この週末は、東京にてセミナーをしていました。その会場に送って頂いた「最終原稿」。
帰りの新幹線で内容をチェックしていました。
編集者さんの手で綺麗な文章に紡ぎ直された原稿は、私の文章でありながら、私一人のものではない思いがしてきます。
何度も何度も練り直されたであろう言葉が並んでいて、ほんと「作品」という感じがします。
そして、なんだかこそばゆい感じがします。ぞくぞくってね。
そして、その原稿を読みながら、以前、ある作家さんがエッセイの中で書かれてたことと同じことを一人前にも感じてしまいました。
すなわち、編集者さん始め、多くの人が関わってできた1冊の本の表紙に、私一人の名前しか掲載されないのは不自然な気がするのです。
テレビもラジオも、そして、本も、プロたちが一つの番組や本のためにベストを尽くしてそれぞれの力を出し、協力して創り上げるんですよね。
私はそんなプロたちが担ぎ上げてくれた神輿の上にちょこんと乗せてもらっているような、そんな気がするのです。
本当にありがたいことです。
「OKです~!」とお伝えしたので、このまま入稿になるそうです。
来週くらいから書店に並ぶはず、です。
ぜひ、楽しみになさってください!
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「恋人が欲しい」「結婚がしたい」というお話を伺っていると、そんな願望とは裏腹に「一人で生きることを前提にしてきた」という方にお会いします。
そういう意識がある方もいらっしゃいますが、そのほとんどは無意識的なもの。
子ども時代、家庭環境から自立が早く、何でも自分でこなせるように頑張ってきた方に多いかもしれません。
・人に頼ることが苦手で、何でも自分でこなしてしまう。
・誰かに助けを求めるよりも、自分が誰かを助けてる方がずっと多い。
・相談できる相手もいるが、むしろ、自分が相談に乗ることの方が多い。
・家事は一通りできる。
・何でも話せる友人はいないか、少ない。
・恋愛が長続きしない。
・一人でカラオケにも行けるし、旅行にも行ける。
・正社員か自営業で仕事はある程度安定している。
・きちんと貯金をしているし、保険もきっちり入っている。
・人恋しいと思うけれど、一人になるとホッとする自分もいる。
・大きな夢は持っていない。(堅実な目標はあっても)
・結婚って大変だなあ、という印象がぬぐえない。
思い当たりますか?
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人と話をしていて、そんな気はないのに「でも」という言葉を使ってしまいません?
「でも」は“人生を不幸にする3D”の一つですが(他の二つはDatteとDouseね)、相手の発言を否定する意味だけで使われるわけではないようです。
自分に注目を集めたい。
もっと自分の意見を聞いて欲しい。
ちゃんと自分を見てほしい。
そんな自分の存在を誇示する目的で、敢えて「でも」を使ってしまうことってありませんか?
私はありますね~。
案外、よくやります。
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カウンセリングをしていたり、私自身のことを振り返ったり、身近な人たちを眺めていて、ふと気づくことがあります。
「どうして、このジャンルだけを残してるんだろう?」と。
まるで、お皿に残った最後の1個の唐揚げのように。
ある人は、家族や友人関係もOK。仕事はばりばり最前線でワクワクしながら毎日をこなしています。
しかし、恋愛だけがどうにもこうにもうまく行かぬ・・・と言います。
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“越後屋”って聞いたらどんな感じがしますか?
何か悪いことしてそう、お代官様と結託して「黄金色のお菓子でございます」とか言ってそう・・・そんなイメージありませんか?
でも、皆さん、越後屋さんに会ったこと、あります?
ほとんどの方(?)は会ったことないはず。でも、なんか、悪いイメージがありますよね。
どうしてでしょう???
もちろん、テレビの時代劇の影響ですよね。
いわゆる“刷り込み”という奴です。
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私たちが体験することの多くは「過去」の影響を受けています。
まったくもって「初体験」ということはなかなかないんじゃないでしょうか?
この間の土曜日、私、テレビへの生放送生出演という初体験をしてきました。
確かにテレビでは初体験でしたが、何年か前に東京のFM局でもっと長い時間生放送に出演した経験がありましたし、電話での出演は何度かありましたから、その「過去」のお陰でそれほど緊張せずに済みました。
「自分らしくいればいい」という「過去」の学びもありましたし、できるだけ楽しむことを選択できました。
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