自立の鎧にヒビが入ると出てくる「寂しさ・孤独感」と、それを癒す「自分とのつながり」について。



自立している人は内側に弱い自分を隠して鎧を着込んでいるのですが、その「弱さ」のひとつが「寂しさ・孤独感」なのです。
ひとりで頑張ってるからどうしたって孤独感があるのですが、なぜかそれを人は認めたがりません。
さらに、その寂しさを癒す「自分とのつながり」についてお話します。

自立して何でもひとりでこなせるようになると寂しさってあんまり感じなくなるものです。
「ひとり」が当たり前になって、それに慣れるのですが、ほんとうのところを言えば、寂しさに慣れ、孤独感に慣れて、その感情を感じなくて済むようになるのです。

いわば、昨日の話にかこつけて語るならば「寂しさを自立という鎧で隠している状態」なんですね。

だから、一人旅も全然平気だし、一人で居酒屋に入ることもできるし、今日一日誰ともしゃべらなくても「あ、そう言えば」程度にしか思いません。

もちろん、一人旅や居酒屋に入ることが悪いわけではなく(私も時折推奨します)、全然OKなのですが、それが当たり前になって「誰かと一緒に旅をすること」が苦痛に感じられるのは、もしかすると自立しすぎ問題なのかもしれません。

だから、「ほんとうは寂しさを抱えているけれど、それを感じないように自立という鎧で隠している状態」なのかもしれないのです。

そうすると無意識に私たちは「寂しさをごまかす」ための施策を打つようになります。

例えば「休みの日の予定を何かと決めてスケジュール帳を埋めようとする」「時間の隙間はSNS等で誰かと間接的につながろうとしている」「依存症なほど何かにハマる」「仕事を詰め込んで忙しくする」「ボーっとする時間を作らずにいつも何か手を動かしている」等々。

寂しさって誰かとのつながりで癒されるものなので、人やモノ(仕事含む)に依存気味になることもあります。

そうして失恋だったり、仕事上のトラブルだったり、誰とも連絡が取れなくて孤立したり、映画を観て感情を揺さぶられたり、何かのきっかけで鎧に隙間が空いて、その奥にある寂しさや孤独感に触れることになります。

そうするとまるで自分は誰ともつながりのない孤独な人間のような思いがして、ある種の絶望を覚えるわけです。

けど、そのときに人はその寂しさと向き合うことはせずに、より強固な鎧(自立)でその隙間を埋めようとします。

つまり、ますます自分を忙しくするんですね。

そうして、隙間が生まれれば何かで埋めるということを繰り返すと、いつしか寂しさを感じなくするシステムができあがるんです。

例えば、鎧にひびが入って隙間ができそうだったら「今日は思い切りワインを飲むぜ!」とか「やらなきゃいけないことがたくさんあるな!」とか。

ワインの力でそのヒビを埋めようとしたり、明日やっても良いことを今日取り組むことによって「間を埋める」ように寂しさから目を逸らすんです。

でも、案外そういう生活って「充実感」をもたらしてくれるし、一人自由に行動しているので「恵まれてるなあ」なんて感想を持ったりします。
人からも「いつも楽しそうだねー」とか言われるし。

けど、その自立の鎧の中にはどんどん寂しさが溜まってるのかもしれません。
認めたくない、気づきたくないけれど。

今回の寂しさ本が出たとき、なぜか「私は絶対関係ないと思うから読まない!」と宣言される方が何人もいらっしゃったんです。
それを聞いて「ふふふ」とニヤニヤしている私。ああ、きっと直視したくないのかな?なんて意地悪なことを思ってました。笑

けど、彼女たちは結局「我慢しきれずに買って読んだらヤバすぎた。これ、全部あたしのことだわ」なんて続報を届けてくださったのですけどね。

「仕事が充実していると思っていたけど最近やる気がイマイチ起きなくて、何となく燃え尽きてる感じなんですよね。そしたら、面白いと思ってた仕事もなんかつまんなく思えて。」

ある人がそんな話をしてくれました。

だから「それってもしかしたら寂しさを感じてるのかもしれないよねー。虚しさと言ってもいいかもしれないけど」を私は伝えました。

「え?これが寂しさですか?虚しいはちょっと分かる気がします。けど、寂しいんだ、私」と驚かれます。

虚しいも寂しいも心の中にぽっかり穴が開いてる状態を指しますからけっこう似てますね。捉え方が違うだけで。

「旦那から急に離婚を考えてるとか言われて目の前が真っ暗になって。それで彼の愛情に胡坐をかいてきたことに気づいたんです。何とかやり直したいと思うのですが、ちょっと無気力気味で。」

また別の方はそんなシェアをしてくれました。

「ああ、それは寂しいですよねー。不安も強いし、焦りもあるし。辛いところですよね」とお伝えしました。

すると「そうなんです。不安で焦るし、どうしたらいいかちょっとパニックになってるんです。でも、確かに寂しいですね。いや、もしかしたらずっと寂しかったのかもしれないです。」と答えてくださいました。

虚しさ、不安、焦り、パニック。

そうした感情に私たちは敏感に反応できるんですけど、まさかそこに「寂しさ」があるという発想はすぐには実感がないようです。

それくらい寂しさはベーシックな感情で、ほんとうはいつもそこにあるものかもしれません。

私は「自立してる人は少なからず寂しさを持っていて、自立が強まれば強まるほど寂しさも強くなる」という説を唱えているわけですが、ただ、人は当たり前すぎるのか、認めることに抵抗があるからなのか、寂しさについてはあまり目が向かないようです。

寂しさは人を介して癒されるもの、と先ほど伝えましたが、人を使うとその人に依存してしまうので、自立している方はそもそもそれを好みません。

誰かに頼って寂しさを紛らわすとそれが癖になってしまうことを怖れるんですね。

けれど、離婚して寂しい人が女性用風俗に通うようになったり、仕事を辞めて寂しくなった人がお酒にハマるようになったり、誰も頼れる人がいない人がどんどんハードワーカーになったりするのは、やっぱり強烈な寂しさを内側に抱えているからです。

「そこまでは行ってない」と思われる方も多いと思いますけど、では、自分が何に依存して寂しさを癒そうとしているのかを考えてみるといいかもしれません。

それで「自分とつながりましょう」という提案をするんです。

けど、人やモノに頼りたいという潜在意識を持っている人は、自分で自分を満たす(自己充足)にあまり熱心になれません。

ここが葛藤です。

「寂しくて、寂しくてしょうがない」と言うクライアントさんに「自分とつながること」を提案すると、「そんなんじゃ満たされない」とすぐに反応されます。

そこで彼氏が欲しい、結婚したい、と思うんですけど、それって「寂しさを紛らわすための彼氏」が欲しいのであって、愛し合う相手ではないんですよね。

あるいは何か夢中になれるモノが欲しい、と思うんですけど、やっぱりそれも同じことです。

ほんとうのところ寂しさを癒すための何かしら依存できるモノが欲しいんです。
「居場所が欲しい」と思うのもちょっと似たところがあるかもしれません。

それって依存先だから仮に手に入れても全然満たされず、もっともっと、と思います。こんなんじゃ足りない、もっと欲しい!と。

自立されてる方はそんな自分の依存心を理論武装してあたかも何かで寂しさを満たすことが正当だと理屈付けようとしますが、やっぱりそれはちょっと無理があるんです。

で、「自分とつながりましょう」という提案をするんです。(←2度目!)

どうやって?
ほんとにそんなんで癒されるの?
そんなことして意味があるの?
今の私には難しい。

そんな抵抗の言葉を私も散々聞いてまいりましたので、「確かにそう思っちゃうよねー」と受け止めつつ、その反論は聴かなかったことにしちゃいます。笑

ここで基本の概念を。

「寂しいのは、自分自身とのつながりが切れたから」です。

誰か人とのつながりが切れたわけではなく、自分とのつながりが切れたから寂しいんです。

※この部分については本の方に詳しく解説があります。(2章)

自立という鎧で自分の心(寂しさ)を封印してしまい、それを感じなくしてしまったから、寂しいんです。

だから、その鎧に風穴を開けて、その寂しさと直接向き合うことを提案するわけですね。

例えば「自分との対話」。
自分の心と1対1で語り合うわけです。

自分が今、どんな気持ちなのか。
何を考えているのか。
どうしたいのか。
何がそんなに寂しいのか。
どんな感情が今、心を占めているのか。

それを否定することなく、まるで大切な友人の話を聴くように行います。

これは自分の感情を感じると同時に、俯瞰して観る方法で難しいように思えるかもしれませんが、この対話で一番の難点は「自己否定」が出てくるところです。

自分が感じていることに対し、いつもの癖で否定してしまうんです。
「それはダメだろ。お前が悪いんだろ」と。

心がシーンとなって何も返ってこないときもあるし、様々な感情があふれてきて受け入れ辛いときもありますし、自分が見たくない感情があがってきてパニックになりそうなときもあります。

だから、うまくやろうとするとしんどいですね。
できる範囲で、心の声を聞こうと意識してやってみることがお勧めなのです。

例えば「自分の身体に触れてあげる」。
愛するペットをなでるように自分の身体に触れてあげます。
恋人を愛撫するように自分の身体を愛してあげます。

お風呂の中とかベッドの中とかの方がやりやすいかもしれません。

触れる、触れられるという感覚が心を安らかにしてくれるでしょう。

こうした自分でできることを基本に、自己充足をはかっていきます。

ほんともうこれはシンプルで「自分が笑顔になれることをする」ことから始めます。
それは何でもいいです。

好きなことをやる。やりたいことをやる。
翻って、イヤなことはやらない。やりたくないことはやらない。

このシンプルな法則を日常の中で、できる範囲でやってみることもお勧めです。

さらに、○○日記というのも自分の心と向き合う方法です。

ほめ日記は、今日の自分を褒める日記。
幸せ日記は、今日自分がうれしい、楽しい、面白い、幸せを感じたことだけを書く日記。

自分との対話を日記形式にしてもいいでしょう。

好きな音楽をただ聴く時間を持つのもすごく良いです。
10代の頃に好きだった音楽を聴くと懐かしさと共にエネルギーが回復してくることもあります。
自分の気分に合わせた曲をかけるのもまた心を穏やかにする効果があります。

歌を歌うのが好きな人はカラオケかお風呂で思い切り歌ってみるのもいいですね。
自分の心とつながるだけでなく、感情の解放も起きます。

他にもいろんな方法がありますが、日常的に簡単にできるレベルから、人生そのものを見つめ直すレベルまで選択肢は無数にあると思ってください。

「自分とつながる」ということを意識して実践してみると日常がどんどん変わっていくことが実感できると思います。

※うちのお弟子さんたちが本の感想を動画にしてくれました。それぞれの「寂しさ」についても語ってくれてますので(中には「私=さびしさ」という奴も!)、すごく参考になると思います!

「5人の自武女カウンセラーが、師匠の新刊「ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本」を読んでみた!」

そして、この「自分とのつながり」をテーマにしたワークショップを開催するので、今日の話がスーッと入ってきたなあ、今の自分に必要だなあ、と思った方は即座に申し込みされると良いですぞ!はよ!笑

★東京/オンライン:6/27(日)14:00-17:00 つながりと自己充足で寂しさと孤独感を癒す3時間ワークショップ(1週間アーカイブ視聴可)

★本はこちら。また、私の体験をお話している講演会はこちら。

「ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本」(清流出版)

*動画配信/DVD:「ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本」発売記念講演会

<参考:寂しさ・孤独感シリーズ>

私たちは寂しさや孤独感を「役割」で埋めてきた。

寂しさ・孤独感を感じるシーンと、その感情を癒す方法について。

他、多数。


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 『自立の裏の寂しさと孤独感と、自分と繋がる方法
 


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