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文章家のように言葉を重んじる意識の強い方は感覚・感情的なものよりも一見思考的なアプローチの方が有効なことがあります。
それも個性の一つなので、自分がフィットする方法を選ぶのが一番ですし、時には自ら創造した方が早いこともあるのです。
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いつも大変お世話になっております。
最近はとくにセクシャリティのお話がとても気になってます。
そのセクシャリティにも関することなのですが「ワークへの取り組み」について質問があります。
私は元々はとても感覚的な方だと思うのですが(体育と美術が得意で勉強は苦手)イメージワークをしようとすると上手く行きません。
セクシャリティ系のワークを根本先生がいくつかblogや動画で提供して下さってるので、是非体感してみたいのですが…。
また実際のカウンセリングやセラピーも何度か受けたことがあるのですが、なんというか「ロック」がかかってしまう感じで全く上手くいきません。
緊張してるかと言えば逆で、施術して下さる方にも「ほんとリラックスしてますねー」と言われるくらい弛緩はしてるんですが、ただ同時に「ロック」がかかってる感覚はあって、やはりただ少し物珍しい体験をして終わったという感じで、感覚的に何かを受け取ったり感じるということがありません。
だから対面のセッションなどは諦めて根本さんの本や動画を参考にセルフセッションに勤しんでいます。
その中で一番手応えがあったのは、イメージワークではなく、思考を使って「理由」を考えた時でした。
好きだったもの、現在好きなものを書き出して、その理由を思考であれこれ書き出してた時にフワッと身体が軽くなるような安心感を得られました。
この感覚をもっと得たい!と思いよりダイレクトそうなイメージワークに再びチャレンジしたのですが(セクシャリティ解放ワークや罪悪感流すワークなど)やはり私の感受性はすっかり枯れたのか上手く行きません。
こういう自分に効果的なやり方「思考での分析」などを続けてて良いものでしょうか?
それともそれだといつまで経っても「頭で考える癖」から抜けられないのでしょうか?
ただ私は確かに感覚的タイプ(好きな物をあげるとほとんど食材とか色とか出てくるし仕事も視覚感覚使うもの)なんですが言語を使わないとイメージ出来ないところがあります。
またゴーストライター(友達の代筆で作文や詩を書く)と何らかの賞を取る(自分のでとったことは一度もない)という嬉しくない特技があります。
セクシャリティのイメージワークでガンガンに潤いたいのに感性壊死してる系女に哀れみのみことのり下さりませぬか…
(Sさん)
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エネルギーが強すぎる方は無意識にそれを調整したり、与えることはできても受け取れなかったりしてうまくエネルギーが循環しなくなります。
そのエネルギーを思い切り解放するために「相手にとって不足なし!」と感じられるヴィジョンを得ることがお勧めです。
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根本さん!いつもいつもお世話になります。
おかげさまで無条件降伏による癒し癒され道を邁進中です。ありがとうございます。
このご恩は書籍購入やセミナー参加でせっせとお返しします。
そんな中ですが先日の「エネルギー枯渇問題」を読んでえ?あ、あれ・・・?と茫然自失となっちゃったのでちょっと確認したいことが!
セクシャリティが豊かなことは自覚しているのですが(うふっ)、ライフワークを生きるという軌道にイマイチうまく乗れないのは、ふんだんにあるはずのエネルギーを溜め込んでいるからだ、出せていないからだ、という感覚がずっとありました。
本来の私とは真逆の人物像を求められる環境で育ったので、相当小さい頃から自分をわりとハードに抑えてきたのも自覚しています。
なのでその抑制を解き、エネルギーを「出す」ことが課題だと思ってきたんです。
一方で私は本格的に調子が悪くなると過食と過眠の合併症を起こします。笑
必要最低限のタスクと自他のケアだけなんとかこなして、あとは1日1~2食ガーッと猛烈に食べ、抗えない睡眠欲に倒れてひたすら寝る、という生活が、断続的に1年近く続いたこともありました。
そして食も睡眠もそれだけ過剰摂取しているのに全く太らないことがずっと不思議だったのですが、よくよく考えたらこれって意識の及ばないところで相当エネルギーを消費しているからで、つまりは溜め込んでいたのではなく枯渇していたということ?
カギはエネルギーの循環だ、とずっと思ってきました。だから溜め込みすぎてもはや淀んでいそうなそれを放出さえできれば回り始めるだろう、と。
しかし私はありもしないものを一生懸命出そうとしていたのでしょうか・・・?衝撃!!
もし本当にカスカスに枯れているのだとしたら、充填不足もさることながら、与えすぎ?思考?消耗の激しいほかのなにか?
私は一体何にエネルギーを費やしてきたのでしょう。。
(Aさん)
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そりゃあもう相変わらず濃厚すぎて胸焼けしかしない愛野ひとな記事。
『「私を愛さないのなら、死んでほしい」の裏にある才能』
とはいえ、きっとこのセリフを言いそうだな、確実に思っていそうだな、という人の顔が次々と浮かぶということは私の読者ならびにクライアント氏においては「基本形」なのかもしれない。
「大嫌い」になるくらい「大好き」で、「大嫌い」ではとどまらなくなって「死んでほしい」とまで言い切る女の情。というか、情念。
たぶん、その続きは「死んだら確実に化けて出てやる」なのかもしれない。
でも、お互い死んじゃったら意味がないから生霊を飛ばすのだろうか。
きっと愛野ひとはその連綿と続く武勇伝において幾度となくこの呪いを飛ばしているのだろうと思う。
本人は3回というが、その3人の男たちのその後が気になるところである。
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自分の作品を多くの人に見てほしいと思う一方でそれが怖いのは、実は、創作がセクシャリティと直結しているからなのです。
これは創作に限らず自己表現でも言えることなのでどんなお仕事にも通じることです。
この問題を解決するためのいろんな方法を考えてみます。
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こんにちは、根本さん。
いつも影からこっそり見ております。
Tと申します。
1度セミナーに行かせて頂いたり、お弟子さんにもお世話になりました。
お陰様で数年前と比べると別人のように楽になりました。
本当にありがとうございます。
ただ昔からずっと引きずったまま、解決できない問題がありまして…
それは自分の作品を多くの人に見てもらいたいと思うのに、実際に見られるようになると苦しくなって作品の制作を辞めてしまう癖があることです。
私は昔から絵を描いたりブログを書いたり、何かを表現するということが好きで定期的に作品をネットにアップしています。
できるだけ多くの人に見てもらいたい!と思い投稿しているし、実際に人に自分の作品を見て貰えるのはとても嬉しいと感じます。
でも、何故かたくさんの人に見て貰えるようになると苦しくなってしまうんです。
身動きが取れない感じというか、とにかく息苦しくなってしまいます。
徐々にひとつの作品を作る時間も伸びていき、最終的にはこうしなきゃ。ああした方がいい。という考えに囚われ、見てくれる人の反応にもいちいち心を乱され疲れてやめてしまいます。
過去には1度それで心を病んで好きな事を嫌いになってしまったこともありました。
幼い頃から自分を表現すると怒られたり、目立つことで友人だと思っていた人にも陰口を叩かれたりして辛い経験をしてきたこともあり、年齢を重ねてからはとにかく普通であることに執着してきました。
積極的に自分を落とし続けたりもしました。
でも最近はそんな事もなくなり、自己表現も徐々にできるようになってきているのですが、どうしてもたくさんの人に作品を見られると思うように表現できません。
どうしたら人の目を気にせずに楽に自分を表現できるようになるのでしょうか?
たくさんの武闘派女子ファンに見守られながら自己表現できる根本さんのようになりたいです…。
(Tさん)
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結婚したいという思いがあってもなかなかうまくいかない理由の一つ。それは「結婚」に対してネガティブなイメージが刷り込まれているからかもしれません。
言うまでもなくそれは両親からの影響を多分に受けるのですが。
もちろん「結婚なんかより恋に生きるぜ!」という方もいらっしゃるわけですが。
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根本先生
毎日、先生のブログ記事と書籍を読むことを日課としている33歳の女子(?)です。
結婚、人生について悩んでいるので、先生のご意見をお聞かせ願いたいです。
現在、約3ヶ月前にお見合いで紹介された男性と婚約中です。
出会ってから進展が早く、つい2週間前に両家顔合わせを済ませ、とんとん拍子にことが進んでいたのですが、突然彼と連絡が取れなくなってしまいました。
精神疾患を発症したと仲人に知らされました。
東京のアパートを引き払い、彼のいる関西に引っ越した矢先にこのようなことになってしまったので、とても困惑しています。
これまでの恋愛は、大学時代に三年間お付き合いした方とお別れしてから、恋愛ジプシーだったように思います。
2年間、メンヘラのシリア人を支えた挙句にこっぴどく振られ、その後3年間の大恋愛(不倫)、2度の婚約破棄。
この二年、ナンパされた男性とお付き合いし、とても気があったのですが、両親に反対されることが怖くて、今年の初めにお別れしました。
正直、「私らしいな」と諦め半分、次に進みたい気持ちもありつつ、無気力な感情が勝っています。
こんな私に、アドバイスをいただけませんでしょうか。お願いいたします。
(Tさん)
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人気のセミナーのひとつ、アフタヌーンティセット付グループセッション。
今回は2月と同じくインターコンチネンタル東京ベイにて開催。
ただ、前回はニューヨークラウンジだったけど、今回はその隣のハドソンで。前回は優雅で華やかな雰囲気、今回は都会的な大人な雰囲気。どっちがいいかは好みの別れるところですね。
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何か向き合うことに抵抗を覚えることから逃げるために、その分の刺激を求めてついつい動画を観ちゃうのかもしれません。
またそのような動画に刺激を求めるのも何かの慰みを求めてかもしれません。そうした心理についてちょっと解説します。
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Voicyのオススメで先生を知り、以来学ばせていただいてます。
ご著者も今読ませて頂いております。
土日や夜に時間をとってワークに取り組むのですが、ヒーリング音楽を最初はかけて穏やかな心地で取り組むのですが、段々とYouTubeでつい心がザワつくような動画を検索して見てしまい、そうなるとワークは有耶無耶になって中途半端になってしまいます。
わたしはゴミ屋敷とか路上生活とか依存症とかそういう動画をついつい観る癖があります。
観てどうなるかというとザワザワして終わりです。
ワークも投げ出してしまうし…
それらと自分の関連性は遠いです。
家はきれいだし(実家は母の領域だけ荒れてました.それ以外は寺のように綺麗)
路上生活でも依存性でもありません。
ただ依存的な性質は感じてます。
いつも依るべを求めてて10代の頃に吹奏楽部でクラシックにハマってから演奏にのめり込みました。
いつも楽器を触ってないと落ち着かないし音楽関係者の前ではすごくリラックスして子供のようになれるけど、それ以外では過度に緊張して仕事はいつも無能です(普通の仕事です。そんなにのめり込んでいたけど演奏レベルは低くまたセッションが苦手なため絶望的です)
とりあえず目下の目標は、ザワザワするような動画を観るのを控えて腰を据えて根本さんの本のワークをきちんとやり自分を知ることです。
読んで下さりありがとうございました!
(Yさん)
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