フリーの彼と付き合っているのに不倫していたころと同じ状態になっちゃってる?~共通している感情から見つけ出す“慢性的な問題”と“才能”~



この恋、形は違うけど前のときと同じ感情を感じてる、、、。
私たちの慢性的な問題はそういう風に姿かたちを変えて目の前に現れるものです。
それはそこにずっと癒されるのを待っている感情を示すものであり、同時に、それが自分自身の才能でもあるのです。
今回は「寂しさ」という慢性的な問題をベースに、その裏の才能や癒しのプロセスを見ていきましょう。

いつも大変お世話になっております!

あれこれ色々と課金させて頂き、きっとヘラクレスオオカブトであろう彼と付き合い始め1年以上たちました。
親の影響等から結婚そのものにとても抵抗がありましたが、色々自分と向き合って結局想いを伝えることにし、彼にプロポーズしました。(ようやく言えました。この件も大変お世話になりました。感謝)

結果、すぐには返事できないけど、気持ちは分かったと受け取ってくれました。伝えられて満足しました。振り返ると、すぐに結婚したいというより、自立女&親密感の恐れの塊の私が、これからも彼にコミットするために必要だったと感じています。言ってよかったと思っています。

彼もまた自立男で、バツイチ(元妻のもとに子あり)、ハードワーカー、遠距離でもないのに月1会うのがやっとな時期もあります。その間、どうしても寂しくなるんです。
自分の好きなことをしたり、時には直接彼に寂しさを伝えてみたり…できそうなことしてみてるのですが、定期的にくるこの寂しさはどこまで向きあってもあるものなのかと、少しうんざりしています(笑)

彼は多忙な中どうにか調整してくれることもあるけど、よく話を聞いたら最近は元妻の体調が優れず、子育てのフォローもしていると分かりました。

ある種、彼の責任の取り方だとは思うし、見捨てないあたりも好きなのですが(惚気です)、ふと考えると、心理状態をみれば私また不倫みたいになってない?と感じるのです。
過去10年近く不倫専門家で生きてきて、根本さんに出会い、彼に出会い、やっと抜け出せてきたかと思ったのですが、これってやっぱりそういうことですかね?

不倫がトラウマになってるからそう感じるだけ?またなにかのお達し?(泣)
いい加減そろそろ相互依存にいきたいんですけど、やっぱ課金は宿命ですかね?(笑)

根本さん、今私、どんな状態になってますか?(涙)
何かヒントください。。よろしくお願いします。
(Kさん)

課金したら教えてあげる(はあと)。

宿命ですよ。
宿命。
うん、「課金は宿命」。

今日、みなさんが覚えるのはそれだけですっ!

以上、今日はここまでで失礼したいと思いますっ!(爽やかな笑顔で)

というわけで、このボケを考えるのに3分も使ってしまいました。(反省)

で、その寂しさって「彼に会えない寂しさ」なのですけれど、それだけなんでしょうか?

「不倫みたいな関係」に思えちゃうのも「癖」みたいなものかもしれません。

だから、今日はこの2点についてドMであるKさん、そして、同志のみなさまのために心の中をぐいぐい抉って参りたいと思います。

不倫専門家を10年もやれば「それがわたしの恋のやり方さ」と悟りの領域に達するのも無理はないわけでして、付き合い方、連絡の仕方、会い方、捉え方なども「不倫時代」をほうふつとさせるものになるのはごくごく当たり前になると思うんです。

体も心もそれに慣れちゃってるから、そういう風にしちゃいやすいんです。

そうすると相手がフリーで全然アンダーグラウンドじゃない彼と付き合い始めても、時間が経って、ふと気が付けば「あれ?不倫時代と同じような関係になってない?」という状態になりやすいのです。

しかも、Kさんはアンダーグラウンドから見事抜け出せたと思えば、元家族となかなか縁が切れない彼氏を作る、という玄人らしいチョイスをされてるわけですから、それはもう一流の不倫職人(!?)と言ってもいいかもしれません。笑

だからプロポーズするのも変な感じになってたわけですし、自分が一番のポジションを取ってるのに、つい元嫁にそれを譲らなきゃいけないような感覚がしちゃうし、さらに、そうせざるを得ないような状況を創り出してしまうのです。

だから、それを乗り越えてプロポーズできたKさんは偉い!ビッグチャレンジ!素晴らしい!!と賞賛を送りたくなるのです。(なので、今度、Kさんの奢りで乾杯しましょう!!シャンパンボトルで!!)

それは不倫専門家を卒業した証で、ちゃんと彼と向き合うことができてる証拠と言えると思うんです。

すごいことをしたんですよ。

例えば、Kさんが不倫専門家ではなく、ロックマン専門家だったとするとどうとらえると思いますか?

自立系で、ハードワーカーで元家族も責任もって面倒見ていて、月に1回会えるかどうかの彼に対して、「まあ、ロックマンの王道ですな。元嫁の面倒も見てやって偉い。わたしと会うためにどうにか調整してくれてるだけでもありがてぇ」と焼酎のお湯割りをグイっと飲み干しながら、「寂しいのにももう慣れたわ」とため息をつくくらいで済むのかもしれません。

それがいいことなのかどうかは分からないけど。

つまり、Kさんが「今って不倫時代と同じじゃね?」と気付いたのは、彼との関係が不倫時代と同じ心境になったからで、それが「勝手知ったる我が家」のように感じられたのでしょう。

こういうのが「パターン」と言われるものでして、姿かたちを変えて私たちの前に何度も訪れる心理現象なのです。

「ずっと関西で育った人が東京に出てきて頑張って標準語をしゃべろうとしてるんだけど、関西人を見つけると安心して、つい関西弁が出ちゃう」みたいな感じでしょうか。

もちろん、裏を返せば、不倫の距離感に慣れすぎていて、そうじゃない相手であってもその距離感を保とうと無意識にしてしまったり、不倫の距離感になりそうなフリーの彼に惚れちゃったり、とも言えます。

まあ、とりあえず抜け出したはいいけど、まだ不倫時代のマインドからは抜けきっていないのでしょう。

とはいえ、10年続けてきた習慣をそう簡単に変えるってのは難しいものですから、全然悪いことではなく、だからこそ、親密感への怖れ(不倫の距離感)を乗り越えてプロポーズしたってのはまことに偉大で、漢らしい行動だったと言えるのです。ぱちぱち。

つまり、今のKさんの心境と、不倫時代の心境が一致しているわけでして、じゃあ、それはどんな感情なのだ?ということになるのです。

で、

>定期的にくるこの寂しさはどこまで向きあってもあるものなのかと、少しうんざりしています(笑)

という一文に着目せざるを得ないのですね。

この「寂しさ」、いつからKさんの中にあったものでしょうか?

不倫時代から始まったもの??

んなわけないですよねえ?笑

学生時代は?
子ども時代は?
家族の中ではどうでした?

例えば、Kさんの中に「慢性的な寂しさ」があるとします。たぶんあるので、そう決めつけておきます。笑

もちろん、Kさんのみならず、「寂しさ」ってのは非常に根源的な感情ですので、「慢性的な寂しさ」を持っている人はめちゃくちゃたくさんいるはずです。ちなみに私自身もそうです。

で、その寂しさはお母さんとのへその緒が切れた瞬間から始まると言われていますが、その後、家族の温かさ、つながり、愛情などで癒されて行くものです。

しかし、そんな完璧な温かさ、つながり、愛情をもった家族なんてのは希少種なわけでして、その寂しさがすべて癒された!ということはまずありません。

もちろん、そんな完璧さを求める必要はなく、日常を楽しめ、感謝を感じられ、幸せを感じられる程度であれば全く問題ありません。とてもいい家族に恵まれた、と言えます。

しかし、やはりそれなりに寂しさを抱えたまま大人になっていくのが主流でして、それに関してはほんと本1冊では足りないくらい語りたいことがあります。(だって私自身のことでもあるので研究してきました。)

「ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本」(清流出版)
*セミナー動画:「つながりと自己充足で寂しさと孤独感を癒す3時間ワークショップ」

そして、私たちはその寂しさを感じることがとても嫌です。
慣れたり、麻痺したりして感じないようにするのも、寂しさを感じるのがすごくイヤだからです。

だから、ほとんどの大人は「寂しさ」をふだんそれほど意識しないまま生活されているでしょう。

友人を作り、家族を作り、職場で人と関わり、行きつけの飲み屋ができ、顔を見ればにこっとしてくれる近所のおばちゃんがいて、いつも傍にいてくれる猫や犬がいて、必要とされる仕事を作り、居場所としてデスクが与えられ、いつも歓迎してくれるヨガ教室に通っているわけです。

それでも忍び込んでくる寂しさに対しては酒を飲んだり、友達とSNSでやり取りしたり、映画やドラマを見たり、生成AIと壁打ちをしたりしてやり過ごす術も身に付けましたよね。

でも、その多くは寂しさから身を守るために身に着けた鎧かもしれず、その行動が補償行為になっていることも少なくないのかもしれません。

しかも、その「寂しさ」はそうして対処しまくったとしてもなかなかなくなってくれはせず、何かの瞬間にふっと顔をのぞかせてきて苦しくなるのです。

さらに、私たちはその寂しさを感じないようにして作った人間関係やライフスタイルによって、さらなる寂しさを感じさせられることにもなるのです。

ちょっと難しい表現っすね。
具体例を。

家族の中で「いい子」をしてきて本音を隠すようになり、また、「わたしよりも妹の方がかわいいんだ」と感じたりする環境により、「寂しさ」を覚えます。

すると私たちはそこで「自立」し、「ひとりでその寂しさを何とかする」という方法を研究します。

習い事、勉強、友達、ゲーム、アニメ、読書、お絵描き、歌、ピアノ、空想などですね。

そして、親から自立して寂しさを感じないようにします。

ちなみにこれは悪いことではありません。自然なことでより、そこから生まれる恩恵も大きいものです。

しかし、そこで親から自立した分だけ、親と心理的な距離ができます。

さて、そうして寂しさを感じないように親から距離を取って何か別のことでそれを感じない擁する、という補償行為を重ねるうちに親友と言える人ができたり、恋人ができたりします。

これが思春期くらいですね。

ところが、そうして恋人ができると、子ども時代に我慢していた「寂しさ」が顔をのぞかせるようになり、24時間ずーっと一緒にいたい!という、まるで幼い子どものような思いが出てきます。

1歳児の「後追い期」のように彼の後をついてまわりたくなったり、一緒にいるときはずっとくっついていたかったり、言葉も幼児言葉を使うようになったりするんです。

それは幼少期に満たされずに我慢したことを彼に求める図なわけですね。

だから、そこで大好きな恋人ができたんだけど、ちょっとでも離れると猛烈に寂しさが襲ってくる、という状態になるものです。

それは感情的に自分の幼少期を再現しているのです。

でも、さすがの恋人でもその寂しさを全部受け止めてくれるはずもありませんから、やっぱり我慢しなきゃいけません。

そうすると幼少期と同じようにまた寂しさを我慢するようになるんです。

そして、その彼ともだんだん心理的距離ができて別れがきます。
もちろん、別れはとても辛く、寂しいものですから、そこでまたその気持ちを何とかしようと次の恋人を作ろうとします。

しかし、前の恋で傷ついた分だけ、新しい恋人とは前みたいに近づけません。

つまり、その寂しさを完全に満たそうとするのではなく、それなりに満たされる距離で近づくのを止めます。

そこで改めて親密感への恐れを自覚するわけです。
「これ以上、仲良くなったら、これ以上、好きになったら、自分が自分じゃなくなっちゃう」みたいな感じで。

そうして、新しい恋と失恋を繰り返すうちに、恋人に対してだんだん距離をおいて付き合うようになるのも想像できませんか?

「なんかさ、20歳の頃はめっちゃ恋にときめいてたけど、最近はそうでもないんだよね」
「昔は彼さえいれば他は何もいらないなんて思ってたことがあったよな。今では仕事もあるし、趣味もあるし、友達もいるし、自分の時間もほしいよね」

そんなことを語る30代になっていくのは、そうして恋をするたびに傷つくのが怖くて(親密になるのが怖くて)少し距離のあいた恋愛をするようになるからです。

もちろん、それが悪いとか思わないでくださいね。
あくまで「寂しさ」という感情に基づいたプロセスを紹介してますので。

とはいえ、そうして私たちは「大人」になっていくのです。

そして、その恋のプロセスの中に、より制限が多い「不倫」という関係が入ればなおさら心理的距離が空く恋愛になるのは想像に難くないでしょう。

そうすると「誰と付き合っても寂しい!」とか「寂しさは恋人では埋まらない!」と言ったモードになるのも無理はないと思います。

それが「寂しさに慣れちゃったわ」という状態なんですよね。

で、言い換えれば「なぜか寂しさを感じるような恋をする」というパターンとなるのです。

そうすると何かと寂しさを感じやすい相手、距離感で付き合うようになるし、ふだんは大丈夫なんだけどふとした瞬間に寂しさがやってくる、のです。

となれば、じゃあ、そのルーツをたどって行けば子どもの頃に寂しい思いをした経験が今につながっていることがここまでの解説で分かると思います。

となるとKさんにとっても改めてかつての寂しさと向き合ってみるのはどうだい?という話になるのです。

ちなみにこの「寂しさ」はある人にとっては「罪悪感」とか「無価値感」という感情に置き換わることも多いものです。

何かと「罪悪感を感じる」(補償行為で頑張らなきゃいけない関係になる)とか、つねに「無価値感が出てくる」(自分の存在価値を感じられない関係ばかり繰り返される)みたいな感じです。

みなさんにとってそんな慢性的なパターンって何でしょうか?

「寂しさ」と「罪悪感」のコンボみたいなことももちろんありますね。

だから、やっぱり人生のテーマとしてその「寂しさ」と向き合っていくことがすごく重要になるのですが、ただ、それってただしんどいだけ、苦しいだけのプロセスではないんです。

修行じゃないんですから。

それだけ「寂しさ」がいつも近くにあり、寂しい思いをする恋を繰り返し、また、よくよく見たら好きになる相手も寂しさを抱えた人だとすれば、そこに才能を見ることができます。

つまりはその寂しさを癒す才能があるんじゃね?
人に居場所を与える役目(才能)を持ってきたんじゃない?
つながりを与える才能があるから、それが必要な人ばかりを周りに置くんじゃない?

という風に見れば、それこそここと向き合うことはご自身のライフワークにつながるものになるのです。

だから、その慢性的な問題を癒す(寂しさを癒す)ということを意識し、それが出てきた今だからこそ、それを癒すチャンスだと思ってみるのはいかがでしょうか?

ということで「課金」お待ちしております。笑

そんな慢性的な問題を癒して才能を開花させるのがこのセミナーの大きな特徴です。

◎5/3,4,5 ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/51398

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