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「自分には愛される価値なんてない」という思い込みを作る無価値感。この感情は自分ではそうと気付かないうちに誰かを傷つけている可能性が高いのです。
そんな怖い無価値感の大きな3つの罪についてご紹介しています。
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「私には愛される価値なんてない」という思い込みを作るのが“無価値感”という感情です。
罪悪感同様、誰もが持っている感情であり、自分に自信が持てない最大の理由になりうるものです。
この無価値感。罪悪感と比較してみると分かりやすいところがあります。
「私には愛される価値がない」-「私には愛される資格がない」
「私にはいいところなんて何もない」-「私は毒であり、穢れている」
「私が居ても居なくてもどっちでもいい」-「私が居ると相手に迷惑をかける」
もちろん、前者が無価値感ね。
理由は違えど、どちらも自分を否定し、愛を受け取りません。
どちらかというと罪悪感が能動的で、自立的なのに対し、無価値感は受動的で、依存的になります。
だから、あるときから私は罪悪感と無価値感を「表裏一体の感情」という解釈をするようになりました。
「無価値感が強い人は罪悪感も強い。
罪悪感に原因を見ることができる問題は、無価値感側からも解釈できる。」
ということです。
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幼少期の環境が主な原因ですけれど、自立系武闘派女子としてバリバリ鳴らしてきたみなさま。
その自立が行き詰まったとき、次の世界に向かうにはそれを手放す勇気が必要です。
その方法と、手放した後の世界について、少しご紹介しています。
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さて、自立系武闘派女子の取説とも幸せ指南本とも言える『「いつも無理してるな」と思った時に読む本』でございますが、ご感想にもあるように「いたっ!」という声や「根本さんの今までの本で一番泣いた」などの声も届くようになりました。
ええ、ぜひ、みなさんの率直な感想をお聞かせ願えたいのですが(メールで送ってくれたり、SNSでつぶやいてくれたりしたらいいよ)、今日はその辺をもう少しツッコんだ話をしてみたいと思います。
ええ、ステマどころではない広告案件と言ってもいいでしょう。
今回は11名の女子たちがモデルとして登場するわけですが、それぞれが武闘派であられる一方で、内面は若干異なる側面を持ちます。
まず「バリバリ自立系な方々」として次の方々が挙げられます。
★プライドが高く、競争心が強い。(作中ではMさん)
★ずっと人の期待に応えてきた。(同、Hさん)
★つい「大丈夫!」と言ってしまう強がり。(同、Rさん)
★全部ひとりで抱え込んでしまう罪悪感の塊。(同、Yさん)
パッと見て皆さん、どうですか?
「あ、あるかも・・・」「うわー、あたしのことだ・・・」「自分がモデルかと思った・・・」みたいに思われる方も少なくないかもしれません。
まあ、私のブログに非常によく登場される方々なので、私のブログを熟読されている方にとっては少なからず当てはまるところがあるかと思います。
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望んでるわけではないのに男の人から誘われたり、痴漢に遭ったりすると当然ながら傷つくし、男性嫌悪・男性不信も強まりますね。
ところが、私たちは「意識を強く向けたものが拡大する」という法則があり、強く嫌悪しているものをまた引き寄せてしまう心理が存在するのです。
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はじめまして。いつもブログ拝見しています。今年23歳になる社会人です。
セックス について質問ですが、男の人に性欲の対象?として見られることが多い気がします。
夜にひとりで歩いてると(田舎じゃないのもありますが)必ず後ろから変な人が声をかけてきます。しゃぶって、とか言われたり、普通に胸を揉まれたり、なんなら下も触られたりします。
ですがわたしは風俗店で働いていて、正直ルールなんて守ってくれる人はほとんどいないので、そういうのに慣れてるというのか…
知らない人に触られても「またか…」みたいに何も感じない自分がいます。
最近頑張って辞めていますが、もちろん個人で交渉して…ってことも普通にしていたので、道で声かけられて交渉持ちかけられると稼がなきゃ!と揺らいでやっぱりついていってしまったりします。
男の子と遊べば必ずその日にえっちします。
わたしが自意識過剰なだけで女の子なら普通のことでしょうか?
やっぱりわたしがどこか悪いからこういう風に手を出される?ことが多いのかな…
いやだいやだって思いながらも実はレイプ 願望があったり自分が望んでたりするのでしょうか…?
もちろん彼氏なんてできたことはなくて、両思いでちゃんと付き合ってる人とセックスしたことなんてまだ一度もありません…
セックスが嫌いです。
セックスっていったい何のためにあるのでしょうか…?
ネタにしていただけたらうれしいです。
(Kさん)
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知らず知らずのうちに私たちは「常識」に支配されているのかもしれません。
しかも、その「常識」は、よくよく見ると、自分の周りの人たちが考えている(信じている)ことで、自分の常識、他人の非常識ってことが意外とよくあるものです。
なので、その上で「自分がどうしたいか?」という自分軸で生きることがすごく大事だと思うのです。
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こんにちは。
以前、私に萎縮する彼のことで相談させていただきました。
載せて頂いて、本当に感謝しております。
あの時点で3年半付き合い、3年セックスレスで、どうしても男女関係は無理だと言われお別れしようということになり、同棲解消しようとなった時にコロナ騒動になり、引っ越しが延期になってしまいました。
このコロナ騒動なら仕方がない、仕事もあるし周りに迷惑をかけたくないし、こんな時期に引っ越しなんぞ非常識だと。。
わたしの気持ちとしては、まだ好きだから未来のない一緒にいる時間がつらいのです。
今私の仕事が休みになっていて、どうなるか分からない状態で不安なのはありますが、まぁなんとかなるかと思ってます。
というか、一生セックスレスで心が通わない日々を送って死ぬくらいなら、仕事がなんとかならなくてそのまま死んだ方がマシだと思ってしまうくらいのおかしな心の状態になっております。
でも世間は自粛ムードで、みんな生きるのが第一になっている雰囲気の中で、もちろん私も周りの人に迷惑をかける行動はダメなのもわかっていて、私は非常識なことを言っていると思いますが、この気持ちはどうしたらいいのでしょうか。
とりあえずじっとして、落ち着いたら行動するというふうに気持ちを切り替えるのが賢明なのでしょうが、切り替えられません。。。
彼は地に足をつけており、私はフワフワしていて現実が見えていないのでしょうか。こんな時に大切にしてくれる彼と結婚するのがいいんじゃないかと言う人もいて。。
もうとにかく鬱々としており、つらいです。
聞いて頂いてありがとうございました。根本さんも、どうかお身体大切になさってください。
(Mさん)
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怖れを放っている人にとって、世の中は怖いところになるでしょう。
愛を放っている人にとって、人々は優しく、輝いていて、助け合うでしょう。
怒りを放っている人にって、世界は常に争いが絶えないところになるでしょう。
自分が放っているエネルギーによって、世界は創られているのです。なんせ、すべて投影ですから。
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根本先生
はじめまして。
根本先生の本やブログに出会い、自分に似ている方への教えにいつも感銘を受け、救われている毎日です。
さて、とても苦しいことがあり、初めてで緊張しながらもメールをさせていただきました。
私は小学校の先生をしています。2年前に布団から起き上がらなくなり、3ヶ月休養したことがあります。
これまで10年間、辛くて辛くて、やめたいと思いながらも、心の中では実は辞めたくないのか今も続けています。
どうしても辛いことがあります。
私は子どもたちの前に立つと、全員に真剣に話を聞いてもらっていないこと、自分に注意を引きつけることができないことで自分を否定してしまい、理屈より何より古傷が痛み、自動的に自己否定、自己嫌悪にとらわれてしまいます。
他にも子どもに話しかけるにしても、「あの先生の方がいいよね、面白いし愛があるし。」とこれまた自動的に自分を卑下する感覚でいっぱいになり、案の定子どもから「あの先生の方がよかった。」と言われることもあり傷つきます。
一時期は、あいさつが返ってこないだけですごく苦しく、「やっぱり私はダメなんだ。」を繰り返し味わっていました。
私は過干渉&無視の母と「役立たず」等暴言を言う父に育てられました。
本当は子どもを思い、悩みにも耳を傾けて支えられる存在になりたいと思っています。
しかし、カウンセリングに通ったり色々な方のブログを長年読み漁り、少しずついい方向に向かっています。
最近はライトワークに出会いたく、火に対して言いようもないワクワクを感じ、(危ない人じゃないんですが)キャンプや暖炉など、趣味の方向性も見えてきました。
私生活が安定してきたために、余計仕事で苦しい気持ちになりたくない気持ちが増してきました。
落語を見ていて、観客を悪者にしてしまう方もいれば、同じ観客でも一瞬で良い人の集まりにしてしまう達人もいて、その辺りの仕組みも知りたいです。
根本先生に読んでいただけると思うだけでドキドキしますが、ネタにしていただけたら嬉しいです。
(Nさん)
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「そこそこ楽しい」とか「まあまあうまく行ってる」とか「それなりに幸せ」という言葉を使うときって、あまり楽しくないし、うまく行ってないし、幸せじゃないって気持ちも含んでますよね?
つまり、そういうネガティブな気持ちに蓋をして、今の状況に妥協しようとするニュアンスで使われることが多いと思うんです。だから、実はとても危険な言葉だと思うのです。
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仕事への「執着」、転職について悩んでいるアラサー男子です。私は、幸いにも幼い頃からやりたいと思っていた仕事に就けているのですが、ここ3年くらい転職したい気持ちがあります。今の仕事が心から楽しいとは言えませんが、そこそこには楽しいです。残業もほとんどなく人間関係も良好で収入も安定しています。
しかし、働いているうちに、人が好きなことに気づき、教師や看護師のような仕事がしたいと思うようになりました。
実際に働いてる人に聞くと、今の仕事よりも忙しくなりプライベートの時間が減るのは確実で、収入もとんとんかちょっと下がるかもしれません。
転職したら後悔するかもしれないなという思いもあり、要は今の仕事に「執着」しているんだと思います。
ただ、そのような仕事に転職さえできれば今より人生が楽しくなるという様な「〇〇を手に入れれば幸せになる」という考えも、〇〇に「執着」しているということになる気がしていてどのように整理すれば良いかわからず混乱しています。
色々と考えるほど焦りが出て、満足に眠れなくなってしまいました・・。
仕事への執着や転職については、どう考えれば良いですか。
やはり行きつく先は自己肯定感でしょうか。
(Sさん)
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崇拝と言っても意味は広いのですが、体調を崩すほどに崇拝してしまうとすれば、それは心の中に何らかの「渇望」が広がっていると解釈できます。
それはおそらく無価値感や劣等感と呼ばれるもので、その多くは完璧主義や比較・競争といった思春期に端を発する行動にあると思うのです。
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「崇拝」についてリクエストします。私は、有名人、天才肌の人、手の届かない相手等、羨ましく感じる「才能や魅力」のある人を好きになると、崇拝してしまう事に気がつきました。
生きてる、死んでる、現実、架空、関係なしに…です。
「彼らに愛され、認めて貰えるような人間になりたい」
「彼らはすごくて、自分はちっぽけだ」と思い、体調が崩れたりする事があります。
崇拝の対象がいる時は、幸せも感じますが…
のめり込みすぎて、妄想も止められず、胸も締め付けられ、全てを乗っ取られる感じがして辛いです。
でも、手に入らないモノを憂うのもまた気持ちいいような…
自分がキモいです。笑
私自身、小学生の頃、友人に崇拝のような輝いた目で見られ困ったことがありました。
最初は仲良くしていましたが、何でも私の言うことにはYESなので、それではダメだよと思い、不完全な部分をあえて表すのですが、余計好きになられ…。
段々、つまらない、鬱陶しい、怖い、という感情から離れてしまいました。
それから、誰かと親密になる事を避けるようになった気がします。
それなのに…自分も同じ事をしています。
どうして人は誰かを崇拝してしまうのでしょうか。
しっくりくる答を探せなかったので、回答していただけたら幸いです。
(Kさん)
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自分が成長すると周りの人が未熟に見えることってよくあるものです。それは急激に成長したときほど顕著で、それが新たな葛藤になります。
自分が成長したことを実感できていることは素晴らしいのですが、実はまだその新しい自分に慣れていないし、新しい世界の生き方も学んでいない状態です。
そこで何に意識を向けたらよいのかを解説いたします。
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いつも首を縦にブンブン振りながら記事を拝読させて頂いてます。お世話になっております。
ロックマン兼野良猫くんによるいい女養成所上級者コースを卒業後、人生最大のモテ期到来、周囲からの絶大な尊敬、一部の女性からの嫉妬、場の雰囲気をいい方向に変える影響力を得ました。
ところが、幸せじゃないんです。
女神レベルまで向上した結果、(大変失礼ですが)周りが未熟に見え、幼稚園児の中で自分がたった一人の大人のように感じてしまいます。
そんな状況の自分が惨めで、周囲と接しても退屈で物足りなく孤独です。
自分が選んだ相手だからなのか、プライベートの友人知人には、そのような感情はありません。
職場でだけ強く感じます。
人として同格の人達の中で働きたいと願っています。
ライフワークも見つけ、ブログに書かれていることは全て実践しました。
かなり傲慢ですが、本音を書かせて頂きました。
ブログにはまだ書かれていない、女神として君臨した後の、その先を教えて頂けたらと思います。
よろしくお願い致します。
(Oさん)
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スターは遅れてやってくる、ではないですけれど、こちらも花開いたばかりで受け皿が十分用意できていないので、どうしても最初はアブやカナブンがやってきてしまうのです。
なので、そこで花を閉じてしまうのではなく、さらに咲き続けるようにしてみると、いよいよ大本命、ヘラクレスオオカブト君が登場するのです。
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根本先生、こんにちは。
いつも先生のブログと本でたくさん学ばせていただいているNです。ロックマンとの出会いとその後の大変から先生につながり、今は「自己肯定感をあげる」ために自分を褒め続け、私自身が大きく変わってきています。本当にありがとうございます。
そのおかげで「この大変なロックマンが嫌なら自分から離れればいい」と思えるようになり、とても気持ちが楽になりました。大変でも大好きだから自分が彼を選び続けている、と意識できるようにもなりました。すごい変化です!
ところが、同時に不思議な事が起きています。それは、自分の女性性を感じて受け入れられるようになりましたら、今までに経験した事がないくらいに後輩のかなり若い男性(日本人3名、外国人2名)から懐かれるようになりました。
私の女性性は一人の女性ではなく、いきなり姉か母になってしまうのでしょうか?先生、本命の同年代のロックマンから女性として懐かれるにはどうするといいのでしょうか?
(Nさん)
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