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何らかの事情で強い罪悪感を持ってしまうと、それ以降の人生が罪悪感まみれになり、補償行為を連発して自分を幸せにしないようにするものです。
一番厄介なのは「幸せになってはいけない」という思い込みが習慣化していることで、その意識を変えることが最初の目標となるのです。
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もう2年ほど自分を見つめ直したりなんだりしてますが、最近、「いよいよ、これに向き合うべき時がきた」と感じていることがあります。
それは小学生のとき、同級生をいじめていたことです。
クラス全体でひとりの子を仲間外れにしたり、バイキン扱いしたりしていました。その子に聞こえるように悪口を言ったりしていました。
当時は無邪気だったのでしょうか、母の前でもその子の悪口を話すほどで、ある日母がたった一言、
「Sは、そんな子じゃなかった」と言いました。
母の硬い表情とその言葉がとてもショックで、すごく恥ずかしくて。わたしはなんでか過去の記憶があんまりない人なのですが、これだけはハッキリ覚えていて、忘れられません。
その頃は他にも
・同居してた大好きな祖母が病気で亡くなる
・姉が受験して落ちた第一志望の中学に、わたしは滑り止めで合格、しかも通うことになる
ということもあり、「わたしは人を傷つける人間なんだ」「いい子にならなければ」という考えが確立したような気がします。
振り返れば、中学以降の友人関係はドーナツ化現象、母の顔色が気になり、姉に遠慮してしまいがちです。
今のわたしは正義感が強く、困ってる人を放っておけません。やさしい、すてきな女性だと言ってもらえることが多いです。
でも、人生の中で、そうじゃない時があった。
それがずっと許せません。
後悔しても、しきれません。
自分がいい思いをすること、幸せになることが申し訳なく、ずるい人間に思えます。
結婚を考えてる彼がいて、とても大切にされていますが、受け取りきれずにいます。
素直に、笑って生きられたらいいな、と思いますが、自分の過去をどう受け止めたらよいでしょうか。わたしが幸せになってもいいのでしょうか。
(Sさん)
私のようなお仕事をしていると過去にやらかしてしまった方とお会いすることもありまして、Sさん同様、なかなかの罪悪感があって、自分が幸せになることを許せないって思い込んでいらっしゃいます。
心理学的な見方をすれば「罪を憎んで人を憎まず」ですから、過去の自分を悔い改めて今を生きているのであれば幸せになることはむしろ大事なことなのですが、過去の自分の過ちを“使って”幸せにならないように自分をコントロールしてしまうこともあるわけです。
でも、そういう風に過去に執着してしまうのもSさん始め、同志の皆さまのやさしさとも言えます。
本当は優しくて愛が深い人だからこそ、過去の過ちをずっと引きずってしまう、というわけです。
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さて、このような問題で非常に厄介なのは「自分は幸せになってはいけない」というルールをがっつり作り、それを頑なに守ろうとするところです。
「自分はズルくて悪い奴。そんな奴が幸せになっていいわけがない。」と自分自身をずっと牢屋にぶち込んでおくんです。
ちなみにSさんは懲役何年になりますでしょうか?
もしかして、自分自身に終身刑を与えるつもりですか?
こうした罪悪感というのは「誰かが自分を責めてくれたら気もすむのだけど、今さら人に相談しても『もう過去のことじゃん。』と許してもらえる」という状況なので、誰も自分を責めてくれないのならば自分が自分を責め続ける、というプレイに勤しむものです。
自分で自分を許さないと決めていて、自分で自分を罰し続けるわけですから、間違いなく自作自演なのですが、そこは非常に頑なでしょう?
何なら自分で「もう十分自分を罰したんだからいいじゃない!」と思おうとしても、即座に罪悪感に「は?あんたにそんなこと言う資格あるわけ?」と反発されてしまうものです。
だから、Sさんにとって大切なことはその自らが下した判断を覆すべく、幸せになることを決意するところです。
「私はもう十分自分を罰した。罪は償った。だからもう幸せになっていい。」
そういう許可を自分に出し続けることです。
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Sさんのようにいじめに限らず加害者のマインドを持ちますと、それ以降の人生を加害者(犯罪者)として生きるようになるものです。
光の当たる場所には出ないようにします。
楽しみや幸せを自分に与えないようにします。
そして、補償行為に勤しむようになります。
この補償行為というのは罪悪感がもたらすもので、本来の自分を隠し、過酷な懲役を自分に課すことになります。
自分は悪い奴だと思っているから、それを隠すために過剰に「いい人」になる。
自分は汚い奴だと思っているから、それがバレないように「清廉潔白な人」になる。
自分は過ちを犯したと思っているから、「正しさ」にこだわるようになる。
罪を償わなければという思いがあるから、人に対して過剰なサービスをしてしまう。
自分を罰するために誰かを背負い続けようとする。
すなわち、Sさんが書かれていた、
>振り返れば、中学以降の友人関係はドーナツ化現象、母の顔色が気になり、姉に遠慮してしまいがちです。
これがまさに補償行為と言えますし、
>今のわたしは正義感が強く、困ってる人を放っておけません。やさしい、すてきな女性だと言ってもらえることが多いです。
という点ももしかしたら補償行為の一種なのかもしれません。
優しくて素敵な女性であることは間違いないのだけど、それがちょっと過剰になり過ぎてる傾向はないでしょうか?
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さて、いじめの件で言えば、実際に同級生をいじめていたということよりも、母の一言が刺さりすぎて、それが罪悪感を高めているようにも思えます。
>「Sは、そんな子じゃなかった」と言いました。
このお母さんの言葉がずっと刺さっているわけで、そのお母さんの一言があまりにショックなので、それをずっと後生大事に抱えて生きているのかもしれません。
つまり、お母さんにそう言わせてしまったことで自分の罪を自覚するところまではいいのですが、それ以降、お母さんに二度とそう言われないように自分を戒め続けるようになっちまった、ということです。
だから、その罪悪感というのは「母の期待を裏切った」という思いもかなり多く含まれているのではないでしょうか?
だからこそ、母の顔色を伺うようになっただけでなく、思春期で非常に繊細なその時期に起きた祖母・姉の件も罪悪感として捉えてしまい、立派な罪悪感女として成長されたのかもしれません。
そして、それ以降の人生において各所にその罪悪感が顔を出し、何かと自分を幸せにしない方に導いてきたのかもしれません。
もちろん、それが単に自分を罰するだけでなく、恩恵も含まれているかと思いますが、まあ、それは受け取れませんよね。
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罪悪感が根付いていますから、自分を幸せにすることを避けて通るだけでなく、人からの愛や感謝も受け取れない自分になってしまいます。
仮に誰かに愛されたとしてもそれを十分受け取れず、時には受け取りを拒否してその人を遠ざけます。
だから「自分を許す」ということが大切なテーマになります。
この辺は本や動画に詳しいのでぜひがっつり取り組んでいただきたいところです。
「私はもう十分自分を罰したし、罪は償った。だからもう幸せになっていい。」
そんなアファメーションを日々繰り返し唱えてみてください。
始めはそんな風に思えなくても継続してもらえたら大丈夫です。
また、長年、罪悪感に基づいた生き方をしてきたので、それが板についてしまってる可能性もありますね。
だから、その罪悪感の影響を軽減していくために「感謝」を意識していきます。
人に対して、自分に対して、また、神様や目に見えない世界のものに対して「ありがとう」を意識していきます。
1日に10回以上、ありがとうを言葉にするようにしてください。
また、今まで自分を愛してくれた人、自分に関わってくれた人に対して感謝をささげることもしていきましょう。
もし、この儀式をやるのに神社等を使った方がやりやすければ日参するのもお勧めです。
あとはその人の罪悪感を見ながら「これくらいはやったほうがいいよね」ということを提案することが多いです。
例えば、何かのボランティアに参加する、募金を継続する、家をきれいに掃除する、写経をする、座禅の会に参加する、教会のミサに行ってみる、みたいな感じ。けど、これらは方法論が大事じゃなくて自分の心のあり方が大事なので、これらをやれば罪悪感が軽減されるとは限らない点、ご注意下され。あくまで個別論です。
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さて、罪悪感があると自分を幸せにしないように自分を罰し続けるということをするわけですが、やはり陰があるってことは光もあるということでして、罪悪感がもたらす光の部分についても言及しておきたいと思います。
結果的に補償行為となり、自分の心が喜ぶわけではないのですが、その行動を通して、感謝されることは多いものです。
また、うまく行かないことや失敗、燃え尽き症候群などの経験を得るのですが、それもまた学びでして、その状況を通じて得られる恩恵もたくさんあります。
そして、罪悪感というのは様々な荷物を自分に背負わせるわけですから、精神的に強くなれるのは間違いありません。
過酷な懲役によりメンタルが相当鍛えられるわけです。
さらに、才能という点を見れば、それだけ罪悪感に苦しんできたわけですから「許しの才能」を持つ人は多いんですね。
つまり、自分が誰かに許しを与える力を持つ、ということです。
これは非常に説明が難しいのですが、要するに「癒し人」になれると思ってください。
自分の存在が誰かを癒す人、です。
そうして罪悪感が逆に自らの才能を磨き続けてくれる面もあるのです。
だから、罪悪感というとどうしてもネガティブなイメージが付きまとうのですが、そうしたポジティブな要素だって拾い集めることができるわけです。
そのためにも「もういい加減自分を許す!」と心に決めることが大切なわけで、「罪悪感を言い訳にしない!もう幸せになる!」と覚悟を決めた分だけ、早く抜け出せると思います。
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またSさんのパターンを癒すには「いじめをしていた頃の自分と向き合う」というのもお勧めです。
当時の自分にお手紙を書くもよし、イメージワークを使うのもよし、向き合い方は色々です。
基本的に私たちは気分が良いときに他人をいじめようとは思わないんですよね。
そういうことをしてしまうということは、当時の自分が何らかのわだかまりを持っていたことが推測されます。
当時の自分を責めるのではなく、なぜそういうことをしなければならなかったのか?を理解してあげることも罪悪感から抜け出すことにつながります。
そうして当時の自分を受け入れていくことで罪悪感が自然と和らいでいくものですが、「罪を憎んで人を憎まず」という姿勢で向き合ってみることが大事です。
こうした部分については一人で取り組むとより罪悪感を強めかねませんからカウンセラーなどのサポートを受けながら進めていくのがお勧めではあります。
★罪悪感を癒すためにぜひ手元に置いといてください。
*「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『罪悪感と癒着の心理』
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