人に自分のことを真似されるのがすごく不快なんですがどうしたら気にならなくなりますか?



勝手に人が自分を真似るってのは気持ち悪いことなのですが、ちょっと見方を変えると「ああ、自分の偉大さを受け取ってないんだなあ」ということに気付けます。
だって自分が目標となるべき価値を持っているからこそ、真似されるんですよね?

根本先生、こんにちは
先日は、“社会への反発”についてお返事頂き、ありがとうございました。自分の中で整理することができました。

さて、今回なんですが、、また全然違う話で、とにかく真似をする人がいて、自分の感情のやり場に困っています。
以前は友達付き合いをしていましたが、今は、距離をとっていて、ただ、snsで繋がっているので、とにかく私と同じような投稿を繰り返すのです。

彼女は、私と同じ種類の作品を作っている作家なのですが、もともとは、全然違うタイプの作品だったのに、私の作るもの作るものに、似せた作品を投稿し、また写真も、私が“影がきれい”と投稿すれば、また日にちをおいて彼女も同じような写真を投稿してます

気にしないようにはしてますが、文面まで似せてきていて、ちょっと私の方が参ってきています。
一応、もう私の方ではミュートにしているんですが、たまにのぞくとそのような状態で、ドカンとやられるかんじ。。
たまにのぞかなければいいんでしょうが、結局のぞいてしまう自分もいるわけで。。

以前は、怒りもありましたが、今は、“またまたでました~”っていうのと、“あぁかわいそうに”とか、“あぁしんどっっ”てかんじではあります。

こういう場合、どこに感情をもっていくのがいいでしょうか?最終的には、なんとも思わない状態になりたいですー。
(Jさん)

よく「周りの人に真似される」というお話を伺いまして、けっこうそういうことってあるんだなあ、と思っているところです。以前もたぶんブログで答えてると思うのですが、探すのが面倒なので興味ある方はぜひサイバーポリスとして培った検索能力をフルに発揮していただければと思います。

Jさんの場合は作品とかSNSへの投稿とか文面とかですが、他にも髪型、メイク、ファッションというケースもありますし、SNS関連はやっぱり多いですね。

そんなときはぜひ「なぜ、真似されるのが嫌なんだろう?」と考えてみてください。

どんな感じがするのか?
なぜ、それが嫌なのか?
どうしてそれが気持ち悪く感じるのか?

「当たり前じゃん!」と思わずに、ぜひ。

奪われる感じがする、とか、自分が苦労して作り上げた作品なのに楽しよって!とか、自分のオリジナリティが損なわれるじゃん!とか。

また、自分の領域を侵犯されるような不快感を伴うこともあるでしょうし、それで相手の方が評価されちゃったらものすごく悔しいですよね。

とはいえ、私はよくカウンセリングなどでもモデリングと言って、お手本となる人を真似したらいいよ、とお伝えしてますし、うちのお弟子さんたちにも私のカウンセリングの手法とかブログの書き方とかウンコー!と連発するところとか真似したかったら真似してね!と伝えてます。

「そりゃあ、師匠の真似をするのはOKでしょ?その友達があたしの弟子だったら全然気にならないんだけど、勝手に真似してくるのが許せないのよ!」という気分になりますでしょうか?

実は以前からよく私のブログ記事を丸々コピペしてるとか、かなり似た文章をアップしてるとか、ある雑誌のサイトにも似た内容が投稿されてるとか、そういうタレコミを頂くことがあるんですね。

中には「安心して下せぇ。あたしが先方に怒鳴り込んできっちりシメときやしたんで」という武闘派らしいエピソードを添えてくださる方もいて、先方が心配になっちゃったこともありました。

今、当たり前のように宅配便が届くのも元々はヤマト運輸が苦労してそのサービスを拡充してきた歴史があり、それが当たると分かれば他の運送会社もこぞってその手法を真似ました。

しかし、やはりオリジナルは強いということで今も個人の宅配便ではヤマト運輸が最大手ですし、こぞって真似してくれた業者が多かったことからマーケットは拡大し、我々はその恩恵を授かっているわけですね。

こういう話はあらゆる商品に言えまして、化粧品でも、食品でも、サービスでも、システムでも、真似されることは名誉なこととすら言われています。

つまり、真似したくなるほど成功しているのであり、目指すべき目標であり、すなわち、名誉なことと言えるわけです。

もちろん、あまりに露骨に真似をした結果、裁判で訴えられるなんて事例もよくありますけどね。

さて、そういう前提に立てば、Jさんの作品や感性というのは非常に優れており、真似したくなるほど素晴らしい才能があるということを示しているのですが、その点についてはどれくらい受け取っていらっしゃるでしょうか?

目標にしたくなるほど素敵な人だし、憧れの存在、という自分の価値をどれくらい受け入れていらっしゃるのでしょうか?

まずは、この視点に立つことが重要ですし、それはリーダーシップの問題として扱うことができます。

すなわち、自分の価値や才能を認めておらず、自己肯定感も低めじゃないっすかね?という風に捉えることができるわけです。

「真似されるくらい素晴らしい作品を作っている」という自覚が少々足りないんじゃないかと思うわけです。

「いやいや、あたしはそんな実力ないし、そんな才能あったらもっと社会から認められてるはず!」と反発したくなるかもしれませんが、そう思う時点で、自分の価値や才能を受け取ってない証拠だし、かつ、自分の客観的な評価を低く設定しすぎてることがよく分かるのです。

インフルエンサーと呼ばれる人たちが登場して長いのですが、彼女たちは自らがモデルとなって、多くの人に真似してもらうことを目的としてますよね?

でも、中にはインフルエンサーになろうとしてなったわけではなく、自分が好きなことをやっていたら勝手にインフルエンサーとして認知された方々もいらっしゃいます。

「あ、そうか。あの子にとってあたしはインフルエンサーなのか」と自覚するだけでも良いかもしれません。

そうして、自分が創り出す作品や文章の価値を認めていくと「そりゃあ、真似したくなるよねー」という風に理解することができますから、「何とも思わなくなる」だけじゃなく、むしろ「真似してくれてありがとう!」と感謝すらできるようになります。

それを許可を取って真似するんじゃなく、勝手に真似してる状況を見るに「ああ、彼女、自分らしい作品を創ることが苦手なんだね。彼女もまた自分に自信がないんだ。」という風に理解できるでしょう。

つまり、盗作しなきゃいけないくらいオリジナリティの創出に困っているから勝手に真似するわけですよね?

そうした心理が理解できると「頑張って!」と応援したくなる気持ちすら出てくるかもしれません。

例えば、オリジナルは別にあって二番煎じでバカ売れするケースもあり(著名なところではマイクロソフトがよくその手法を使ってるなんて言われてますね)、それはめちゃくちゃ悔しい気もするのですが、それすら、自己肯定感が高ければ「しょうがないねー。相手はセールスがうまいもんなあ」とその価値を認めることすらできるようになります。

自己肯定感が高いということは、自分は何がしたくて、何を目的とし、何のために創作をしているのか?について、明確な答えを持っているということです。

そうすると自分の作品を真似してくれる人に対して競争心を持つこともなく、自分は自分、という軸が確立していますから、真似されたとしてもなんとも思わなくなります。

むしろ「販路を広げてくれてありがとう」くらいなことを思うかもしれません。

もちろん、そんな境地に至るには、よほど自分の作品に対して思い入れがあり、そして、自分らしい作品を創作することに全力を傾け、そして、そんな自分自身を大いに愛している必要がありますから、なかなかたどり着けるものでもないんですけどね。

ということで、ここでJさんが意識したいことは、より自分の価値や才能を認め、自分の作品に自信を深めていくことです。

ここをもう少し心理的に解説すると、オリジナル作品であるJさんの創作には出来上がった作品の裏側に様々なストーリーが含まれていると思うのです。

自分がその作品に込めたメッセージだったり、思いだったり、また、葛藤や苦労だったり、試行錯誤だったりと言った深みが含まれているはずです。

いわば「深い思想」がJさんの作品には込められていると思うのです。

しかし、そのJさんを真似した作品にそうした思想までが含まれていることはあまりないはずです。

それは見る人が見れば分かるレベルで表出しているでしょう。

「創作」というのはただ出来上がった作品のみならず、その背景にある「思想」まで含まれていると考えるのであれば、表面的に真似することはできても完全にコピーすることは難しいと思います。

例えば、私のブログをほぼ丸コピした記事をアップしている方がいらしたとして、その方が私の書く文章の裏側の思想まで理解しているとは到底思えません。

コピペして手を加えたのであれば形式だけ真似したところで、なぜ私がそこで「ウンコ!」という一言を入れたのか?については説明ができないんです。

そう、私が各地で発するウンコ!にはちゃんと思想があるんです。(ほんまか!?)

ということで、表面的に真似されたとしても何らオリジナリティは損なわれることなく、Jさんの作品はちゃんと生きてることになるのです。

だからもっとご自身の作品に自信を持ち、創作活動に打ち込み、かつ、ご自身の価値や才能を受け取っていくことをお勧めしたいのです。

創作活動を生業とされてる方がご自身の才能や価値を認めにくい環境にあることは、私もちょっと似たことをしているのでよく分かります。

私は「座標」という言葉をそこで良く使うんですが、自分の立ち位置というか、業界内でのポジション(座標)が分かりにくいんですよね。

だからこそ、売上とかフォロワー数とかいいね!の数とか他人からの評価で自分の座標を定めようとするんですが、そうすると「他人軸」になりやすいわけですね。

他人からの評価によって生計を立ててることは間違いないのですが、その評価に依存してしまうと自分の座標を狂わせてしまうという問題が生まれるんです。

もちろん、その他人がする評価によって自分の価値(分かりやすく言えば価格)が決まってしまうのですから。

ここが何とも難しいところですよね?

だからこそ、創作するには「思想」が大事だと思うんですよね。

なぜ、自分はこれをやっているのか?
何のために創作をするのか?
なぜ、それが好きなのか?
自分は何を届けたいのか?

そう、全部自分軸です。

つまり、自分軸に立ち戻る時間をきちんと作ることこそ、大切ではないでしょうか?

まあ、創作に没頭している間はかなりの割合で自分軸かと思いますけどね。

この辺はとても繊細で難しい問題ですが、自分軸が確立され、創作者としての自己肯定感があがっていけば、真似されることに対して何とも思わなくなりますよ!というお話でした。

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人に真似されるのがすごく不快で嫌なんです。


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