校高学年で、狂言師や文楽人形遣いになりたいという夢が出来ましたが、どちらも基本男性の世界で断念しました。関連する世界も挑戦したものの入れず。

就職は氷河期で失敗、その後出版業界で激しくも楽しく働いていました。しかし希望して異動した先で過労によるうつ病で退職。たくさん再就職に失敗しながらやっと正社員で事務の仕事に就きました。楽に長く働けたら良いと思っていましたが、物足りなさを感じています。とは言え再び倒れるのも怖いです。

恐らく今まで親始め、他人に合わせすぎて自分のしたいことが分からなくなっているのです。それが子供時代から長すぎて、どうやって自分の思考ではなく感情を感じることが出来るのか分からない。自分軸を唱えるしかないでしょうか。。
ご意見頂けたら幸いです。
(Mさん)

続きを読む

自立系武闘派女子はドロドロした未消化な感情を引きずりながら生きるのが運命なのでは?

「クールな技巧派」とか「洗練された感情表現」とかに憧れるのは分かります。
分かりますけど、そもそも向いてる?できる?やりたい?という問題が残ります。
でも、そのドロドロした感情が「人間らしい」し、「自分らしい」わけですから、それを晒して生きるのがライフワークなのかもしれませんね。

長年のファンです。
おかげさまで自分の特性を抑圧するのではなく活かす方向に軌道修正でき、楽に生きられるようになりました。
ありがとうございました。

最近はvoicyを無限ループさせて頂いております。(贅沢すぎる…
それでvoicyの中で「自分の感情に責任を持つ」というお話があって、そこを深掘りお聞きしたいです。

私は創作をしているのですが、運良くそれでたまにお仕事も貰っているので趣味でやっていた時にはあまりなかった葛藤があります。

それは「出してはいけないものを出している…」という葛藤です。
出していけないもの、というのは、未消化の生々しい感情です。

もっと感情の表現を洗練させるしかない…というのは漠然と思っているのですが、暗中模索中です。
その作業を「わたしは昔からほんとはこれしかやりたくなかったんだろうなぁ」と感謝と満ち足りた感覚で一杯になる日もあれば「なんつーもの世の中に出そうとしてんだろ…」と否定感に覆われる日があります。

現に少し前まで、エモーショナルな表現を人目に晒すのが耐えられずクールな技巧派に憧れてそういう路線変更を何度か試みました(この葛藤はもう5年はやってると思います)
それでテクニカル路線でお仕事もでき、評判もわりと良かったのですが、その後が続かなくて…燃え尽きみたいになりました。

それでリハビリのつもりでまた感情路線でぼちぼちやりはじめたら、苦しみもあるけど腰が座る感じがあって、やっぱこっちなのかなぁとなっている今日この頃です。

ですが前述の通り、人目に晒す抵抗は依然としてあり、そこを突破する武器として「感情に責任を持つ」ことを今ひとつ深掘り御指南していただましたら幸いです。
(Yさん)

続きを読む

周りに振り回されないように「私」(自分軸)をしっかり意識する方法。

その才能が豊かで、エネルギーが強い人ほど、そのエネルギーに自分自身が振り回され、それが周りに投影されるので、周りの人たちに振り回される、という現実が目の前に現れます。
なので、改めて「自分軸」を確立しようぜ!という話になるのですが、その具体的なひとつの方法をお伝えします。

いつもブログ拝見しています。ロックマン夫の浮気から先生の本や動画で心理を学び、ライフワークを仕事にして武闘派女子の鎧を脱ぎ捨てた頃から、ヘラクレスオオカブトの皆さんに愛されまくり始めました。

仕事でも家庭でも立派な(でも寂しい)方が、私に癒やしやスキンシップを求めます。私は清楚な外見とは反対に奔放でエロいです。それでも尽くしてくれるんです。

夫とは今ではお互い愛情があります。両親との過去も見直しました。だから寂しさからの逃避で愛されたいとは、今は思いません。

そんな中、なぜかふと「私は男性に何かを与える存在なんだ」と感じたことがあり、先日の「問題と才能の現れ方~例えば豊かなセクシャリティを持つ女性はヒーラーであり、それがゆえに傷ついてしまう~」を読んで、しっくりきました。

私を介して大きな愛とつながってほしいし、愛させてあげたい。
でも、確かに嫉妬から同性とのトラブルが起きたり、一般論で縛られたり、男性の欲に振り回されたりと、エネルギーが枯渇しそうな時があります。

先生は『だからこそ「私」というものを強く意識して、しっかり自分の足で立つ(=自分軸)が必要』と書かれていましたが、具体的にはどのようなことを気をつけたらいいのでしょう? 

だれかれ構わずヤリまくっているわけではないのですが「自分を大切にする=セックスしない」は違和感があります。
(Aさん)

続きを読む

失敗することへの怖れは「本気」になれば乗り越えられるもの

失敗を怖れて無難な道を選んでしまうこともあると思いますが、それだって今の自分にとってはベストな選択なわけで、悪いことでも何でもありません。
本気になってしまえば、その怖れだって乗り越えられるので、それだけ情熱的になれるものと出会うのを待っていてもいいわけです。

根本先生 お世話になっております。
ライフワーク本を購入、セミナーには複数回参加したメルマガ購読者です。

2019年12月9日の記事「考えているばかりで行動できないときに取るべき7つのプロセス。」に関して質問です。
「失敗することで得られるメリット」と「失敗すると何が困るか」を同じ数、書き出してみました。
そこで分かったのが、
「失敗から得られることより、困ることの方がはるかに大きいと思っている」
そのため、
「大きな失敗ができないので、安全策を取る」
ということです。

困ることは、主に失うものがいろいろありすぎる、とか痛い目に逢うという内容が主でした。
それに対してメリットはインパクトが弱く、失敗してもいいやと思えるほど魅力的ではありません。

確かに過去、転職などでは、不確実なものより、より無難で堅実と思われる方を選択していました。

ただ、この傾向だと、この先も安全パイばかり選んで人生がつまらなくなりそうなので、失敗を恐れなくなる考え方のヒントを伝授していただけませんか。

私の文章が面白くないので採用の期待はしていませんが、似たようなことを感じる人もいそうなので、ご検討よろしくお願いします。

では少し早いですが、良いお年をお迎えになってください。
(Mさん)

続きを読む

「退屈」を「無理めな恋」で紛らわせる癖を解消するのは「セックス」と「ライフワーク」がおすすめです。

情熱系な方々は退屈を紛らわせる刺激物として「無理めな恋」や「ハードワーク」は最高にその効果を発揮しますね。
とはいえ、心身共にボロボロになっちゃうのはあまりお望みではないと思います。
そんな退屈を根底から覆すにはどうしたらいいのか?を考えてみました。

根本さん

ちょっとピンチに陥っていて、ご意見を伺えたら嬉しいです。
退屈で、無駄な恋をしそうなのです。

自分の力を全く活かせない職場に8年いて体も壊し、奮起して転職をしました。いまの職場はまさにこういう感じが良いと思っていたところで、自分の能力を生かしたい、頼られたい、年収をあげたい、ハードワークすぎないなど、きちんと叶いました。
なので私生活でも、いままで違和感を感じていたこと(見た目を磨きたいとか、不要な気を使う友人と離れるなど)をこつこつと片付けてきたら、自分の目標のようなものがなくなってしまい、しばらく虚しさを感じていました。
そこへふと、仕事関連で会った家族持ちの異性に白羽の矢を立ててしまいました。
私、いままでもそうなのですが、退屈すると無理めの恋をします。本気の恋とはちがって「この人のことだけを考えている時間があれば退屈しないから」という相手を見つける感じです。
これは学校が退屈だった小学生の頃からそうでした。恋心で退屈を麻痺させて人生をキラキラさせて生きてきたのです。
でも、そういうことをもうしないでよい、自分にとってはベストであろうという夫と結婚して8年。子供はおりませんが、しあわせな結婚生活です。
「外的刺激が欲しい」このループから抜けられないのが私だから、いつも何かを求めているのは良いと思っていたのですが、恋はまずいのです…。
しっかりと10年不倫をしてぼろぼろになった経験から(向いていないんですよね。辛かったです)それは本当に避けたく、ご相談しました。
もしお答えいただけたら嬉しいです。私もしっかりと考えます。
(Sさん)

続きを読む

人の愛を信じられなくなったのは、お母さんが亡くなったせい?

小さい頃に母親を亡くす、というのは子どもにとっては大きな影響を残します。
だからと言って幸せになれないわけでもないし、お母さんを亡くしたからこそ得られる恩恵も実はあるのですが、代償として、例えば誰かの愛を信じられない/受け取れないなどの問題が生まれることも多いようです。

もう嫌!!ってなった時にいつも記事を読んでフンッと奮闘しています。ネタ提供になればと思い投稿します。
私は人からの好意を信じられないです。自己肯定感が低いと言えばドドドド低いと思います。自分は何をしてもダメ、好かれるわけがない、好きって言ってくれる人のことが信じられない、私みたいな人間のことをなんで好きになるの…とループに入ります。
思い当たる節はあって、7歳の頃に母親が亡くなってから父子家庭なのですが、私が9歳の時に父親の当時の彼女から「あなたがいなかったらよかったのに」と言われたことがスイッチだと思ってます。
当時の彼女は私を可愛がってくれていたし、ママになっていい?と聞いてきたこともあります。結婚したい彼女に、父親が子どもが母の死をもう少し受け入れられるまで待ってと返したところ、あんたがいるせいで結婚できないじゃない!とキレたわけです。父親の携帯を盗み見てわかったもので、直接言われたわけではありません。
ただ9歳の子どもには衝撃的で、あんなに可愛がってくれていたのに…本当は私のこといらなかったんだ…と沈みました。そこから私の自己肯定感低い人生は始まった気がします。あと父親が過干渉で過保護なのも関係してるかもしれませんけど。

今は彼氏はいますが好かれてる自信が無く、実際うまくいってはいません。私はまだ好きなのにごちゃごちゃ考えてしんどくなるくらいなら関係を切りたい!ともなっています。
日本語がめちゃくちゃですが、子どもの頃の大人との関係や言葉ってどんなに時間が経っても根付いてしまいますね。
(Mさん)

続きを読む

「幸せにしたい」とか「一緒に幸せになろう」ではなく、「幸せになって欲しい」と突き放されちゃう理由。

そう言われちゃうのは悲しいことなのですが、そこには「看板に偽りあり」的な何かがあったり、彼を振り回しちゃっていたり、競争を仕掛けちゃっていたり、様々な要因が考えられるものです。
それらをざっくりまとめてみました。

いつも根本さんのブログを読んで勇気づけられております。
もしよかったら、ネタにして頂きたいことがあり、メッセージを送りました。
私は、自分が好きな人からは、ことごとく「幸せになって欲しい」と言われます。「幸せにしたい」とは言われません。
私自身は、好きな人と一緒にいることで、最も幸せになれると思っています。…が、相手にはそう思ってもらえないのはとても悲しいです。
相手の気持ちは変えられないとはいえ、これも自己肯定感の低さと、相手からの愛情の受け取り下手が影響しているのでしょうか。
もし機会がございましたら、ご教示頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
(Mさん)

続きを読む