神社のような静謐さの中で。


おそらく私が一番好きなお店のひとつ「千里山 柏屋」さん。自宅から車で10分ほどの住宅街にある料理屋さんである。

ここで妻と二人、「株式会社ココロノオフィス月例全社会議」を隔月開催している。

桜も散って新緑の季節を迎えるこの時期は「どの器にも新緑を意識しております」とのことで、初夏を思わせる料理の数々が供された。

織部の器に映える鰹の叩きに木の芽とこしあぶら。

子供たちでにぎわう我が家では仕事の話をじっくりする機会があまり作れないので、数年前からこういう機会を設けている。当然のようにシャンパンや日本酒を合わせたいところだが、昨今はそれが許されないほど多忙になってしまったので、相棒は烏龍茶である。

これから先の仕事の展開から、家族の話、自宅の話などふだんできない深い話をあれこれやり取りする。

妻からはいつも「本当にやりたいことは何?」「それって楽しい?」「何がワクワクするの?」と言った、ふだん私がクライアントさんに尋問のように投げ掛ける質問が飛んでくる。

きっとクライアントさんたちはこんな気分なんだろうなー、と思いを共有しながら頭の中を強制的に整理する。

このお店はいつも神社のような静謐な空気に満ちていて、あたかも精進料理を頂きながら身も心も清める境内にいるようである。

お陰でいいアイデアが浮かんできたり、未来への希望が沸いてきたり、当然ながら溜まっていた疲れが取れたり、気持ちも新たにできるのだ。

椀ものが珍しく2品目にやって来た。出汁好きな私にとっては早くもメインディッシュである。気の早い鱧は山口産だそうだ。蓬の胡麻豆腐は驚くほど繊細で添えられた柚子の皮の風味が本当にちょうどいいアクセントとして喉を通っていく。

私はついつい決め事を作ったり、人の期待に過剰に応えようとしたり、力業で何とかしようとしたり、ライフワークを生きようとしているにも関わらずどこかしらに無理を抱える癖がある。

妻にその辺を一刀両断してもらいつつ、そんなに頑張らなくてもいいか、と思わされるのだから、さながら妻は専属カウンセラーである。少々スパルタ気味なのはクライアント(=私)が強情だからかもしれない。

あおりいかと鯛の造り。私は造りに付いてくる松前醤油の大ファンで、日本酒を頂くときなどは別皿で醤油をお代わりしてしばし肴としている。

妻とのカウンセリングにて、自分の問題点や整理すべきことが明らかになり、本当に集中すべきものが何かが分かってくる。

八寸は珍しく木の板に載っている。新たに作ったものらしい。ふきを飾るふき味噌に、和え物の胡麻味噌。絶品としか言えない風味である。柏に包まれているのは穴子の押し寿司で、その手前には鰻がほどよい甘さでアクセントを加えている。

空豆にしてもふきにしても、絶妙なゆで加減である。

妻も話したいことがたくさんあるので、食事の間は話が尽きない。ほんとうはもっとこういう時間を作りたいのだけれど、お互いになかなか時間が取れないのがもどかしい。

鱒を焼いたものの奥に見えるのは卵ではなく、人参のしんじょうである。人参の上品な甘さが塩焼きされた鱒を引き立てる。

私たちは2人とももっと自由に生きたいと思いながら、ついつい何かにハマってしまう癖があるので、いかに自分とお互いを許し続けるか?が目下のテーマである。やりたいことを自由にやれるように、お互いできることをしていくわけで、それには経済力より何よりコミュニケーションが重要である。

炊き合わせは名残の筍が風味も濃く、思わず声が出てしまう。すっきりとした出汁も木の芽も春を謳歌しているように感じられる。

鯛飯に浅利のお吸い物。〆には間違いのない組み合わせであり、このあと2種類の甘味を頂いて閉幕である。

その頃にはすっかり神社で柏手を打ち、しゃんしゃんと鈴の音を聞いて祓われたような気分になっている。

次回の予約をして店を後にする。

お互いに新たな道標が明らかになったことが手土産である。


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