昨日、自分の本当の顔は誰かのために隠して生きてしまう、というお話をさせていただきました。今日はその続きです。
その人の本当の顔を意識して見始めると、その人との距離が取りやすくなります。
今まで怒りっぽいと思って敬遠していた人の中に、恥ずかしがり屋の少年を見たとしたら、「なーんだ、なんかかわいいとすら思える」なんて体験をすることもできます。
昨日、自分の本当の顔は誰かのために隠して生きてしまう、というお話をさせていただきました。今日はその続きです。
その人の本当の顔を意識して見始めると、その人との距離が取りやすくなります。
今まで怒りっぽいと思って敬遠していた人の中に、恥ずかしがり屋の少年を見たとしたら、「なーんだ、なんかかわいいとすら思える」なんて体験をすることもできます。
自分が思っている自分の多くは本当の自分ではないようです。
幼い頃から周りの状況に合わせるように自分を作ってきます。
それは誰かのためにあなたがしてきたこと。
でも、知らず知らずのうちに後から作った仮面が本当の自分だと思い込むようになります。
カウンセリングでもセミナーでも、その向こう側にある本当の顔を見るように意識しています。
私の師匠は「自分のご機嫌取りをしましょう」とよく言ってます。
まるで小さい子供をあやすかのように、自分が喜ぶことをしてあげるわけです。
大人になると意外とこれが難しかったりしませんか?
小さい子供ならばアイスクリームを買ってあげれば喜んでくれたのに、今の自分はそれくらいでは機嫌は直りませんよね?
あなたの機嫌が良くなるのはどうしてあげたときでしょう?
寂しいとき、つまらないとき、悲しいとき、無力感に打ちのめされているとき、失敗したとき、罪の意識にさいなまれているとき、自分の価値が見えない時、無性に怒りが出てくるとき、後悔に押しつぶされそうなとき・・・
どうしてあげたら、あなたの機嫌はよくなるのでしょう?
「真実」という言葉をよく使います。
“事実は変えられないけど、真実は変えられる”という格言があるように、起きてしまった出来事は変わらないが、それをどう受け取るか?という真実は如何様にも変えられる、ということです。
それは同じ出来事に対して人それぞれの真実が違う、ということでもあります。
自分の子どもに「好き好き~」って言って、「ふん」って無視されたとして、あなたは傷ついてしまうのでしょうか?
私もよくぶちゅーっとしたいタイプなので、娘や息子に(ま、妻にもですが)よく嫌がれますが、「えーっ!寂しいやん!」と言うことはあっても傷つくことはありません。
子どもたちが(そして妻も)、私を愛してくれている、ということをちゃんと知っている、ということもありますが、もう一つ、自分の愛に自信があるからなんです。
ちなみに反抗期の子どもを持つ親御さんに同じ話をすると、笑いながら肯定してくれました。
親のことを嫌う時期でも、子どもへの愛情に自信があるから傷つかない、と。
パートナーシップでも人間関係でも、最近、こうした話をよくするんです。
「あなたの愛に自信を持っていれば傷つかないですよ。」
そして、
「あなたの愛にもっと自信を持ってくださいね!」って。
ある方から頂いたメールにインスパイアされて、ホットなうちにネタにしてしまうことにしました(笑)
何かに対して本気になると、どうも私たちは「やる気」だけでなく、「怖れ」も同時に引き寄せてしまうようです。
そりゃあそうですよね。
そこに進むて決めちゃったわけですから、後戻りできないわけですから。
怖れのチャンネルに意識を合わせてしまったら、どんどんそこにハマりそうです。
私たちは今何らかの問題が起きてるとすると、その問題にのみ意識を向けてしまいがちですが、実は、その問題の背景により本質的な問題が隠れていて、今起きた問題は、その過去を紐解くためのスイッチに過ぎないのです。
問題、問題と続いてややこしいですね(笑)
例えば、今、職場で周りの人とあまりうまく行っていない、という問題があったとします。上司や部下、同僚、どことも歯車が合ってない感じ、微妙にずれてる感じで。
そうすると、その歯車をなんとか合わせようと、周りの人に意識を向けて、コミュニケーションを変えたり(できるだけ分かりやすく、優しく、丁寧に、等)、仕事のやり方を変えたり(たとえば、部下への指示内容をより明確にする、その表現を変えてみる、会議の進行を変えてみる等)するかもしれません。
それでうまくいき、自分にとっても合ってる方法ならばOKだと思います。
でも、そうでない場合、もしかすると、本質的な問題は職場の人間関係ではなく、例えば、思春期に家族から自立し始めたときにあった家族内での不具合、歯車のずれが今、職場で再現されていると言う見方もあるのです。
そうすると、思春期には抑圧して感じられなかった孤立感、分離感、焦燥感などが、今、職場に現れていると読み解くことができます。
そういえば、学生時代も上位学年になったときにクラブで周りから微妙に浮いてたな、とか気付くことも増えるかもしれません。