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例えば「話を聞くことが上手」という価値を知らず知らずで使ってしまうと、相手からディープな話を引き出したり、そんなつもりじゃなかったんだけど・・・という状況になったりしてしまいます。
だから価値を知らないって怖いことなのです。
そのお話と、どうしたらそれを正しく使えるかを考えてみたいと思います。
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既婚の30代女性です。
ブログやご著書で勉強させていただいています。
人とお喋りしている時に同じパターンを繰り返してしまうことについて、ご相談させてください。
女同士のお喋りで愚痴が出てくるのってよくあることだと思うんですが、私はそういう時に「なんでその問題が起きているんだろう」とつい好奇心から深いところまでぐいぐい質問してしまい、たぶん相手はそこまで喋るつもりじゃなかったんだろうなという部分まで喋らせてしまうことがあります。
それ自体はそんなに問題にならないんですが、そうやってぐいぐい聞いているうちに、ただの愚痴から本格的な相談モードに変わることがあり、そうなると、急にプレッシャーを感じてあたふたしてしまうんです。
人に助言ができるほど経験積んでないから大したことは言えない!どうしよう!でも相手は頼ってくれてるんだから何か言ってあげなきゃ!と無理してそれっぽいことを言って、後から無責任に適当なことを言ってしまったと後悔します。
また、相手にばかり深い話をさせて悪いかな?と気になって、別に聞かれていないけど自分の深い話もして、あんなこと打ち明けるつもりなかったのに…と後悔します。
そして、お互いに深い話をしたことで心の距離が急接近した感じがして、そのことにも戸惑います。
自分がぐいぐい質問したことが発端なのに、後始末が下手だなと思います。
ぐいぐい質問している時は自分軸だったのに、相手が相談モードになると急に他人軸になってしまうからあたふたするような気がします。
それを上手くコントロールできません。
昔は、こちらが聞いていないのにあまり親しくない人から重たい身の上話をされて、頭の中に危険信号が鳴り響き、距離をとりたいけどやり方が分からず、急に冷たくしてしまって罪悪感に苛まれるというパターンもあったんですが、経験を積んでそういう人からはフェードアウトができるようになりました。
子どもの頃、母の愚痴の聞き役で、母の感情に圧倒されて自分まで不安定になってしまうことがあったので、昔のパターンはそれが原因だろうなと思うんですが、今起きているパターンは他に要因がある気がします。
どうしたら、あたふたせずにいられるでしょうか?
(Mさん)
たぶん、Mさんにとっては居心地の悪い、ちょっとキモい、引く、やだ、むり、みたいな内容になるかもしれませんので、先に謝っておきたいと思います。
ごめーん!(平身低頭五体投地土下座にて)
ちょうど昨日まで「価値を受け取る4週間プログラム」というセミナーをやっておりまして(そのうち動画として販売するのでよろしくねっ!このサイトから購入できるようになるよ!)、そこで「価値」についてこのようなお話をしました。
・価値はすでにあるもの。
・だから価値は作り出すというよりも気づく、見つける、掘り出すもの。
・自分にとっては当たり前のもので、それが価値であるということに気づかない。
・自分としてはしんどい、苦しいことでも、それが頑張ったことならば価値になる。
・価値は自分では価値であると思えないものも含まれる。
でも、その価値はそれに気づかず、ぞんざいに扱っていると大問題を引き起こすこともあるんです。
例えば、「人の話を聞くのが上手い」という価値があるとするじゃないですか。
まず、この要素が価値であることはみなさん、Mさんも納得されますよね?
で、そういう方ってのは人の話を聞くのが上手なので、相手は気持ちよく話をしてくれるし、何かあったら「ねえ、話聞いてくれない?」って頼られたりもするんです。
でも、話を聞くのが上手ってことは質問も上手ってことなので、あれやこれやと質問していくうちに自然と深い話を引き出しちゃったりするんです。
そうすると「あれ?この話ってわたしが聞いちゃっていいのかな?」とか「そんなディープな話までしてもらうつもりはなかったのに」みたいな体験をすることもあります。
軽い立ち話のつもりが、「ちょっと座ろうよ」になり、気が付けばずいぶんと長い時間話し込んでるみたいなこともあるわけです。
そうすると「あ、話しすぎちゃって寝る時間があんまりなくなっちゃった!」みたいな感じで時間を使いすぎることもあるし、話を聞くのって体力も使うので「ああ、なんか疲れたー。相手は喜んでくれたけどー」という思いをしたりします。
また、その話を聞くのが上手って噂が広がると、あんまりよく知らない人から「ちょっと話聞いてもらっていい?○○さんから紹介されたんだけど」と言われることもあり、すると瞬間的に「話を聞くモード」に入ってしまうので、つい「いいですよ。どんなことなんですか?」と始めてしまい、「わー、仕事溜まってるのに時間が足りなーい!」的なことになったりもするのです。
そうすると「人の話を聞くのってしんどい。もういやだ。やめたい。」みたいに思うようになるのですが、その一方で、人の役に立てるのはうれしいし、相手が喜んでくれるのだから、と思うとなかなかやめられません。
しかも、相手が話を聞いて欲しいと言ってくれてるのに(=わたしを必要としてくれてるのに)、それを断るってのは、それが自分の価値であるがゆえに、より大きな罪悪感を伴うことになります。
そうすると無理をして、犠牲をして、頑張って、その価値を使い続けるのですが、その先はどうなるかは想像に難くないですよね?
そう、消耗して「もうそんなの嫌だー!!」と逃げ出したくなるのです。
そして、「二度と人の話なんか聞くものか!」と自分の価値を封印しようとするんです。
でも、そうは問屋が卸してくれねぇわけで、そうは思っていても相変わらず「ねえ、相談に乗ってくれない?」という声は届くし、それを無下に扱うのも罪悪感が強すぎるし、ということで付き合っちゃうんですけど、そのたびに消耗が激しくなるので、やがて「もう人は嫌い。人に会いたくない。」という思いを持つようになるのです。
※こういうコミュニケーションの講座も企画してますよ!
◎NHK文化センター「聴くスキル~信頼関係もコミュニケーションも聴き手が主導権を握っている」
大阪・守口:2/28(土)10:30-12:00
千葉:3/9(土)18:45-20:15
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いかがでしょうか?笑
Mさん、思い当たるフシは何パーセントくらいありますか?80%?笑
ちなみに読者のみなさまの中にも「母の愚痴聞き役」を長年務めてきた方は多いと思うので、このお話が「思わず刺さっちゃった・・・いてててて。」という方も少なからずいらっしゃるかと思います。
ちゃんと価値を価値として認識してないと人から「消費される」「奪われる」みたいになって、燃え尽きちゃうわけです。
だから自分の価値はちゃんと気づいて、自分で守ってあげなきゃね!ということなのです。
ね、Mさん、そして、みなさまのことですよ?笑
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で、私たちの価値は先ほども書きましたが「それが価値だと気付いていないもの」もけっこうあるものです。
友達など周りの人から「こういうところってあんたのいいところだよね」って指摘されて、「え、そう?全然ふつうだよ?」って思うことってありませんか?
「ほんとMさんって聞き上手だよね!」ってほめられたときに「え?全然そんなことないよ。ふつうだよ。わたしよりうまい人なんていっぱいいるよ」って答えちゃったことってありませんか?
それって謙遜でもなんでもなくて素で思ってらっしゃることが多いと思うのですが、実はとても危険な兆候なのです。
だから、価値を価値として認識しとくことってすごく大事なんです。
しかも、この価値って「けっこうしんどかった経験」で磨かれることも多いんですよね。
お母さんの愚痴を聞くのってけっこう大変だったでしょう?
心が不安定にもなっちゃうし、真に受けてしんどくもなっちゃうし。
でも、そこからなかなか逃げられなくて、毎日のように愚痴を聞かされてたとしたら、それはもう「ほんと辛かったけど逃がしてもらえなくて毎日ピアノを弾かされてた」というのに近いんです。
もし、それが「愚痴を聞く」じゃなくて「ピアノを弾く」だったら、どれくらいピアノがうまくなるかは想像できるでしょう?
ショパンコンクールで入賞できるかどうかは分からないけれど、素人目にはめちゃくちゃ上手な人になると思うんです。せめてピアノの先生にはなれそうですよね?
としたら、Mさんの「人の話を聞く力」ってめちゃくちゃ磨かれてると思いませんか?
だから、それはMさんの価値であり、才能レベルと言っていい能力なんです。
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もし、自分が人の話を聞くのがめちゃくちゃ上手だとしたら、「話を聞く力」をどう使っていくと思いますか?
今までみたいにがっつり話を聞こうとしなくなるだろうな。
けど、「ここぞ!」というときにはしっかり聞いてあげるだろうな。
「カウンセラー」を目指してみるのもいいかもしれない。
少なくともちょっと調整しながら聴くだろうな。
それが価値である前提で考えてみてください。
自分が思っている以上に“使える”“役立つ”“喜ばれる”価値だと思ってみるとたぶんその能力の正しい使い方が分かってくると思います。
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それで、
>自分がぐいぐい質問したことが発端なのに、後始末が下手だなと思います。
という話なのですけれど、自分の価値をちゃんと扱えてなかったなあ、と思って5秒だけ反省してくださいませ。ほんとそれくらいで良いです。
必要以上に自分の能力(価値)を使っちまったんだな、と。
それで、思った以上の反応を相手から引き出してしまったんだな、と。
だから、その価値を正しく使えるようになれば、こういうことは起こりにくくなるでしょう。
でも、そこで話を終えられたらいいんですけど、まだちょっと引っかかる部分があるんですよね。
それはおそらく母との関係に起因する「境界線問題(ボーダー問題)」かな?と思うわけです。
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母の愚痴を毎日聞いていて不安定になってしまった経験が何をもたらしているのか。
大きく2つあると思います。
一つ目は人との境界線がうまく引けず、相手を必要以上に近づけてしまうこと。
もう一つは、近い距離ではかつての不安定な自分が露呈してしまうこと。
だから、必要以上に近づけずにフェードアウトできるようになったのは進歩なのですが、知らず知らずに相手を必要以上に近づけてしまったときにどうしていいのか分からなくなるんです。
まさに「後処理」ですね。
だから、相手との距離が親密になったときにかつての感覚が蘇ってくるみたいな感じです。
そこでは改めて母との関係を見つめなおしていきたいと思うんです。
その母との関係はMさんの価値を磨く効果もあった一方で、こうした副作用みたいなことも起きてるんだろうと思います。
その母の感情を受けて不安定になってしまったトラウマをもう少し解消していきましょう。
ちなみに夫氏と親密になることは問題ないでしょうか?
こうした「後処理」が必要になってしまうのは女性ばかりでしょうか?(あるいは年上の女性に限るのでしょうか?)
こういうとき心の世界ではこんな風に捉えるものです。
「Mさんの心の中には未だ母の感情で不安定になってしまい、怖がっている自分がいるんですよ」
だから、そんな幼い自分を救ってあげる必要があるんです。
そして、その自分に「安心感」をふんだんに与えてあげるんです。
それでよく「お母さんの話で不安定になってしまった心の中の自分をそっと抱きしめ、安心させてあげてください」というセッションをするんです。
また、
>ぐいぐい質問している時は自分軸だったのに、相手が相談モードになると急に他人軸になってしまうからあたふたするような気がします。
という風に感じるのも、母の愚痴を聞くことはできていて、それが価値として磨かれたことは間違いないけれど、その一方で、その母の辛さを解消してあげることができなかった“無力感”(罪悪感)があるのかもしれません。
だから、「相談されること」に対してドン引きしちゃう自分がいるのかもしれないんです。
その無力感も解消してあげたいところです。
例えば、改めてその子どもだった頃の自分に「あなたはできることは全部してあげた。十分お母さんの役に立ってたよ」ということを教えてあげることもひとつ。
「あなたは何も悪くない。精一杯、お母さんを助けたんだよ」ということを伝えてあげることもひとつ。
もちろん何度も何度も伝えてあげなきゃいけないですけどね。
そこで内なるもう一人の自分が「そうか。自分なりにできることはやったんだ。」という自覚を持ち始めると、誰かに相談されてもその無力感は動かなくなるでしょう。
そうして「自分を許す」ということをしていくんです。
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それと同時に、母と向き合うこともしていきます。
こういう母娘関係をしてくると母と自分の間に境界線がうまく引けず、あいまいになってしまいます。
だから、母に対して自分軸を確立すべく、「わたしはわたし、母は母」という風に線引きをしていきます。
それは今の自分にとっても、かつての自分にとっても大切なことです。
また、母との関係を「子ども目線」から「大人目線」に変えていくことも同時に進めていきましょう。
その当時の母を客観的に見て、その母の苦しみを理解してみるなどで適切な距離を取れるようにしていくんです。
そうして自分を許し、境界線を確立して自分軸になっていけば、誰かを安易に近づけすぎてしまうことがなくなるばかりでなく、「あ、これ以上話を聞いてたら近づけすぎてしまうな」ということにも気づけるようになります。
そうして適切な距離を他人ともとれるようになるだけでなく、仮に近づきすぎてしまっても「あー、ごめん、これ以上はちょっとわたしにできることはないわー」とシンプルに判断し、ストップをかけることができるようになっていきます。
そしたら、もっと楽に人の話を聞けるようになります。
つまり、価値をもっと活かせるようになります。
それで「じゃあ、それを活かしてカウンセラーになりたい!」と思ったらぜひぜひお弟子さん制度にエントリーしていただければと思うのです。(次回は5,6月に募集する予定です。)
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なのでこのセミナーたちもお役に立てるかと思います。
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◎東京/オンライン:3/20(金祝)13:00-17:00 母がしんどい問題~母と娘の関係を終わらせ、自分の人生を生きる4時間~
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/57794
◎セミナー動画:心理学講座「過干渉・過保護・心配性な母との向き合い方~母軸の人生を自分軸に切り替えるにはどうしたらいいのか?~」
◎東京:3/21(土)11:00-18:00 1DAYリトリートセミナー私は私の人生を生きると決める日。人生の軸を取り戻す1日~
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/57764
◎ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/51398
◎3人の自立系武闘派女子が自分と向き合って幸せになっていく物語。
「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
◎戦闘力上がりすぎてひとりで頑張っているあなたへ1日5分、スキマ時間にととのう本
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