疲れが溜まったのか少々凹んでいると、妻が「アロママッサージしてあげようか?」と。
そういえば、うちの奥さん、かつてリフレクソロジーを学んだ経験もあってその辺かなりお上手なんですよね。
体をさすってくれたり、手をマッサージしてくれたり、嫌がる夫を無理やり押さえ込んでお腹にチュ-したり(うちの奥さんはこれがいたくお気に入り)はあったんですけど、ちゃんとオイルまで用意してくれて感涙。
いやー、気持ちよかったっす。
男性にとって女性の手というのは不思議なヒーリング効果がありまして、特に恋人や奥さんにそうしてもらうだけでふぅーっと体の疲れが流れていくような気がします。
手の持つそうした力もあるんでしょうけれど、やはり愛情や優しさというのは体を通してココロに響くものがあるんですよね・・・。
一発で効いて気分すっきり熟睡することができました。
「また、してねっ(ハートマーク)」とお願いしたら、「お腹チュべろべろ5回させてくれたらいつでもいいわよん」とお得意の魔女的微笑。
(こそばがりな僕にとって、それがどんな悲惨な刑かはご想像にお任せします)
即「いえ、出すぎたマネを致しました」と平伏したのは言うまでもありません・・・。
*--*--*--*--*--*--*
↑のネタから、急に↓のネタに行くとギャップがありすぎるだろうと思いまして閑話休題。
「今日はイイニク(良い肉)の日」。
冬眠前のクマの如き勢いの僕としては、必然晩御飯のメニューは決まってくるってもんです。
このプロフィールページやコラム、エクササイズなどを作っているmovable typeというツールがあるんですが、これを導入してもうすぐ1年になります。
試行錯誤を繰り返し、ネットを調べまくり、本を読み漁り、友人に聞きまくりしながら立ち上げたんですが、1年経って漸く手の内に入ってきたような感じです。
デザインとか配置とかを半分趣味のごとくいじくり倒して原型を留めてない仕様になりましたが、お陰でだいたい思い通りのものができるようになってきました。
「これは無理だべ」という限界もいくつか分かりましたし、ここをこうしたいなあ・・・という欲求も自分で満たせるようになりました。
こうなると、色々楽しくなってくるんです。
ここまでは大変というか、暗中模索というか、訳の分からない単語との格闘だったんですけど、要領を得てしまえば、あとは自由自在。
何でもそうだと思いますが、その勢いを買ってこの間は心理学ワークショップのページを編集し、今また新しいページを立ち上げようと画策しているところです。
これからの展開を楽しみにしていてください。
*--*--*--*--*--*--*
好きな人とうまく行かなくなって別れを切り出された後もなかなか気持ちの踏ん切りが付かない時。
特に今の季節はとても切ない気持ちがしてきます。
恋人として、夫婦として幸せな時間が過ぎて、いつの間にか片想いになってしまった寂しさ、虚しさ、切なさというのは、どうしても引きずってしまうものかもしれません。
「執着」って一言で片付けられるとむかつくでしょう?
「さっさと他の男、見つけなよ」と言われるのも辛いし、周りから腫れ物に触るように気を使われるのもまた辛くて、ますます、どうしていいのかが分からなくなってしまいます。
「どうしたらいいのかは分かってるのよー」と強がってみても、心の中では泣き声が途切れないのかもしれません。
自棄を起こして見知らぬ人に抱かれてしまうことだってドラマや小説だけの世界ではありませんし、飲み過ぎて古くからの友達に同情されながら背中をさすられるのも「あたし、何やってるんだろう?」って無性に虚しさを感じるものかもしれません。
「もっとこうしてあげたら良かったのになあ・・・」
引きずってしまう一番大きな理由は、彼の優しさや愛情が無くなったことよりも、してあげられなかったこと、やり残したことの方が多いのかもしれません。
だって、自分なりに一生懸命頑張ったんだから。
もちろん、そこでは「頑張ってないもん。全然」と思ってしまうものです。
冷たい態度を取る彼の裏側に、一人ぼっちでもがいてる姿を垣間見ていたのかもしれません。
色んな女性と浮名を流しつつ、孤独に苛まれる影を見ていたのかもしれません。
すぐケンカ口調になって暴言を吐き出す彼の後姿に、ついつい泣き顔を見てしまうのかもしれません。
私しか知らない彼をいっぱい知っているでしょう?
そして、そんな彼を助けられなかった。癒してあげられなかった。守ってあげられなかった。
だから、引きずってしまうし、後悔してしまうのかもしれません。
だとしたら、無理ないことなんですよ。
もっとしてあげたかったことがたくさんある・・・。
これはとても自分の心を締め付けます。
今なら、できることもあるんじゃないか?
そう思えば、ますます思いが募るものです。
だから、その中に入っていきましょう。
その切なさや虚しさの奥に入っていきましょう。
今はその感情に浸ってみてもいいかもしれません。
でも、時が来たら、思い切ってその中にもっと飛び込んでいきましょう。
自分が壊れそうになるかもしれないし、暴走して何しでかすのか分からなくなるかもしれません。
大丈夫。
突き抜けられるし、浮かび上がることだってできるようになるから。
ぼろぼろになっても大丈夫。
何とかするから。
今日、なぜだか無性に京都に行きたくなりまして・・・。
どうしてなんだろうなあ・・・しばらく行ってないからかなあ・・・とか思いながら家に帰ると、仕事部屋の壁に貼った写真がその原因だろうことが分かりました。
昨日、思い立って部屋の片づけをしてたときに大好きな京都のお寺の絵葉書が出てきたんですよ。
それで、最近は深希の写真やら、友人やお客さんが送ってくれたきれいな絵葉書などを壁に貼ってるんで、その隣に何枚かぺたぺたと貼り付けたんです。
単純というか、何と言うか・・・。
因みにその絵葉書というのが僕が京都の中でもイチオシのお寺でして、かれこれ10年くらいも毎年訪れているところなんです。
京都は紫野、大徳寺塔頭・高桐院です。
公式ホームページは無いのかな?こちらのページがキレイ。
ここは細川ガラシャ夫人縁のお寺でもあって、ガラシャ好きなうちの奥さんも大好きなところです。
門前の石畳や苔むした庭園、もみじの可憐さなど、お茶を頂きながらいつもほーっと深い息を付ける場所です。
JR東海の「そうだ、京都、行こう」というポスターにも採用されたので観光に訪れる方もとても多いんですが、人の多さの割りに静かで、竹のそよぐ音が心地よかったり、しーんとした静寂の中で本当にのんびりできます。
すぐ傍の今宮神社門前にあるあぶり餅もなかなか美味です。
向かい合って2軒並んでいて、本家と元祖を争ってるのもまたオツな感じ(^^)
#たぶん、このネタは毎年書いてますね、僕(笑)
京都はねえ・・・いいですよねえ・・・。
住んだことはないので、あくまで観光客としての京都しか見てませんけど。
お客さんとも京都話になると異様に盛り上がってしまいます。
三千院、上賀茂神社、曼殊院、下鴨神社、南禅寺、知恩院などは特に好きなところで、そこに行くためだけに出かけることもあるくらいです。
(北山から東山方面に偏ってますね・・・(笑))
紅葉を見るなら東福寺も良いですし、銀閣寺から哲学の道を辿って永観堂、南禅寺、さらには知恩院、円山公園と至るコースは体力ありあまる学生時代はオハコでした・・・。
定期購読している雑誌があるんですが、今月号がちょうど「京都特集」でして、京都の美味しいお店がたくさん載ってました。
センスが良かったり、こだわりが深かったり、ちょっと敷居やお値段が高そうでいて、でも、行って見たいお店もたくさんあります。
お寺や神社でも行ってみたいけど、まだなところがいくつもあるんで、たまには京都の街中に宿泊して、ゆっくりめぐってみたいなあ・・・と思うのです。
休日な木曜日。
乳児のインフルエンザ予防接種に付き合って、僕も注射してもらったんですけど、その後しばらくしてから体がだる~い。
夜熱を測ってみたら微熱でして、道理で具合が悪いわけだと納得。
敏感なんですよ。
一晩寝たらすっきり治りましたが、ちょっと焦りました・・・。
一方乳児も一日大人しくしてまして、こんなことならギャーギャーうるさい日には注射してもらって方がいいかもしれん。
*--*--*--*--*--*
「物を捨てられないんです」なんて声を時々耳にしまして、ここからもパターン(心理)がうかがい知れたりします。
「もしかしたら役立つかも・・・」って感じかもしれないし、「これは必要だ・・・」と思うものが山ほどあって部屋を占領していたり。
そんな方にはこんな質問をします・・・
「捨てられないのは物だけ???」
捨てるって表現は悪いかもしれませんが、人間関係にも影響してるところはないでしょうか。
その背景にはちょっと心の痛みがあるのかもしれませんよ。
痛みってくらいですから、大切なモノだったり、物というよりも者(つまり人間)だったりするのかもしれません。
単純に「捨ててしまって凄く後悔した経験がある」なんて場合、これは罪悪感ですね。
だから、とても慎重になります。
もちろん、自分のことを信頼なんてできません。
あるいは「捨てられて、すごく傷ついた経験がある」場合。
実はこちらの方が本編です。
捨てられて傷ついて、自分も何かを捨てて罪悪感を持った・・・というのが多くの方に見られるパターンでもあります。
「別に自分は捨てられたことなんて無いんだけど・・・」と思う人が多いかもしれません。
でも、この感覚は幼い子どもであれば、実は一度は持つ感情だと思うんですよね。
親のちょっとした態度(特に怒られてるとき)で「捨てられるかも・・・」という恐怖を感じたことがあるかもしれないし、裏切られたような気がしたりすれば、見捨てられるような恐れを生み出しますね。
甘えたい盛りの頃に全然相手にしてもらえないばかりか、むしろ無下に扱われたと思っていれば、やはり同様の感覚を抱くかもしれません。
そんな「捨てられた」痛みの強さに従って、過剰に「大事にしすぎる」傾向が生まれます。
それは、そんな痛みをもう二度と経験しないように、大切な人にそんな経験をさせないようにするためかもしれません。
それが更に強まって、過剰に物や人に執着してしまう人だっているでしょう。
だから、優しさゆえの行動なんですね。
でも、大事にしようとしすぎると繊細になりますから、自分が思うとおりに出来なくなったりします。
大切にしていたのに、ちょっとした弾みで壊してしまったり、傷つけてしまったり。
人じゃなくて物でも思い当たるところがあるかもしれません。
で、ここで「自分は冷たい人間だ」なんて思ってしまったりします。
だから、「私は冷たい女」と思う裏側には、こんな「捨てられる恐れ」を持っていることも少なくないんですね。
ここを抜け出すには「私は守られている」という考え方を身につけることが一番です。
人との繋がりや信頼関係を築いていくことが何よりも大切なこと。
でも、「私は冷たい」と思っている分だけ、そのつながりに信頼が置けず、また、大事にしようと抱え込みすぎて潰れてしまったりするんです。
程よく大事にしようとすることや、冷たいんじゃなくて大事にしようとする優しさを自分がたくさん持ってることを受け入れてあげることが第一歩目かもしれません。
そして、もう一つ。
捨てられなくて抱え込んでしまっているわけですから、自分でナントカしようと自立しすぎてるのかもしれません。
そこでは「助けを求める」ということも凄く大切な考え方です。
だから、部屋に色んなものが散らかってて、なおかつ捨てられないなあ・・・という場合には、誰かに手伝ってもらいながら物を整理してみましょう。
そして、捨てるのがもったいない場合、ナントカ生かす方法はないか考えてみることもできます。
フリマで売ってもいいですし、誰かにプレゼントするのも素敵なことです。
23日は世間では祝日だったんですよね・・・
道理で江坂を行き交う車が少ないと思ってた・・・
でも、カウンセリングルームの近くにある某予備校では、模試が行われていたのか、たくさんの受験生らしき人々が行き交ってました。
*--*--*--*--*
このところ再び和に凝ってます。
当てもなく彷徨ってたショッピングサイトでも、ついつい和のものに目が留まります。
仕事しながらかけてるBGMは雅楽。
ちょっと神秘的なものに惹かれてます。
*--*--*--*--*
我が家の乳児はいよいよ匍匐前進を開始しまして、イグアナの如く直進しています。
寝かしつける際にどうしたものか?連日夫婦で会議を重ねていますが、なかなか結論が見えてきません。
なんせ、寝かそうとしても、本人が眠たくなければ布団から這い出て来ますから・・・。
どなたか、添い寝せずに子どもを寝かしつけてる方で、はいはいし始めた子どもをどう寝かしつけてるのか教えてもらえませんか?
あ、因みにSMAPの香取くんの飼ってるイグアナは「ヒロユキ君」という名前だそうです。
*--*--*--*--*
どれくらい伝えたいこと、言いたいことをきちんと表現できているでしょうか?
つい強がってしまったり、思わず嘘を付いてしまったり。
あるいは、自分が何を伝えたいのか分からなくなってしまったり。
口をついて出てきた言葉が、気持ちとは全然裏腹だった・・・なんてことも皆さん、一度ならず経験されてることかもしれません。
どうしてうまく言えないか?というと、うまく言おうとしてるからです・・・
(禅問答みたいですけど)
気持ちを伝えるのが難しいのは、それが必ずしも明確なものではなく、また、キレイなものばかりではないからなんですよね。
好きと嫌いが同居するのが心の有り様ですから、白黒はっきりできるものの方が少ないと思うんです。
それをうまく表現しようとすると、言葉選びにばかり気を取られてしまって、なかなか伝えたいことが言葉になりにくいのかもしれません。
あるいは無理に白黒はっきりさせようとしてしまうと、そもそもグレーなものならば、土台無理な話になっちゃいます。
特に「伝えたいこと」というのは自分の考えというよりも、気持ちのことの方が多いはずです。
感情を伝えようと思えば、言葉になる前に涙が出てしまうこともあれば、不安に駆られて震えてしまうこともあります。
だから、うまく伝えようとすると、かっこつけるようになってうまく言葉にならないものなんです。
泥臭い方が、きちんと伝わると思いますよ。
そして、そもそも自分の気持ちに靄(もや)がかかってしまってたら、伝えたいことが分からなくなるんですよね。
「私は何を感じてるんだろう?」
ってことを常々チェックする癖が付くと、その靄も晴れてくるんじゃないでしょうか。
もちろん、そう簡単に行くものではないですし、
「私が伝えたいのは何だろう?」
って何度も自問してみないと、分からないものかもしれません・・・
あと、「伝える」ことと「伝わる」ことは別物ですよね。
自分が意図したとおりに相手が受け取ってくれるかどうかの補償はどこにもありません。
だから、相手のことをよく知ることが大切だと思うんです。
相手がアメリカ人ならば英語を話そうとするようにね。
でも、フランス人だったら、きっと苦労して見つけた英単語は伝わらないことの方が多いと思います。
その辺の見極めも自分の心を通じて行うものですから、やはり、自分の心にはどんな場合でも意識を向けてあげて欲しいなあ~と思います。
特にコミュニケーションを上手にしたいって場合には。
11/22。
今日は「イイフウフの日」ですね・・・。
傷心のまま、この日を迎えている方も多いのかもしれませんが、イイフウフを目指してお互い頑張りましょう。
そんな応援メッセージ(ミニ心理学講座)を最後に載せてみました。
また、僕が昔メルマガ用のコラムで書いた記事はこちら。もう二年前のネタですね・・・。
*--*--*--*--*--*--*
昨日は山本とうちの奥さんと講演会(する方じゃなくて、聴く方です。念のため)に出かけた帰りに淀屋橋の感じの良い居酒屋さんで美味しい魚を頂き、今日は夫婦水入らずで妻の実家近くで美味しい焼肉を食して来ました。
食欲の晩秋を謳歌しております。
天高く、お腹も肥ゆる秋。
来るなら来てみやがれリバウンド。
今日は恐れのため、体重計には乗っておりません・・・。
*--*--*--*--*--*--*
このところ「痩せましたよね~」と言われることが多く、実際、ピーク時に比べれば10kg近く体重が落ちてるんです。(これでも)
体脂肪も大方6,7%落ちてるかなあ・・・。
女性ならば「標準域」にばっちり入ってます(笑)
「どんなダイエットしたんですか?」と聞かれることも多いんですが、あれこれやりすぎて何が効いたのかはイマイチ分かりません。
意外に出張や育児のストレスもダイエットの要因になってたり、食事制限したり、アルコールを控えたりということもしてます。
サプリメントも数種類試しました。
何かのきっかけでぐっと落ち、それを維持してるような感じもあります。
いたって不健康、不健全なダイエットかもしれません。
でも、これは効き目あるなあ・・・と思ったのは「毎日体重計に乗ること」。
ダイエットというよりも、体重維持に役立ちますね。
基本かもしれませんが、毎日お風呂に入る前に体重計に乗り、それをメモしてるんです。
日々変動がありますが、いい刺激になりますね。
なんせ、1kgくらい平気で変動しますからね・・・。
焦りますよぉ~。
*--*--*--*--*--*--*
「言動の不一致」という話をよく聞きます。
「言ってることとやってることが違う!」という話。
自立的な男性に多いんですけどね。
「ゴミ捨ててくれるって言ってたのに忘れてる~」というレベルから、「もう浮気しないって約束したのに、また女作って・・・」というレベルまで、多様なパターンがあります。
「俺の彼女になってくれたら、ぜったい幸せにしてやるって言ってたのに・・・」という人生をかけた言動の不一致もあります。
なぜ、こんなことが起こるんでしょう?
で、どうしたらいいんでしょう?
いくつかのパターンがあると思います。
<追い詰められ型>
口うるさい奥さんに「もう、本当にあんたったらだらしないんだから・・・」とぐちぐち言われ、売り言葉に買い言葉で「もううるさいな。分かったよ。やりぁいいんでしょ。やりゃぁ」と言ってしまう場合。
これはそもそも本気でやろうって気持ちがない訳ですから、実施されることは稀です。
イライラしてるとついつい相手を追い詰めてしまうものですが、そういうときの約束はあまり当てにしない方がいいですね。
本当に頼みたいことは、きちんと向き合って話をするようにしましょう。
それが難しいんです・・・という場合には、そもそも頼みごとをする土台になる信頼関係が揺らいでる可能性がありますから、そこから手を付ける必要がありますね。
<上の空型>
テレビを見てる時に頼まれてもねえ・・・。
新聞読んでる時に言われてもねえ・・・。
という奴です。
言ったこと(返事したこと)すら覚えていない場合。
実施されることはほとんどありません。
ちゃんと注意をこちらに向けることが大切です。
特に男性の場合、女性と違って複数のことを同時にこなせないので、自分と同じ感覚で相手を見てしまうと失敗します。
複数のことを同時にこなせるかどうかを判別するのは、テレビの音量を下げずに電話ができるか?をチェックしてみましょう。
<罪悪感型>
この辺から心理学っぽく。
ちょっと奥さんに後ろめたい思いがあるとき、補償行為でかっこつける場合があります。
「今日、同僚のハラに誘われて断れずにソープ行っちゃったんだよなあ。ヤバイよなあ・・・。この前ばれたときは離婚だって騒がれたし・・・。うーん。どうしよう・・・」
などと帰りの電車の中であれこれ考えて帰宅。
家に帰るなり、「今度の日曜さ、久しぶりに二人でデートしようか。欲しいもの色々あるだろ?買ってやるよ」などを奥様のご機嫌伺いに出ます。
これは罪悪感による補償行為ですから、奥様が「えーっ!ほんとー!うれしぃ~!」って声を聞くと、まるでソープに行ったことが許されたかの如く、約束を忘れます。
で、日曜日。
るんるん気分でお化粧をしている奥さんを見つけて「ん?お前どうしたの?今日どこか行くん?」などと言ってしまい、大喧嘩。
これも元々やる気があったわけではなく、ごまかし策のため、大抵は最悪の結果を招きます。
たぶん「欲しいもの買ってやるよ」と言われた時点で「怪しい・・・」と気付くのが世の奥様方なわけですが、ここまでアカラサマな罪悪感じゃなくて、細かい罪悪感が積みあがってる場合には、見抜くのが難しいですね。
普段の夫婦関係がとても大切なわけですが、罪悪感がある分、ともすれば「取調室」あるいは「裁判所」のような家庭風景になってしまいますので、相手のその罪の意識をきちんと見てあげることが大切かと思います。
罪悪感を感じている相手には「許し」が一番効果的。
本当にそれを感じてるのかどうかって分かりにくい場合も多いんですけどね。
<情熱型>
熱い男の場合、その場を盛り上げるための言葉だったりするので、しばらく経って熱が冷めると言った事自体も忘れてしまうことがあります。
だから、「やってくれるって言ってたじゃん」って文句を言うと「あ!?ああ、あれかー。あれはその場のノリだよ、ノリ。本気にしてた?ごめんな」などとあっさり交わされたりします。
これは罪の意識がないので許しやすいし、案外フォローもしてもらえるんですけど、何度も繰り返すと信用問題になりますね。
こういうタイプの場合、とにかく「話半分」で聞くことが大切かもしれません。
期待を手放し続けることが大切かもしれませんね。
<理想型>
言動の不一致で一番問題になるのが実はこのタイプ。
口がうまかったり、プライドが高かったり、理想や夢を語るんですよね・・・。
今までのパターンと違い、本人もやる気満々で、けっこう頑張ったりするんですよ。
でも、理想や夢ですから、高すぎる目標になったりして、かなり厳しい現実が待ち受けます。
で、だんだんそんなことを言った自分に腹が立ってきたり、そんな頑張りを相手が全然認めてくれなくて逆切れしたりします。
これ、自信が無いんです、実は。
プライドって中身の無い張子のトラのようなものですし、口がうまいと相手が気に入るように作ってしまうわけですから。
で、理想や夢を追い続けるのはかっこいいんですけど、ちゃんと地に足が着いていなくて、結果的に相手を裏切るようになっちゃうんです。
だから、後々罪悪感がとても強く残ります。
(で、罪悪感型の言動の不一致を作り出したりします)
プライドの奥にある弱さを見てあげましょう。
ちょっと長い目で見てあげる必要があるんですけど、彼に自信を付けさせてあげるのも奥さん(彼女)の仕事の一つです。
以上、思いつつままに挙げてみました。
さらなる詳細はいつか心理学講座で・・・(笑)
ここ数日、夢中になって読んでいた小説を読了しました。
4巻セットの長編小説だったのですが、
1巻目・・・様子を見ながら2日くらい
2巻目・・・ちょっと中だるみして3日くらい
3巻目・・・夢中になってきて1日
4巻目・・・止まらず半日
と読むスピードにも僕のパターンが現れてるものです。
読み終えた後にははらはらドキドキ楽しめた満足感と、これで終わりかあ・・・という一抹の寂しさが伴うものです。
映画でも同じですね。
でも、小説や映画というのは、何度も繰り返し楽しめるから良いですね・・・
今はお腹一杯!って感じの今回の小説も、数ヶ月経てば、また新鮮味が出て新しい読み方ができるんじゃないかと思います。
それまでは本棚に眠っていただくか、友人諸兄に貸与するか、という感じです。
・・・などという書き方で、ちょっと小難しい歴史小説なんぞを読んでいたんじゃないか?とバレてしまうところもまた宜しいかと(笑)
*--*--*--*--*--*
流れの変わり目というのは、気付かないうちにやってくるものかもしれません。
夜明け前が最も暗いといわれるように、良い兆しは最悪の状況の中に芽生えることも少なくありません。
普段あまり目にしないネガティブなことが起きるときというのは、自分自身の成長を促されているサインだったりしまして、それを機会に自分自身を見つめなおし、更に良い方向にステップアップするチャンスです。
でも、ちゃんとそこにもエゴの罠が用意されていて、ともすれば被害妄想に陥り相手を恨む日々を重ねますし、あるいは罪悪感に苛まれて自分をさらに酷く罰し続ける生活を生み出します。
どちらも行き着く先にはぼろぼろに傷ついた自分と、もう手の付け所のない現実だったりします。
そこでは「その手には乗らないからな!」というある種の開き直りが有効です。
でも、それが難しい。
カウンセリングでお会いする方は、自分ではもうどうしようもない状況に陥ってる場合がまだまだ多いですね。
危険回避のために、自分を進んで成長させるために最初から利用される方というのは今はまだ少ないのかもしれません。
みんな必死に頑張って生きてこられた方ばかりです。
そうは認められなくても、そうは感じられなくても、僕は断言しちゃいます。
そして、その状況でもなお頑張ろうとされてる方が多いんです。
だから、開き直る余裕すら持てなくなってしまうのかもしれませんね。
この文章を読んで「私はまだまだ頑張りが足りないから・・・」と感じられた方は、ほぼ間違いなく、僕に言わせれば「頑張りすぎてる方」だと思います。
気付かないものなんです。
自分のことは・・・。
僕がよく使うセラピーに「リラクゼーション系」と勝手に名づけてる類のものがあるんです。
体や心の力を抜いて、心をほぐしていくようなイメージワークです。
こういうアプローチで、まずは心に余裕を作り出し、それから本編の問題に向き合いましょうねっ!という提案とともに行うセラピーなんですけど、案外これが奏功することが多いようです。
(後で頂く感想を目にすると・・・)
「こんなに私っていっぱいいっぱいだったんですね・・・」
「そんなに疲れてるとは思いませんでした・・・」
「まだまだやれると思ってたんですけど・・・」
という気持ちを後で聞かせていただくことが多く、実際今日も何名かのお客さまから、そんなメールを頂きました。
荷物いっぱい背負ってたら、前に進むのもしんどいでしょう?
だから、まずはその荷物を少しでも軽くしましょうよ。
張り詰めた心のまま突き進んでいったら、いつかぷちりとその糸が切れてしまうでしょう?
まずは心をゆるりとほぐしてから先に進みましょうよ。
そんなメッセージを託すことが多いです。
暗闇を進むような時には、ふと目先を変えると、一筋の光を目にする場合も少なくありません。
目先を変えるには、今の状況に対して「その手には乗らないぞ」と思える余裕を作ることが、まずは一歩目なのではないでしょうか・・・。
我が家の乳児に「だっこして欲しいの?おいで」というと、満面の笑みを浮かべて手をこちらの伸ばし、体を預けてきます。
あまりのかわいらしさにノックアウトされます。
でも、敵も然る者、何度も何度もやってると、パブロフの犬よろしく、何も言わないうちから手を伸ばして抱っこを要求してきます。
あまりの嬉しさにノックアウトされ、抱っこする回数が圧倒的に増えました。
まさに乳児の思う壺。
寝返りも自在に打てるようになり、遊びたい盛りの乳児は眠いのに暴れて抵抗し、やがてはお尻を半分上げたような微妙なバランスで眠りに落ちています。
まさに「志半ばで倒れる図」の如しです。
それもあまりにかわいいのですが、半分布団から足を出していたり、おもちゃ箱に突っ込むような姿勢だったり、隣の妻の布団の真ん中で寝そべっていたり、と絶え間なく笑いのネタを提供し続けてくれます。
しかも、起きている間はとにかく動き回ります。
落ち着きがありません。
赤ちゃんはこんなものかと思っていたんですが、一方では「誰に似たんかなあ?」と疑問に思っていたんです。
ところが、ある日うちの母殿が
「深希を見たい。抱っこしたい。」
と禁断症状に駆られてやってきたときに、
「うん。ひろちゃんも昔、こんなによく動いてたよ~」
と事の重大さをわきまえず平然とのたまったために、以後、妻は、
「パパに似たんじゃ、しょうがないわねえ~」
としたり顔で、深希に向かって話しかけ、僕の顔を見ては、にやーっと意地悪な顔を見せます。
何も悪いことではないのに、何かいじめられてるような気がするのは、被害妄想というものなのでしょうか・・・。
ま、深希もきっと大人になっても落ち着きのない女になるんでしょうね・・・ふふふ。