リトリートセミナーというグループセラピーは「偶然性」というのを大切にするんです。
「たまたま○○だった」
「なんかそんな気がする」
「なんで今、こんなことが起きたんやろ?」
ふだんだったら「単なる偶然」で済ませてしまうことも、なぜ今、このタイミングで、こういうことが起きたのか?という意味をわざわざ見るんです。
なぜかというと私たちの無意識はそうした「偶然性」によって現れるからです。
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リトリートセミナーというグループセラピーは「偶然性」というのを大切にするんです。
「たまたま○○だった」
「なんかそんな気がする」
「なんで今、こんなことが起きたんやろ?」
ふだんだったら「単なる偶然」で済ませてしまうことも、なぜ今、このタイミングで、こういうことが起きたのか?という意味をわざわざ見るんです。
なぜかというと私たちの無意識はそうした「偶然性」によって現れるからです。
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絶賛リトリートセミナー開催中です。
朝から晩まで全集中してますのでふだんのブログを書く時間がありません。
(昨夜は懇親会で3時間以上みなさんとしゃべり倒しておりましたし。)
で、こうしたプロセスセミナーってのはその場の空気感、エネルギー、雰囲気の「流れ」というものがあり、個々のシェアはバラバラでもその日を通した「テーマ」が天から与えられるものです。
昨日も親子関係、夫婦関係、仕事・ライフ―ワークと一見全く異なるシェア(ご相談)を頂いたのですが、そこを掘り下げていき、3本を通して眺めてみるとその「テーマ」が浮かび上がってきます。
つまり、これが今回この場に参加されている方の潜在意識・無意識層にある「ここを学びなさい」「ここに気付いておきなさい」「ここを解放しなさい」というテーマなわけです。
これがグループの面白いところであり、深いところです。
むしろ、私の立場はそうした「グループマインドを癒す」という意識を置くもので、それでグループセラピーが大きな効果をもたらすことになるんです。
なので、忘れないうちに昨日のうちにツイートしときました。
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たぶん、そうなってしまう何らかの原因があると思うので、それを解消していくのが王道のアプローチです。
が、そこから話を広げれば、それくらいエネルギーが強すぎるからこその問題なのかもしれません。
だとしたらそのエネルギーの平和利用を考えるのも大事ですよね。
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自己嫌悪が強いと「こんな自分は愛されるわけがない!」と思い、自意識過剰になって何でも自分のせいにして背負い込むようになるので、異性と距離が縮まると怖れが強くなって逃げ出したくなります。
それで壁のある人を好きになるなどうまく行かない恋を選択することすらあるんです。
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私はいつもいつも恋人と親密になるとこわくなり、それがどうにもならず、理由をみつけて別れてしまい、「自分が原因だ」というのが自分でよくわかっているせいで、ひどい自己嫌悪に陥ります。
よく、それは縁がなかっただけ。とか、合わなかったから仕方がない。とか言いますが、何度も繰り返しているとそういう問題ではなくすべて自分のせいであり、もう誰かとお付き合いすること自体相手に悪い気がして、つらいです。
私のように逃げてしまうタイプの人は、このままずっと逃げ続けるか、カウンセリングを受けるなど努力をして克服するかどちらかなのでしょうか。
自然に任せていたら収まるところに収まると思っていていいのでしょうか。。
誰とも深い関係を築けない。友達はいますが友達ともドライな関係が多くそれが心地いいのですが、恋人となるとそうもいかず。
本当にすべての原因を自分が作っている、自作自演でとてもしんどい状態を自ら作っていることに辛くなり死にたい気持ちになります。
自分らしく。と考えると、結婚は合わないだろうから結婚はしない。彼氏を取っ替え引っ替えし、子供も作らない。自由に生きる。となってしまう。
1人の人と安定した関係を作りたいのですがいつもできず、そもそも完全に諦めてしまった方が楽でいいのでしょうか。
(Mさん)
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ビジネスを始めると「売る」ということに対して抵抗が強いという話をめちゃくちゃよく耳にします。そこでなぜそんな売ることに抵抗が出るのか?はたまた自分に合ったセールスの仕方をどう見極めればよいか?を考えてみたいと思います。
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もしあなたが幸せでないならばまだ心には癒すべき傷があり、手放すべき人や物事があるのかもしれません。
傷があればイヤな思いがしますし、執着しているならば苦しいものです。
逆に癒され、手放していれば、甘酸っぱい気持ちがしたり、幸せを願えたり、感謝ができたりするものなのです。
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昨日、大阪で女性性とセクシャリティとサレンダーとコミットメント~実習メインのグループセッション~をやっていたのですが、そこで「元カレや元夫を手放せてるか?」という話題になりましたので、皆様にもシェアしようと思います。
「執着を手放す」というとどうしても親・きょうだいだったり、恋愛・結婚に関するテーマと思いがちですが、過去の「失敗」「恥ずかしい体験」「黒歴史」「人間関係のトラブル」「苦いできごと」なども含まれるんですね。
「心が傷ついてその傷がまだ痛い状態」というのは執着が起こりやすい状態で、それ故に引きずってしまいやすいし、しがみついてしまいやすいのです。
例えば、「自分が担当していた取引先のA社から突然契約解除の通知が届き、それがトラウマとなって営業を続けることが苦しくなった」とか「飲み会で失態を犯して周りに笑われて以来、飲み会に参加することが怖くなった」とか「前に住んでいたマンションで隣人トラブルに巻き込まれ、それ以来、ご近所さんと仲良くすることができなくなった」みたいなこともあるかと思います。
その場合、まだ今も苦しいし、怖いし、できないままということであれば、少なくともまだ心は傷ついたままであり、癒されていない状態と言えるのです。
そして、そこに「執着」が生まれているならば、まだ手放しが完了しているとは言えないのです。
ちなみに「執着」とは「そのできごとにしがみついてしまっていて、他の選択肢が持てない状態」を言います。
「彼じゃなきゃダメ!彼以上にあたしを愛してくれる人なんていない!」という状態は、彼以外の選択肢を持つことができないので「彼に執着している」と言いますし、「また同じ失敗を繰り返すんじゃないか?」と怖れている場合は「その失敗体験に執着している」と言うんです。
ちなみに今日の記事は「手放し」と「癒し」という言葉が乱立していますが、どっちも似たような意味だと持ってお読みいただいて結構です。
正確には「傷ついている状態」だと、そのできごとやその人に「執着しやすい」ので、その人を「手放す」ことで「癒される」ということです。
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