久々に神戸は灘方面の温泉めぐりに出かけてまいりました。
とても良いお湯で、いやー、ふにゃふにゃです。
でも、この温泉、いつも冬に訪れるんですよね。
確か去年も12月に来てました。
帰り道。駅まで住宅街をてくてく歩いて行くんですが、神戸は違うなあ・・・オシャレな家が多いなあ・・・などと心地よい寒さの中、ぼーっと観察するのも面白いところです。
さて、JR六甲道周辺でお勧めのカフェ、ありませんでしょうか?
近くをうろちょろしてみたんですけど見つからず、結局梅田でお茶して帰りました・・・。
ここから山を登れば大学がいっぱいあるわけで、きっと良いところがあると思うんです。
ご存知の方、教えて下さいませ。
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意地を張りたいわけじゃないんだけどね。
そんなことしても後から苦しむだけって分かってて、強がった瞬間に「やっちゃった・・・」と思うのに、でも、素直になれない。
仲の良い友達に、滅多に言わない愚痴をたれてみると「あんた、もっと素直になればいいのに」って言われる。
分かってるって。
だから、つい「素直になるってどういうことよ」って突き放してしまう。
つくづく嫌な女だと思う。
そうすると、友達は訳知り顔でふふーんとした表情を作ってる。
「あんた、それじゃあ、苦労するって」
そう言って貰えると、ふぅと息が付けるようでちょっと安心する。
そんな友達を持っていて良かったと思う。
昨日も待ち合わせに遅れてきたくせに「ごめん」の一言も言えない恋人に嫌味をたくさん言ってしまった。
「仕事が忙しい」とか「ちょっと抜けられない会議があって」とか、そんあ言い訳を聞きたいわけじゃないのに、こいつは何も分かってない。
でも、本当は何も分かってないのは自分の方かもしれない。
素直にね・・・なったら、どうなるんだろう?
楽になるのか?
今まで作ってきたものが意味無くなるんじゃないかとも思ってしまう。
やったことないから分からないし、怖いんだろうなあ・・・
だから、強がるのか・・・
馬鹿みたい。
「それって、苦しいじゃん」
歯に衣を着せない友達の声が聞こえるようだ。
楽になるってどういうことだろう?
また考えちゃった。
ちゃんと気合を入れて、いい女になってるつもりだけど、こんなんじゃ、ダメだな・・・。
恋人にしたって、あたしは扱いにくい女だろうと思う。
だから、時々あたしに内緒で溜め息付いたり、他で遊んできたりするのかもしれない。
あたしといても幸せじゃないんだろうなあ・・・きっと。
あ~あ・・・この頭を誰か思い切り殴って、めちゃくちゃにして欲しい。
そしたら、素直になれるかもしれない・・・
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こんなあなたに役立つエッセンス。
1.自分に優しくすること。お風呂に入ったとき、ばかばかしさを感じながらも「よくやった。えらい。頑張ってる」って言いながら体を丁寧に洗ってあげよう。
2.あなたにとって信頼できる友達をとにかく3人選ぶ。で、思い切り恥ずかしいけれど「あたしのいいところ教えて?」と頼む。
3.「泣きたい自分」を許してあげよう。思い切り泣ける場所がなのだ、ということに気が付いてみよう。涙は「泣き落とし専用」ではないのだ。
4.セックスかオナニーで、思い切り乱れてみよう。たぶん、後者の方がやり易い。
どれもばかばかしいやり方かもしれないけれど、続けてみると効果ありだと思います。
「続ける」ことが肝心なので、一回やって「あほらしい」ってやめないで欲しいな。
どれも最初は「虚しさ」「惨めさ」「寂しさ」「怒り」「やるせなさ」などの感情を味わいます。
それが大事。
素直になれないのは、その感情を怖がってる自分がいるから。
そこを突き抜けられるのが課題。
そしたら、すーっと霧が晴れるように素直に、もっと明るく元気になれると思います。
心理分析的には・・・うーん。たぶん、お母さんとの関係に問題があるような気がします。
感情的なお母さんを見て、それを否定して、できるだけ感情を抑えるようにした過去は無いかな?
お父さんとの関係では、距離があるか、存在感が無いか、だと思います。
どちらにせよ、自立を手放して、依存を受け入れることが課題になることが多いでしょう。
つまりは「心、感情」にもっと意識を向けて上げられると良くなるかな・・・と。
あ、そうそう、「あたしは十分依存的なのに?」って思ったら、尚更、自立の問題ですよ。
たくさんのご来場ありがとうございました!
アンケートにて頂きましたご質問に回答させていただきます。
参加されていない方にもできるだけ分かりやすいようにさせて頂いているつもりですので、どうぞお時間のある時にお楽しみ下さい。
*心理学講座(大阪)*
2004/12/5(Sun) 18:30~20:30
江坂・ホテルパークサイド
テーマ『ヴィジョンを見つけよう!』
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この土曜日はうちの下の妹の結婚式で、家族もろとも実家に帰省してました。
この日、結婚式もたくさん行われてたと思いますけど、全国的にあいにくの雨で残念な思いをされた方も少なくないかも知れませんね。
「えー。雨降って地固まる、ということわざもありますように・・・」
という挨拶が、全国津々浦々で聞かれたんじゃないかと・・・。
うちの妹の旦那さん(義弟になるんですよね)が、最後の挨拶にうまく纏めてました。
二人が知り合ったのも雨の日だったらしく、
「最初は雨だったけれど、こうして晴れの日を迎えられたので、今日はあいにくの天気ですが、これも案外良い結果をもたらすこともあるのでは・・・」と。
こう文字にしてしまうと当たり前のような気がするけれど、耳で聞いたときには「おぉー」と思いました。
こうはっきり、しっかりと言えるのは素敵ですよね。
それ以外にも結婚への決意や思いなども自分の言葉で話してましたし、妹もしっかり者を捕まえたものだと思いました。
結婚式はとても良くて心に響くところもたくさんありました。
やはりとても大切な儀式だと思います。
妹夫婦は「すごく寂しいから」という母殿の希望により同居することになったんですけど、遠く離れて暮らす僕としても(色んな意味で)安心です。
「妹が結婚したら、兄としては寂しい?泣ける?」って周りからは少々囃し立てられたんですけど、ただ「良かったなあ」という気持ちです。
同居ってこともあるのかもしれませんし、長年離れて暮らしてるからかもしれませんが、でも、結婚して遠くに行ってしまうことになったとしても、あんまり気持ちは変わらないと思います。
どこに居ても、どんな姓を名乗ったとしても、僕の妹であることには何ら変わりありませんから。
ところで、その姓が変わった我が妹へ。
2階の僕の部屋に置いてあったワイド薄型テレビとソファは、お兄様への贈り物だよね?
あんまり実家に帰ることないので、そこに置いてあっても宝の持ち腐れだから、大阪に送って貰えるかな?
なるべく早めに。
よろしく。
あとなんでファックスが2台も置いてあったのか分からないんだけど。
夫婦別電話制?
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(11/29)引きずる理由(わけ)
(12/2)男の言い訳。
に、たくさんの反響ありがとうございました。
皆さんそれぞれに感じていただけるところがあってホッとしています。
僕としてもちょっとしたチャレンジでしたので、ドキドキしながら反応を待ってました。
ありがとうございました。
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12/5の大阪心理学ワークショップに参加くださった皆さんありがとうございました。
今回、実に初めての出来事がありまして・・・。
「当日キャンセルなし。参加率100%」
正直びっくりしました。
体調不良や急な事情でキャンセルされる方が出るのが普通なので・・・。
あと打ち上げに参加してくださった皆さんもありがとうございました。
これもおそらく過去最高の参加率でございまして、とても嬉しかったです。
しつこいほどに宣伝した成果かな???(笑)
きてくださったお一人お一人とお話したいんですけど、それもなかなか叶わず残念です。
次こそは・・・と思ってますので、お楽しみに!!
またアンケートに頂いたQ&Aに後日お答えさせていた来ますっ!!
12月になりまして、急に寒くなりました。
うちの乳児はセキしてまして、ちょっと心配です。
乾燥してるのか、風邪気味なのか。
でも、そこは乳児。
そんなことにもめげずに毎日ハイハイに磨きをかけて、ママの後を追いかけ始めてるようです。
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その乳児、最近人から「表情豊かだよねー。よく笑うよね-」と言われることが多くなったそうです。
会う人毎に言われるって妻が言ってました。
僕が子どもに望むことって、そういうところなので、すごく嬉しいです。
健康で、感性豊かに・・・。
で、男をぶるんぶるん振り回せる女に成長して欲しいと思うのです(^^)
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男の性、というものかもしれない。
女性からのストレートな愛情表現は恥ずかしく、婉曲な告白は気付かない振りをする。
愛情を受け取ることが、どうも、苦手。
相手に愛情を感じれば感じるほど、むしろ、逆の行動に出てしまう。
それが相手を傷つけることって分かっていながらも。
相手が苦しむのを見て嬉しいわけでもないのに、そういう形でしか愛情を表現できない。
素直になったら負けるような気がして、強がる他に手立てが分からない。
でも、そんな心の内を分かってくれる女だと思うからこそ、つれなくしてしまう。
逃げるのはカッコ悪いと思うけれど、所詮、自分は情けない男だから、と言い訳もきちんと用意する。
甘えてしまったら何かが終わってしまうと思う。
たぶん、その女を抱けなくなってしまう。
苦しいと言った瞬間に何かが壊れてしまうと思う。
だから、意地でも、そこは譲れない。
軽い男と見せておいた方が楽だと思うこともある。
その方が傷つけない、と思うから。
でも、本当はそんな不器用で、不細工なやり方しかできない自分を丸ごと包んで欲しいと思う。
でも、そんなことは口が裂けても言えない。
気持ちというものはどうも分からない。
女がさっきまた言った。
「私のこと、どう思ってるの?」と。
どうもこうもない。
一緒にいること、ここに帰ってくることが答えなのに、それを彼女は分からない。
何を知りたいのか、きっと彼女が満足する答えを自分は出せないと思う。
でも、それで彼女が傷つくことくらいは分かるし、自分から去っていく準備をされても仕方が無いと思う。
自業自得だから。
きっと自分がすべて悪いのだろう。
でも、どうしようもない。
こういうことを言ってる時点で、もう、自分が情けなくなる。
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超が付くくらいの自立男の内面って、実際はこんな感じだと思います・・・。
(ちょっと解説加えながらですけど)
疲れが溜まったのか少々凹んでいると、妻が「アロママッサージしてあげようか?」と。
そういえば、うちの奥さん、かつてリフレクソロジーを学んだ経験もあってその辺かなりお上手なんですよね。
体をさすってくれたり、手をマッサージしてくれたり、嫌がる夫を無理やり押さえ込んでお腹にチュ-したり(うちの奥さんはこれがいたくお気に入り)はあったんですけど、ちゃんとオイルまで用意してくれて感涙。
いやー、気持ちよかったっす。
男性にとって女性の手というのは不思議なヒーリング効果がありまして、特に恋人や奥さんにそうしてもらうだけでふぅーっと体の疲れが流れていくような気がします。
手の持つそうした力もあるんでしょうけれど、やはり愛情や優しさというのは体を通してココロに響くものがあるんですよね・・・。
一発で効いて気分すっきり熟睡することができました。
「また、してねっ(ハートマーク)」とお願いしたら、「お腹チュべろべろ5回させてくれたらいつでもいいわよん」とお得意の魔女的微笑。
(こそばがりな僕にとって、それがどんな悲惨な刑かはご想像にお任せします)
即「いえ、出すぎたマネを致しました」と平伏したのは言うまでもありません・・・。
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↑のネタから、急に↓のネタに行くとギャップがありすぎるだろうと思いまして閑話休題。
「今日はイイニク(良い肉)の日」。
冬眠前のクマの如き勢いの僕としては、必然晩御飯のメニューは決まってくるってもんです。
このプロフィールページやコラム、エクササイズなどを作っているmovable typeというツールがあるんですが、これを導入してもうすぐ1年になります。
試行錯誤を繰り返し、ネットを調べまくり、本を読み漁り、友人に聞きまくりしながら立ち上げたんですが、1年経って漸く手の内に入ってきたような感じです。
デザインとか配置とかを半分趣味のごとくいじくり倒して原型を留めてない仕様になりましたが、お陰でだいたい思い通りのものができるようになってきました。
「これは無理だべ」という限界もいくつか分かりましたし、ここをこうしたいなあ・・・という欲求も自分で満たせるようになりました。
こうなると、色々楽しくなってくるんです。
ここまでは大変というか、暗中模索というか、訳の分からない単語との格闘だったんですけど、要領を得てしまえば、あとは自由自在。
何でもそうだと思いますが、その勢いを買ってこの間は心理学ワークショップのページを編集し、今また新しいページを立ち上げようと画策しているところです。
これからの展開を楽しみにしていてください。
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好きな人とうまく行かなくなって別れを切り出された後もなかなか気持ちの踏ん切りが付かない時。
特に今の季節はとても切ない気持ちがしてきます。
恋人として、夫婦として幸せな時間が過ぎて、いつの間にか片想いになってしまった寂しさ、虚しさ、切なさというのは、どうしても引きずってしまうものかもしれません。
「執着」って一言で片付けられるとむかつくでしょう?
「さっさと他の男、見つけなよ」と言われるのも辛いし、周りから腫れ物に触るように気を使われるのもまた辛くて、ますます、どうしていいのかが分からなくなってしまいます。
「どうしたらいいのかは分かってるのよー」と強がってみても、心の中では泣き声が途切れないのかもしれません。
自棄を起こして見知らぬ人に抱かれてしまうことだってドラマや小説だけの世界ではありませんし、飲み過ぎて古くからの友達に同情されながら背中をさすられるのも「あたし、何やってるんだろう?」って無性に虚しさを感じるものかもしれません。
「もっとこうしてあげたら良かったのになあ・・・」
引きずってしまう一番大きな理由は、彼の優しさや愛情が無くなったことよりも、してあげられなかったこと、やり残したことの方が多いのかもしれません。
だって、自分なりに一生懸命頑張ったんだから。
もちろん、そこでは「頑張ってないもん。全然」と思ってしまうものです。
冷たい態度を取る彼の裏側に、一人ぼっちでもがいてる姿を垣間見ていたのかもしれません。
色んな女性と浮名を流しつつ、孤独に苛まれる影を見ていたのかもしれません。
すぐケンカ口調になって暴言を吐き出す彼の後姿に、ついつい泣き顔を見てしまうのかもしれません。
私しか知らない彼をいっぱい知っているでしょう?
そして、そんな彼を助けられなかった。癒してあげられなかった。守ってあげられなかった。
だから、引きずってしまうし、後悔してしまうのかもしれません。
だとしたら、無理ないことなんですよ。
もっとしてあげたかったことがたくさんある・・・。
これはとても自分の心を締め付けます。
今なら、できることもあるんじゃないか?
そう思えば、ますます思いが募るものです。
だから、その中に入っていきましょう。
その切なさや虚しさの奥に入っていきましょう。
今はその感情に浸ってみてもいいかもしれません。
でも、時が来たら、思い切ってその中にもっと飛び込んでいきましょう。
自分が壊れそうになるかもしれないし、暴走して何しでかすのか分からなくなるかもしれません。
大丈夫。
突き抜けられるし、浮かび上がることだってできるようになるから。
ぼろぼろになっても大丈夫。
何とかするから。
今日、なぜだか無性に京都に行きたくなりまして・・・。
どうしてなんだろうなあ・・・しばらく行ってないからかなあ・・・とか思いながら家に帰ると、仕事部屋の壁に貼った写真がその原因だろうことが分かりました。
昨日、思い立って部屋の片づけをしてたときに大好きな京都のお寺の絵葉書が出てきたんですよ。
それで、最近は深希の写真やら、友人やお客さんが送ってくれたきれいな絵葉書などを壁に貼ってるんで、その隣に何枚かぺたぺたと貼り付けたんです。
単純というか、何と言うか・・・。
因みにその絵葉書というのが僕が京都の中でもイチオシのお寺でして、かれこれ10年くらいも毎年訪れているところなんです。
京都は紫野、大徳寺塔頭・高桐院です。
公式ホームページは無いのかな?こちらのページがキレイ。
ここは細川ガラシャ夫人縁のお寺でもあって、ガラシャ好きなうちの奥さんも大好きなところです。
門前の石畳や苔むした庭園、もみじの可憐さなど、お茶を頂きながらいつもほーっと深い息を付ける場所です。
JR東海の「そうだ、京都、行こう」というポスターにも採用されたので観光に訪れる方もとても多いんですが、人の多さの割りに静かで、竹のそよぐ音が心地よかったり、しーんとした静寂の中で本当にのんびりできます。
すぐ傍の今宮神社門前にあるあぶり餅もなかなか美味です。
向かい合って2軒並んでいて、本家と元祖を争ってるのもまたオツな感じ(^^)
#たぶん、このネタは毎年書いてますね、僕(笑)
京都はねえ・・・いいですよねえ・・・。
住んだことはないので、あくまで観光客としての京都しか見てませんけど。
お客さんとも京都話になると異様に盛り上がってしまいます。
三千院、上賀茂神社、曼殊院、下鴨神社、南禅寺、知恩院などは特に好きなところで、そこに行くためだけに出かけることもあるくらいです。
(北山から東山方面に偏ってますね・・・(笑))
紅葉を見るなら東福寺も良いですし、銀閣寺から哲学の道を辿って永観堂、南禅寺、さらには知恩院、円山公園と至るコースは体力ありあまる学生時代はオハコでした・・・。
定期購読している雑誌があるんですが、今月号がちょうど「京都特集」でして、京都の美味しいお店がたくさん載ってました。
センスが良かったり、こだわりが深かったり、ちょっと敷居やお値段が高そうでいて、でも、行って見たいお店もたくさんあります。
お寺や神社でも行ってみたいけど、まだなところがいくつもあるんで、たまには京都の街中に宿泊して、ゆっくりめぐってみたいなあ・・・と思うのです。
休日な木曜日。
乳児のインフルエンザ予防接種に付き合って、僕も注射してもらったんですけど、その後しばらくしてから体がだる~い。
夜熱を測ってみたら微熱でして、道理で具合が悪いわけだと納得。
敏感なんですよ。
一晩寝たらすっきり治りましたが、ちょっと焦りました・・・。
一方乳児も一日大人しくしてまして、こんなことならギャーギャーうるさい日には注射してもらって方がいいかもしれん。
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「物を捨てられないんです」なんて声を時々耳にしまして、ここからもパターン(心理)がうかがい知れたりします。
「もしかしたら役立つかも・・・」って感じかもしれないし、「これは必要だ・・・」と思うものが山ほどあって部屋を占領していたり。
そんな方にはこんな質問をします・・・
「捨てられないのは物だけ???」
捨てるって表現は悪いかもしれませんが、人間関係にも影響してるところはないでしょうか。
その背景にはちょっと心の痛みがあるのかもしれませんよ。
痛みってくらいですから、大切なモノだったり、物というよりも者(つまり人間)だったりするのかもしれません。
単純に「捨ててしまって凄く後悔した経験がある」なんて場合、これは罪悪感ですね。
だから、とても慎重になります。
もちろん、自分のことを信頼なんてできません。
あるいは「捨てられて、すごく傷ついた経験がある」場合。
実はこちらの方が本編です。
捨てられて傷ついて、自分も何かを捨てて罪悪感を持った・・・というのが多くの方に見られるパターンでもあります。
「別に自分は捨てられたことなんて無いんだけど・・・」と思う人が多いかもしれません。
でも、この感覚は幼い子どもであれば、実は一度は持つ感情だと思うんですよね。
親のちょっとした態度(特に怒られてるとき)で「捨てられるかも・・・」という恐怖を感じたことがあるかもしれないし、裏切られたような気がしたりすれば、見捨てられるような恐れを生み出しますね。
甘えたい盛りの頃に全然相手にしてもらえないばかりか、むしろ無下に扱われたと思っていれば、やはり同様の感覚を抱くかもしれません。
そんな「捨てられた」痛みの強さに従って、過剰に「大事にしすぎる」傾向が生まれます。
それは、そんな痛みをもう二度と経験しないように、大切な人にそんな経験をさせないようにするためかもしれません。
それが更に強まって、過剰に物や人に執着してしまう人だっているでしょう。
だから、優しさゆえの行動なんですね。
でも、大事にしようとしすぎると繊細になりますから、自分が思うとおりに出来なくなったりします。
大切にしていたのに、ちょっとした弾みで壊してしまったり、傷つけてしまったり。
人じゃなくて物でも思い当たるところがあるかもしれません。
で、ここで「自分は冷たい人間だ」なんて思ってしまったりします。
だから、「私は冷たい女」と思う裏側には、こんな「捨てられる恐れ」を持っていることも少なくないんですね。
ここを抜け出すには「私は守られている」という考え方を身につけることが一番です。
人との繋がりや信頼関係を築いていくことが何よりも大切なこと。
でも、「私は冷たい」と思っている分だけ、そのつながりに信頼が置けず、また、大事にしようと抱え込みすぎて潰れてしまったりするんです。
程よく大事にしようとすることや、冷たいんじゃなくて大事にしようとする優しさを自分がたくさん持ってることを受け入れてあげることが第一歩目かもしれません。
そして、もう一つ。
捨てられなくて抱え込んでしまっているわけですから、自分でナントカしようと自立しすぎてるのかもしれません。
そこでは「助けを求める」ということも凄く大切な考え方です。
だから、部屋に色んなものが散らかってて、なおかつ捨てられないなあ・・・という場合には、誰かに手伝ってもらいながら物を整理してみましょう。
そして、捨てるのがもったいない場合、ナントカ生かす方法はないか考えてみることもできます。
フリマで売ってもいいですし、誰かにプレゼントするのも素敵なことです。