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人を変えることはできないけれど、人に働きかけることはできます。
しかも、近い存在ならばなおさら。
とはいえ、相手がそうなっちゃうにもちゃんと理由があります。それを理解し、受け入れた上で、自分が今できることをやっていけば、きっと状況は変わり始めます。
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初めまして。いつもブログや著書を読み込んでは、自分の自己肯定感の低さや長女ならではの優等生的息苦しさ、生き辛さを解消する為糧にさせて頂いております。
随分楽になってきた今道半ばで、今回は主人の事をご相談したくてリクエスト致しました。
主人は私達家族(子供あり)にはとても優しく楽しいパパなのですが、仕事場ではストレスから、癇癪を起こしたり、言葉遣いや態度が悪くなり、従業員の方や顧客からクレームが来る程だということを最近知りました。
元々はワンマンで家庭を顧みない義父から、仕事を継ぐ事をほぼ強制され、自分の話を聞いてもらえず、認めてもらえない、というトラウマがとても大きい様に私には見えます。
人への態度はいつか自分に戻ってくるからとその大切さを説いたり、自覚のない感じの悪い態度や気配りのなさには注意したり、義父への悪い感情を昇華させようと話を聞いてあげたり、気持ち良く仕事に行ける様に、リラックスして明るく送り出したりと色々しているのですが、やはり本人が自覚を持って改善する意欲を持たなければ、なかなか状況は変わらない様なのです。
私は何をしてあげられるでしょうか?アドバイス頂ければ幸いです。
(Aさん)
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自分の存在をほんとうに拒絶しているのならばできないことをMさんは色々とされています。
ということは、拒絶している、という思い込み(判断)が癖になっているだけ、という可能性もあるんです。
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根本さん初めまして!いつもブログ楽しく苦しく読んでおります!よろしければネタにしてください!
大嫌いな両親のことが、本当は大好きだったということを悟り、2人なりの愛し方、身近な人ほど優しくできない、歩み寄れない、それに苦しんでいるんだとようやく思えるようになりました。
今日は自分の存在感について相談です。
小学生の頃、風邪ひいて吐いてしまうと怒られる、咳こむと風邪を引いたのと嫌な顔される、そんなことがよくありました。私はいない方がいい、迷惑なんだなんて思ってしまったり。
最近、お父さんとお母さんからのそんなエピソードがよく思い出されて、泣いています。泣いた後は、愛されたかったのねという少しの寂しさと家族に素直になれない親も可哀想と思えるようになってきてます。
けれど、自分という存在を根本的なところでかたーく拒絶している感覚もあり…
自分はここにいちゃダメを体験するために問題が起きてる?と思い、ぬいぐるみを自分に重ね合わせて、両親から欲しかった言葉をかけてます。外から見たらやばい子ですが、ぬいぐるみに生まれてきてくれてありがとう、大好き、愛してると言ってほっぺチューして寝てます。起きるときも(笑)
自分の存在を受け入れてあげたいのに、抵抗感でビクともしないときのアドバイスを是非お願いいたします
(Mさん)
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なぜイジイジしてる自分が思いのほか気持ちいいのか?というと、ちゃんと心理的理由があるんです。
だから、それは悪いことじゃねーんだな、と思って、イジイジしてる自分もかわいいぞ!と思ってあげることがまずは一歩目じゃないでしょうか。
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根本さん、こんにちは。
いつも楽しくメルマガを拝見しております。
さて、私は自己肯定感が低い武闘派です。
(なんのこっちゃですが)
先日またちょっとした出来事でいじけてしまい、例のごとく「どうせ私なんか認めてもらえない。どうせ私なんかダサくて地味で才能もない。うわーん。」とかイジイジ拗ねておりました。
その時ふと気付いてしまいました。
イジイジが思いの外、気持ちいいといいますか、楽しんでいる自分がいたのです。
子供の頃、妹が可愛くてみんなから愛されていたので、「どうせ私なんかかわいくないから、私はかわいがられないいんだ。いいんだ、いいんだ。みんな妹ばっかりかわいがればいいんだ。ケーッ!」とかよくいじけていたものですが、30年たった今でもその根本は変わってないことに気がついて、アホかと笑ってしまいました。
子供の頃からずっと持っていたものが思いの外、根深くてびっくりしましたが、こういうものはずっと引きずってしまい、ほーら、やっぱりを見たくて繰り返しているのでしょうか?
自分のこうしたことを気づけたので、次回からは冷静に見れるとは思うのですが、このクセはどうしたら手放していけますでしょうか?
もうイジイジ卒業したいです。
やはり根本さんのセミナーに行くのが一番でしょうか?
(Hさん)
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感情は天気と同じ。ただ受け入れ認めてあげることが賢く生きる方法です。
しかし、相手を攻撃したり、悪意を持ったりすることは行動。
行動は選択可能ですし、リカバリーもしやすいのです。
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親愛なる根本さま
いつも楽しみにブログを拝見しております。
根本先生のブログで色々と学び、母親と距離を置き始めたことで頭の中の母親濃度が下がって来て、やっとこさ最近自分の感情が見えるようになって来ました。
中には何十年前の出来事を唐突に思い出しては、「あの時の私は本当は悲しいのを我慢して母の言う通りにしてたんだな」「死ぬほど悔しいのを我慢して母の意見を正しいと思い込んでいたんだな」と今になって気がつく事も。
それを繰り返すうちに、私は頑張って来たんだな。良くここまで生きてこれたな。ってしみじみと思えるようになってきました。
さて、そこでです。
そんな経験から自身の感情を素直に認めることの大切さに気がついて更にそれを実践しようと思っているのですが、怒りや恨みのような負の感情を認める、又は心に思うことに対しての抵抗感がいまだ抜けません。
というのも、よく「悪口を言ったり思ったりすると、脳は主語を認識せず、全て自分にかけた言葉と認識する」といった言葉を時々目にするからです。
多少言葉のニュアンスが違えど似たようなことを言っている方は割といらっしゃって、どうにもその言葉が頭をチラついてしまいます。
怒りを認知する、という事と他人に悪意をもつことは一緒ではないような気もしますが、腹が立つとどうしてお世辞にも綺麗とは言えない言葉が脳裏をよぎりますし、う~ん…
この辺をスッキリさせて更なるステップアップをしたいです。
(Aさん)
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起きてることが正しいとするならば、そして、その状況を自分で望んでいる前提で考えてみると、色々とその意味が見えてくると思います。
顕在意識レベルではちょっと理解し辛いできごとを、潜在意識に問いかけてみると捉え方を変えることができるのです。
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根本さん いつも興味深く読ませていただいています。
心からくる身体の症状について、ブログで取り上げていただけたら大変嬉しいです。
私の母は子供に厳しく自分に甘く、怒りを常に秘めていました。
大人になっても親の支配から逃れられず、要求がエスカレートしていった時期、何年も修復を試みるも無理で、私はストレスから自律神経が狂い始め体調を崩し、ある時脱出に成功しました。
心身共に非常に打撃は受けましたが、これから立て直せるという希望でいっぱいでした。
しかし体調は戻りません。
病院でも特に異常無、鬱病でもないとのこと。
やる気はあるのです。
カウンセリングでは親への抑圧した感情のせいだとー
しかし親から受けたことに例え同情してくれても、今の自分が復活できなければ、スッキリすることはありませんでした。
確かに最初は親への怒りもありましたが、平穏な生活を手に入れ、思い出すこともそうなくなりました。
幸い社会では、人並みにうまくやってこれたと思うので、今、困っていることはありません。
不調が精神にストレスを与え続けている感じで、最近、自己肯定感のあまりの低さに気付きました。
確かに親は不調のきっかけであるけどもう自分自身の問題では、と思っています。
過去より今これからを良くしたい、辛い記憶があっても自分の人生は立て直せるはず、と思っています。
このような状況で、私の心の持ちようと今すべきこと、方向性など何かアドバイスをいただけないでしょうか。
(Sさん)
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不安や怖れは嫌な気持ちですけど、でも、とても大切なものです。
初めての体験なら、雲をつかむような感じで不安になってしまうのも無理ないでしょう。
だからこそ、できることっていっぱいありますね。
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こんにちは。
ほとんど毎日ブログ拝読しています。いつもありがとうございます。
私は今、自分の望む方向へ向けて行動を起こして動いている最中です。
そんな最中、沢山の出会いもあり、ビジネス・パートナーになれるかもしれない人たちが現れました。方向性も同じで、話していてもすんなりとくる人たちです。
アイデアはあっても私一人ではものにできないと思っていたところに、チームのような形で現れたものですから、飛びつきたい思いはあります。
ただ、だまされるのではないか、ビジネスが成功したら盗られるのではないか、など、不安、心配、怖れが出てきています。
それを自覚しつつも、最終的には自分でどこまでリスクをとって腹をくくるかだ、とは思っているのですが、何分ビジネスの経験はなく、不安になることの方が多いです。
根本先生はよく、ライフワークはみんな巻き込んでチームで、のようなことをおっしゃいますよね。
確かにそうだとも思うのですが、私はちょっと怖いです。
どんな気持ちの持ち方ができるでしょうか、よかったらネタにしてください。お願いします。
(Aさん)
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確かにそういう風に考えることも可能なのですけれど、そもそもなぜ、そういう考えに至ったか?が重要なんです。
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メルマガとセミナーでお世話になっております。
セミナーやメルマガで不倫相手側の立場の女性をお見かけします。そのためネタにはしづらいかもしれませんが…逆の立場の意見として使って頂ければ幸いです。
他人軸と自分軸について色々と考えるようになりました。
夫の不倫から私は自分の好きなものや、やりたいこと自分の考えなどが全く見えずにいます。
他人は他人…と毎日自分に言い聞かせていますが、セミナーやメルマガを読んでいて疑問に思うことがあります。
不倫相手側の女性達についてです。(普通の人間関係でもいえることだと思いますが例として挙げさせて頂きます)まず彼女達も悩み、根本先生も不倫を助長してるわけではないことを承知しています。
不倫は誰かを傷つけます。それを知りながらも自分の気持ちを突き進んだり、ただの遊びとして不倫行為をするというのは、「他人を考えず自分のやりたいことをやる」=自分軸という考えになるのでしょうか?
私は夫と、結婚を祝ってくれた夫の会社の人が不倫していたことで
『他人は所詮他人。自分と大事な人さえ良ければ誰がどうなろうと構わないんだ。私はそうされたのだから』という考えを持ちました。
素直に生きて、馬鹿を見ることがもう嫌なんです。
そう思いながらも、他人を傷つけても自分の思い通りに生きる人を自分自身も含め軽蔑しています。元々はこういう考えを持っていました。
自分軸を持つことで、不倫女性と同じになりたくない。
まっすぐに人の不幸なんて願わずに生きたいのに、もうバカを見たくない。
他人軸になっているからこその質問だと思います。
改めてこういう考えを元に自分軸とは何か、自分軸にする=他人の不幸 なのか、ということを教えて頂きたいです。
(Yさん)
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