「忙しい」って「りっしんべんに亡」=「心を亡くす」と書きます。
だから、本来「忙しい」ってネガティブな意味で、マイナスの波動を持ちます。
でも、ビジネス的には仕事があるってことで「お陰様で忙しくさせていただいています」「忙しいのはありがたいこと」なんて表現も使います。
私も使いますね。
私もスケジュールはいっぱいで忙しくさせてもらっている身なのですが(早速使ってみた(笑))、本当はもっと時間があって、フットワークを軽くしたいと思っているんです。
「忙しい」って「りっしんべんに亡」=「心を亡くす」と書きます。
だから、本来「忙しい」ってネガティブな意味で、マイナスの波動を持ちます。
でも、ビジネス的には仕事があるってことで「お陰様で忙しくさせていただいています」「忙しいのはありがたいこと」なんて表現も使います。
私も使いますね。
私もスケジュールはいっぱいで忙しくさせてもらっている身なのですが(早速使ってみた(笑))、本当はもっと時間があって、フットワークを軽くしたいと思っているんです。
ある本に出てきた言葉「害もなければ益もない」。
思わず、立ち止まって「うーん、そうか・・」と考え込んでしまいました。
無難であること、
ふつうであること、
迷惑をかけないこと、
いい子でいること、
波風立てないこと、
従順であること・・・
確かに「害」はありません。
でも、その行為に「益」はあるのでしょうか。
「上司とケンカをしたんです。すごく悪い気分になり、こんな会社辞めてやろうと思いました。いつも自分は受け入れてもらえず、ミスを一方的に責められる。自分がどれくらい会社のことを思ってやっているかなど分かってもらえないんです。」
そう上司を責めるAさん。
「いつも、そんな風になっちゃうの?」
と質問すると、
「確かに、こう自分なりの思いを持ってやるんだけど理解されなかったり、受け入れてもらえずに否定されることは多かったかもしれません。自分としてはいい企画だと思った時に限って全否定されることも多いですし。」
と答えられます。
「誰かの役に立っている」ということは、時には“生きるモチベーション”になるほどのことって知っていました?
誰にも必要とされていない感覚や誰の役にも立っていない感覚の辛さをご存知の方も少なくないでしょうし、そうした分離の感覚が死の誘惑を招くことも少なくありません。
そして、誰かの役に立つことは私たちの人生をより活性化させます。
とすれば、人は誰かの役に立ちたい存在なのですね。
もっと言えば、人は“あなたの”役に立ちたいと思っているんです。
弱い自分をよしよしできると怖いものもなくなります。
人の言葉を真に受けて落ち込んでしまう自分。
感情に流されてしまう自分。
なかなか自信が持てない自分。
強がってばかりで素直になれない自分。
プライドが高い自分。
人とうまく付き合えない自分。
寂しさを人や何かで埋めてしまう自分。
いつも依存できる相手を探している自分。
お金を使いすぎてしまう自分。
怒られるんじゃないかとびくびくしてしまう自分。
挙げていくとキリがないですが、皆さんの場合はいかがでしょう?
「親から優秀であることを期待されて生きてきた」
「(精神的な未熟な)親の面倒を見る“親の親役”をずっとやってきた」
「自分は家族を笑わせる役目なんだな、と思ってピエロになってきた」
「自分がいないと寂しいから、ずっとお母さんのそばにいてあげた」
「今で言えばDVな親だったと思うけど、当時はそういうもんだと思ってた」
子どもは親を“助ける”ために、自分を犠牲にすることを厭わない存在です。
親を喜ばせること、安心させること、傷つかないように守ること。
大好きだから、平気でやってのけます。
たとえ、自分自身を喪失するリスクがあろうとも構わないのです。
「それだけ偉大なことをしていることに気付いてくださいね」とお伝えします。
もちろん、自覚なんてないと思います。
意識して親を助けたわけではなく、そうする他なかったと感じていますから。
先日、カウンセリングに向かうために家を出るときに、ふとある時計が目に留まりました。ふだん余りしない腕時計で、私の中では3番手か4番手の順列です。
結局、その日は別の時計をして行ったのですが、その数時間後、なぜ、その腕時計が目に留まったのか、理由が分かりました。
その日のお客さまがしていた腕時計が、私が朝、目に留まったものと全く同じだったのです。ただ、お客さまのはメタルベルト、私は革ベルトでしたけど。
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