cocoromarche
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(新刊執筆中)新刊を書いている裏で、今週は2冊のゲラが飛来するという事件が勃発。しかも明日から東京出張なのだ。

今日もコツコツ執筆をする。がっつり集中して書く、というよりはちょこちょこ空き時間を見つけて書く、という感じ。
私はたぶん、こっちの方が向いている(集中力が続かないタイプということか!?笑)

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「疲れた時に読む本」、9刷になったら帯がデカくなりましたっ!笑

最近はこっちの本が発売されたので、こちらの本の方が見かけることが多いと思いますが、

この大和書房さんが作ってくださった前作の本、

『人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本』

これがけっこう評判をいただいておりまして、9刷34,000部となりました。

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「そこそこ」という言葉に気をつけろ!~自分の気持ちに妥協したり、蓋をしたりしてないか?~

「そこそこ楽しい」とか「まあまあうまく行ってる」とか「それなりに幸せ」という言葉を使うときって、あまり楽しくないし、うまく行ってないし、幸せじゃないって気持ちも含んでますよね?
つまり、そういうネガティブな気持ちに蓋をして、今の状況に妥協しようとするニュアンスで使われることが多いと思うんです。だから、実はとても危険な言葉だと思うのです。

仕事への「執着」、転職について悩んでいるアラサー男子です。私は、幸いにも幼い頃からやりたいと思っていた仕事に就けているのですが、ここ3年くらい転職したい気持ちがあります。今の仕事が心から楽しいとは言えませんが、そこそこには楽しいです。残業もほとんどなく人間関係も良好で収入も安定しています。

しかし、働いているうちに、人が好きなことに気づき、教師や看護師のような仕事がしたいと思うようになりました。
実際に働いてる人に聞くと、今の仕事よりも忙しくなりプライベートの時間が減るのは確実で、収入もとんとんかちょっと下がるかもしれません。
転職したら後悔するかもしれないなという思いもあり、要は今の仕事に「執着」しているんだと思います。
ただ、そのような仕事に転職さえできれば今より人生が楽しくなるという様な「〇〇を手に入れれば幸せになる」という考えも、〇〇に「執着」しているということになる気がしていてどのように整理すれば良いかわからず混乱しています。

色々と考えるほど焦りが出て、満足に眠れなくなってしまいました・・。

仕事への執着や転職については、どう考えれば良いですか。
やはり行きつく先は自己肯定感でしょうか。
(Sさん)

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今はまだ余裕をこいてコツコツ書いていますけど、たぶん、6月に入ったら怒涛の追い込みを要求されるのです。それが分かっていても・・・(笑)

ちょっとずつ前進。
義務にかられ、焦りながら原稿を書くのはやっぱり精神衛生上も、文章に乗るエネルギー的にもよくないので、楽しみながら書き綴るのが大事です(と思ってます)。

このところ、「書く」ということが「日常」になりつつあるようで、自然な行動になってきたように思います。

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体調が崩れるほど誰かを熱狂的に崇拝してしまう心理

崇拝と言っても意味は広いのですが、体調を崩すほどに崇拝してしまうとすれば、それは心の中に何らかの「渇望」が広がっていると解釈できます。
それはおそらく無価値感や劣等感と呼ばれるもので、その多くは完璧主義や比較・競争といった思春期に端を発する行動にあると思うのです。

「崇拝」についてリクエストします。私は、有名人、天才肌の人、手の届かない相手等、羨ましく感じる「才能や魅力」のある人を好きになると、崇拝してしまう事に気がつきました。

生きてる、死んでる、現実、架空、関係なしに…です。

「彼らに愛され、認めて貰えるような人間になりたい」
「彼らはすごくて、自分はちっぽけだ」と思い、体調が崩れたりする事があります。

崇拝の対象がいる時は、幸せも感じますが…
のめり込みすぎて、妄想も止められず、胸も締め付けられ、全てを乗っ取られる感じがして辛いです。
でも、手に入らないモノを憂うのもまた気持ちいいような…
自分がキモいです。笑

私自身、小学生の頃、友人に崇拝のような輝いた目で見られ困ったことがありました。
最初は仲良くしていましたが、何でも私の言うことにはYESなので、それではダメだよと思い、不完全な部分をあえて表すのですが、余計好きになられ…。
段々、つまらない、鬱陶しい、怖い、という感情から離れてしまいました。
それから、誰かと親密になる事を避けるようになった気がします。

それなのに…自分も同じ事をしています。

どうして人は誰かを崇拝してしまうのでしょうか。
しっくりくる答を探せなかったので、回答していただけたら幸いです。
(Kさん)

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定着してきた夜の瞑想会に思うこと~リアルなセミナーよりもずっと初めての方が参加しやすいオンライン~

毎週月曜日9時に開催してる(すなわち、月9です!)「自分とつながる夜の瞑想会」。
すっかり定着してきまして、常連さんもだいぶいらっしゃるようになりました。

オンラインのセミナーがいいところって常連さんも一見さんも同じ立場ってことですよね。
こういう毎週とか定期的にやっているセミナーだと、常連さん同士が固まってしゃべってて、初めて来た方がちょっと肩身が狭いってことがあるじゃないですか。
でも、オンラインって別に常連さん同士がしゃべってるわけでもないし(チャットでやってたとしても外からは見えないしね)、常連さんが固まって座ってるわけでもないので、初めて参加するときも気兼ねなく入れるところが魅力のひとつだなあ、と皆様のアンケートを読みながら思いました。

それとビデオをオフにすることもできる(顔出ししなくてもよい)わけで、なおさら安心ですよね。(講師としてはお顔を見せてもらった方が進行上、とても助かるので、慣れたらビデオをオンでお願いします。)

ということで、オンラインセミナーってのは、ほんと融通が利いて、自由なんだな、と思いました。
寝っ転がって受けてもいいし、メイクだって落としちゃってもいいし、万全の寝る体制でパジャマ姿でベッドの中で聴いても全然OKだし。(できれば顔出しを切望する講師ですけれど・・・笑)

何となくこんな感じがいいな、という形も見えてきたので、6月以降もオンラインセミナーをあれこれ企画してみたいと思います。

さて、先週の分をご紹介するのを忘れてしまったので(汗)、先週、今週まとめてアンケートをご紹介しちゃいます。

5月は来週25日がラスト。そして、6月は隔週(6/1,15,29)での開催となります。2回参加すれば元が取れるお月謝も作りましたよ。

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自分が成長して周りの人が下に見えるようになったら意識したいこと。

自分が成長すると周りの人が未熟に見えることってよくあるものです。それは急激に成長したときほど顕著で、それが新たな葛藤になります。
自分が成長したことを実感できていることは素晴らしいのですが、実はまだその新しい自分に慣れていないし、新しい世界の生き方も学んでいない状態です。
そこで何に意識を向けたらよいのかを解説いたします。

いつも首を縦にブンブン振りながら記事を拝読させて頂いてます。お世話になっております。
ロックマン兼野良猫くんによるいい女養成所上級者コースを卒業後、人生最大のモテ期到来、周囲からの絶大な尊敬、一部の女性からの嫉妬、場の雰囲気をいい方向に変える影響力を得ました。
ところが、幸せじゃないんです。
女神レベルまで向上した結果、(大変失礼ですが)周りが未熟に見え、幼稚園児の中で自分がたった一人の大人のように感じてしまいます。
そんな状況の自分が惨めで、周囲と接しても退屈で物足りなく孤独です。
自分が選んだ相手だからなのか、プライベートの友人知人には、そのような感情はありません。
職場でだけ強く感じます。
人として同格の人達の中で働きたいと願っています。
ライフワークも見つけ、ブログに書かれていることは全て実践しました。
かなり傲慢ですが、本音を書かせて頂きました。
ブログにはまだ書かれていない、女神として君臨した後の、その先を教えて頂けたらと思います。
よろしくお願い致します。
(Oさん)

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