「私はどうしたいの?」という問いかけに迷いが生じるのは他人軸でいるからか、もしくは考えすぎる傾向があるから。



「私はどうしたいの?」という問いかけをあちこちでお勧めしている私ですが、そもそも他人軸を自分軸に移行するための方法なので、当初は迷いが生じるのも無理はありません。
また、考えすぎる傾向のある方もまた、心の声を思考で分析しちゃったりしてややこしくしてしまいがちなのです。

「本心」とはどこにあるのでしょうか…?

根本さんがいつも言われる「私はどうしたいの?」の問いかけは、文言はシンプルですが、私には一筋縄では行かない難問です。

というのも、問いかけの角度や切り口少し変えるだけで返ってくる答えは違ってくるからです。
またそれと関連してかなり声を大にしてお聞きしたいことがあります。

それは「無意識はどこまで信用していいのか…?」ということです。

自問自答の問いかけのバリエーションですが、端的に言えば平時の意識から無意識へのバリエーションと言えます。
私はだいぶマシになったのですがかなりの、いい人属性だったので平時の意識と無意識での欲求にかなり乖離がありました。

ですが、そもそも乖離があるので、どちらを優先すべきがいつも振り子のように揺れており、アクセス出来た無意識も本心と呼ぶにはあまりにも自由で無邪気で、これは私個人の無意識というより、無意識そのものなんじゃないかな??とも思えます。

ただ、意識で思うことよりは無意識が惹かれることこ方が本心には近い確信は自分自身が証明してるというか、、意識が選んだ(仕事、ステップアップの資格試験、人間関係)をなぎ倒すように、無意識で出た答え(感覚的なものに浸りたい、感受性のままに行きたい)の方向に結局のところ人生が流れています。

ただ繰り返しになりますが、程良い答え(本心だろうし、現実味もある)に未だ行き着くことがなく…(無意識で出た答えを意識で現実的に具体化してけばいいんじゃない??でしょうが…)頭では分かるのですが、無意識に近い答えと平時で出る答えを分けて保留してたゆたっている自分がいます。
と言いますか、どちらかを交互にある一定の期間試して中途半端な結果になる、を繰り返す感じです。
何度も融合試みて失敗しています。融合しようとすると50+50で100にならずに50のままでかなりの欠落感があるまま進まざる得ない感じです。

そんなあんたこそ「自分で決める」だよ!でしょうが、、勿論完読しました。精読は出来てませんが…ワークも全てやってます。

劣等生に赤字入れて下さい~!!!
(Nさん)

ということで、本日も哲学的テーマにツッコミを入れるのですが、「そんなことより野良猫がー」とか「またロックマンにシャッター下ろされたー」というネタを好む皆様は過去記事をくまなく検索していればあっという間に夜も更けると思いますので、よろしくお願いいたします。

さて、劣等生というよりも、むしろ賢すぎるがゆえに考えすぎの罠にハマりこんでいませんかー?という気がするのですが、いかがでしょうか。
ふだんから考えすぎる癖ってありませんか?

心の世界というのは、思考(意識)で「たった一つの答え」になることなどなく、「温泉行きたーい。けど、準備するのがだるーい。けど、あったまりたーい。けど、めんどくさーい。」という“思考的には矛盾した答え”を連発するものです。

だから「私はどうしたいの?」という答えが、自分にとって都合の良いもので、かつ明確に一つだけ示されるなんてことは「緊急事態発生により即、トイレに駆け込む必要あり」などのケースを除けば、あんまりないんじゃないかなあ、と思います。

矛盾する複数の答えを連発してくる心の声の中には「真実の声」もあれば「エゴの声」もあり、さらにややこしいことに「真実とエゴのミックス」という、お好み焼きのメニューのようなラインナップが完備されており、その点も「じゃあ、どうすればええねん!」という迷いを生むことも必死です。

なので、「私はどうしたいの?」という問いかけを、自販機の前、ラーメン屋の券売機の前、コンビニのスイーツコーナー、神楽坂の飲食店街、朝のクローゼット前等々で、日々繰り返し行うことにより、自分の心の声を聞く耳を育てていくことが大事です。

たぶん、Nさんの疑問に関しては、この部分がほんとうの回答になるような気もします。

賢い人や思考に寄りがちな方は、そうした心の声を即座に思考で良いの悪いの、正しいの間違ってるのなどとあれやこれやと「判断」しようとする傾向があり、複数の、時には矛盾する答えがやってきた際には「どれが本当なのよ!!」などと迷いに迷う傾向があります。

「ああ、全部が答えなんだよねー」というわけですし、自分の心の声を聞く習慣ができると、経験的に「ああ、このラインの答えはエゴだわなあ」みたいなことも分かるようになるので、その辺の振り分けもだんだんできるようになっていきます。

つまりは、こうした心との対話に関しては、考えることは当面は無意味で、自分の感覚を頼りに「この辺がほど良い塩梅なんじゃねーかなあ」と心の中を探索していくものです。
そして、その落としどころが分かったのちに行動に起こすわけですが、そこで「思考」というものが役に立つのです。

つまり、思考ってのは、心の中の世界と、現実社会との間に橋を架ける存在ということですね。言い方を変えれば、高次元である心の世界を3次元社会に応用する際に思考が活躍するのです。

※この辺の話はこの本に詳しいです。

『7日間で自分で決められる人になる』(サンマーク出版)

で、ここまでのお話についても「無意識はどこまで信用していいのか…?」というNさんのご質問にあらかたお答えできてるような気がするのですが(ここでNさんが言う無意識が何を指しているのかは別として)、信用するとかしないとかいう問題ではない、というのが私の考えです。(そのままを受け入れるしかないよねー。思考で判断できるもんじゃないよねーという意味で)

さて、Nさんの話を少し心理学的な世界からツッコミを入れていきたいと思うのですが。

>私はだいぶマシになったのですがかなりの、いい人属性だったので平時の意識と無意識での欲求にかなり乖離がありました。

>ですが、そもそも乖離があるので、どちらを優先すべきがいつも振り子のように揺れており、アクセス出来た無意識も本心と呼ぶにはあまりにも自由で無邪気で、これは私個人の無意識というより、無意識そのものなんじゃないかな??とも思えます。

「いい人属性」だったという自覚があるのは素晴らしいことなのですが、そうすると、Nさんのおっしゃる「平時の意識での欲求」というのはほとんど無視した方が良さげな気がしますねー。

私の読み違いでなければ、いい人属性の方が意識的に思うことって、やっぱりいい人で居続けるためのものなので、自分の本心ではなく、他人軸になっちゃってると思うんですねー。

で、「アクセス出来た無意識も本心と呼ぶにはあまりにも自由で無邪気で」ということは、Nさんは本来、自由で無邪気な人なんだろうな、ということが推測されますね。
それを「いい人属性」だったり、思考的になることで封印されてきたのかもしれません。

※ここからはしばらく小難しい話で、これを知っていても野良猫君を家猫化できるもんではないので、興味のある方のみお読みいただければと思います。

ちなみに、Nさんが意図される「無意識」が何を指すのかが微妙に分かり兼ねております。
心理学者のユングは「個人的無意識」と「集合的無意識」という表現をしていて、Nさんが意図する「個人的な無意識」と「無意識そのもの」というのは、それを指しているのでしょうか?

この「個人的無意識」と「集合的無意識」はブログ読者の皆様に馴染み深い私の表現では「潜在意識」と「無意識」に置き換えられます。

潜在意識は主に感情の世界で、生まれてから(一説には着床してから)今日までのすべての感情的記憶(体験)が収められていると言われる場所です。

一方、無意識はより深いところにある感覚的な世界で、この人生での体験というよりは、親からつながる世代間の記憶だったり、パラレルワールドなどの別の意識へのアクセスポイントとも言えますし、また、ここで他者とつながっていると考えられているものです。
ややこしいこと書いてますが、要するに社風、国民性、類友の法則などを想像してもらえると分かりやすい領域です。

※ややこしい話、終わり※

さて、

>ただ繰り返しになりますが、程良い答え(本心だろうし、現実味もある)に未だ行き着くことがなく…頭では分かるのですが、無意識に近い答えと平時で出る答えを分けて保留してたゆたっている自分がいます。

このような作業が思考でできる人ってのはそれこそ特殊能力の持ち主だろうと思いまして、これって感情や感覚をコントロールしようとしてる状態なんですよね。

「ムカついた!」というときに「怒っちゃいけない!」と判断して、その怒りを抑圧するのが健康的に良くないことは皆さんならもうご存知かと思うのですが、たぶん、似たようなことをされてるのかもしれません。

無意識に近い答えと平時に出る答えと言うのであれば、より本心なのが前者の方なので、そこではあまり迷う必要はありません。

ただ、そこで「いい人属性」がまだまだ健在な場合は、それでは非常に困ることになるわけですね。

だって、Nさんは本来、自由で無邪気な人なわけです。それでは何か都合の悪いことがあって、いい人属性を身に着けられてきたんだろうと思われます。

自分の本心(自由で無邪気な答え)を知ったらマズいから、いい人属性の平時の答えとの間で葛藤するわけですね。

そしたら、そりゃあ、保留するほかないですよねー。

なので、Nさんとしては、「どっちが本心なの?」という問題というよりも、「いい人がなかなかやめられないんですよねー。どうしても引っ掛かっちまってね」という問題なのではないかと思うくらいです。

・・・ということで、ここからは勝手に話を進めていくのですが、Nさんはだんだんいい人を卒業して、素の自分として生きるプロセスに入ってきているのだと想像します。

しかし、まだ昔の癖が抜けきらず、自分と対話する際に「本心の声」と「いい人をやってた自分の名残りの声」の両方が聞こえるんじゃないかと思うのです。

そこで、本心の声を迷わず選べればいいのですが、いい人をやってた名残の声もまた捨てがたいものなのです。
なぜかというと、それが役立っていた時代があるわけですし、また、そもそも「いい人になる」のは、自分の身を守る目的もあるわけですから、そこでいきなり本心の声に従って生きる、というのはなかなか勇気のいることでしょう。

また、そうしていい人になるプロセスの中で、元々地頭が良いこともあって、あれこれ思考する癖が付いてしまったのかもしれません。

そうすると、本来シンプルであるはずの心の動きを自分の都合に合わせて解釈したり、自分の思い通りになるようにコントロールしようとしたりすると、当然ながら矛盾しか生まれてきません。

そこでまた新たな葛藤が生み出されているのではないかな、とお見受けします。

ということで、「私はどうしたいの?」という問いかけは、他人軸な人や思考的な人にとっては非常に難解な質問になり得るんですね。

じゃあ、どうしたらいいか?というと、冒頭の方にお話ししたように日常の様々な場面で自分に問いかけてみて、その通りに行動して、心との対話を進めていくことがお勧めなのです。

そして、そんな自分の心の声を感覚的に捉えられるようになると、だいぶこの辺がスッキリしてくるんじゃないかなあ、と思うのです。

★心の声を聞いて人生を決めていくプロセスを学ぶ。

『7日間で自分で決められる人になる』(サンマーク出版)

○東京/オンライン:2/27(土)13:00-17:00
ワークショップ「決断力を身に着けて人生を変える~自分らしく、自分の人生を決めていく!~」(2days)
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/38597

★いい人属性、または考えすぎな皆さんにお勧めな本と動画。

『「いつも無理してるな」と思った時に読む本』(大和書房)

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