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トンビに油揚げ事件が起きて何が悲しいかって「分かってたのに!くそー!」という不完全燃焼感であり、後悔だと思うんですよね。
でも、分かっていてもできなかった、というのがポイントだと思うのです。つまり、それが私なんだよね、ということで。
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根本先生、とてもお世話になっております。
根本信者となり献金を始めてから早1年。初めての投稿です。
Kさんの失恋スタッフブログを拝読しました。
共感の嵐が私の中で吹き荒れ、思わず絶叫。
その一方、疑問がわいてきました。
それは「悲しみに種類ってあるの?」です。
私の相手は巷で有名な、ロックマン男。先日ついに、トンビに油揚げ事件が発生。
根本先生のおかげで、分かってはいたんです。いつか自分の身に降りかかるかもしれないと思っていたんです。
さっさと動けばいいのに(狩ればいいのに)、やらなかった。
ロックマンとの結婚決意もせず、豪快アタックもせず、焚火して狼煙を上げているだけの自分はおそらく、ロックウーマン。
これまでの自分の選択の結果が今!と、納得しています。
が、悲しい。むちゃ泣きそう。
ここで疑問なのですが、自分が蒔いた種なのに、なぜこんなにショックなのでしょうか。
素敵女性のKさんが、青天の霹靂(と思われるドタキャン)によって悲しいのは理解できます。
しかし、私は予想していながらにして悲しいのです。
落ちる覚悟での大学受験時は、失敗しても「無念.…」で終われました。
でも、取られる覚悟での油揚げは、取られると「超絶悲しい」です。
これって、悲しみに種類があるということでしょうか。
実は、トンビ事件は過去に経験済み。次こそは、優しい殿方と結婚したいのです。実現へ向けて踏み出すべく、上記について見解をいただけますと幸いです。
(Aさん)
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最近、毎週末のようにテーマ別のグループセッションをオンラインでさせていただいて、これが何か面白くて楽しくてクセになりそうなので、今後も継続してやっていこうと思っている次第です。
さて、2/28は5名のカウンセラーが登壇し、公開カウンセリングを行う初のイベントを企画してみました。「Five Counselors 1day Workshop」。名前、ちょっとかっこいいでしょ?(笑)
告知ブログの方でも書かせていただいたのですが、このセミナーの最大のメリットは
【1日に5回もカウンセリングを受けられる】
という点にあるかと思います。しかも!それぞれ個性の違うカウンセラーが、様々な角度から問題に切り込んでいきますから、
【1日に5人のカウンセラーからそれぞれカウンセリングを受けられる】
と言い換えてもいいかもしれません。
ええ、なんかフラフラしちゃいそうですね!(笑)
おまけで「自分に合うカウンセラーを見つけられる」というメリットもあります。
つまり「ああ、今度、カウンセリングを受けるならあの人にしたいなあ」という人を見つけやすくなると思うのです。
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自分がほんとうにしたいことや夢を実現していくプロセスでは、喜びだけでなく、それ以上に「前に出る恐怖」が出て来ることが少なからずあります。
それはむしろ順調にプロセスが進んでいる証拠で、よいことなのですが、怖れが強すぎて逃げたくなることもありますね。なので、そんなときにどうしたらいいのか?を語ってみました。
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根本先生こんにちは。
いつも著作はじめVoicyにブログにとてもお世話になっている読者の1人です。
おかげさまで以前のように頑張れなくなった今の自分が本来の自分なのかもしないと受け入れて新しい生き方を模索中です。
先日の4期お弟子さん制度コンセプト記事、私は他分野でライフワークに悪戦苦闘中ですがジャンル関係なく胸熱なお話に、つい感想かねてネタリクエストしてしまいました。
とくに後半のせっかくデビューしたのに道半ばで諦めた方々への根本先生の想いの優しさと取り組みにホロっと、してしまいました。
私自身、師匠と呼べるような稀有な先生と出会い人生が変わった経験があります。
その時に「人を導く才能」というのを知りました。
ですがそういう常人離れした熱量の人がつくる「場の力」を借りないと力を出せない自分の依存心にも気づき危機感も芽生えました。
社会に出て自分らしさを失った時に10代での師との出会いを思い出し新たな師を探してまた素晴らしい師に出会いました。
改めて「師」の才能を持つ方の「場」の力を体感しました。
そういう場って、根本先生のコンセプト文の全くその通りで…型を模倣するのではなく、個々人の本来の資質が芽吹き育ってく肥沃な土壌という感じです。
私もその土壌に居る間すくすくと成長しいくつもの実をつけ業界デビューに至ったのですか…
そこで根本さんが記事で書かれた「前に出る恐怖」「自己肯定感」「お金」などなど、ほぼ記事の事例フルコンボでグダグタになり一旦失速、休止しました。
今は根本さんの心理学毎日読んでなんとか仕切り直そうと暗中模索です。
本当にこの道なのだろうか…とかそういうことも含めて。
先日の「仕事に抵抗がある人へのワーク」とても参考になりました。
そんな感じで「前に出る恐怖」などのライフワークを歩み出す時に人によってはかなりの峠になる問題への質問やワークいつか記事にして頂けたら幸いです。
(Tさん)
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2019/6に日本で発売された罪悪感本『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』(ディスカバー21)の韓国語版が届きました。
2019/12に出版されたそうなのですが、COVID-19の影響で物流が乱れ、ようやく現物が日本に届いたとのこと。
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「彼が他の女性とセックスするシーンに興奮する」というテーマを深掘りして、単なる性癖ではなく、幼少期のトラウマと結びつける非常に心理学的なアプローチをご紹介します。
心の痛みを性的興奮によって緩和させる心理は実は誰にでもあり、それによってファンタジーの世界の住人になってしまうこともよくあるのですが、決してそれは悪いことではない、という話です。
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根本先生、こんにちは。いつもためになるVoicyやブログをありがとうございます。
「逆」寝取られ願望について質問です。先日「NTR願望」についてお話されていましたが、私の場合は「逆NTR願望」があります。
自分の夫や彼氏が、別の女性とセックスをしているシーンを想像しながら(時にはそんな状況のAVを見ながら)オナニーをしてしまいます。自分は同じ部屋にいながら、傍観者として観察しているイメージです。気持ちよくなっている女性を見て、興奮してしまいます。
彼氏には、私と付き合う以前から別の恋人がいます。その人と彼が仲良くしているシーンを妄想しても、すごく胸が苦しいのに心のどこかで甘酸っぱく興奮している自分がいます。
「どうしてこの気持ちを感じさせたいの?」と心のエゴちゃんに聞いてみたら・・・「手に入らない”お預け”のジュルジュル感がいいんだ」「手に入らないものは余計に輝いて見えるから」などという答えが返ってきました。
これも、罪悪感という刺激物を感じたいからなのでしょうか? それとも、無価値感??
ちなみに、自分は子ども時代に母から暴力や過干渉を10年ほど受けておりました。父はそれに気づかなかった(?)どころか、大人になってカミングアウトしたときは母をかばっていました。夫や恋人に、父の姿を重ねるときもたまにあります。
そのあたりも関係あるのでしょうか?
甘酸っぱいお預け感は感じたい。でも、今の状態は辛いので、前向きなことにエネルギーを使いたい。
この辛い気持ちから、いい加減卒業したいです。
今からわたしは、どんなことに手を付けたらよいのでしょうか?
先般のNTR願望さんのケースと、何か違う点があればお教えいただけますとうれしいです。
よろしくお願いいたします。
(Nさん)
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「私はどうしたいの?」という問いかけをあちこちでお勧めしている私ですが、そもそも他人軸を自分軸に移行するための方法なので、当初は迷いが生じるのも無理はありません。
また、考えすぎる傾向のある方もまた、心の声を思考で分析しちゃったりしてややこしくしてしまいがちなのです。
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「本心」とはどこにあるのでしょうか…?
根本さんがいつも言われる「私はどうしたいの?」の問いかけは、文言はシンプルですが、私には一筋縄では行かない難問です。
というのも、問いかけの角度や切り口少し変えるだけで返ってくる答えは違ってくるからです。
またそれと関連してかなり声を大にしてお聞きしたいことがあります。
それは「無意識はどこまで信用していいのか…?」ということです。
自問自答の問いかけのバリエーションですが、端的に言えば平時の意識から無意識へのバリエーションと言えます。
私はだいぶマシになったのですがかなりの、いい人属性だったので平時の意識と無意識での欲求にかなり乖離がありました。
ですが、そもそも乖離があるので、どちらを優先すべきがいつも振り子のように揺れており、アクセス出来た無意識も本心と呼ぶにはあまりにも自由で無邪気で、これは私個人の無意識というより、無意識そのものなんじゃないかな??とも思えます。
ただ、意識で思うことよりは無意識が惹かれることこ方が本心には近い確信は自分自身が証明してるというか、、意識が選んだ(仕事、ステップアップの資格試験、人間関係)をなぎ倒すように、無意識で出た答え(感覚的なものに浸りたい、感受性のままに行きたい)の方向に結局のところ人生が流れています。
ただ繰り返しになりますが、程良い答え(本心だろうし、現実味もある)に未だ行き着くことがなく…(無意識で出た答えを意識で現実的に具体化してけばいいんじゃない??でしょうが…)頭では分かるのですが、無意識に近い答えと平時で出る答えを分けて保留してたゆたっている自分がいます。
と言いますか、どちらかを交互にある一定の期間試して中途半端な結果になる、を繰り返す感じです。
何度も融合試みて失敗しています。融合しようとすると50+50で100にならずに50のままでかなりの欠落感があるまま進まざる得ない感じです。
そんなあんたこそ「自分で決める」だよ!でしょうが、、勿論完読しました。精読は出来てませんが…ワークも全てやってます。
劣等生に赤字入れて下さい~!!!
(Nさん)
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セクシャリティについては怖れもあり、よく分からないものでもあり、またタブー的な色合いもあるので、なかなか向き合いにくいものかもしれません。
が、基本は何でも同じでありのままの自分の感情と向き合い、自分らしく解放してあげればいいんじゃない?というシンプルな答えに行きつくのです。
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こんにちは!
都内在住の会社員です。
セクシャリティについてちょっと分かりづらいかもしれませんが質問があります。
禁欲とセクシャリティについてです。
最近の根本さんのセクシャリティの記事とても好きです。
そして基本、自覚と解放を推奨されていると思うのですが、自覚にとどまって解放は直接的ではないというのはやはり難しいのでしょうか?
私は趣味で「歌い手」や作詞をやってるのですが「エロい」表現を目指したいかと言うとそうでもなくて…
なんというか、表面は淡々としてるけど奥にあるセクシャリティにゾクリとするほうなので、自分もそういう表現をしたいし、気質としても直接的なのはどうにも無理ぽいです。
わかりずらいかもしれまんせが、オタクらしい例えで行けば、漫画の神様の手塚治虫や引退撤回された宮崎駿さんなどとても道徳的な作品性を感じると思うのですが、
(手塚氏は成人向けのも描いてますが、そんな作品でもテーマは社会的だったり人間の普遍的葛藤だったりして高尚)
お2人ともかなりエロさの値が半端ないのは好きな人間程当たり前に感じてる事実で。
抑制というより多分隠されたエロで、そこには「充分な自覚」が前提なのだろうとは思うのですが、巨匠達のように深い見識や現代社会への問題提起が何もない私には、その第一階層(外に提示された見てとれるテーマ)がカスカスなうえに、
エロも隠そうとするとただの中身も外見も味も旨味もない出がらしのようになってしまって…まぁ、その通りの反応ばかり貰います。
そう思って分かりやすくエロやろうとした時期もあったのですが、なんか辛くなって続かなかったし、禁欲的なとこがいいと尊敬してる人に反応貰ったこともあるで、もう何年も「セクシャリティと禁欲」の間で揺れながら表現模索しています。
表現の話とすると限定されてしまいそうですが、例えば服装でも露出や身体のラインが出るものに惹かれないけど、魅力(魅力てつまるところ性的魅力だと思います)は出したいという方もいると思うのです。
また「モテ」とかでも言えるかなと。別に誘うような格好しなくても誘えないかなと…
机上の空論感な虚しさ感じつつリクエストです。
(Rさん)
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