愛を与えることの喜びと、犠牲と、愛されるという他人軸について。


愛を与えることに喜びを感じているうちは幸せですが、そこに犠牲が入ってきたり、愛されたいという他人軸の思いが入ってくると不満になって苦しくなってしまいますね。

根本先生、こんにちは。
いつも楽しくブログを読ませて頂いてます。
今回、セックスの時に女性がS、男性がMの場合について質問させて下さい。

私は一つ年上の彼氏と一年半付き合っていますが、彼は性に関してはドMです。

付き合った当初はノーマルだったのですが、一年を過ぎた頃から彼がMっ気を出し始め、私がSになって攻めるようになりました。

始めは女王様気分で楽しく、求められている感じが嬉しかったです。Mな彼も可愛くて、喜んでもらえるし、Sな自分も楽しかったのですが、次第に自分が女として愛されていると感じなくなり、虚しくなりました。
私も攻められたい!とも思います。

ただ、Sが全く嫌という訳でもなく、それはそれで楽しいところはありますが、どこか満たされません。彼に全部話すと、私がSじゃなくても好きだと言ってくれましたが、興奮するのはSみたいです。

女性がSの側でも、女性は愛されていると感じるのですか?それは元々の性癖ですか?考え方を変えれば、愛を感じられるんでしょうか?

お互い満足できるセックスがしたいのですが、どうすればいいのかを二人で話しても中々答えが出ません。

根本先生のご意見を、ぜひお聞かせ頂ければと思います。
(Aさん)

まあ、一方通行でいつもSばっかりというのはさすがに飽きますよね?真正のSじゃないってことならば・・・。

昔、私のクライアントさんにSMクラブの女王様がいらっしゃったんですね。
彼女はお店でもナンバー1か2の人気者で、いつも鞭でピシピシ、蝋燭たらたらして、豚どもを喜ばせていたのですが、「たまには私もMになりたい」ということで、なぜか私のカウンセリングを受けに来られたのです。

彼女はたぶんAさんよりもずっとSに喜びを感じる人なのですが、
「お店のお客さんと付き合うことが多いから、やっぱりプライベートでもSなセックスが多くて、たまにMもやってみたいと言うんですが、『ぼ、ぼくにはそれはできない』と動揺させてしまうんです。困ってますぅ」
みたいな話をされてました。

ま、そりゃそうだわね。
お金払ってMになりたい人たちを恋人にするんだもん。しかも、彼女のことを「僕の女王様~!!!」って気に入って指名までする人たちだもん。そうなるわね。

でも、「たまにはMの気分も味わいたくて根本さんに会いに来た」とか言われると若干、不思議な気分がするんですけどね。私も明らかにMだし。

ということで、いつもSばかりやってる女王様でさえ、Mになりたいわけですから、Aさんの思いもよく分かります~ということです。

で、その女王様に提案したネタがあるんですけど、Aさんも試してみてはいかがでしょうか?

Aさんが愛されてるって感じるのはどんなとき?
攻められてるとき?

じゃあ、彼に「私を攻めなさい。私が満足するまで攻めなさい」って命令するのはどう?首輪に鎖でも繋ぎながら。
それで、彼女はお仕事の時にも「ワンワンプレイ」を採り入れるようにしたそうです。(ワンワンプレイがどのようなものかは検閲削除ということでお願いします(笑))

実際、Aさんと彼がどんなプレイをしているのか分からないので抽象的な話になってしまうんですが(SM的プレイにもいろんなパターンがあるようでして)、「愛されたい」ならば、「愛させてあげる」というS的アプローチも考えられるんじゃないかな?と思いまして。

でも、そういうことではないのかな?

これまた昔話ですが、とある米国人の彼と付き合っていた彼女から、こういう相談があったんです。
「私の彼、すごいハイヒール・フェチなんです。セックスの時、私にハイヒールを履かせて、それに興奮するみたいで。この間なんてヒール高20cmもあるハイヒールを買って来たんです。『歩けないじゃん』と言うと、彼は『いや、歩いてくれなくていい。これを履いてベッドに横たわってくれたらそれが嬉しいんだ』と。
それって、私を愛してくれてるのか、ハイヒールを愛してるのかが分からなくなって。それで彼に問い質したら『このハイヒールを履いてる君がとても愛おしいんだ』って言って、なんだかモヤっとしてしまって・・・。」

世の中にはいろんな人がいるもんですね。
根本さんもいろんな人をカウンセリングしてるんですね(って思わなかった?笑)

また、そういうSMとかフェチの話じゃなくても「会うとセックスばかり求められてきて、始めは嬉しかったけれど、なんだか体目当て?セックスがしたいだけ?って思うようになってきて。ほんとに私、愛されてるんでしょうか?」なんて、ご相談もよく頂きますよね。

Aさんの話はどちらかというと、こっち側の思いも入ってる???

※ちなみに女性は「私」と「ハイヒール」を別に捉えて、時にライバル視してしまいますが、男性は「私+ハイヒール」という組み合わせに喜びを感じることも多く、この解釈の違いはなかなかお互い理解しにくいところがあるようです。

さて、そういうわけでAさんは、まずは

「私はどんなときに愛されてると感じるのか?」

「私が愛されてると感じるのはどういう場面か?」

ということを明確にする必要がありそうです。そして、それを彼に教えてあげるんですね。じゃないと分からないですから。

「私がどうしてもらったら嬉しいか、察して!!」って思う女子も多いんですけど、そういう声に私は「男がそういう部分を察せないことを察しなさい!!」って言うわけです(笑)

やっぱりちゃんと伝えなきゃね、何度も話をしなきゃね、ということです。

彼はやってるんです。どうしたら自分が嬉しいのか?どうしたら自分が愛されてると感じられるのか?をちゃんとAさんに伝えてるんです。そして、Aさんがそれに応えてあげてるので、彼は大満足なんですよね。

じゃあ、Aさんも具体的にそれを示してみるのがいいんです。

で、肝心なのはここからね。
私がこうして欲しい、と思うことが彼にとっては望まないこともあるわけです。
そこでコミュニケーションですよね。
じゃあ、具体的にどうすればお互いが納得するか?という話し合い。

例えば、ある女性は彼のセックスに不満があったんです。
「彼、すごく優しくて丁寧に愛してくれるんですが、指で触ってはくれるんですけど、クンニはしてくれないんです。彼はどうも抵抗があるみたいで。」という。

根本先生、いろんなカウンセリングしているでしょう?笑

それで「どうしたらクンニできるか?ってのを二人で研究してみたらどう?」なんて提案をしてみたところ、結論から言うと「毛を剃ってみたら、彼、すごく喜んで、それからはむしろ積極的にしてくれるようになりました」ということでした。

お互いに愛情があるわけで、それを信頼して、話し合いをするんです。
「あなたのこと、私、とても愛してるわ。だけど、私は○○をしてもらえると愛されてるって感じるの。でも、あなたはちょっとそれが苦手なのかな?」
「そうか、正直に言ってくれてありがとう。僕も君を満足させたいと思っているし、君が喜ぶ顔を見るのは大好きだ。でも、確かに僕はそれが苦手なんだ。君のことを愛してるのは間違いないけれど、どうしたらいいんだろうか?」
みたいな愛と信頼関係に基づいた話し合いを積み重ねていくんです。
そうすると「お互いにとってベストな落としどころ」が見つかります。

話がいきなり高尚になったでしょ?

でも、セックスって「一方が他方に一方的に合わせる」とか「相手の要求に嫌だけど盲目的に応える」とか「嫌われるのがイヤで黙って従う」とか「相手を自分の思い通りにしたい」とか、暗黙の了解がすごく多いと思うんですよね。

セックスの話がオープンにできるカップルほど成熟してる、と私は思うのですが、自分が相手を愛していること、そして、相手も自分を愛してくれていること、そこに信頼があったら、こういう話し合いはバンバンできます。

そうしてお互いにいい落としどころを見つけることができるんです。
だから、セックスってすごく大事な「コミュニケーション」て言うてるわけです。

Aさんにとって、「彼のことが好き」「彼のことを愛している」という自分の愛情に自信は持てますか?
また、彼が自分を愛してくれていることに、どれくらい自信がありますか?

実はこういう問題ってセックスが主題ではなく、そうしたお互いの愛への信頼が問題だったりするんです。

だから、その点でAさんは「彼の愛を受け取る」ということが課題なのかもしれません。

「彼が私を愛している理由を20個リストアップし、それを彼とシェアしなさい。」という宿題にチャレンジしてみてくださいね。

さて、実はここからが本題なんですけど(例によって長い前戯でございましたが(笑))、Aさんは「与える愛」についてはどう感じていらっしゃいますか?

いつも自分がSばかりってのは、たぶん、犠牲的な感じがするから嫌になっちゃったのかもしれません。

セックス以外でも「愛する喜び」についてはどれくらい感じられていますか?

私たちは幼少期から「愛される」ということに興味を持ってきました。
理想としては「何もしなくても愛される」という状況でしょうか。

だから、「言わなくても分かってくれる」とか「黙ってたくさん与えてくれる」ということに価値を見てしまいます。

でも、それは極端に言えば「巣で親鳥の帰りを待っているひな鳥」と同じ状態と言えるんです。

つまりは「依存心」という奴ね。

Aさんも感じたことがあるかと思いますが、「愛される」よりも「愛する」方がはるかに大きな喜びがあるんです。
だって、自由だから。
相手がどんな状態であろうと関係ないから。

「愛される」ということに意識を置くと、必ず、不満、不安が付きまとうようになります。待つ側、受身側だからです。相手が主、つまり、他人軸だからです。

でも、「愛する」という意識は、自分軸であり、主体的に行動できるものです。

だから、大人になればなるほど愛されるよりも、愛することに比重が置かれていきます。
子育て中の方なんてきっとそれを実感していると思います。
子どもたちに愛を与えることの喜びを多くの親たちは実感していると思います。

パートナーシップもほんとは同じなんですね。
でも、対等だと思う分だけ、求めてしまうし、愛されたいと思うのもまた人なんですね。
それが悪いわけではありません。

ただ、Aさんにとって「彼に愛を与える喜び」を実感しているとなると、私がSで、彼がMで、というところでも、当然、喜びが感じられるようになっているんです。
最初の頃はそうだったでしょう?

でも、回数重ねていくと「なんかあんたばっかり満たされていてずるい」なんて気持ちになっちゃうわけです。与える愛じゃなくて、犠牲になっちゃってきてるわけです。

そうなっちゃうのはそこに他人軸というのが隠れていて、「彼が求めるからしてあげる」という受身・犠牲的な思いがあるからなんですね。

「彼を喜ばせてあげよう」という純粋な思いだったときは、きっと与える愛の喜びをAさんも感じていたはずです。

それをもう一度思い出してみませんか?というのが2つ目?3つ目?の提案なわけです。

そのためには振り返りになりますが、「Aさん自身の愛のツボをちゃんと見つけて彼に教えてあげること」だったり、「彼の愛を受け取って、愛されてることに自信を持つこと」だったり、「彼のことを愛してるという自分の気持ちに自信を持つこと」が大切なんです。

ですから、本質的には性癖の問題ではないと思うんですよね~と私は見るのですが、いかがでしょうか?

このポイントからの宿題は「彼にラブレターを書いてみましょう」です。
もちろん、渡してくださいね。

ただただ、愛と感謝と信頼の言葉だけでラブレターを埋めてみてください。
そうするとAさんの中から再び「愛」が湧き出してきますから、一緒にいられること、そして、セックスができることなどに喜びを感じられるようになっていくはずです。

セックスがテーマだと思ったでしょう?
でも、セックスって「愛を与える、受け取る行為」だから、セックスについて考える、ということは、愛について考える、というのと同義なんです。

とはいえ、ちょっと深堀しすぎた感は否めませんが(笑)、ぜひ、愛あるセックスをこれからも楽しむために、ぜひ参考になさってみてください。

 

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