オナニー後にすごい嫌悪感でいっぱいになってしまう!!~自分をもっと深く愛するチャンスとして捉えてみる~



オナニーに罪悪感が伴うのはけっこうあるあるなテーマで、そこには性的タブー、性的抑圧などの問題があるものです。
さらに、性器って自己嫌悪のシンボルなので、オナニーをすることでその嫌悪感が出てくることも多いのです。
だから、テーマは「自分を丸ごと愛してみよう!」なのです。

昨年から根本先生のブログに出会い、日々救われ、つい最近もセミナーやセッションなどでお世話になりました。本当にいつもありがとうございます!
実は子どもの頃からの疑問なんですが…オナニー後にものすごく嫌悪感でいっぱいになります。
毎回ではないですが時々、特にイくのに失敗して途中でやめた時と、あとなぜかオナニーでもなくトイレでお尻の辺りを何度も拭いた時です。
特定の場所なので、なんかこの辺りに罪悪感ボタンでもあるのかしら⁇と、体やホルモンの構造上の問題かと思い何度もググりましたが、全く答えに辿りつきません。(オススメAVが上がってくるばかり…)
「賢者タイム」が近そうな気がしますが、どうもそれとも少し違うようです。
罪悪感の大波というか、性的なこと全部に対するすごい嫌悪感です。時間は長くは続かないですが、なかなか強い感情?感覚?なので辛いです。
私はアラフォーですがずっと実家なので、そういうことがやりにくい感覚は昔からあります。あと、想像するのは実際のセックスじゃなくてAVや風俗的な内容です。
ちなみにセックスのあとはその感覚は感じません。セックスでイったことも多分あります。
どうしたらいいでしょう。。
(Sさん)

ほぼ毎日のように書いてる記事を並べてみるとそのラインナップに統一性ならびに一貫性がなく、落ち着きのない筆者の特徴をまことによく表しているなあ、と思っているところです。

何でもごっちゃ混ぜした闇鍋みたいなブログですね。ええ。(ドヤ顔で)

しかし、読者の皆様はどんな風に読んでいただけてるんでしょうか?
興味のあるタイトルだけ見てみるのか、それとも毒を食らわば皿まででとりあえずどんな内容でも目を通されるのか、とても興味深いところです。

ということで今日はオナニーのお話です。
昨日の記事とのギャップがまた素晴らしいです。
ということでギャップ萌えでもしていただけると幸いです。

「オナニーすることに罪悪感や嫌悪感がある」というのは実は非常に伝統的かつ王道なご相談でございまして、何かの折に出てくるあるあるなお話です。

なので、ちょっと大きな話から始めていこうと思います。

オナニー(自慰行為)に罪悪感や嫌悪感が伴うのはやはり社会的な風潮として性的なものがタブーとされてるところにひとつ原因を認められます。

かつては「テレビでラブシーンが流れると茶の間の空気がフリーズする」とか「母親が即座にチャンネルを変える」なんてことが伝統行事のように粛々と行われてきたのですが、最近は家族そろってテレビを見るとかなくなってきてるので、あんまりそういうことはないのかな?

とはいえ、相変わらず性に関しては秘めたるものとして扱われることも多く、それゆえ、そうした環境の中では「性欲を持つこと」ということに罪悪感がセットで付いてくるようになります。

「いけないことをしてる」という感覚です。

特に性的目覚めが早く、保育園時代から密かにオナニーの喜びを知っちゃっていて、しかも、それが母親にバレて猛烈に怒られたりした場合など、「性的喜び=めちゃくちゃ怒られること=めっちゃ悪いこと」としてインプットされます。

また、まじめな性教育を受けてしまうと「汚れた手で触ってはいけない」とか「ちゃんと洗わないと病気になる」みたいな話が入って来るので、ちょっと怖くなったり、潔癖になったりしてますますセンシティブになっちゃいますね。

さらに、性的な成長というのは大人になっていく上で非常に重要かつ象徴的かつ自然な流れなのですが、それを歓迎するというよりも「気を付けなさい」的な注意事項が上から降ってきて警戒心(=怖れ)を煽るような状態になります。

そういう環境的な要因が大きいので、男女問わず、性的興味については秘めたるものになっていきます。

「性欲が強い」「性的興味がある」ということがとても悪いことのように思われるんですね。

また、女性の場合は生理が始まる頃から「汚い」「くさい」といった印象を性器に対して持ちますから、その汚い部分が快楽をもたらしてくれるところに複雑な感情が形成されます。

だから、Sさんがお尻をガシガシ拭いたときにも嫌悪感が出てくるのはそうした「汚いモノ」という意識がその周辺にあるのかもしれません。

つまり、「汚いものに触れる」ということで罪悪感が発動されるような感じかな?

とはいえ、いただいた文面だけで判断してるので実情と異なるケースもあり、「どんな感情が出てくるの?」的な質問を介さないとはっきりしたことは言えないので、ここは参考程度に留めておいてくださいませ。

さて、そうした性的興味や性的興奮に対して罪悪感を覚えるのは環境要因がとても大きいと思っていて、性に対してオープンな家庭で育ったり、「オナニーは女のたしなみなのよ」と母親に言われて育ったりした方はそういう感情は全然持たないと思います。

なので、こうして性的嫌悪感や罪悪感については家族の事情が大きく影響してきます。

オナニーがタブーであれば実家暮らしの方はすごく気を遣うのもそういう理由ですね。
(ちなみに私のクライアントさんで、30を過ぎて一人暮らしを始めた途端、オナニー中毒みたいになってヤバい、というガチな相談を頂いたこともあります。親の性的抑圧が非常に強かったのでその反動ですね。)

Sさんが「イくのに失敗して途中でやめた」ときに特に罪悪感を覚えるのは、イったときは性的な喜びや充実感、達成感などの方が罪悪感よりも上回っているからかもしれません。

ただ、

>罪悪感の大波というか、性的なこと全部に対するすごい嫌悪感です。

というほどの感情が襲ってくるということは、ほかにも何か理由があるのかもしれませんね。
ものすごく禁欲主義な時代があった、そういう家庭だった、性的嫌悪感を強く持つきっかけが何かあった、等々考えられるのですが、あくまで推測の域を出ませんね。

ただ、一般的には「オナニーでイキそびれたから罪悪感を覚える」と見るよりも、「元々あった強い罪悪感がそれがきっかけで出てきた」と見るので、Sさんの中に元々あるものだろうと思います。

>あと、想像するのは実際のセックスじゃなくてAVや風俗的な内容です。

ということですから、やはり何かしら性的なものに対して罪悪感なり、嫌悪感なり、タブー的なものがあるんだろうと推測されます。

AVや風俗的な内容を想像しているときにどんな感情が出てくるのかを一度チェックしてみるといいでしょう。

そこにイケないことをしてるような背徳感とか罪悪感とかがあって、自分はそんな汚い女なのよ、めちゃくちゃ汚れてる女なのよ、と感じることで性的興奮が掻き立てられる可能性もあるんです。

例えば、思春期の頃にちょっと悪いことをするとそれが背徳的な刺激となってうれしくなったり、ちょっと悪い男の子に惹かれたりするのは、そうした「悪いモノ」に対する憧れがもたらすもので、親や先生の言うことをよくきいてる優等生・いい子タイプの方に案外あるものです。

ちょっと悪いことをすると、それが刺激になりますよね。
その罪悪感がほど良い刺激となり、それが快感だったり、興奮だったりを作り出してくれるのです。

もちろん、その刺激に夢中になるとどんどん強い刺激を求めてしまうもので、その結果、より悪いことをし始めたりもするんですけどね。

この辺が罪悪感という感情のややこしいところです。

なのでー、少なからずSさんの中に性的なものに対する罪悪感が根付いているのかなあ、と思われるわけです。

そして、自分が性欲が強いとか、オナニーが好きだとか、性的快楽がたまんない!みたいな思いと比例して罪悪感も強くなっているのかもしれません。

で、前述のようにオナニーって自己嫌悪のシンボルである性器に触れる行為ですよね。
男性と違い直接目にすることがない性器に対しては非常に強い嫌悪感を持つものです(つまり、想像の中で観念が作り上げられているもの)。

だから、今はどうか知りませんが、かつてはアメリカでは「手鏡を使って自分の性器を直視して受け入れ、愛するセラピー」がふつうに行われてたそうです。
そうして自分自身を愛する、受け入れる、女性であることを受け入れる、愛する、ということをしていたそうです。

すなわち、女性性の解放、許しをやっていたわけです。

アメリカですらそんなセラピーが必要とされてたわけですから、性的タブーが強い日本人にも役立つものかもしれませんよね。

なので、オナニーというのは性的な喜びをもたらしてくれるものであると同時に、自己嫌悪のシンボルを愛する、という重要な意味があるのです。

私があちこちでオナニーを推奨しているのはそのためで、自己嫌悪を癒すために自分が最も嫌悪する部分を愛することってすごく意味があると思いません?

自分の体の一部を汚いものとして嫌悪したり、触れるのも気持ちが悪いと放置していたりしているとしたら、、、それってたぶん体だけじゃなく、心の中でも起きてるところですよね?ね?

さらに、その思いを投影するとしたらパートナーはもちろん、他人に対しても同じようなことしちゃいませんかね?ね?ね?

ってことなんです。

「自己嫌悪している部分を愛せない」のは何も性器に限ったことではなく、自分の性格や考え方でもそうだし、それを他人に投影もします。

だから、「自分を愛する」という意味でオナニーってすごく大事なんです。

しかも、性器というのは自己嫌悪のシンボルであると同時に、女性のシンボルでもあります。(男性ももちろんそうですが)

そうするとオナニーって「女性である自分を愛する」という行為にもなるのですね。

だから、性的快楽を求めるだけでなく、自分を愛するために推奨するわけです。

「自分を丸ごと愛するレッスン」として意識してみてもいいかもしれません。

それでカウンセリングでも「オナニーをしろって言うわけじゃなく、ちゃんとそこに触れて愛してあげる、丁寧に扱ってあげるってすごく大事なんすー。ということで今日からやってみてね!」と課題を出すんですな。

ということでSさんや同じ思いをお持ちの同志の皆さんにお伝えしたいことは、そういう心の仕組みを何となく理解した上で「オナニーって大事なんだー。すごくいいことなんだー」と思っていただければどうかなー、と思います。

「すっごくいいことしてる!これでセクシャリティも解放されるけど、女性性もすっごく花開くよー!!」と思ってみてね、ということですが、もし、それに抵抗があるなら、テーマは一気にそっちになるんです。

女性性とセクシャリティにカギをかけてませんかー?という。

さらに、その罪悪感もちゃんと癒してあげることができるので、自分なりにテーマを持って向き合ってみるといいと思います。

そのカギは「性的なものに対して罪悪感をどれくらい持っているのだろう?」という視点で心を見ていくことですし、「親との関係で性的な抑圧をしてきていないだろうか?」「性的欲求に対して自ら蓋をしてきてないだろうか?」という問いかけをしてみることです。

そうすることで、たぶんその感情は癒えていきますし、なんかヤバそうなものが出てきそう・・・ってならカウンセリングも利用してみてくださいませー。

◎女性性とセクシャリティを解放する3時間ワークショップ
 東京:8/28(土)13:00-16:00(キャンセル待ち)
 東京:8/29(日)13:00-16:00(キャンセル待ち)
 大阪:9/5(日)14:00-17:00(まもなく満席)
 オンライン:9/18(土)13:00-16:00(まだまだ余裕っす)
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/40806

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*心理学講座動画:『悪感と癒着の心理』


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性的嫌悪感を越えて自分を愛する。
 


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