あのとき見捨てた小さい自分を迎えに行く~優秀なエリートが抱える寂しさ、絶望感、不信感、罪悪感について~



いわゆるエリートと呼ばれる方々からよく「寂しさ」や「虚しさ」がテーマになります。
優等生として生きてきた裏に、自分が見捨てた自分がいるんです。
それは「処世術」として致し方がなかったことなのですが、表向きの成功と引き換えに、「絶望」「焦り」「不信感」なども人生に付きまとうようになるのです。
それに気づいたら、あのとき見捨てた自分を迎えに行く時なのです。

エネルギー強すぎ問題については各方面で語っているのですが、最近の個人セッションやグループセッション、リトリートセミナーでも同様のテーマが流れておりますので、みなさまの参考になればとネタにさせていただこうと思います。(謙虚)

ほんとうに小さい頃、私たちは「自由」でした。
好きな時に泣き、好きな時にウンコをし、好きな時にハイハイし、笑うだけで喜ばれていました。

一説にはゼロ歳児も気を遣うみたいですが、それでも自由は保障されていました。

しかし、2,3歳になってくると周りはいろいろと私たちに望むことが増えていきました。

「この子に家を継いでほしい」という事情もあれば、「この子をアイドルにしたい!」というステージママ的発想とか、「やっぱり勉強頑張っていい大学に行って欲しい」とか。

もちろん、2,3歳児にそんなことは言わないかもしれないけど、「ちゃんとしてね」「ここでは静かにしてね」「アイスばっかり食べないでね」「ママの言うこと聞いてね」みたいな要求は日常茶飯事だったでしょう。

そうするとママのことが大好きで、ママに愛されたい子どもは頑張ってその期待に応えるんですね。

「電車に乗ったときに静かにしてたらママに褒められたから、電車に乗ったら静かにしていよう」という風に学習していくわけです。

ほんとうは外の景色も見たいし、おしゃべりしたいこともあるし、気になるものも目に付くんだけど、ぐっと我慢です。

そうして幼少期に私たちは親の期待に応えるように頑張った分だけ、「素直な自分」を置いてけぼりにするようになります。

どうしたら親が笑ってくれるのか?
どうしたら愛してくれるのか?
どうしたら怒られないか?

そういうことばかりを考えるようになるのですね。

もちろん、それは「しつけ」という意味あいもあるんですけれど、単に親の気分で怒られることだってあるのです。

そうして私たちの「他人軸」な人生は始まっていくのです。

そのとき私たちの心の中では、「素直な自分」と「周りの期待に応える自分」が分離していくんです。

そして、その後の人生で、優秀な人ほどその分離が大きくなっていくのです。

親からの期待に応えるうちに、それは親戚のおっちゃん、おばちゃんに広がり、やがては学校の先生や同級生からも期待される人物になっていきます。

「この子はすごいぞー。いずれは医者か弁護士になるぞー」みたいな期待をかけられながら育つわけです。

そして、多くの方がどこかで挫折していく一方で、自分自身はその期待に応えて“成功”し続けることになります。

学校の成績も内申点もとても優秀で、親からすれば自慢の子であり、親族や先生方からも「期待の子」として成長していきます。

もちろん、その間も「素直な自分」とのギャップはどんどん広がっていきます。

けれど、褒められるし、期待されるのも嫌じゃないし、成績が優秀なのも鼻が高いし、周りからも「すげぇ」って言われますから、うれしいんです。

そのうち、そうして期待に応える自分がほんとうの自分のような気がしてしまいます。

周りの期待ってのは勝手に膨らんでいき、そして、その重圧は常に自分自身にかかり続けます。

挫折せずに競争社会をどんどん勝ち抜いていくわけですから、調子に乗っちゃう奴もいます。
それで周りからひそかに嫌われたり、いじめになったりすることもあって、それが傷になることもあります。

けれど、それすら活力に変えて「自分には勉強がある!」とより一層、成績を伸ばしたりするんです。

それで誰もが知る有名校や学部に入り、国試を取ったり、超メジャーな会社に就職したりします。

それは喜ばしいことなのですけれど、「素直な自分」からの分離はどんどん拡大していきます。

勢いで生きてる若い頃はそれでよかったのですけれど、年齢を重ねるうちにちょっとほころびが出て来ます。

また、人間関係は勉強と違って思い通りに行かないものですし、恋愛なんてその極地ですから、そっちのほうで躓いてしまい、そこで気づく方もいます。

「なんか虚しい」
「これでいいんだろうか?」
「これってほんとに自分がしたいことなのか?」
「じゃあ、自分は何がしたいんだろう?」
「自分って何者なんだろう?」
「あれ?もしかして寂しい?」

でも、そこで立ち止まれる人はあんまりいなくて、その思いを打ち消すようにさらにハードワークに走ることがたいていですよね。

そう気づいたことから「焦り」も生まれ、今まで以上に“生き急ぐ人生”になってしまうこともあります。

ハードワーカーの心理のひとつです。

優秀な人間が生き急ぐわけですから、さらに優秀になります。

そうするとその職場でも「期待の星」から「我が部のエース格」に成長し、「幹部候補生」として噂されるようになったり、「出世コース」に組み込まれたりするようになっていきます。

もちろん、そこでもそんな周りの期待に応え続けるんです。

「素直な自分」とのギャップはもう“絶望的なくらい”大きくなってしまいました。

ある人は「失恋」「離婚」で、またある人は「昇格せず」の一報で、さらにある人は「モチベーションの著しい落下」で、またある人は「病気・怪我」で、「なんかおかしい」と気づきます。

無視できないほどの違和感を覚えるようになるのです。

けれど、そこでも自分を顧みることなく走り続ける方もいます。
もちろん、その結果はより大きな挫折として現れるのですが。

だいたい30代くらいでそれに気づく方が多いですが、早ければ20代後半、遅ければ40代で分かっちゃうんです。

「これってほんとの自分じゃない」って。

でも、今更どうしていいのか分からないですから、敢えてそれを無視し続ける人が実は多いと思います。

けれど、そこには不安や焦り、虚しさ、寂しさ、惨めさ、疲労感などが満載ですから、そこからはほんとうにしんどい日々が始まります。

感情を感じると辛いからそれを抑圧して麻痺させる人もいます。

そうして、ロックマン/ロックウーマンが誕生していきます。

一方、そこで自分自身を見つめなおそうとされる方もいます。

そういう方がネットを巡ったり、chatGPTに相談したり、本を読んだり、Youtubeを見たりしているうちに根本さんのブログや本などに出合います。

そこに「自立系武闘派女子」「筋金入り」「一点突破全面展開」「女帝」「女性性と男性性」「ロックマン」「セクシャリティ」「うんこ」などの文字に出会い、「ああ!ここにわたしがいる!!」と気づき、沼にハマるのです。(その節はまことにありがとうございます。)

「ほんとうのわたしは今の自分じゃないかもしれない」

それに気づいたときの不安と焦りと怖れと絶望はいかがなものだったでしょうか?

幼いときに、そうせざるを得なくて、処世術として、「素直な自分」を見捨てました。

そして、他人軸になり、人の期待に応える人生で成功してきました。

挫折もなく、体を壊すことなく今まで生きられてきたわけですから、もってるエネルギーはものすごく強いです。そして、体も丈夫です。

※とはいえ、体やメンタルを壊してしまった方が「弱い」わけではありません。霊性などが影響している可能性がある(3次元に自分がなじめていない、など)ので、安易にそう決めつけないほうが良いです。

そして、そこまでエリートとして突っ走れてるわけですから、能力もすごく高いのは言うわけでもありません。

手にした栄誉、称号、収入、社歴、世間体なども非常に輝かしいものでしょう。

しかし、その一方で、自分を見捨ててしまい、自分自身とのつながりが切れてしまった分だけ「寂しさ、孤独感」は実は強くなります。

その寂しさ、孤独感を埋める、ごまかすためにみなさんがしてきたことって何でしょうか?

また、自分とのつながりが切れてますから何をしても「虚しさ」が出て来ます。
喜びを十分に感じられず、うれしいんだけど、そのうれしさは長続きしません。

そんな「自分の素顔」を遠くに置いちゃってますから「絶望感」も出て来ますし、そんな自分のことは信頼できませんから「自己不信」になり、それを投影すれば「他者不信」が出て来ます。

もちろん、おなじみの「罪悪感」は常に付きまといます。

でも、その「期待に応えられた自分」もほんとの自分なんですけどね。

それだけの能力を持っているのも間違いないですし、それだけの結果を出してきたのも自分自身です。

ただ、自分の一部を切り離してしまった・・・それも「自由」「無邪気さ」「喜び」「創造性」「天真爛漫さ」などを司る部分を、というイメージです。

だから、成功しても虚しいし、友達がいっぱいいても孤独だし、一人になるのが怖いし、アイデアが枯渇してしまうし、エネルギーがまわってない感じがするし、だから虚しいんです。

あのとき見捨てた自分を救いに行こう!

見捨てたことに罪悪感を持つ必要はありません。
あのときはそうするほかなかったからです。

そんなセッションを昨日も一昨日もやっていました。

そして、このテーマは私がとても得意とするものでもあります。
少なからず、私もそういう生き方をしてきましたから。

人によっては、見捨てた自分がたくさんいて、「割れたハートをかき集めてくっつけるワーク」という場合もあります。

3,4歳の、わたしが見捨てたわたしに会いに行きます。
近づいて、そばにいてあげます。
何も言わず、その子のぬくもりを感じ、また、その子の心に寄り添います。
その子が感じていること、を一緒に感じます。

ただそれだけでいいです。

会話も必要ありませんし、抱きしめたくなったら抱きしめてあげてもいいけど、大事なのはそばにいることです。

その子と一緒にいて、いろんな感情感じてください。

そうすると気持ちが和らいで落ち着いてきて、不思議な安心感がやってきます。

「つながり」が取り戻せると温かい気持ちにもなります。

そしたら、「一緒に行こうか」って手を引いて今の時代に戻ってきてください。

その子と一緒に生きていく。

そういう気持ちでいられたら最高です。

もし、そういうカウンセリングやセッションが必要だな、と思ったらぜひ会いに生きてくださいませ。

◎東京:8/9(土)11:00-18:00 1DAYリトリートセミナー~ライフワークやパートナーシップと向き合い、自分を深く知る1日を~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/56027

◎東京:9/13,14,15 ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/51398

「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)

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