「ないもの」ばかりを見ることで「あるもの」の価値が見えなくなる。

「ないもの」ばかりを見る癖が付くと、自分が持っている素晴らしい価値に目が向かなくなるどころか、それを否定してしまうことも珍しくありません。
子ども時代は親や周りの影響を受けるから仕方がないことだけど、大人になってからは改めて自分を再評価してあげることがとても大切です。

根本先生、毎日楽しく拝読しております。
30代のKと言います。
私は「知的コンプレックス」を持っています。
高学歴とされる大学を卒業しているのですが、当然知っているべき事柄を知らず恥をかくといったポンコツ頭の持ち主です。
自分の知らない知識を耳にすると不安になります。
ずっと頑張っている仕事があるのですが、周りの知識や頭の良さに圧倒されるばかりでうまく行きません。
人からはおっとりしているね、闘争心を持たなきゃと言われます。
ですが、実際には野心と闘争心の塊なのです。休日もほぼ一日中仕事のための勉強をしています。それでも、おっとりしているねと言われるのです。
恋愛面でも、顔も頭も悪い私はつまらないから男性に選ばれないという思い込みがあります。もうずっと恋愛もご無沙汰しています。
子供の時は変わった子だったので、他の子からは笑われ、親や先生から怒られてばかりでした。だから、すごく偉くなって皆を見返したいという気持ちが芽生えたのだと思います。

努力するほど叱られバカにされるといった悪循環は、コンプレックスに基づいて行動しているからなのでしょうか?
よろしければネタとして取り上げてください。
(Kさん)

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情熱女子の視界から外れるにはどうしたらいいのでしょうか?

ポイントは「自分らしい付き合い方は何か?」というところです。
一般論での正解はありません。
個別論で自分らしさを貫くことをレッスンしているのかもしれませんね。

根本先生こんにちは。
以前自己肯定系の講座とライフワークのセミナーに参加させて頂いた者です。
生の根本先生は知的かつチャーミングで文章だけではなくご本人も同じく魅力的なのだなぁとしみじみ感じました。
英気頂きました、ありがとうございます。

このところ人間関係の問題が若干あり、根本先生の人間関係本を付箋しながら考えています。
もしかして自分だけの問題じゃないのかも?とも思え《でもきっと私が変われば関係も変わるのでしょうが》
ネタリクエスト質問を失礼いたしました。

Q;情熱女子の視界から外れるにはどうしたらいいのでしょうか?

最近公私ともに絶好調の美貌の情熱系向上心女子の友人が高エネルギー過ぎて、低体温の私は溶かされ気味です。
距離を取ろうともう一年以上試みているのですが上手く行きません。

私よりバイタリティ溢れる魅力的な人たちと積極的に交流しているし、重い腰を上げて誘いに乗っても私は数合わせというか、関心があるのは自分が目標にしたい吸収出来る人のみというのが気持ちいいほどはっきりしていて、「何で私ここにいるんだろか?」と毎回感じ、疲れぎみです。

共通の友人も重なっているので、あまり不義理にするのもなぁと、数回に一度は参加しています。
が、正直お金も時間も体力も最近は勿体無く感じイライラしがちです。

謎なんですが、あまり関心のない人間でも離れられるのは嫌なんでしょうか?
私ならむしろ嬉しいというか、やったー!という感じなんですが。かなり。

そう言えば、一番気持ちが落ちるのが彼女の所属している地域コミュニティの否定を聞くことです。
以前から聞いていたのですが、メリットもあるので離れるつもりはないらしく、先日その地域に、今度家を建てると聞き、自分との違いをはっきり感じました。

私は嫌だと感じたらそれ以上嫌いになりたくないし、何より疲れてしまうので距離を取ります。

だから私のことも否定しながらも何らかのメリットを感じているのでしょうか。

彼女の射程から外れるにはどうしたらいいのでしょうか。

いつも愛と実在的なアドバイスを誠にありがとうございます。
(Mさん)

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人生は急には変わらない~一見同じパターンでもかつてとは違うところに目を向けてみる~

野良猫愛好家だった武闘派女子が、それを手放そうと自己肯定感をあげていく過程で、必ず通るのが「一見、まともな男だけど一皮剥いたら野良猫だった現象」。
それは成長の証として解釈することがお勧めです。

根本先生、こんにちは。
自己肯定感を上げる取り組みを続けていたら素敵な方とばかり出会うようになって、プライベートではモテ期キタ!?と勘違いしそうになるくらい、男性からの食事の誘いなどが増え、「あれ?なんか最近調子いいかも!」と絶好調な毎日を過ごしていました。

そのうちの一人に、ずっと私の夢を応援して、色々と支えてくれていた年下の男の子がいるんですが、顔は芸能人並みのイケメンで、まるで少女漫画から出てきたような立ち振る舞いをし、女の子なら絶対キュンとしてしまうような甘い台詞を平気で言えてしまう、ナチュラルボーン王子様。私が何も言わずとも「ご飯食べてないでしょ?」と差し入れをくれたり、「ちょっと疲れてないですか?ゆっくり休んでくださいね」と気にかけてくれて、こんな子が本当に存在するの…?と密かに感激しておりました。

そんな疑似恋愛のような、一線を超えない、付かず離れずの関係を一年続けていたところ、ここ最近になってその王子様が、突如野良猫に豹変。
「元カノに相当貢がせてた」「(今カノに対して)しょっちゅう殺すぞ!と思う。まぁ幸せだけど」と、あまりのキャラ変ぶりに、震え上がりそうになるほどダークな部分を私に見せてくるようになりました。
相変わらず今でも優しいのですが、「やっと野良猫&ロックマンとは縁がなくなったのね…!」と喜んでいた私のショックは凄まじく、また彼のことが少し気になる存在でもあったため、もうテンションだだ下がりです…。

さらに本性を知れば知るほど、まるで鏡のように昔の自分と似ていることが判明し、一年もの間彼に爪を隠されていたことから、彼の心の闇の大きさが窺い知れ、とにかくもうテンションだだ下がりです。助けたいマインドが発動しそうになるのを「いやいやいや!まずは自分のことをしっかりやろうぜ!地に足つけようぜ!」となんとか堪え、今回は【見捨てる】コマンドで乗り切ろうと覚悟を決めております。
距離が近づき過ぎたから野良猫化したんでしょうが、あえて関係を悪くしようとしてくる彼の真意がよくわかりません。
はぁ~、ショック。自立系武闘派女子の道は険しいですねえ…。
(Mさん)

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自己啓発本に救いを求めるなんて愚かなことだと自虐してしまいます。

愚かなことだという見方をすればそう見えるし、逆に向上心として見ればそういう風に見えます。
物事は自分がどう見るか?によって全然変わってしまうものです。
さて、あなたはどんな見方をしたいでしょうか?

こんにちは。以前ブログに御本の感想を載せていただいた者です。ささいな悩みですが、根本先生に答えて頂けたら嬉しいと「ネタ提供」として送らせていただきました。的外れでしたらすみません。
新刊のタイトルを見て、旧タイトルの時からこれは読みたい、と思っております。しかし、尻込みしております。失礼な表現かもしれませんが、私は自己肯定感の低さによるものか、このような自己啓発本に救いを求めるなんて愚かなことだと自虐してしまいます。
じっさい自己啓発本で自らを鼓舞していると言った人を弱い人と自分が思っているフシもあります。
インスタントな方法をとり教養がないと思われたくないのか?悟りをひらくなどの遠回りをよしとしたいのか?そもそも心の持ちようを悩むなんて、私は弱い奴。云々と、自分が納得する落し所を探してしまい、すぐ読みたいのにまだ購入に至っていません。

私は油断すると自分がとるにたらない存在と思ってしまいます。
仕事を育児を理由に辞めたのですが、家族に「もっと」協力してもらえなかったのは自分のしていた仕事がとるにたらないものだったからだと思ってしまいます。
立派な仕事をしている親族(女医)と比べてみたり。じっさいは自分がこどもを犠牲にしている罪悪感などもあり心身ともに限界だったので、仕方ない道でした。自分の性格的にもこれがベストな選択だった、たらればを言っても始まらないと決めたのに、すぐまた人と比べて自分を貶めてしまいます。
そんな自分を救うために選んだ自己啓発本を並べた本棚を人に見られたくない、私のささいな悩みをどう斬られますか?
どんなお答えでもおそらく遠からず新刊は購入させていただくと思います。ライフワーク、まさに企業の正社員の道を降りた私が生活と折り合いをつけて追いかけたいものだと思うからです。失礼いたしました。
(Mさん)

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本人が自覚をもって改善しようとしなければ状況は変わらないものなのか?

人を変えることはできないけれど、人に働きかけることはできます。
しかも、近い存在ならばなおさら。
とはいえ、相手がそうなっちゃうにもちゃんと理由があります。それを理解し、受け入れた上で、自分が今できることをやっていけば、きっと状況は変わり始めます。

初めまして。いつもブログや著書を読み込んでは、自分の自己肯定感の低さや長女ならではの優等生的息苦しさ、生き辛さを解消する為糧にさせて頂いております。
随分楽になってきた今道半ばで、今回は主人の事をご相談したくてリクエスト致しました。

主人は私達家族(子供あり)にはとても優しく楽しいパパなのですが、仕事場ではストレスから、癇癪を起こしたり、言葉遣いや態度が悪くなり、従業員の方や顧客からクレームが来る程だということを最近知りました。

元々はワンマンで家庭を顧みない義父から、仕事を継ぐ事をほぼ強制され、自分の話を聞いてもらえず、認めてもらえない、というトラウマがとても大きい様に私には見えます。

人への態度はいつか自分に戻ってくるからとその大切さを説いたり、自覚のない感じの悪い態度や気配りのなさには注意したり、義父への悪い感情を昇華させようと話を聞いてあげたり、気持ち良く仕事に行ける様に、リラックスして明るく送り出したりと色々しているのですが、やはり本人が自覚を持って改善する意欲を持たなければ、なかなか状況は変わらない様なのです。
私は何をしてあげられるでしょうか?アドバイス頂ければ幸いです。
(Aさん)

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自分の存在を受け入れてあげたいのに、なかなかできません。

自分の存在をほんとうに拒絶しているのならばできないことをMさんは色々とされています。
ということは、拒絶している、という思い込み(判断)が癖になっているだけ、という可能性もあるんです。

根本さん初めまして!いつもブログ楽しく苦しく読んでおります!よろしければネタにしてください!
大嫌いな両親のことが、本当は大好きだったということを悟り、2人なりの愛し方、身近な人ほど優しくできない、歩み寄れない、それに苦しんでいるんだとようやく思えるようになりました。
今日は自分の存在感について相談です。
小学生の頃、風邪ひいて吐いてしまうと怒られる、咳こむと風邪を引いたのと嫌な顔される、そんなことがよくありました。私はいない方がいい、迷惑なんだなんて思ってしまったり。
最近、お父さんとお母さんからのそんなエピソードがよく思い出されて、泣いています。泣いた後は、愛されたかったのねという少しの寂しさと家族に素直になれない親も可哀想と思えるようになってきてます。
けれど、自分という存在を根本的なところでかたーく拒絶している感覚もあり…
自分はここにいちゃダメを体験するために問題が起きてる?と思い、ぬいぐるみを自分に重ね合わせて、両親から欲しかった言葉をかけてます。外から見たらやばい子ですが、ぬいぐるみに生まれてきてくれてありがとう、大好き、愛してると言ってほっぺチューして寝てます。起きるときも(笑)
自分の存在を受け入れてあげたいのに、抵抗感でビクともしないときのアドバイスを是非お願いいたします
(Mさん)

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子どもの頃からイジイジ拗ねることが癖になってます。

なぜイジイジしてる自分が思いのほか気持ちいいのか?というと、ちゃんと心理的理由があるんです。
だから、それは悪いことじゃねーんだな、と思って、イジイジしてる自分もかわいいぞ!と思ってあげることがまずは一歩目じゃないでしょうか。

根本さん、こんにちは。
いつも楽しくメルマガを拝見しております。

さて、私は自己肯定感が低い武闘派です。
(なんのこっちゃですが)
先日またちょっとした出来事でいじけてしまい、例のごとく「どうせ私なんか認めてもらえない。どうせ私なんかダサくて地味で才能もない。うわーん。」とかイジイジ拗ねておりました。
その時ふと気付いてしまいました。
イジイジが思いの外、気持ちいいといいますか、楽しんでいる自分がいたのです。

子供の頃、妹が可愛くてみんなから愛されていたので、「どうせ私なんかかわいくないから、私はかわいがられないいんだ。いいんだ、いいんだ。みんな妹ばっかりかわいがればいいんだ。ケーッ!」とかよくいじけていたものですが、30年たった今でもその根本は変わってないことに気がついて、アホかと笑ってしまいました。

子供の頃からずっと持っていたものが思いの外、根深くてびっくりしましたが、こういうものはずっと引きずってしまい、ほーら、やっぱりを見たくて繰り返しているのでしょうか?
自分のこうしたことを気づけたので、次回からは冷静に見れるとは思うのですが、このクセはどうしたら手放していけますでしょうか?
もうイジイジ卒業したいです。
やはり根本さんのセミナーに行くのが一番でしょうか?
(Hさん)

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怒りを認めることと、相手に悪意を持つことの違い~自分の感情に責任を持つ、とは?~

感情は天気と同じ。ただ受け入れ認めてあげることが賢く生きる方法です。
しかし、相手を攻撃したり、悪意を持ったりすることは行動。
行動は選択可能ですし、リカバリーもしやすいのです。

親愛なる根本さま

いつも楽しみにブログを拝見しております。
根本先生のブログで色々と学び、母親と距離を置き始めたことで頭の中の母親濃度が下がって来て、やっとこさ最近自分の感情が見えるようになって来ました。
中には何十年前の出来事を唐突に思い出しては、「あの時の私は本当は悲しいのを我慢して母の言う通りにしてたんだな」「死ぬほど悔しいのを我慢して母の意見を正しいと思い込んでいたんだな」と今になって気がつく事も。
それを繰り返すうちに、私は頑張って来たんだな。良くここまで生きてこれたな。ってしみじみと思えるようになってきました。

さて、そこでです。
そんな経験から自身の感情を素直に認めることの大切さに気がついて更にそれを実践しようと思っているのですが、怒りや恨みのような負の感情を認める、又は心に思うことに対しての抵抗感がいまだ抜けません。

というのも、よく「悪口を言ったり思ったりすると、脳は主語を認識せず、全て自分にかけた言葉と認識する」といった言葉を時々目にするからです。
多少言葉のニュアンスが違えど似たようなことを言っている方は割といらっしゃって、どうにもその言葉が頭をチラついてしまいます。

怒りを認知する、という事と他人に悪意をもつことは一緒ではないような気もしますが、腹が立つとどうしてお世辞にも綺麗とは言えない言葉が脳裏をよぎりますし、う~ん…
この辺をスッキリさせて更なるステップアップをしたいです。
(Aさん)

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やる気はあるのですが、体調がなかなか戻らないのはなぜでしょうか?

起きてることが正しいとするならば、そして、その状況を自分で望んでいる前提で考えてみると、色々とその意味が見えてくると思います。
顕在意識レベルではちょっと理解し辛いできごとを、潜在意識に問いかけてみると捉え方を変えることができるのです。

根本さん いつも興味深く読ませていただいています。

心からくる身体の症状について、ブログで取り上げていただけたら大変嬉しいです。

私の母は子供に厳しく自分に甘く、怒りを常に秘めていました。

大人になっても親の支配から逃れられず、要求がエスカレートしていった時期、何年も修復を試みるも無理で、私はストレスから自律神経が狂い始め体調を崩し、ある時脱出に成功しました。

心身共に非常に打撃は受けましたが、これから立て直せるという希望でいっぱいでした。

しかし体調は戻りません。

病院でも特に異常無、鬱病でもないとのこと。
やる気はあるのです。

カウンセリングでは親への抑圧した感情のせいだとー

しかし親から受けたことに例え同情してくれても、今の自分が復活できなければ、スッキリすることはありませんでした。

確かに最初は親への怒りもありましたが、平穏な生活を手に入れ、思い出すこともそうなくなりました。

幸い社会では、人並みにうまくやってこれたと思うので、今、困っていることはありません。

不調が精神にストレスを与え続けている感じで、最近、自己肯定感のあまりの低さに気付きました。

確かに親は不調のきっかけであるけどもう自分自身の問題では、と思っています。

過去より今これからを良くしたい、辛い記憶があっても自分の人生は立て直せるはず、と思っています。

このような状況で、私の心の持ちようと今すべきこと、方向性など何かアドバイスをいただけないでしょうか。
(Sさん)

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