女神性について~それは何なのか?どうしたらそことつながれるのか?~

女性性の中でもハイアーマインド(ハイアーセルフ)の部分を「女神性」と呼ぶことがあります。
それはもう「私は女神だ」と宣言するにふさわしい領域なのですが、そことつながることで許し難きを許すことができ、至福感に達することができます。
(行為なしでオーガズムに達せられる、という世界線です。)

女性性の中でも、ハイアーマインドとか内なる神様とかとても高いレベルのエネルギーのことを特に「女神性」と呼ぶことがあります。
これが心理学用語なのかは正直分からないのですが(苦笑)、私はそうした女性性の高次のエネルギーをいつからかそう呼ぶようにしました。

女性性の一部ですから別に女性だけが持っているものではなく、男性だって持っているものですが、さすがにこちらはセッションの中で出てくることはほとんどなく、男神性のニュアンスで「神性」という表現を使っております。つまり、こちらは男性性のエネルギーですね。

その女神性と神性を統合した世界観もあるのですが、それはまたの機会にお話ししましょう。というのも正直感覚的にしかとらえていないため、言語化が今の私にはまだ難しいのです。とはいえ、女神性も言葉にするのがものすごく難しく、ふわっとしたあいまいな話になってしまうかと思います。(言い訳)
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無意識に自分に合わないものを選んでしまう心理

幸せになりたい!と思っているのに、幸せになれない人を選んでしまう。
幸せになりたい!と思っているのに、面白みのない仕事を選んでしまう。
人間関係をうまくやりたい!と思っているのに、自分に合う人がほとんどいない。
そんなジレンマはどうして起こるのでしょう?

先日のカウンセリングではお世話になりました。
根本さんからいただいた問いの謎解きに、この夏、はまりこんでおります笑。

カウンセリングでも出てきた、「無意識に合わないものを選ぶ」について教えていただけないでしょうか。

新しい環境は分からないものです。
入社しないと実情は分からないし、赴任先は組織が選ぶなど、ままにならないものもあると思います。
私の場合、貴重な体験や職種だけど、しっくりこない、硬直した職場などの不全感のまま転職や任期を終えてきました。
コントロールできない要素も多いなか、「無意識に合わないものを選ぶ」とは何でしょうか。
私としては「結果合わなかった」と解釈、新しい場所へ向かうことを繰り返してきました。

そして、そこから派生して、自分にとって重要なことや本質について触れようとすると、途端に頭や心がモヤに包まれムカムカするのです。
自分が嫌いという感覚とは違います。
目を逸らすというか考えることができません。
実際、目が横を向いて、身体が固まっていました…。

普段の些細なことには好きなものも分かるし、親との関係性などには向き合えたのに、なんでそんなに触れたくないんだろうと悲しくなります。
私が触れたい一番大事な部分で、他者との関わりで傷ついた部分じゃないのに。
(Mさん)

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「あなたが自分を扱っているように、他人から扱われる」という法則

もし、あなたが自分を傷つけているならば、きっと周りから傷つけられることが多くなるでしょう。
もし、あなたが人から大事にされないな、と感じているならば、きっとあなたが自分のことを大事にしていないのです。

カウンセリングや心理学では「投影」という現象をよく扱うものです。
自分の心の中を世界に映し出しているわけでして、すなわち、あなたが目にするものはすべて心の内側を映し出したものである、というとらえ方です。

なかなか理解しづらい現象なのですが、こういう視点をもつと非常に筋が通り、なるほどー!と思えてくるものです。

それで自己肯定感をあげる方法の一つとして「投影を使った魅力探し」が生まれるんです。

「あなたの周りにはどんな魅力を持った人がいますか?」という問いは、周りの人たちに映し出されたあなたの魅力を収集する方法です。

ちなみに私がかつて25歳で心理学を学び始めたとき、この法則が全く理解できず、師匠や先輩に質問しまくり、それでも全然ピンと来なくて悶々としていたことを思い出します。

私がそれを理解し、人に説明できるようになるまで2,3年はかかりました!(デキが悪いぞ!)
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自分の排泄物や経血などに「汚い」という強い嫌悪感を抱いていることに気づきました。

排泄物などをきれいと思う人や愛おしいと感じる人はけっこうマレで、多くの人が「汚い」と感じてしまうものだと思います。
けれど、それが強い嫌悪感ともなれば、やはりちょっと過剰ですよね。
そこにどんな心理が隠れているのかを見つめていきたいと思います。

はじめまして。私は今、自分の身体に対する感覚と向き合いたいと思い、こちらに相談させていただきます。

最近、自分の排泄物や経血などに「汚い」という強い嫌悪感を抱いていることに気づきました。たとえば布ナプキンに挑戦しようとしても、自分の血を洗うことに抵抗があり断念しました。自分しか使っていないトイレの掃除にも手袋をつけ、身体を便器から離して掃除するほどの抵抗感があります。

その一方で、野菜を育てるようになってから、自然の営みに気づかされました。芽が出て、花が咲き、実をつけ、枯れて土に還る。人間の身体もまた、食べて、排泄し、土に還る命の循環の一部だと感じるようになりました。
苦労して育てた野菜を愛おしく感じるにも関わらず自分の体を通って出たら汚く感じる自分がいる。この矛盾に戸惑いを感じています。

思い返せば、幼い頃から「汚いからきれいにしなさい」「見せてはいけない」と言われて育ちました。母の「太っている人は醜い」といった価値観も、自分の身体を否定する感覚につながっていたかもしれません。

こうした「自分の身体に対する嫌悪感」は、どうすれば和らいでいくのでしょうか。
自然の一部としての身体、その身体から生まれるものすべてを優しく受け止めていけるようになるには、どのように向き合っていけばいいのでしょうか。
アドバイスをいただけたら嬉しいです。
(Mさん)

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【オンラインスクール】今月のテーマ:SNS発信への恐れについて(3/4)

毎週月曜日(月4回)お届けしております、オンラインスクール「根本裕幸のメルマガ&動画で学ぶ、めっちゃ使えるココロの法則」。

根本の心理学講座(しかもちょっと高度な)を月額3,300円で視聴できるってめちゃくちゃお得だと思いません?

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ネグレクトな母だったがゆえに「見捨てられ不安」が強くなり、シングルマザーの今もその気持ちがよく出て来ます。

親から放置されるなどのネグレクトを受けると子どもの心には見捨てられることへの不安が強く残ることになります。
それは親が絶対的な存在だけに「死」を感じてしまうからです。
そして、それは大人になっても時々顔をのぞかせるので、好きな人に捨てられてしまうような不安を常に抱えることになるのです。

根本さんのVoicy、ブログにいつも癒しと驚きをいただいてます。様々な心の複雑さをおもしろく言語化していただき、ありがとうございます。

拙い文になってしまいますが、ネタになりましたら幸いです。

人並みに幸せになりたいのに見捨てられ不安や、理不尽さ、いつも犠牲になる、などの思いで長年苦しいです。

9年お付き合いしている不倫相手との間に5歳の子供がいます。
約5年前、私は妊娠に驚きましたが、シングルマザーで育てていく自信がなく、下ろすことを彼に相談しました。
彼は、育児に協力するから下ろさないでほしい、ということで、2人で産み育てることになり、現在も、少しではありますが、ほとんど毎日、育児に協力してくれています。
しかし、その協力を得ることも容易ではなく、彼にお願いにお願いを重ねて、ようやく今の協力体制があります。
彼 既婚、子供1人(9才)
私 独身、彼との子1人(5才) です。

私は親にネグレクトなど受けて育ち、現在は疎遠で育児などを頼れる親族もいません。

数年前、この関係が不倫相手の奥様に明るみになり、(私がバラしてしまいました)
奥様が不倫相手にこちらの育児協力をしないようにと妨害行為が続いています。

私が1人で育ててられたら良いのでしょうが、そのためには今フルタイムで働いているのをパートタイムにするなどして、働き方や職場を変えなければ1人で育てる事は難しいと感じています。

育児を妨害されたり、急に協力が得られなくなることに対して、私は過剰な恐怖があるように感じています。
幸せな時もいつ急に彼が来れなくなったりするんだろうと不安がほとんど毎日頭をよぎります。

私は子供の頃、母親が交際相手の家に泊まり何日も帰ってこなかったり、携帯にかけても電源を切られたりすることがあり、見捨てられ不安が強いと自分では思っています。

なかなかそれらを癒したり、精神的に自立することができません。
何かアドバイスをいただけましたら幸いです。
(Hさん)

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ずっと背伸びをして、生きてきた。

そうするしか仕方がなかったから、良い子をしたり、期待に応えたり、自分を抑えて周りに合わせたりしてきたんですけれど、ほんとうはしんどいんですよね。
でも、背伸びして生きてきてそれなりに成功しちゃった部分もあるから、そうは簡単に手放せないのも正直なところでしょう。
だから「背伸びをやめたときの感覚を感じてみる」ところから始めることが多いです。

例えば、周りの人たちの期待に応えられるよう、ちょっと頑張って生きてきた。
自分は他のきょうだいより優秀だから、ちゃんといい成績を取って両親を喜ばせなければならない。
親がやんちゃなお兄ちゃんのことで苦労していたから、心配をかけないように「いい子」でいなければならない。

そうして、少し大人びた子どもになった。

「ちゃんとしなければ」が口癖になって、学校では優等生だったし、先生も同級生たちも自分を頼りにしている風だった。

そうしていつも自分を良く見せなければいけなくなった。
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