周りにどう思われようと「頑張る」のが私だから。

頑張りすぎて倒れることがいけないことだと思っていませんか?
もしかすると、それが自分の性分なのかもしれません。
そしたら、そんな自分を変えようとするよりも、まずは受け入れた方が自分らしさを発揮できると思いませんか?

根本先生

以前は上司に期待されず、それが悔しくて仕事をやりすぎて体を壊し鬱病で半年ほど仕事休みました。病気になってからはゆっくり過ごす、好きなことをする等、自分をコントロールできてました。
でもまた同じことやってしまいました。

今回は私に期待してくれてる人の下で働いています。でも今度は逆に期待に応えなきゃ!と思い仕事しすぎました。
あなたならできるよ!と高い目標を設定されて達成したのですが、もうフラフラで営業好きなはずなのにもうやりたくなくなっちゃいました。
辛いのに辛いって言えないし、助けてとも言えないし、休むことも出来ず目標達成とともに家で倒れこみました。

結局周りにどう思われようと頑張ってしまう性格だということがわかりました。
何もしないのもつまらないし、でも頑張りすぎて好きなことも嫌になるようにはなりたくないです。
どうしたらいいでしょうか?
(Nさん)

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罪悪感はなくすものではなく、上手な付き合い方を学ぶもの。

罪悪感に捉われていると、ぐるぐるぐるぐる罪悪感の罠にハマって行きます。
そこで出てくるのは徹底的な自己否定、自己攻撃。
それをやめることはできるんです。それは自分を愛することでもありますね。

根本さんこんにちは。いつもいつも大変お世話になっております。
日々、罪悪感の断捨離しまくって、補償行為も減り、良い変化の日々にいるのですが、なんか変なもん出てきましたー。
見たくない物っぽいから、根本さんに送っちゃいます。笑 これって何でしょう?

罪悪感マニアなので問題が起きたら自動的に「自分が悪い」をベースに悶々と考える私ですが

最近ふと気づくと結局その考え方(罪悪感)を相手にも求めているようで
「私が謙虚に自分のせいだって思ってんだから、あんたもそう思いなさいよ(そういうもんでしょ?)」
て自分がいました。口には出さないけど。

これって結局、許す気ないし、遠回しに
「お前がそうしないから私が折れてやってんだからな」的な
「お前のせいだろーが」てことですよね?
超性格悪っ!!言葉にしない分さらに質が悪いというか…
殺り方が中村主水(必殺仕事人)←時代、時代!!!

私、実は罪悪感なんて感じてないんでしょうか?自己攻撃に見せかけた他者攻撃?
それともみんなが自分のように罪悪感を感じないことを怒っているのでしょうか?
もう罪悪感感じたくないって抵抗して、相手に押し付けてるんですかね?

ビクビクした野良猫のつもりの自分がどうやら相当態度のデカいフテ猫だったようで
自分の性格の悪さにランチャーぶっ放したいくらい、相当恥ずかしい2019年を迎えております。
これって何なんでしょうか?余力がありましたら解説頂きたいです。
(Yさん)

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自立的男性は基本、女性を喜ばせたい生き物。

たまには男性心理について。
そう、私も男なので男性心理にはちと詳しいのです。
(あら、あんたたち知ってた~♪)

そもそも「自立」すると「与える」ということに意識が向き、誰かを喜ばせたい、誰かの役に立ちたい、誰かを幸せにしたい、という思いが強くなります。

本来「仕事」というのはその「与える」ことが主になっているので、仕事を頑張ってる人、仕事好きな人は必然的に「与えることが好き」とも言えます。

ということで、私の主要読者層であられる自立系武闘派女子たちが血眼になって追いかけているロックマン氏や野良猫男子の一部は、本来「与えたい人」ということが言えるんです。

「与えたい人」というのは「与える」ということに意識が向くので、当然ながら「受け取り下手」となります。

なので、時に自立系武闘派女子と自立系男子の恋愛は「どっちがいかに与えるか?」という“競技”になりやすく、そこがうまく行かない理由になってることもよく見受けられます。

それで「女性性を解放して受け取り上手になって、愛され女子になろう!」というスローガンを掲げるのですが、自立系武闘派女子たちは「さらにいい女になる」というテーマに関しては喜び勇んで馳せ参じるものの、「受け取る系」の話をした途端、拒否反応を示してあちこちにゲロをまき散らすシーンが私のセミナーではよく展開されているものです。

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新しい私として生きていこうと頑張っているのに現実が変わらないことに苛立ちます。

しんどい人間関係や環境を飛び出して新しい自分に変わるぞ!と決めるのに、なかなか変われないとイライラするものですよね。
でも、その時「今」や「過去」を否定してません?
「自分」にダメ出ししていません?
ワクワクするよなヴィジョンを描けてます?

根本様、初めまして。
「人のために頑張りすぎて疲れたときに読む本」を高野那々さんから紹介いただきました。
単身赴任で出会った不倫彼としばらくお付き合いしておりました。私は独身です。
半年近くは仲良くできていましたが、奥様にLINEを見られてしまったのをきっかけに、彼は子供に対する罪悪感も口にするようになりました。
逢うのを拒むようになった彼に対して私は、脅迫めいたことを言いながら無理矢理彼と会うような恐ろしい女でした。彼がどんどん離れていくのはわかっていました…

別に彼氏を作ってみてもすぐ別れ、想ってくれる方からの愛は受け止められず、あからさまに拒否してきました。愛情の受け取りが下手なのです。

両親は物心つく頃からいがみ合い、今は別居で冷戦状態。
母は心から父を憎んでいるのか、“私はあの男にいい目に合わせてもらったことはない”と、正月に帰省したときも申しておりました。
そのつもりはないのは解っていますが、私たち子どもの存在まで否定されている気持ちがしてきます。
私は自己表現が苦手で、父親の無関心(今思えば接し方が最初からわからず努力もしなかったよう)な態度から、姉や妹は気性の荒い性格でした。今でこそ二人とも丸くなった気はしますが、根本は変わらず、どうにもならない雰囲気が家族にあります。

幼い頃母から、“あんたもあの男と一緒やな”と、何か言動をしようものなら浴びせられ、どんどん塞ぎ込む子供になっていきました。

でも、家族関係も不倫彼との関係も、すべて手放して、新しい私として生きていこうと決心し頑張っています。
執着を手放せば現実が動き出すとはいろいろなところで言われていますが、私は彼や家族への怒りや悲しみがまだまだ根強いです。
希望の転職先も決定し彼とも距離をおけ、自分の力で幸せになろうと思えています。
でもどこかで、認められたい褒められたい、私に興味を持ってと、童心の私が叫び出す時があります。
現実が変わらないことに苛立っています。
もしよろしければアドバイスお願いいたします。長々とありがとうございました。
(Mさん)

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亡くなったお父さんへの思いがまだ払拭できていません。

別居したり、離婚したりして距離が空いてると、未消化な思いが溜まりに溜まって整理に戸惑うことも珍しくないですね。
でも、それだけ大切な存在だったということは認められるでしょうか?
ひとつひとつクリアにしていきましょう。
そんな流れをご紹介しています。

根本先生

これまで先生には恋愛のネタばかり投稿させて頂いておりましたが、今回は武闘派姉妹の父親について相談させてください。

私も妹も30代になってもロックマンの尻を追いかけ回す生活に若干の疲れを感じ始めて、2人で先生の過去の記事を貪り読みました。
話し合いの結果、これはやはりこれはラスボスが関係してるのではないかということになりました。

私たち姉妹の父親は3年前にこの世を去りました。
元々は仲のいい家族4人でした。
自営業の父と専業主婦の母、3歳違いの我々姉妹はちょっと裕福な幸せな生活をしておりました。
しかし私が小学校3年生の頃父が病気になり、そこから信じられないくらい人生が180度変わりました。

両親は10年ほど別居したのち離婚をしました。
父は別居後体調を更に悪化させ生死をさまよう大病をしたのち生活保護を受けてさせて頂き、数年間生活しました。
私たち姉妹は父のこと、それぞれでなんとか整理をし母と暮らしておりました。

父が危篤になり久々に再会した私たち姉妹は最期を看取ることが出来ました。ありがとうと御礼も言えました。
父が亡くなったことですべてが終わったつもりでした。

ですが、まだ多分2人して実は父への思いを払拭出来ていません。
優しかった父、人への気配りが本当に凄かった父、頼もしい父、大好きだった父、いい加減な父、食べるものにも困った父、大嫌いだった父、最期に病院で再会したぼろぼろの父、どれも同じ父ですが、あまりに色々な父がい過ぎて父のことを思うと混乱してしまいます。

大人になったから分かる父の孤独さ、しんどさ、重圧。
大人になったから分かった母への怒りや不満。どうしてお父さんを助けてあげなかったの?どうして全部言う通りにしたの?とぶつけたくなります。

我々の方を向いてくれないロックマンへの執着をそろそろ本当に手放したい。でも父のことを整理して向き合わないとそれが出来ない気がする。姉妹で話し合い、よし、根本先生に聞いてみようということになりました。

よろしくお願いします。
(Rさん)

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頑張りたい気持ちがあるのに体調が悪くて思うようにできない自分が情けない。

心と体と意識と三位一体で捉えるようにしています。
そして、それらは繋がっているので、どこかのバランスが崩れるとやはり思うようにはいきません。
ちゃんと自分の価値を認めて自分を大切にすることなど、できることはたくさんありますね。

いつもメルマガやご著書で勉強させて頂いてます。
私はフリーで仕事をしています。根本先生とは異分野ですが、セミナーや個人セッションなどの活動をしています。
以前は仕事が楽しかった。もっと頑張りたいと思っていました。
今でも気持ちはあります。が、更年期でしょうか。体調が悪くて以前の三分の一ほどの活動量でも身体がしんどいです。
でも、先生や皆さんのご活躍を見ると焦りや嫉妬、私ももう一度頑張りたい・・・の気持ちが起こります。
でも、体調を崩して出来る事が限られます。これが現実。
現実を受け入れよう、と思う一方でなんか情けない気持ちもあります。
どう気持ちの折り合いをつければいいのでしょうか。
ネタにして頂けたらと思います。
(Tさん)

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「あえて鬼畜生になる」ことと、「感謝する謙虚になる」ことは矛盾しませんか?

謙虚になるとは自分を押さえたり、我慢したり、空気を読んで周りに合わせたり、自分を出さないこととは違いますよね?
我慢するよりも好きなことをやった方が周りに感謝の気持ちが自然と湧いてくると思いませんか?

先生のご著書やBlog、また講座やセミナーに恩恵を受け生永えているものです。
有難うございます。

だいぶ根本先生が教えて下さる心の仕組みを理解出来て来た気がするのですが、
いまだ何度も逡巡していることがありリクエストを失礼しました。

それは、
「あえて鬼畜生になる」ことと、
「感謝する謙虚になる」ことが自分の中で矛盾してしまうということです。

身体を壊してはじめて健康に感謝するように、私は元気な時は、置かれた環境や人に対する感謝を忘れ自分を過信し、何度となく失敗してきました。

ですが、同時に根本先生が教えて下さった「勇気を持って鬼畜生になる」ことを実行したら、状況が好転した実感があります。

謙虚に感謝しつつ、自分の気持ちを優先するとはどのように出来るのでしょうか?
それとも、そもそもこの2つは相反することだからこその「鬼畜生」という表現を使われたのでしょうか?

いつかの折にご教授いただけたら幸いです。
(Aさん)

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