彼を手放せるくらい愛せますか?(その2)


どうしたらそんな風になれるんでしょう?という問い合わせを頂きました。
今日は自分の体験も踏まえて、その境地に至るプロセスを紹介したいと思います。
すぐにできなくて当たり前ですからね。焦らないでいきましょう。

昨日のブログ(メルマガ)の記事「手放せるくらい彼を愛せますか?」への反響が今までで一番大きいんじゃないか?ってくらいで、びっくりしました。

「手放せるくらい彼を愛せますか?」

というテーマ。本当に成熟した「愛」の在り処を教えてくれる格言だと思っています。

実の母親と育ての母親が子どもの手を引っ張って「この子は私の子よ!」と主張し合っています。
真ん中にいる子どもは手を引っ張られて痛くて泣き始めました。
その時、その子が苦しむのはかわいそうだと言って手を放した一方の親。
それを見て「あなたが本当の親だ。子どもの痛みが分かる人だから」

こんな話聞いたことありませんか?

「この子は自分の子だ」という「欲」よりも、「この子を苦しませたくない」という「愛」を選ぶお話です。

手放せるくらい彼を愛せますか?ってこんなイメージなんです。


「成熟した」って言葉を何回も使っています。
「成熟」って「大人」って意味でもあります。

だから、まず、大人になることが必要です。

自分の足で立って生きられること。
自分の気持ちだけでなく、誰かの気持ちに思いを馳せられること。
自分の欲だけでなく、相手のために与えることができること。
その一方で、相手の愛を受け取ることができること。

私がブログ(メルマガ)で、セミナーやカウンセリングを通じてお伝えしているのは、実はすべてこのことなのです。
もちろん、私自身もそこを目指している最中なんですけどね。

昔々。私は妻と離婚の危機にあったんです。
私は離婚したくないと執着していました。
何とか彼女の気持ちを取り戻そうとあの手この手を尽くしていました。
でも、ある時ふと気づいたんです。
「これって結局、自分のわがままなんだよな。自分の欲で彼女をコントロールしてるんだろうな」
「自分は彼女を信頼していないよな。彼女は自分がいなきゃダメだと勝手に思い込み、1人では何もできないと決め付け、彼女をコントロールしてきたんだよな。彼女はちゃんと自分で考え行動できる人間なんだから、彼女の選択を信頼してあげなきゃダメなんだよな」

そこで「欲」を手放すことにしました。
彼女を自分の元に置いておきたい、という欲。
彼女を支配したい、という欲。

それは「彼女の幸せを願うこと」であり、「彼女を信頼すること」でした。
「彼女が幸せになるんだったら、誰と幸せになってもいいじゃないか。」
「彼女は自分の人生を自分で選ぶことできる。それを僕は信頼し、指示しよう。」
そう自分に言い続けました。
でも、全然苦しみは無くなりません。むしろ、余計に執着が強まります。

そして、気付いたんです。
「彼女が幸せになれるんだったら・・・」と「愛」を語ってるつもりで、実は犠牲していて、拗ねていて、自己否定していることに。
「俺といたって彼女は幸せになれねーし」と思っていたのです。

だから、方針転換します。
「彼女の幸せを願いつつ、自分も幸せになることを誓う」

で、気付くんです。
「彼女と一緒にいること」=「自分の幸せ」
だと思い込んでいることに。
それが執着心の正体なんだな、と思いました。
「彼女と一緒にいることは確かに自分の幸せだと今は思い込んでいるけれど、必ずしもそうじゃないんだよな。
彼女じゃなくても自分は幸せを感じられえるんだよな。自分次第なんだよな。」

でも、なかなか欲は手放せません。
どうしても「彼女じゃなきゃ」という思いが抜けません。
しかし、それでも「愛」を選び続けることにしました。
自分の欲ではなく、彼女の幸せを。そして、自分の幸せを。
そして、彼女の選択を信頼することにしました。
「彼女が何を選んでも、それを自分は支持する」と。

そして、ある瞬間にふと抜けました。
ある公園の入口の前を絶望的な気持ちのまま通り過ぎようとしたときに、本当にスーッと楽になりました。
自分でもものすごくびっくりしたんです。
あまりに不思議な体験だったので、公園の入口に何かあるんじゃないかと思って後戻りしてもう一度通ったくらいです(笑)
そして、状況は最悪だったんだけど、気持ちは物凄く楽になったんです。
自分がおかしくなったんじゃないかと思いました。

これが「欲」を手放した瞬間なんです。
言い方を変えると、離婚したいという妻を許した瞬間なんです。

それから堂々と彼女に言えるようになったんです。
「もし僕といて君が苦しむのであれば、僕は君を自由にしてあげる。離婚でも何でもしてあげる。」
嘘偽りない気持ちでした。
そして、すごく自然で、楽な気持ちでした。

でも、その時、彼女は「こんなに自分のことを思ってくれる人が他にいるだろうか?」と思い、私とやり直すことを決めてくれました。
それは子どもが生まれる前のことでした。

様々な人に助けてもらい、何度も自分を癒し、そして、この境地に至りました。
自分の欲に気付き、自分と向き合うことにしてから4,5か月はかかったと思います。

「手放せるくらい彼を愛せる私になる」ために、まずは自分の足で立つことが大事です。
彼に依存している状態だと「愛」よりも「欲」の方がずっと大きい状態です。

「彼じゃなきゃ私は幸せになれない」というのが「執着」であり「欲」の姿。

この状態にある方は、一旦、「彼」を切り離して、「自分」に意識を向けるところから始めていきます。

依存って自分を見失った状態ですからね。
自立して自分を取り戻します。

「私の幸せは何だろう?」
「私は何が好きなんだろう?」
「私はどんな魅力、価値、才能があるんだろう?」
「私の可能性はどんなところにあるんだろう?」
「私はどうしたいんだろう?」

依存の状態は主語が「彼」です。
自立すると主語は「私」になります。

自立すると「私」と「彼」の間に線を引くことが出来ています。
そうすると「対等性」が見えてきます。
「私の幸せ」と「彼の幸せ」を区別して見ることができるようになります。

しかし、「自立」の状態は相手を自分の欲でコントロールしたい状態。
だから、どうしても「彼の幸せ」=「私といること」と決め付けたいんです。

ここで更なる成熟性を求めます。
それが「相互依存」という世界。
自立の次の世界です。

これは可能性を無限に広げてくれる、成熟した大人の世界です。

この段階に来ると「彼が幸せになるんだったら誰が幸せにしてくれてもいいじゃないか」「もし、自分と一緒にいることが彼の苦しみだとしたらそれは私も幸せではない。だとしたら、彼を手放してもいいじゃないか」などの思いに至ります。

でも、もちろん、葛藤はありますよ。
自立した人に取って、これは負けを認めるに等しく、とても屈辱的かつ惨めなことだからです。

でも、自分のそうしたエゴよりも、彼の幸せを選ぶという勇気が奇跡を起こすんです。

もちろん、こんなところにすぐに来ることは難しいですよね。
今すぐにできなくても落ち込まないでください。それが普通なんですから。

それほどまでに彼を愛せる人を他人が放っておくでしょうか?
それほどまでに彼を愛せる人を彼が手放せるでしょうか?

でも、その時、あなたはこんな境地にいるんです。

「私は彼といてもすごく幸せだけど、他の人とでも幸せになれる」

幸せって、誰かに与えてもらうものではないんですよね。
自らが「感じる」ものなんです。
だから、どんな状況にあっても人は幸せを感じられるんです。

私の仕事は、こういう境地にクライアントさんを案内することだと思っているんです。
どうぞ、何でも聞いてくださいな。

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