何不自由なく育った自分のどこに問題があるのだろう?~なぜ彼のNTR願望に答えてしまうのか?~



何不自由なく育っても、不自由ばかりで育っても「問題」というのは出てくるもので、そりゃまあ、人間って成長したいんだからね!という話です。
今日はそんな何不自由なく育った人が抱えがちな問題について一般論をお伝えする回です。

NTRしたい彼と、それに応えようとする彼女の記事を、大きく頷きながら読みました。

わたしの彼も同様です。
わたしは彼女と同じタイプです。

わたしの彼の場合、本当は自分が選んだ相手としてほしい。してる最中に写真を撮って送ってほしい。というのが、要望でした。
わたしは、その要望に応えてみようとしましたがムリでした。

でも、「わたしが大丈夫と思える人なら出来る」と言ったら「それは自分より、その男性に気持ちが行ってしまわないか?不安…」というので、「それはない」と言うと「じゃ、お願いします。写真を撮るのがムリなら、報告だけは必ずしてください」と言うので、そういうカタチのNTRを何度かしました。

それなら、わたしの心も身体も傷つかないかな、と思ったのですが、あくまでも彼の為にやっていたので、彼の反応がイマイチだったり、ありがたみを感じなかったりすることに不満や寂しさを感じました。

それもあり、彼からの愛情表現などが少なくて寂しかったのもあり、昨日別れました。
彼の事好きだったので、やっぱり今は悲しいです。

彼の幼少期は、学歴社会を重んじる圧力的な教育、スキンシップなどの愛情不足を感じます。今の親子関係は良好のようですが。

わたしの方は、親兄姉からの愛情を感じて育ち、何不自由なく大人になったという自覚しかありません。
わたしの方の問題は、何なのか?
そこがとても気になっています。
(Kさん)

なんか最近ひそかに流行ってるんですかねー。
ついこの間も彼のNTR願望問題をカウンセリングしたところです。

こういうケースでよくお伺いするのは「彼の性癖についてぶっちゃけどう思ってんの?」というところで、NTR願望のみならずSMとか露出とか屋外とか縛るとかなんやらかんやらで「彼がしたいって言うならできるだけ合わせてあげたいけど、本音はいやだ」みたいなことがどれくらいあるのかな?という点が知りたいところです。

女性性って「受容力」があるので、受け入れようと思ったらある程度受け入れること、合わせることができます。

だから、旦那の転勤にもついて行けるし、家庭の経済状況に合わせて生活が作れるし、冷蔵庫の残り物でご飯が作れるし、苦手なルーティンワークもこなせるんですね。

性的なものについても「相手に合わせて楽しめる」ということも多いんです。

が、その受容力の豊かさゆえに「ほんまはイヤなんやけど彼がどうしてもって言うから仕方なく付き合ってあげる」という“犠牲”が生まれやすく、それも「彼が喜んでくれるなら」という愛情から頑張れるので、Kさんのような体験もしちゃうわけですね。

要するにKさんは女性性がけっこう豊かってことっすね。

で、これもまた女性性の話になるんですけど、でも、ちょっとネガティブな話です。

女性性って受容力が強いからというのもあるんですが「受身」になりやすいんですね。
相手に合わせられるのも強みだけど、時にはそれが弱点になってしまうわけです。

そして、女性性が豊かな分、感情だって豊かですから、その感情に振り回されやすくなるんです。

好きって気持ちに振り回されて嫌なことも我慢してやってしまう。
嫌われたくない気持ちが強いから相手に合わせて犠牲してしまう。
険悪な空気になりたくないから気持ちを我慢して笑顔を作ってしまう。

それで知らず知らずのうちに傷ついて、怒りを溜めて、何かの拍子に爆発しちゃうことになります。

女性性が豊かな人って明確な意志を持つことがないんですね。

「どっちでもいい」みたいな感じ。

与えられたものにYes/Noはあるけれど、自分から望まないみたいな。

そうすると相手が提案してきたことに「とりあえず嫌じゃないからいいよ」みたいな感じになるんですよね。

合わせることは得意だけど決めるのは苦手なので、どうしても相手が強い意志を持ってたら流されてしまうんです。

それが問題になることも多いです。

だからKさんのような事例ってけっこう多くて、「友達にちらっと言ったら『なんでそんなことできるの?』と言われて、やっぱそうだよな、と思うんだけど、彼が望むんだったら応えてあげたいと思っちゃって、イヤでも無理しちゃうんですよねー」的なお話はカウンセリングではよく出てきます。

「そのときはイヤだと思わなかったんだけど、後から冷静になってみたらすっごく気持ち悪くなっちゃって、なんで自分はあんなことしたんだろう?って自分を責めちゃうんです」というのもよくあります。

某N先生なんかは「そういうところってかわいいところなんだけどねー。でも、しんどいよねー。女性性が豊かなのも問題よねー」なんて思いながら聞き流しているわ(!?)わけですけれどね。

さて、私のブログにはよく「虎の穴育ち(はあと)」な筋金入りの武闘派女子がよく登場しますが、その一方で「お嬢」もよく来てくださいまして、Kさんと同じようなことをおっしゃってます。

>わたしの方は、親兄姉からの愛情を感じて育ち、何不自由なく大人になったという自覚しかありません。

それは幸せなことなので、良かったねー!という話なんですけれど、実はKさんの「わたしの方の問題は、何なのか?」というところを明らかにするにはもう少し情報を頂きたいのが本音です。つまり、今からは一般論を語るということを宣言しているわけです!

まず、「何不自由なく育った」という自覚はあくまで「当社比」ですよね。

「あたし、根本さんのブログによく出てくるような大変な環境で育った方とはちょっと違いまして、両親は仲良かったですし、よく面倒見られて育ちましたし、きょうだいもたまに喧嘩はしますけど基本的に仲良しですし、中学から私立に行かせてもらったので経済的な問題もなくて、よくある親との関係に問題があるってのに当てはまらなくて」という感じで話をされるわけです。

ところが、よくよく聞いていくと「けっこう親が教育熱心でめっちゃ塾に行かされてた」とか「それってけっこう過干渉じゃね?」とか「なんだかんだ兄の方が優遇されてるからあんたはそれが嫌じゃなかったん?」とか「弟は東京の大学に行かせてもらってるけど、あんたは親の希望で地元に残ったんでしょ?」とか「なんだかんだ男尊女卑っぽくね?」など、「虎の穴とは言えないけど、けっこうそれに近い環境で育ったみたいよ」なんてこともあるんです。

みんな自分が育った家が「ふつう」であり「標準」なので、明確な問題がなければ「何不自由なく育ったことにしちゃう」もんなんです。

ちなみに私自身も心理学を学ぶまでは「ちゃんと愛されて育ったし、やりたいことは何でもさせてもらったし、何不自由なく育った」と思っていましたからね。
でも、よくよく見て行けばいろんな思いを抱えながら育ってきたのです。

ということでKさんに対しても「何不自由なく育ったのは幸せなことだけど、そこにいろんな問題が潜んでいるかもよ?」という怖いことを言っておきたいと思います。笑

一方、ほんとに「何不自由なく育った」というケースもあるんですよね。

でも、だからって何も問題がないわけじゃないんです。

「家が温室だったら、外に出たときに寒風に晒される」なんて言いまして、家では平和で穏やかだったけど、外(学校とか)に出たら社会の厳しさを体感する、なんてこともあるわけです。

親に守られて育ったことは幸せなことだけど、その一方で、自分で自分を守る術を知らないから大人になったときに無防備になって大変な経験をしてしまう事例もたくさんあります。

例えば、かつてのクライアントさんに結婚詐欺に遭ってしまった方がいて、彼に何百万もお金取られてたんです。で、彼女はええとこのご令嬢として育ったので人を疑うことを知らず、すごく優しくて紳士的な彼にすっかり騙されてたんです。結局、彼が別件で逮捕されてそのことに気付いたんですが、一時は自死を考えるほど落ち込んでいました。

家で何不自由なくそだったがゆえに、男関係で不自由するみたいなパターンは意外とあるものです。

また、自分の家族が幸せだった分、なぜか恋愛対象にはそうじゃない家庭で育った彼を選ぶことも多いんです。

バランスの法則ですね。

それで親に言ったら反対されそうな素性の人を本気で追いかけてしまうこともありますし(それが反抗期の表れとも言える)、バラバラな家庭で育って愛情をあまり知らない人に尽くしまくって、でも、拒否されて傷ついたりすることもあるんです。

つまり、Kさんとその彼とはそういうラインで絶妙にバランスを取り合っていたのかもしれません。

今までもそういう方にはちょくちょくお会いしてきましたがブログではあんまり扱ってなかったですよね。

あるいはやはり虎の穴育ちの武闘派女子の方が目立つからですかね?笑

とはいえ、あくまで可能性ですのでKさんがどうなのか?についてはやっぱもう少し情報を頂きたいところです。

特に親に対して感じること、自分の育ちをどう思っているか?などについては正直な話を聴きたいところでして、例えば、表面的には親には感謝しかない、と言ってるんだけど、実は我慢してることがいっぱいあって頑張っていい子をしてきました!とか、自分が親から守られて育ったことにちょっとコンプレックスを感じている!なんてこともあります。

学校の環境等で「恵まれてることへの罪悪感」をしっかり抱えるようになった人もいるんです。

同級生の家庭はたいへんそうなのに、うちは平和でごめんなさい、みたいな。
周りはお金がたいへんなのに、うちはお金持ちでごめんなさい、みたいな。

そうするとその罪悪感が「自分を幸せにしない道」を示してくるんですよね。

それにまんまと乗っかちまうこともあるんですね。

でも、この「恵まれてることへの罪悪感」なんて言われたらそうかと思うけど、なかなか自分で気づくことは難しいです。

そして、気付いたとて「どうしたらいいの?」という話になることも多いのです。

彼の性癖から罪悪感の話に飛んできたんですけど、まあ、セクシャリティと罪悪感は非常に親密な関係があるものです。

Kさんが彼の願望を受け入れてしまうのも罪悪感からくる補償行為だとすれば筋が通ります。

「恵まれてることへの罪悪感」は「恵まれてることに感謝し、与える」ということで解消していきます。

恵まれていることを申し訳なく思うのではなく、特別意識に変えるのではなく、ただ感謝して受け取り、その恩恵を人々に与えていくんですね。

愛されて育った人はその愛を与えていくことが課題となるんです。

でも、「愛される」ということには慣れていても「愛する」ということはなかなか意識が向かないのでそこが問題になるんです。

「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『罪悪感と癒着の心理』
光の瞑想~疲れや罪悪感などを癒すイメージワーク~

また、今の親御さんとの関係にも注目したいところです。

親離れはどれくらいできているのか?つまり親とどれくらい対等なのか?という点です。

愛されて育った、何不自由なく育った場合、「大人」として自立する過程に問題が生じることも珍しくありません。

虎の穴育ちの武闘派女子たちは幼少期に早くも自立し、「自分以外はすべて敵!自分で自分を守るしかねえ!」とガンガンひとりで生きています。(まあ、それがまた問題になるんだけどね)

一方、何不自由なく育つと親がいつも助けてくれる、守ってくれるのでなかなか自立できなかったりするんです。そこに不安や劣等感を持つ方も少なくないです。

そうすると「一人暮らしして経済的には親から自立してるんだけど、精神的にはまだ親に依存してるところがあるかもしれない」という問題として出てきます。

ということで、怖いことばかりお伝えしてしまったかもしれませんけれど、まあ、ちょっとでも参考にしてもらえたらと思います。

そして、「恵まれた家庭で育っても、そうじゃない家庭で育っても、問題ってのは出てくるもんなんだよね~」という風に捉えてもらえれば幸いです。

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