本当に欲しいものに気づいていますか?そして、本当に欲しいものを素直に欲しいと言えていますか?

賢い人ほど自分の本音を隠して「うまく」生きてしまうものかもしれません。
けれど、ほんとうに欲しいものを封印しているならば、どこかに違和感を覚えているはずです。
そんな自分にとことん素直になり、ほんとうに欲しいものに向けて一歩踏み出すきっかけについて考えてみます。

ここに5人の男を並べたと思ってください(男性読者は男女逆に読んでください)。

Aくん、Bくん、Cくん、Dくん、Eくん。

どれも素敵な男性なのですが、条件や外見、雰囲気などを総合するとAくんが1位、Bくんが2位、Cくんが3位、、、です。

さて、あなたは素直にAくんに近づけるでしょうか??

それとも、、、。

実際にアンケートを取ると「Bくん」が一番人気なんだそうです。

Aくんはリスクがありすぎる(失ったときの精神的なダメージが大きすぎる)と思ってしまい、回避したくなるそうですね。

ならば、Bくんあたりが「ちょうどよい」と思えるんですね。
「結婚するならBくんみたいなタイプがいいよ」なんて言われるのかもしれません。

無難に無難に。
ふつうがいいのよ、ふつうが。

そんな話をするおばちゃんやおっちゃんも多いのですが、人生の後半で一番後悔することは「チャレンジしなかったこと」とも言われます。

無難に、ふつうを、選んでしまったがゆえに、のちのち後悔してしまうわけです。
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オンラインセミナーを1か月やって確信した「私たちの意識は物理的な距離なんてあっさり超えていける」という“事実”

オンライン専用のセミナーを4月はたくさんやりました。
なんだかんだ10本以上は優にやっています。
元々、会場で行う予定だってセミナーをオンラインに置き換えたものもあれば、初めからオンライン用に企画したものもあります。

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自分は男ですが、男友達がだれもいません!~男性性との向き合い方~

同性とうまく付き合えない、という方は男女問わずたくさんいらっしゃると思います。
男性ならばカギは「男性性」ということになるかもしれません。
当たり前に備わっているそれを嫌ってしまうと、男性に対して距離を縮めることができなくなりますよね。

いつもblogとvoicyで自分と人の気持ちについて学ばせてもらっています。ありがとうございます。

今まではそこまで意識していなかったのですが、気になることができたので質問したいです。
自分は男ですが、仲の良い男友達が全くいません。0です。
学生時代はその時その時で遊ぶ仲間はいたのですが、社会に出ての10年からは全然会わなくなりました。

職場には男が少なからずいます。後輩に仕事を教えていかないといけません。
ですが、どうしても男に何かを伝えることが苦手なんです。どうしようもなく。
男の男性性がとても苦手です。自分の男性性も嫌っています。
そのためかよく舐められます。根本先生のblogを読ませていただいて、自分の虐められていた過去に原因があるんだろうなと思いました。
保育園時代から男子が女子をいじめる光景を見ていたり、学生時代は自分が殴られたり、金を取られたりしていました。
男に良いイメージがないみたいです。お恨み帳を作り時間がある時は書き込み、破り、を繰り返しています。自分をいじめた一人一人の名前を挙げて恨み辛みを書き殴っています。
(去年夏の男性性についてのセミナーものすごく、ものすごく出たかったです!!ですが夏は繁盛期で休みが取れませんでした…)
2週間書き続けていますが、まだ日数が足りないのでしょうか。
同性の男とも普通に話せるようになりたいです。
(Aさん)

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頑張りすぎると、ストレスが溜まってイライラして、他人に嫉妬したり、干渉したりしやすくなるもの。

当たり前じゃないか?と思われるんですけど、意外と自分がその立場になると気づきにくいものなんです。
そもそも頑張ってることに気づいていなかったりしますね。
だから、イライラするなあ、とか、他人のことが気になるなあ、と思ったら「頑張りすぎてる自分」にも目を向けてみるといいですね。

根本さん

以前こちらの質問をさせていただいたYです。
「神様のテストに合格も落第もあるものなの?」
その節はありがとうございました。

今回は仕事において、何をどう手放せばハッピーになるのだろう、と思い質問させていただきます。

何かといいますと、後輩に対する嫉妬です。

後から入社した年下の後輩が仕事の出来る人だと、羨ましくて妬ましくて、でも頼もしくてありがたくて、でも自分と比較して落ち込みます。
後から入社した年上の方には、前向きな挑戦をされたにも関わらず、私が余計なことを言って気を使わせてしまったりして、また落ち込みます。

このままいくと意地悪なお局様になってしまうのではないかと恐怖です。

それならもっと頑張ればいい、と思うのですが、上司の言葉も穿った受け取り方をしてしまい、卑屈になる一方です。
(とはいえ、土日もオンライン講座で仕事に関する勉強をしていますけど。)

これ、何なのでしょうか。
私も入社した当初はもっと健気で積極的だったはずなのに。
最近は毎日イライラしている気がします。
何かアドバイスいただけると幸いです。
(武闘派のお姉さま方は嫉妬される側が多いようですが、あえて質問させていただきました)

ちなみに野良猫とは特に進展はないですが、まぁ大したことはないと思ってます!
よろしくお願い致します。
(Yさん)

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早くに自立して子ども時代にちゃんと子どもができなかった人が持つ問題と魅力について。

親や家庭環境によっては早い時期に自立して、子ども時代に子どもがちゃんとできないケースが多々存在します。
そうすると独りで何でもできたり、セクシュアリティが豊かだったりという長所の一方で、人に頼ることが苦手だったり、燃え尽き症候群の危険があったりするものです。
そんな方がどう生きれば幸せを感じられるようになるか?と一端をお話しします。

根本さん、こんばんは。
いつも心に響く言葉達を届けてくださってありがとうございます。救われています。
今回リクエストさせてもらったのは、漠然とした「生きることに疲れた」という気持ちについてです。
恐らく自立系武闘派なのですが、カテゴライズはさておき心理的虐待を受けたいた過去はありますが、彼らも私の望む形でないにせよ愛情は持っていたのだろうと思えています。
今30代後半にさしかかり、私の過去を全て知って理解ある夫(レス)と未就学児の息子がいます。見た目はアジアンビューティー的なきれいめ?で体型も独身時代とほぼ変わらず、また自分を受け入れている無邪気さ?を察してか時々ナンパされます。
仕事は望む業務でなくても、ある程度の努力でできてしまう為知らぬ間に業務に追加されちゃう感じです。見た目etcで常に男女ともに嫉妬されるが、役員とはなぜか馬が合います。
子育ては自分がされてないことが多過ぎて戸惑いましたが、今はなんとか自分の(父母)のスタイルでできているかなとは思います。
レスについては、夫と話せており理由はふせますが、「自分はもうしないから、他の人としてもいいよ。」と言われています。そして、そんな折に出会った方とお互いの家族は大切にしつつ、時にそんな機会を持つこともあります。
一見望む形になっている、感情と思考と向き合えている様ですが先述の「生きるのに疲れた」という気持ちが拭えない時があります。あと何年生きなければならないのだろうと辛い気持ちになります…
ライフワークも今秋からスクールに行くことを計画しているのですが、それとは別の感情の様な気がして…
根本さんの目に留まったら、何かお話し聞かせてもらえるとうれしいです。
(Yさん)

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彼女ができてもSNSで寂しいキャラを変えない彼の心理と、幸せを素直に受け取れない彼女の心理。

今まで過酷な恋愛を経験してきたとするならば、降ってわいたような「幸せな恋」は素直に受け取れません。となると、ついついあら捜しをして問題を発見してしまうのですが、果たしてそれはどれくらい大きな問題なのでしょう?
そして、その一方で、彼女ができてもSNSなどで「彼女がいないキャラ」を演じ続ける彼の心理とは?

根本さん、こんにちは!
いつもブログを楽しく、興味深く拝読しています。
質問される方の文章もとても上手く、根本さんの返しも面白く、感心している次第です。
わたくしめは、小洒落た文章は一切書けませんので、ド直球でいきます。それは付き合って8ヶ月位になる彼の事です。
趣味の仲間として知り合い、1年半位はお互いに単なる大勢の中の一人でしたが、ある時急接近して付き合う事になり、今に至ります。
今までは、根本さん界隈で言うところの、ロックマンさんとの付き合いがほとんどでした。悩んだり振り回されるのに本当に疲れ、恋愛はしばらくお休みしていた時に、ひょんな事から付き合う事になったのです。

歴代彼氏達とは違い、連絡は超マメ、週末はかかさずデート、飲み食いや映画などの趣味も合い、スキンシップもそれなりにあり幸せっちゃ幸せです。
まだご両親にはお会いしてませんが、彼の妹さん夫妻には紹介してもらい、「お兄ちゃんをよろしくお願いします!」なーんて言われて有頂天になったりもしてます(笑)。
将来の話も、なんとなくですが、してくれたりして、ありがたい事この上ないです。

しかし、時々気になるのは、彼はツイッターやFacebookといったSNSが好きなのですが、やたら寂しい独身ぶるんです。

例えば年末年始は二人で小旅行に行ったのに「独りで寂しいお正月でした」とか、昨日一緒に出掛けて新しい時計を見せてもらったばっかりなのに「時計を買っても出掛ける所が無いから家でしてます」みたいな文章とともに写真をアップしてたりとか…

あれは何なんですかね?
まだモテたいんですかね?

確かに趣味の仲間に中途半端に知られると、現状ちょっとやりづらくなるというのはあるので、当面黙ってようとはお互いに決めています。
仮に趣味のコミュニティが関係なかったとしても、別に「彼女がいます」と大々的に宣伝して欲しいとかは一切ありません。
しかし、わざわざ自分から、独りとか寂しいとか言う必要がありますか??
バカなんじゃ無いかとさえ思い、見るたびに毎回パソコンをかち割りたくなります。

ただ、言論の自由はあるし、私がそれに文句を言う筋合いは無いと思うし、でも一言言ってやりたい気もするし、どうしたらいいか悶々としてます。
こいつ、いったい何なんすかね?!
(Mさん)

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亡くなった母から解放されたいけれど、自分軸を確立するアファメーションが言葉にできない。

もし、お母さんに罪悪感があり、癒着しているとするならば、私たちのマインドは「手放さないために」あらゆる手段を講じるものです。
自分軸を確立するアファメーションを言えなくするのもその一つ。自分を責めたり、お母さんを許せなくするのもその一つ。
そして、そのパターンはお母さん以外の人に対しても起きているかもしれません。

いつもブログ読ませていただいています。
いろいろ読ませていただき、根本さんならこういうかな、という感じで自分で自分にカウンセリングしたりしています。

自分が他人軸なのは、今こども、結婚前は夫、そして子供の頃は母だったんだな、そこから始まっていたことに気づきました。
母に認められたくて、頑張っていたんだと。
そして、母への恨み少し、とありがとうをいろいろ書き出しました。

母が亡くなってもう18年。
母のことを忘れつつある自分に若干の自己嫌悪を感じつつ、母と同じ病気であることや母が早くに亡くなったことで母を恨んでいる?と、同時に同じ病気であることが、母と私を結びつけているとも感じている。
そこから、解放されたいと思うようになりました。

母は母。
私はわたし。
母が早くに亡くなったことと、わたしがこれからどう生きるかは別の問題。
わたしはわたしでしあわせになれる。
わたしはわたしがしあわせと思うように生きる。
母は母で、しあわせだった。
でも、もう死んでしまったから、母は母でしあわせになれる、と書けないのです。
そこでストップしてしまいます。
(Hさん)

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