人と比べて凹んだ時は、それがその人の才能だと決め付けてみよう。

自己嫌悪があって、自分を否定したいときに、他人の青い庭を見て凹みます。
でも、それってその人の才能だよな、と素直に、謙虚に認めることで、気持ちは楽になるし、できないところを人にお願いできるようになるのです。

とても乱暴な言い方になるのですが、他の人と自分を比べて凹んじゃうときに
「それってその人の才能だし、しょうがないよな」
と自分を慰めてあげると意外といいかもしれません。

特に真面目な人、向上心ある人、きちんとしてる人、ちゃんとしたい人、頑張ってる人はもちろん、人と比べちゃう人、自信がない人、なども。

例えば、「頑張ることができる才能」なんです。
朝から晩まで仕事することができる才能。
頑張って無理してでも納期に間に合わせようとする才能。
それがその人なのですね。

また、「きちんとすることができる才能」ってのもあるんです。
時間や身の回りのことをちゃんとできる、きちんとできる才能。

「自己管理できる才能」ってのももちろんあります。
きちんと朝から何をするかを決めていて、それができる人。
信頼できるし、仕事もできる人。

羨ましいですよね。
その場の思い付きで行動し勝ちで、自己管理が超絶苦手な私としては。
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『「変わってない」という前提を、「変わった」という前提に変えると自分に自信が持てるようになる。』

私たちは長年の習慣から、できてるところよりもできていないところに目を向けるようになっています。
それを「変わった」という前提に変えることで、自分に自信が持て、自己肯定感もグッとアップするようになるのです。

どこを見てるのか?
それをどういう風に見てるのか?

それだけだよね、と思うことがよくあります。

この間、金沢でもそんなお話をしました。

人って自己嫌悪がありますよね。
そうすると、放っておくと自然と自分の問題点を探す癖が付きます。

また、学校のテストや宿題でも「できたところよりも間違えたところを直す」という癖を付けますよね。
例えば、80点取ったら、80点分の〇はもうできてるからいい、できてない20点分の×を見直しましょう!次間違えないように!という考え方をしますよね。

そうすると「できてるところよりもできていないところに目を向ける」という意識を持ちます。

また、そもそも人間は「快」よりも「不快」に注目するようになっています。
そのお陰で日常生活は便利になったんだけど、逆に常に不快に意識を向ける癖が付きます。
まあ、これは動物的な本能でもありますよね。

また、真面目な人、向上心のある人、きちんとしてる人、ちゃんとしたい人などもまた、できてないところを改善しようと、弱点を克服しようと頑張りますよね。
そうすると、やはりできてないところに目が行きがちになるんですよね。

そんな事情があるので、私たちは放っておくと悪いところ、深いなところ、できてないところ、ちゃんとしてないところに意識を向けることになります。

敬愛する福島正伸先生もよくセミナーで「組織やチームは放っておくと必ず関係が悪くなる。いい関係を築きたければ、そのための働きかけを意識的にしなければならない」というお話をされます。

職場のチームでも、家族でも、パートナーシップでも、放っとくと悪いところが目に付いてきて、だんだん空気が悪くなります。
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自立も過ぎると燃え尽きる~次のステージへの誘い~

私のカウンセリングやセミナーは「自立を手放す」ということが一つのテーマです。
たいていカウンセリングにいらっしゃるときは「依存」の状態になっています。けれど、その前はバリバリの自立系で、問題が起きて依存に突き落とされて、もがいてるときに私のブログに釣り上げられるのです(笑)
だから、扱う問題は依存ではなく、自立の問題がほとんどです。
(依存の問題を扱うときは、頑張んなさい、やるべきことやんなさい、人に頼るな、自分でやんなさい、という感じ)

自立って自分の足で立つわけで、とても大事なものですが、自立も過ぎるといろんな問題が起こります。

・自分のやり方を持つので相手とぶつかりやすい。
・正しさの争い
・競争の罠
・頑張りすぎる
・何でも一人で抱え込む
・他人を信頼できない
・感情を抑圧する
・感じられる感情は怒りと性欲、物欲、出世欲、支配欲などの欲のみ。
・思考的になって直感や感覚を無視してしまう
・燃え尽き症候群になりやすい
・孤立、孤独感を抱えやすい
・助けを求められない
・人に任せられない
・人と距離が縮まることを嫌がる
・他人と戦うことを好む
・相手を自分の思い通りにしようとコントロールする
・先々のヴィジョンが描きにくい
・正論を振りかざす
・人に指示する、命令する。頼めない。
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心当たりのない悪口を言われています。どうしたら気にせずにいられるでしょう?

気になる、ということは何かしら引っかかるものがそこにある、ということ。
逆に、気にならない、ということは、自分の次元をあげちゃうとできること。
そのためにはますます自己肯定感アップなのです。

私にはある趣味があるのですが、ネット上のとある場所で悪口を言われています。誰かと揉めた訳でも、マナー違反をした覚えもないです。理由がさっぱりわからず、同じ趣味の親しい友人に相談したら
「あなたは悪くない。友達がたくさんいて交流しているのが羨ましいのでは。かわいそうな人なんだよ」
と言われて、数年前にも別の趣味で同じような事があったのを思い出しました。匿名での悪口はエスカレートし酷い有様です。
過去にも同じような事があったこと、同じような指摘を(人付き合いがうまいから、交流が広いから嫉妬されてるのでは)受けた事が気になっています。私にはある種の人からそのような感情を引き出すものがあるのでしょうか…
ちなみに自分では人付き合いが広いとは思いません。何もかも人並みで、嫉妬されるような秀でた要素もありません。
人の感情をコントロールはできないですが、気にせずにいるにはどうしたらいいのでしょう?
(Tさん)

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犠牲の記事と、痛みを越えて近づく記事が矛盾してるように思えるのですが?

根本さん

お久しぶりです!

いきなり質問しちゃうくらい、こちらの記事が先日の「痛みを超えて近づく」の記事と矛盾してるように感じて、絶賛混乱中です!

痛みを超えて近づくっていうのは、ある意味、痛みという犠牲を超えて、相手に愛を与えようよという話だったと思うのですが、、、

結局どっちなのー?!と混乱している白黒思考傾向の強い武闘派女子は他にもいるのでは、、、と思い、質問してみました!

解説お願いします╰(*´︶`*)╯

(Eさん)

ああ言えばこう言う根本です。おはようございます。今日も大阪は快晴です!気持ちがいい朝です!この後ランニングしてきます!笑

ま、この辺、難しいですね。

でも、実はこれらの記事は同じことを別角度から表現しているものなのです。
「親密感ってどうやって作るのか?~痛みを越えて与える、とは?~」の記事は、愛について書いています。愛があるから乗り越えられるんです!というお話。

一方、昨日の「犠牲とは?そして、犠牲と我慢を辞める合言葉とは!?」の記事は、怖れ、不安、罪悪感などのお話です。怖れを元に行動しても意味はないよ、というお話。
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