8月8日開催の「自分を輝かせるランチとグループセッション」のご感想をいただきました。ありがとうございます!!
「【キャンセル待ち】東京:8/8(金)11:30-17:00 自分を輝かせるランチとグループセッションの会」
根本さん、ご一緒いただいた皆様
いつもありがとうございます。
前回のチャペルでのセッションも凄く良くて、参加申込みました。とてつもなく濃厚な深い癒しの時間をありがとうございました。
このセッションの良さを箇条書きにてお伝えします。
・リトリートはデモセッションが全員には当たらないが、【チャペルでのセッションは、全員が当たる。深く取り扱っていただけること。】愛と癒しの深さが、リトリート並みにあること。人数が絞られているので、人数に対する場のパワーはリトリートがやはり上だと思います。
・場のつながり、流れに委ねて進むセッションの醍醐味は、【他の方のセッションであっても自分自身に刺さる】こと 続きを読む
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「寂しさ」は誰かに満たしてもらうものではありません。
自らの、内側から湧き上がってくる「愛」によって満たすものです。
他人はそのための触媒です。
誰かが、何かが満たしてくれるものではないのです。
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昨日は「手放し」のお話をしましたが、「手放し」が順調に進んでいると「寂しさ」がやってくるものです。これは良いプロセス。
とはいえ、「寂しさ」が好きな人っていないわけでして、ときには胸をかきむしるほどの寂しさに苦しむこともあるでしょう。
そういうわけでこんな本を書いて、セミナーも開催してきました。
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毎週月曜日(月4回)お届けしております、オンラインスクール「根本裕幸のメルマガ&動画で学ぶ、めっちゃ使えるココロの法則」。
根本の心理学講座(しかもちょっと高度な)を月額3,300円で視聴できるってめちゃくちゃお得だと思いません?
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ありそうでなかったランチ&グループセッションの会、神楽坂にて開催しました!
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/56212
最近お気に入りのチャペルの会場で、何をするのがふさわしいか?を考えたところ、やはり自分を輝かせるってテーマがいいよね!と思いついたのです。
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過干渉だったり、ヒステリックに支配してきたりする母を持つクライアントさんには「母の生霊が付いてますね」とおどろおどろしいことを言ったりします。
つまりは、母に支配されてきて自分を見失っているよね、といことで“除霊しましょう”とこれまた怪しいことを言うんです。ま、つまりは「手放し」なのですが。
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グループセッションや個人セッションで、そっとクライアントさんの斜め後ろに立つんです。
それで腕を組んで監視するような目で見るわけですね。
「うわぁ、すごくいやな感じ!」
すごくイヤそうな顔をしながらこちらを見ます。
それで次のようなセリフを口にするわけです。
「あんた、何してんねん。ほんまにそれでええと思ってんの?」
「またあんた、そんな服選んで。あんたにゃ似合わんて」
「もっとしっかりせぇよ。そんなんやから男の人も逃げていくねん」
「ほんま母ちゃん情けないわ。なんであんたはそんなだらしないねん」
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仕事で行き詰って先が見えないときに、そこにこだわって意地になってしまうと余計にその問題が長引いてしまいません?
それなら「同じ人間がやってることだから」とうまく行ってるところによりエネルギーを向けた方がより成長するし、視野も広がるのでは?
それがパートナーシップだったら、パートナーとよりラブラブになることを優先した方が、結果的に仕事の問題も早く解決するんじゃない?という話です。
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人生の主人公は間違いなく「自分自身」です。
そう考えたとき、みなさんはどんなドラマを描いて生きていらっしゃるでしょうか?
波乱万丈ネタまみれのドタバタ劇を繰り広げられている方もいれば、何気ない日常の中で静かな生活を送っている場合もあれば(たぶん、うちの読者にはほとんどいない)、日々、葛藤しながらも一生懸命たくましく生きているストーリーなのか?
そんな質問するとほとんどの方は「面白みのないつまんないストーリーのドラマで、観客動員数は限りなくゼロに近いに決まってる」などと思われるかもしれません。
いやいや、あんたにゃそう見えてても、実際は違うんですよ!と主張したい私がいます。
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いわゆるエリートと呼ばれる方々からよく「寂しさ」や「虚しさ」がテーマになります。
優等生として生きてきた裏に、自分が見捨てた自分がいるんです。
それは「処世術」として致し方がなかったことなのですが、表向きの成功と引き換えに、「絶望」「焦り」「不信感」なども人生に付きまとうようになるのです。
それに気づいたら、あのとき見捨てた自分を迎えに行く時なのです。
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エネルギー強すぎ問題については各方面で語っているのですが、最近の個人セッションやグループセッション、リトリートセミナーでも同様のテーマが流れておりますので、みなさまの参考になればとネタにさせていただこうと思います。(謙虚)
ほんとうに小さい頃、私たちは「自由」でした。
好きな時に泣き、好きな時にウンコをし、好きな時にハイハイし、笑うだけで喜ばれていました。
一説にはゼロ歳児も気を遣うみたいですが、それでも自由は保障されていました。
しかし、2,3歳になってくると周りはいろいろと私たちに望むことが増えていきました。
「この子に家を継いでほしい」という事情もあれば、「この子をアイドルにしたい!」というステージママ的発想とか、「やっぱり勉強頑張っていい大学に行って欲しい」とか。
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