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あれこれ気が付くし、要領もいいし、仕事も丁寧で早い、となれば、どこにいっても重宝される人材なのですが、自信がなかったり、他人軸だったり、無価値感が強かったりすると逆にそれを利用されて「便利屋稼業」に汗を流すことになり、割に合わない、報われない状況になりやすいものです。
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うちの読者様は「しごできお姉さん」も多いので今日のネタは「うっわ、分かるわっ!!!」と大いにうなづいてくださるかと思います
が、ただ問題は自分を「しごできお姉さん」だと自覚してないことだったりするので、おそらく「わたしは別にしごできお姉さんじゃないんですけど、職場の便利屋になっています。」と思われる方の方が多いかと想像されます。
どうも、日本の多くの職場は仕事ができる人にとっては理不尽なことが多いようです。
与えられた仕事をサクサクこなす。できてしまう。
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時間内に仕事が終わっちゃってヒマになる。
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上司が「お、じゃあ、これをやってくれ」と新たな仕事を持ってくる。中には担当外の仕事も多分に含まれる。
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その仕事をサクサクこなすのだが、定時を過ぎてしまい残業になる。
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なんか、めっちゃ忙しい。
みたいな感じ。
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カウンセリングの中で「やりたいことをやって生きていきたい!」とライフワークを目指す際に、頑張って取得した国家資格が重荷になることもあるんですね。
自分を守り、助けてくれるはずの資格が、逆に足かせになってしまうのはもったいないなあ、といつも思うのです。
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このところタイトルのようなテーマのカウンセリングがちょこちょこ続いていまして、ライフワークを考える上で、けっこう重要なテーマだな、と感じているのでネタにしてみようと思いました。
たいていの国家資格ってやっぱ仕事をする上で専門性を保証するものであり、就職するにも有利だし、ある意味「自分を守ってくれるもの」です。
それに給与もある程度の額が保証されてることが多いですから(資格手当みたいなものがある職場もあるし)、めちゃくちゃ強みです。
だから、私も興味があるなら、チャンスがあるなら、その取得を積極的にお勧めしています。
ただ職種そのものの資格の場合、逆にそれが足かせのようになってしまうこともよくあるようです。
「弁護士を辞めるって周りの人に言ったら全員から猛反対された」
「医師を辞めるって誰も信じてくれなくて、ちょっとお休みするだけだよね?と言われた」
「やりたいことはあるけど、それで今みたいな給料をもらえるか分からないから薬剤師を辞められない」
「ライフワークで生きたい!と思っているけど、まだまだ自信がなくて、結局管理栄養士として就職しちゃった」
「看護師って条件さえこだわらなければどこでも就職できるので、自分がやりたい仕事を探そうと頑張ろうと思ってもいまいちエンジンがかからない」
「困ったらケアマネの資格でどこでも雇ってもらえるからライフワークに本気になれないのかもしれない」
これらはもちろん実話なんですけど、無資格者(=私)としては羨ましい気持ちもしつつ、話を具体的にお伺いしていけば確かにそういうことってあるよなあ・・・と同情を禁じ得ないこともあるんです。
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自分の作品を真似されたり、トラブル対応やめんどくさいお客さんなど、今まであんまりなかったなあ、ということが起きた場合、もし、自分が元気で日々楽しく過ごせているならば、それを「成長の証」として受け取ることがとても大事なんです!
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先生、こんにちは。最後のセッションから丸一年が経ちました。今日は最近の出来事に対する捉え方にアドバイスをいただけたら幸いです。
この一年、先生の助言を意識して過ごしています。家づくりにエネルギーを注ぎ、仕事はムリをせずとも以前ぼんやり望んでいた売上水準に自然と到達。家族やお客様へ大感謝の日々です。
また「もっと美しさを形にしたい」と思うようになり、4月から通信制のアート系大学に進学します。その準備として、今後仕事が無理なく回るよう、秋ごろから少しずつ進めてきました。
先生のご助言には心より御礼申し上げます。
さて、こういう状況の中、ここ3ヶ月ほどでいくつかの出来事が続きました。サービス内容を無断で発信する顧客(処分済)、過去にトラブルのあった顧客(無視)や依存系仕事関係者からの数年ぶりの連絡(無視)、知らない人から私の作品をSNSで無断公開される(対処済)などです。
冷静に対処してきましたが、ふと気づいたら「あれ?立て続けに大量発生している?」と気づきました。
家族関係は良好だし、大学生活を楽しみにしている中で起こるこれらの出来事をどのように捉えたらよいのか捉え方や心の整え方など、ご助言いただけましたら幸いです。
神様のテスト・パート100くらい?
どうぞよろしくお願いいたします。
(Kさん)
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「頑張らなきゃ必要とされない」という「怖れ」をベースに頑張ってた。
けど、それはしんどくなって「怖れ」を手放して、「愛」をベースに変えて行った。
そしたら前みたいに気力がわかなくなったし、頑張れなくなった。
それでいいの?ダメなんじゃない?
そう、「怖れ」は刺激的だけど「愛」は穏やかなのです。
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「ちゃんとしなければ認めてもらえない」
「こんな私は人一倍頑張らなきゃいけない」
「何者かにならなければ愛されない」
「自分ひとりで何とかしなければならない」
「負けてはいけない。舐められてはいけない。」
「常に成長し続けなければならない」
これらは「怖れ」がベースになっている価値観です。
「怖れ」って刺激的で、インパクトも強いので「瞬発力」もあり、かつ、火事場の馬鹿力じゃないですが、たいへんパワフルです。
ふつう「怖れ」というのは「持続力」に欠けるので長続きしないものなのですが、強い怖れの場合は「刺激中毒」の状態を作り出すので、その頑張りを続けることができるんです。
体力・気力に充実している間は「怖れ」をベースにした頑張りもできるんですけど、その頑張りが体力・気力を削っていくことになるので、言うてもそんな長期間にわたって頑張り続けることはできません。
どこかで心身を病んでしまうことになるでしょう。
だって、出力オーバーの状態が何年も続いてしまうわけですから。
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それまでバリキャリとして生きてきた方が、結婚後もバリキャリを続けるならばいいのですが、そこで方向転換して「夫」や「家庭」を中心とした生き方に変えるとしたら、方向性が違いすぎて戸惑ってしまうものです。
だから、一旦、結婚を機に「区切り」を入れてみるのはいかがでしょうか?
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根本さん、こんにちは!
今年の秋に入籍が決まり、今月末で会社を退職し4月から、婚約者と一緒に暮らす運びとなりました。来月から都心部で暮らすにあたって、今お仕事を探しているのですが「次どんな仕事がしたいのかしら?目標が見えない。。。」とモヤモヤしております。
私の仕事の経歴をサクッとまとめると、バリキャリでビシバシ仕事をしていた方でした。
6年前までは、エステサロンでお客様へ営業&副業でライター。
今働いている旅館では、お局ポジションで取引先と深夜まで飲み会もしながら、次の日も朝8:00に出勤というスタイルで今まで仕事をしておりました。
次はどんな業界がいい?仕事でどんなことをしたい?がはっきりと出てこず。。
彼と一緒に毎日ご飯を食べたいから、夕方終わりで土日祝とお盆とお正月も休める仕事が良いなぁ~。年収は今の会社よりも100万円以上上がったら嬉しいなぁ~くらいで。
最近は、仕事している時のんびりコーヒーを飲んでやることは最低限こなしてノンストレスで仕事ができています。
前から興味があったセッション業をライフワークでチャレンジもしましたが、結局続かず。ビジネス講座を4か月受講してブログを2~3日に1回更新してみたり商品作りをしました。
なぜか途中で先生とも波長が合わないなぁと感じて、ビジネス講座終了までなんとか課題をこなし終えたという状態です。(私のポテンシャルを見て厳しく接していたようですが、なんか怖く感じ途中から本音が言えなくなりました。)
次にこうしたいという目標がなくて、フワフワ過ごしている感覚です。
次の目標が見つける為に、私が今した方が良いことはありますか?むしろやらなくても良いこともありましたが、ご回答頂けると嬉しいです!よろしくお願いいたします。
(Aさん)
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私たちはつい被害者になりがちなのですが、よくよく見て行けばそれは紛うことなき自作自演でることに気づくことも多いものです。
私たちの問題の多くは、自分自身の価値観や考え方が作っているものですから、それを変えていく、手放していくことで、生き方を変えることもできるのです。
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いつもブログや書籍で助けられております。現在6回目の転職活動中(有休消化中)です。
前回の転職活動でも転職の多さから苦戦したのですが、また心身共に限界を迎えるまで働いてしまい今に至ります。
過去を振り返るのですが、どうも犯人は自分のようです。仕事をどんどん振られ誰も助けてくれず、自分でもどうしようもなく限界を迎えていたんですが、自分の中に頑張らないと評価されない、せっかく依頼してくれた仕事を断ると申し訳ないという考えが根底にあり、自身で追い詰めていたことに気付きました。
仕事を増やすのは上司、同僚と思い込んでいたため一人職場でないと無理なのかと考え込んでしまい、でも自分に何が出来るのかと鬱状態になってしまいました。
こういう時は『休め』と言われると思うのですが、休む事にも罪悪感がかなりあり、休んでも休めず、気分転換も何をして良いのかわからずもがき苦しんでおります。
先生の本をかき集めて熟読するのですが、同じ間違いを繰り返しかねない転職活動を中断すべきかご教授頂けたら幸いです。
(Tさん)
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「私は愛される価値がない」と感じさせる無価値感。
この無価値感はハードワークを生み出し、どれだけ成果を上げても自信が持てなかったり、常に人の期待に応え続けようとして疲弊したり、自分を下に置いたりしてしまう問題を作ります。
それくらい根の深い問題なので、自分を救うためにも腰を据えてじっくり向き合いたいものです。
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エリートだったり、うまくやってる経営者だったり、「いやいやふつうのOLですよ」と謙遜される“しごできお姉さん”だったりにお会いする機会が多いのですが、けっこうな確率で「無価値感」を抱えていらっしゃることが多いようなのです。みなさんはいかが?
「わたしには(愛される)価値がない」という思い込み、心の中にありませんか?
もちろん、誰もが持っている感情ですけれど、客観的に見れば「えー、すばらしい価値をいっぱい持ってるのにー」と思わされるのです。
こんなパターンに心当たりはありませんか?
・ハードワークをしてしまう。自分の能力は大したことないと思い込んでいて、人一倍頑張らなきゃ!と思っている。
・それなりに実績を積んできてると思うが、自分に自信を持てない。上司・先輩・同期からは「もっと自信もちなよ」と言われるが言われてできるもんでもない。
・周りから賞賛されているらしいが、自分ではその実感がなく、むしろ、評価されればされるほど「その評価を裏切ってはならない」と甚大なプレッシャーを感じる。
・表に出るのが恥ずかしいというか目立ちたくないというか、自己分析も低く見てしまうし、いわゆる謙虚なふるまいをし続けているのだと思う。
・周りのすごい人たちと自分を比べて「自分なんてまだまだ」とずっと思い続けている。
・自分がうまくやってこれたのは周りの人たちに支えられたからだし、運がよかっただけで自分の実力とは思えない。
もちろん、これは仕事だけでなく、パートナーシップにもめちゃくちゃ当てはまるものです。
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