「自分が感染して周りの人にうつしてしまったら申し訳ない」という思いは罪悪感なのか?愛なのか?



そこに「自分のことなんてどうでもいい。自分のせいで周りの人が苦しむなんて最悪だ」という思いは罪悪感と言えるでしょう。
でも、それは「愛」があるからこそで、「周りの人が苦しむ姿を見たくない!それなら自分が苦しむ方がマシだ!」ならば、それは愛なのかもしれません。(この言い方はちょっと犠牲的ではあるけれど)

ブログで、コロナちゃんが本来の自分を浮き彫りにしてくれるという記事がありましたよね。

それを読んだときは、「そうよねぇ、さすが先生…」とふむふむで終わっていたのですが、この数週間、罪悪感がわんさか出てきて、急に生きづらさを感じています。

その罪悪感は、「自分が感染した場合、家族・職場・見ず知らずの人にうつしてしまったら申し訳ない」です。

自分が感染したときの辛さとかにはまったく意識が向かず、相手に迷惑をかけたら…だけが強烈で、その間の自分はどこにいるのかが分からないのです。

自分がかかりたくないのは、人にうつす可能性があるからだと気づくことはできたのですが、「じゃあ私は?」と目を向けてみても、「いつどこでかかってもおかしくない状況。仕方ない」くらいなんです。

これって、自分を大切にしてないってこと?
私は持病があるため、普段から体調管理や予防には気をつけているけど、これさえも自分のためじゃなく、誰かのためなのか?が分からなくなっております…
そして、そんな状態だからか、職場では危機感を感じられない、もしくは「自分がうつるのはイヤだ」の人しかいません。

先生、罪悪感満載のとき、私はどこに行っちゃってるんでしょうか??
罪悪感を降ろしていきたいと思っているので、アドバイスいただけたら、うれしいです!
(Tさん)

>ブログで、コロナちゃんが本来の自分を浮き彫りにしてくれるという記事がありましたよね。

そう、これ

https://nemotohiroyuki.jp/everyday-psychology/34337

とか、これ

https://nemotohiroyuki.jp/everyday-psychology/34790

ですよね。

こうして「自粛!!!」となると、意識は「自分」、つまり、「内面」に向きますし、今まで蓋をしてきたり、あいまいにしてきたものと向き合わざるを得ないのが今の状況だと思うんです。

それでそれまで何となしに過ごしてきた夫婦が「コロナ離婚」の危機に陥ったり(もちろん、離婚することが悪いことではないっす)、仕事のやり方について深く考えさせられたり(「そんな毎日出社する必要なんてないべ?」「自分はやっぱりオフィスで仕事するほうが向いてるな」など)。

また、それ以外にも自分の思考パターン、行動パターンが如実に出てくると思うんです。

例えば、忙しかったり、他人軸だったり、刺激を外に求めていたりして「自分で自分を楽しませることを忘れてた」という方は、暇で暇でしょうがないかもしれません。

一方、多趣味であれこれ遊びの技術を知っている方は、これぞ幸いと釣りの仕掛けを作ったり、DIYしたり、畑仕事したり、洋裁に取り組んだり、料理の腕をあげたりされてるでしょう。

それから、人が好きな人は人恋しくて寂しいでしょうし、男好きな武闘派女子は体がうずいてしょうがないでしょうし、もともと不安が強い人は何かと不安になる材料を見つけてきては悶絶しているでしょう。

また、私のように根っからのワーカホリックさんは、この自粛ムードの中でも次々と仕事を生み出して忙しくしてるでしょう(涙)「仕事が趣味なんだね」としか言えないですね、ほんと(乾笑)

つまり、イヤでも自分自身と向き合う時間が増えるので、本来の自分の姿があぶりだされてきていると思うのです。

それは2,3月よりも4月、そして、5月のほうがより濃くなっていくでしょう。

だから、私は瞑想会やセミナーやセッションでいつも「自分を変えるチャンス」とか「本来の自分らしい生き方を実現するチャンス」という風にお伝えしています。

ほんと、お金の価値観も変わるし、働き方も変わるし、すなわち、生き方そのものが変わるわけで、そうすると、本来の自分らしさ(=ライフワーク)を実現するにはほんとチャンスだと思うんですよね。

たとえば、住む場所ひとつとっても「都心に住む意味がなくなったから、山梨か静岡あたりで物件探してる」「リモートワークで仕事ができることが分かったから、九州の実家に戻ろうと思う」「やっぱり都会が好きだから、手ごろな中古マンションを探し始めてる」という方々も出てきましたし、これからも増えていくでしょう。

私なんかも「やっぱり海は大事だなー」と壁に貼っている沖縄の海の写真を見てしみじみする時間が増えましたし、「いよいよ禁断の畑に手を出すか」とハマることが分かっているので遠巻きに見てきた土いじりに興味を持ち始めたり、「意外と出張がなくても幸せなんだな」という新たな側面に気づいたりしました。
(なんせ、1か月まるまる旅をしない生活なんて、いつ以来なんだろう?20年ぶりとか?)

生活スタイルなども、自分らしさが発揮されてくるんじゃないでしょうか?
朝型、夜型がはっきりしてきたり、
意外とお酒が必要がないって気づいたり、
逆に、お酒はやっぱり大事だと思ったり。

お掃除好きな人はマメに家をきれいにしているでしょうし、
モノ作りが好きな人はあれこれ作り出しているでしょうし、
部屋の模様替えに取り組んでいらっしゃる方も少なくないでしょう。

ライフワークを見つけていくときの課題のひとつに「好きなものを嫌いなもの、やりたいこととやりたくないことを書き出してみる」というのがあります。

嫌だけど仕方なくやってることはなかなか続けられなくなると思います。
たとえば、「ほんとうは外で働きたいけど、子どもができたから仕方なく仕事を辞めて家に入り、それなりに家事育児を頑張ってきたんだけど、やっぱり向いてないのよね」と思い知った方もいらっしゃるはずです。

一方、「満員電車に揺られて会社に行って仕事して、くたくたになって夜帰るのが当たり前だと思い込んでいたけど、ゆっくり家で仕事できるなんてほんとに最高だ。もうあの生活には戻れない」と実感している方も多いでしょう。

つまり、今の生活は「ほんとうのあなたはどんな姿をしているの?何が好きで、何がやりたい人なの?何が嫌で、何がダメな人なの?」ということを改めて教えてくれる時間だと思ってみるといかがでしょうか?

さて、そんな大前提な話をした上でTさんの話題に触れるわけですけれど、当たり前ですけれど、Tさんは今回の問題が持ち上がるはるか前から「罪悪感」が強かったんですよね。

元々罪悪感を強く感じていたので、「もし、自分がかかったら周りの人に迷惑をかけてしまう!」という風に表面化してきたんだろうと思います。

でも、このTさんのお話に共感される方って多いんじゃないでしょうか?

>その罪悪感は、「自分が感染した場合、家族・職場・見ず知らずの人にうつしてしまったら申し訳ない」です。

>自分が感染したときの辛さとかにはまったく意識が向かず、相手に迷惑をかけたら…だけが強烈で、その間の自分はどこにいるのかが分からないのです。

>自分がかかりたくないのは、人にうつす可能性があるからだと気づくことはできたのですが、「じゃあ私は?」と目を向けてみても、「いつどこでかかってもおかしくない状況。仕方ない」くらいなんです。

で、Tさんのお言葉。

>これって、自分を大切にしてないってこと?

もしかすると、、、自分よりも周りの人を優先してる/大切にしている、ということなのかもしれませんね。

ただ、それが「自分を大切にしていないか?」と言われると、その辺はちょっと微妙なんです。

もちろん、罪悪感が強くて「自分なんてどうでもいい」という思いを明確に感じられる方は「自分を大切にしてないから、もっと自分の味方になってあげようよ!」という提案がふさわしいかもしれません。

けれど、「大切な人が苦しむくらいならば、私が苦しんだ方がマシ」って思う方だって多いと思うんですね。

そこから「私がかかるのは仕方ない。けど、自分のせいでほかの人が苦しむなんて耐えられない」という風に思う方だっていると思うんです。

それって、、、愛、、、ですよね???

まあ、そもそも罪悪感があるってことは、愛もあるってことなんですけどね。

★その辺の話はこの本に詳しいぞ!!

「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)

ということは、Tさんは周りの人に対してとても愛が強い人だ、という風にも言えるわけです。

>先生、罪悪感満載のとき、私はどこに行っちゃってるんでしょうか??

という質問でございますけれど、確かにその罪悪感に意識が向いているときは、周りの人ばかりを見ている「他人軸」の状態なのかもしれません。
そのときは、自分が罹患することはあまり重要ではないように感じられるのでしょう。

優先順位としては「周りの人>自分」ですね。

でも、それはさっきも書いたように「Tさんの愛からだよね!」という解釈も成り立つわけです。

「自分を喪失してまで周りの人を心配する私って愛の人なんだなあ」と。

こういう意識を持つと「自分軸」になりますよね?

罪悪感を癒す、という意味では、そうした自分の思いや行動を「愛」から見ることで可能だと思うんです。

それくらい私は周りの人と愛しているんだな、という解釈をするわけです。

そうしてTさんの思いを「愛」をベースに見ていくと罪悪感は癒えていきます。

もちろん、純度100%の愛なんて目指さないでください。

今の私の思いの中には罪悪感だけでなく、ちゃんと愛もあるんだな、と意識してみてください。

「私は大切な人が苦しむ姿を見たくない。
 私は自分が原因で大切な人たちを苦しませたくない。
 それくらい私は彼らを愛している。
 それくらい私は愛がある。」

そんなアファメーションをしてみましょう。

そして、その「愛」を自分自身にも向けてあげてください。

「私は私を愛します。」

最後にこの言葉を付け加えてくださいね。

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*セミナーDVD『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』


今日の話を無料アプリのvoicyで音声でラジオみたいに聴けます!
 
「それは罪悪感なのか?愛なのか?」
 
★Youtubeの公式チャンネルでも同じ内容を公開してます!(チャンネル登録よろしくお願いしますー!)
 
https://youtu.be/10Rq3r8I9fs
 

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