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大人に対する不信感があって大人になりたくないと思うのは自然なことなのですが、その大人って「全体」ではなく「個人」だと思うんです。親、先生、親族など。
全体としてとらえると曖昧模糊としてしまうのですが、それを具体化してしまえばより扱いやすくなるものです。
それと同時に大人に付きまとう義務や責任についても触れていきましょう。
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最近、仕事面の悩みの原因が自分の中の”大人になりたくない病 ”にあるのかも、と思い相談です。仕事で人の役にたち、報酬を得て人生を充実させるために心を成長させるヒントをいただきたいです。
アラフィフのフリーランスです。
いまいち仕事に本気になれないです。挑戦もしていますがその先に行けません。万単位のお金を受け取るのか怖いです。
内観していくと「大人になりたくない」自分がいることに気づいてしまいました。
年齢的にはいい大人どころか人生の折り返し地点は過ぎ、子育ても会社員もしてきたのに、です。
ちなみに実家は父が公務員。母は私が中学生からパートに出ていました。
学生時代にバイトしようとしたところ、父から「バイトするよりいい所に就職するために勉強しろ」と言われたことがあり、働くのを禁止されたイメージがあります。
そして何より、”大人”に対しての不信感があります。
昭和育ちなので親はもちろん親族や先生から、「子どもは黙って大人の言うことを聞け」と言われてきました。
そして大人、特に祖母から「進学校に行ったら将来安泰、遊んでも就職できる」(そんな訳ない)と言われ、大人は嘘つきだなと思って育ちました。
大人=子供をコントロールして嘘をつく人たち
という思い込みが心の中にあります。
そんな風になりたくない自分がいます。
最近は素敵な大人の方に出会う機会も増えましたが、自分が仕事で輝く人間になるイメージが出来ません。どうしたらいいでしょう?
ネタにしていただけると嬉しいです。
(Mさん)
みなさんは「大人」という言葉にどういうイメージがあるでしょうか?
有名な心理に「ピーターパンシンドローム」がありまして、大人になれない、大人になりたくない心理を表すものと言われています。
大人になったらしんどい、辛い、不自由、窮屈、面白くない、、、等々のネガティブなイメージが刷り込まれていると起こりがちです。
バラエティ番組やYoutuberたちも撮影のときに「大人たちがざわついてる」とか「大人に決めてもらわなきゃ」みたいな会話が出てくるわけで、監視役だったり、めんどくさい交渉役だったり、様々なルールに従ったり、という、やはりネガティブなニュアンスで使われることが多いです。
Mさんの場合は「嘘をつく人たち」「わたしをコントロールする人たち」というイメージですね。
実際、このブログを読まれている方のほとんどは「大人」だと思うのですけれど(実は少ないけれど中高生も読んでくださってます。)、じゃあ、「自分が大人か?」と問えば、堂々と「いえっさー!!」と答えられる方は少ないと思います。
それはまだまだ大人を自称するにはメンタルが整ってない、しっかりしてない、まだまだ未熟だ、みたいな思いがそうさせますね。
Mさんにとっては仕事に対する抵抗心が自分を大人じゃない!と感じさせる要因のひとつになっているようですね。
同じ思いを抱えている方も少なくないんじゃないでしょうか?
ちなみに私自身は自分のことを「大人でしゅ」とちゃんと思ってます。
未熟さも不安定さも気まぐれさも自分勝手さもあるけれど、ま、「これでも大人だしー」と思っています。
何よりも「子どもは不自由だ」という実感がすごくあるんです。
子どもは大人の庇護の元にいなきゃいけない、つまり、決定権を大人に委ねてる状態だよな、と思うからです。
そしたらやりたいことやれないじゃないですか。
でも、20代の頃は「自分はまだまだ子どもだ」と思っていたし、30代になっても「まだまだ大人としては未熟だ」なんて感じていたと思います。
それこそ、自由を手に入れていくにつれて「大人でしゅ」と思えるようになったように今は捉えています。
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例えば、大人になりたくない問題として「責任を取りたくない」という心理がよく出てきます。
責任は重たいもので、すごく窮屈なもので、しんどい思いをしなきゃいけないもの、という風に思ってしまうからです。
で、たぶんそこでいう「責任」というのは「負わされるもの」「押し付けられるもの」というイメージになっているんじゃないかと思うんですがいかがでしょうか?
部下を持ったから、親になったから、社会に出たのだから、「ちゃんとしなきゃいけない責任」とか「ちゃんと指導しなきゃいけない責任」とか「駄目なところを見せちゃいけない責任」みたいな感じ。
そう考えると「大人になりたくない」と思うのは「完璧主義」ともかかわってきそうですね。
「物事に対してちゃんとしなければいけない」という思いが「自分はまだまだ大人じゃない」「大人になりたくない」という判断を生んでいるのでは?と思います。
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でも、本来「責任」というのは「取りたくなるもの」です。
例えば、仕事でやりたい企画が浮かんだとき、平社員であればいくつも上司のハンコ(承認)をもらわなければそれを実現できないでしょう?
でも、“責任ある立場”である上司の場合はどうでしょうか?
より責任が重い“重役”になればどうでしょうか?
ハンコの数は全然少なくなりますし、決済可能な予算内であればハンコなんて必要とせず、自分の判断でやりたいことができますよね。
でも、当然そこにはリスクが伴うわけですが(失敗したら会社に大きな損害を与える、周りからの信用を失う、等)、逆にリスクのない「やりたいこと」なんてありえないと思いません?
となると、やりたいことをやるにはそうしたリスクも含めて「わたしが責任をとります」という思いになると思うのです。
つまり、この場合の「責任をとる」というのは「コミットメントする」というのと同じ意味になります。
そういう点で見れば、大人になりたくない、責任を取りたくない、というのは目の前のできごと(仕事や子育てや遊びなど)に対して「コミットしたくない」と言っているのと同じなのかもしれません。
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また、同様に「責任」と共に「義務」が増えるイメージを持つ方も少なくないと思います。
確かに日本国憲法にも「労働の義務」や「納税の義務」はあるわけですけれど、一般的には「仕事に行く義務」「会議に出る義務」「与えられた仕事をちゃんとする義務」「きちんとした生活を送る義務」「ちゃんとした大人として振る舞う義務」みたいなのがあるわけです。
その「義務」もまた捉え方ひとつで印象を変えることができます。
「義務」は必ずその対象があります。
その対象に対して「義務を果たす」わけです。
それは国であり、親であり、パートナーであり、子どもであり、会社であり、習い事であり、推しであり、、、。
そう、義務というのは「愛の表現のひとつ」なのです。
国を愛する証として納税する・・・なんて意識はないかもしれませんが、子どもであればどうでしょう?推しに対してはどうでしょう?
推しに課金するのは義務ですよね?笑
やりたい仕事をやりとげるための義務であれば、喜んでそれを果たそうとすると思いませんか?
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そういう目で見れば、Mさんも会社員も経験し、子育てだってやってこられたわけで、「大人」であり、「責任を取っている、義務を果たしている状態」だと思うんですよね。
立場はともあれ、会社員として与えられた仕事をそれなりにやってこられたのであれば、「会社員として義務と責任を果たしてきました」と言えるでしょうし、何より子育てという偉大な事業に取り組まれたとすれば、子どもを育てる義務と責任を感じながらやってこられたことでしょう。
だからMさんの中にも十分「大人」はあるわけです。
なので、今の自分のままで「いや~、わたしも大人だしー」と思っても全然問題ないと思うのです。
そういう意味で「今の自分の中にある大人の部分」を探してみてはいかがでしょう?
子育てがんばった、会社員やってきた、フリーランスととして起業した、料理もできる、車の運転もできる、ひとりで旅行に行ける、人とのコミュニケーションもそれなりにできる、ご近所づきあいもまあまあうまくやってる、義実家との付き合いもほどほどに務めてる、ゴミの日にちゃんと分別して出してる、自分に似合う服も知っている、飲める酒の量も分かってる、体に良い食事をとっている、、、、認めてあげられることってめちゃくちゃいっぱいあると思うんですよね。
完璧主義を手放せば、「まだまだ大人になり切れてないところもあるんだけど、これでも十分大人だよな~」と認めてあげられると思うんです。
むしろ、そういう風に自分を認めてあげることが大事ではないでしょうか?
自己肯定感的にも。
そして、「まだまだ子どもだよなあ」と感じる部分は「伸びしろ」「成長余地」「これから伸びていく分野」などと前向きに捉えてみてはいかがでしょうか?
そしたら、フリーランスの仕事だって歴がそんなにないのであれば、「そりゃまだまだこれからだもんな」と見ることができるでしょう。
親が公務員やパート勤めで、自分も会社員の経験しかなくて、(夫はどうかな?)、周りにフリーランス経験のある人がいなければ、そこに挑むのは「親族初の偉業」みたいなもんだと思いませんか?
周りの人がやってことがないことに挑むんだから、そりゃあ分からないこともいっぱい出てくるでしょうし、周りと比べて未熟さを痛感するでしょう。
それは「伸びしろ」でしかないわけです。
だから、「四十の手習いで未経験のフルートを習い始めた」と同じようなもんだと捉えるのもいいでしょう。
「音が全然出ない!!!」のも当たり前だと思いませんか?
そういう意味では同じようにフリーランスを始めた仲間の存在は大きいと思います。
たぶん、ぶつかる壁はけっこう似たようなものだと思うので。
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で、そういう風に考えるとMさんの問題は「大人になりたくない」というよりも、自分をコントロールしてきた親・親族・先生たちに「あいつら、許せねえ!!!」という問題として捉え直すことができるんじゃないでしょうか?
つまり、「もう十分大人なんだけど、あいつらのせいで自分が大人であることを認めらないので、自分が大人じゃないところをあれこれ探してしまう問題」ということだと思うのです。
そして、Mさんに限らず、みなさんの中にも思い当たるところがあるんじゃないかと思うのですがいかがでしょうか?
要するに未だにMさんは親・親族・先生に束縛され、支配され、自由を奪われていると感じているみたいです。
また、子どもにとっては“大人”だった彼らも、実際自分が大人になってみれば、彼らは“大人の一部”であることにも気づきますよね。
つまり“じゃない大人たち”もいるわけです。
ここを切り離して考えることはとても大事ですよね。
大人=悪というイメージがそれだけで変わります。
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さて、実態はどうでしょうか?
何をするときに親・親族・先生どもの顔が浮かび、邪魔されてると感じますか?
どんなときに親・親族・先生どものせいで我慢させられてると感じますか?
ちなみにかつての親・親族・先生が「夫」や「自分の中の大人」にすり替わっちゃってることも多いです。
となれば、その親・親族・先生どもと向き合って行くのはどうでしょうか?
・未だに彼らによって抑圧されてるのはどんなところなのか?
・彼らに言いたいことは何なのか?
・お恨み帳をガンガン書いてみる
・彼らの良いところを見つけてみる
・彼らによって得られたポジティブな要素を探してみる
・感謝できることを書き出してみる
いわゆる手放しワークが使えるでしょう。
*「もう傷つきたくない」あなたが執着を手放して「幸せ」になる本」(学研プラス)
*新しい学び「どうしたらいい?」が解決する 自分と他人の心理学(池田書店)
*セミナー動画:本気の手放しワーク 2024
*セミナー動画:『本気の手放しワーク』
*手放しワーク~手放したいものを川に流してしまおう~(1,000円)
このプロセスにおいて、「自分が子ども目線で彼らを見ている」ということに気づくでしょう。
多くのトラウマはこういう風に「あの当時の自分」が心の中にい続けています。
中学生の頃に傷ついたことは、大人になった今も中学生モードで捉えています。
だから、こうしてその対象と向き合いながら、徐々に大人目線を入れていくことで、その中学生を20代くらいまでに引き上げてあげられます。
上記のワークも後半は大人にならないと答えがなかなか浮かばないと思います。
また、今回のように「大人全体」というあいまいな対象を「親・親族・先生」という風に具体的にすることは癒しを考える上でとっても大事です。
その方が向き合いやすいし、手放しやすくなるからです。
だから、例えば「男性不信」という問題も「男性」としてしまうとあいまいになってしまうのですが、それをより具体化し「父・兄・先生・最初の彼・次の彼・・・」みたいに具体化してみることで癒しが進みやすくなります。
自分と向き合うときのコツですので、ぜひ覚えておいてくださいませ。
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さて、Mさんにとっては親・親族・先生を手放していくことで、彼らを「大人の象徴」ではなく、個別の存在として認識できるようになり、「まあ、あいつらにもあいつらなりの事情があったんやろな」と“距離をおいて”見つめられるようになります。
これがめちゃくちゃデカいことで、そうやって心理的に距離を置くことで、彼らから自立し、対等な目線で見ることができるわけです。
だから「手放しワーク」が有効なんですけど。
そうして大人に対するイメージが変わり、自分も大人であることを受け入れられたとしたら、Mさんの日々はどのように変わるでしょう?
お金をもらうことへの抵抗は?
仕事に本気になれないことは?
仕事で輝く自分を想像できるようになる?
そこも改善されて行くと思います。
理由は「謙虚になれるから」。
今は親・親族・先生と戦っている状態ですから、自分を子どものまま止めおこうとしているのですが、それが取れれば、「ま、フリーランスも〇年とキャリアが浅いから当然だよね。ひとつひとつ慣れて行こう。」みたいに謙虚に受け止められると思います。
そして、その分、周りの素敵な大人たちに「素直に教えを請う」ということも今よりもできるようになると思います。
そしたらより今の仕事にコミットメントできると思うんです。
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あの人と徹底的に向き合いたい!手放したい!自由になりたい!を実践的にやります!
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◎5/3,4,5 ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/51398
◎新しい学び「どうしたらいい?」が解決する 自分と他人の心理学(池田書店)
◎3人の自立系武闘派女子が自分と向き合って幸せになっていく物語。
「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
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