人と話をしていて、そんな気はないのに「でも」という言葉を使ってしまいません?
「でも」は“人生を不幸にする3D”の一つですが(他の二つはDatteとDouseね)、相手の発言を否定する意味だけで使われるわけではないようです。
自分に注目を集めたい。
もっと自分の意見を聞いて欲しい。
ちゃんと自分を見てほしい。
そんな自分の存在を誇示する目的で、敢えて「でも」を使ってしまうことってありませんか?
私はありますね~。
案外、よくやります。
人と話をしていて、そんな気はないのに「でも」という言葉を使ってしまいません?
「でも」は“人生を不幸にする3D”の一つですが(他の二つはDatteとDouseね)、相手の発言を否定する意味だけで使われるわけではないようです。
自分に注目を集めたい。
もっと自分の意見を聞いて欲しい。
ちゃんと自分を見てほしい。
そんな自分の存在を誇示する目的で、敢えて「でも」を使ってしまうことってありませんか?
私はありますね~。
案外、よくやります。
カウンセリングをしていたり、私自身のことを振り返ったり、身近な人たちを眺めていて、ふと気づくことがあります。
「どうして、このジャンルだけを残してるんだろう?」と。
まるで、お皿に残った最後の1個の唐揚げのように。
ある人は、家族や友人関係もOK。仕事はばりばり最前線でワクワクしながら毎日をこなしています。
しかし、恋愛だけがどうにもこうにもうまく行かぬ・・・と言います。
“越後屋”って聞いたらどんな感じがしますか?
何か悪いことしてそう、お代官様と結託して「黄金色のお菓子でございます」とか言ってそう・・・そんなイメージありませんか?
でも、皆さん、越後屋さんに会ったこと、あります?
ほとんどの方(?)は会ったことないはず。でも、なんか、悪いイメージがありますよね。
どうしてでしょう???
もちろん、テレビの時代劇の影響ですよね。
いわゆる“刷り込み”という奴です。
私たちが体験することの多くは「過去」の影響を受けています。
まったくもって「初体験」ということはなかなかないんじゃないでしょうか?
この間の土曜日、私、テレビへの生放送生出演という初体験をしてきました。
確かにテレビでは初体験でしたが、何年か前に東京のFM局でもっと長い時間生放送に出演した経験がありましたし、電話での出演は何度かありましたから、その「過去」のお陰でそれほど緊張せずに済みました。
「自分らしくいればいい」という「過去」の学びもありましたし、できるだけ楽しむことを選択できました。
カウンセリングやセミナーに来られる方で、よくこうおっしゃる方がいるんです。
「今回のカウンセリングはあまりネタがないなあと思っていたら、1週間前、事件が起こったんですよ・・・」
「今までの問題も大丈夫になったのでキャンセルしようと思ったら、こんなことがあって・・・」
「カウンセリングを受けるといつも何かが動くんですよね。1週間以内に必ず何かがあるんです。」
キャンセルさせないために、裏で手を回して旦那さんに暴れてもらっている、ということはないんですけどね・・・たぶん・・・(笑)
例えば、引き寄せの法則によれば「その問題が解決したつもりで行動すれば自然と問題も解決する」と言い、イメージ療法の世界では「その問題が解決したシーンを強く思い浮かべ、その感情を味わえば問題が解決している」と言い、ジェームススキナーも著作の中で「人生におけるすべての問題を解決する秘訣は、その問題が無意味になるくらいのレベルで行動することである。」と述べています。
私たちの心理学の考え方も同じで「問題が解決したときのヴィジョンを描き、その感情を生き生きと感じていれば自然と問題も解決する」と同じようなことを言っています。
“その問題はすでに解決した”という“その気”を作ることで、現実がその通りになる、という考え方です。
この考え方は意外と古くからあるみたいですね。
私にとっては「焦らず、じっくりじっくり」がずっとテーマなのです。
幼少期から慌ててコケて怪我をすること、ミスをすること多数。
母親からも常に「慌てん坊」と怒られておりました。
それは今も変わらず、何かというとばたばた動いてしまう性格です。
だから、じっとしていること、何もしないこと、がとても苦手。
温泉は好きだけれど、一つのお湯にじーっと浸かっているのは難しいのです。
だから、自然と隣のおっちゃんに話しかけ、戦争やら昔の映画の話やらを聞いてしまうのかもしれません。
しゃべりながらだったら30分だって浸かっていられます(笑)