恵まれていると思っている自分の中に潜む闇のような心とどう付き合っていけばいいのか~幸せな私と悪魔な私~



自己否定的な自分を見つけるとなんかホッとすることありませんか?
一種の自傷行為に当たるんですけど、それは心の中にある闇の部分が顕在化したものかもしれません。
私たちの心の奥底に潜む闇の話を今日はしてみようと思います。

こんにちは。
根本先生のYouTube聴いたりブログ読むほど「素直な自分になりたい」という想いが強くなります。
そこで質問なのですが、自己肯定感の棚卸しとして自己否定的な感情を書き出すのはアリでしょうか?

昔から私は残念なことになってしまった人(スミマセン)借金だらけで呑んだくれてる人とか、人に迷惑かけても自堕落なまま生きる人とか、自分の妄想の中に生きる人とか、とにかく人にまともに相手されない人を映像とかで見ると、自分のことのように胸がキリキリして強く共感します。
同情とかではありません。
文字通り「ああ、この人とわたしは同じだ」と感じるということです。

私は客観的に見たら恵まれてる方だと思います。
容姿や学歴、仕事、パートナーなど。
上の癖を時々友達やパートナーにそんな映像を観てる時などに軽く言うと「何言ってんだか」と理解されません。
友人達にはどうやらそんな気持ちは一切無いようです。

それは癖のようなもので、まぁとくに気にしてなかったのですが、根本先生の本のワークなど通して、上記は投影でわたしは私のことをずっと本当はそう感じていて、それは今も進行中だということがわかりました。

だからほんとは自分をどう感じてるのか書き出したら、「価値がない」「醜い」「下品」「低俗」など出るわ出るわで。
しかも終わらないのです。
一旦スッキリしても、また数日、数カ月後にはこの「膿み」のような自己認識を確認せずにはいられません。

昔「ほめ日記」をやってたことがあり、その本には決して自分を否定する言葉は書いてはいけないとあり、イケナイことをしてるのかなと気にはなってます。

でも、自己肯定感をあげるにはまずは「本当は自分のことをどう感じてるのか?」というのを知ることが必要に思います。

ですが根本先生の文や他の方の自分との向き合い方のハウツーにも、希望や「私はどうしたいか?」などのポジティブな側面に光を当てるアプローチで、私がやってるのは少し危ういのかなとも思えたり。

また「御恨み帳」は他人への恨みつらみで、自分への攻撃ではないと思うので。

では何故わたしがこの自己攻撃と紙一重なネガティブな自己認識を確認する作業を時々やるのかと言うと、感情的にまろやかになるといいますか…やった後に肩の力が抜けて楽になる感覚があるからです。

根本先生のご意見いただけたら幸いと思い失礼しました。
(Yさん)

Yさんの友人にはあまりないのかもしれませんけど、一般的にはけっこうあるあるだと思いますよ。

Yさんもおっしゃってるように、自己否定・自己攻撃的な部分に目を向けると気持ちが落ち着いたり、ホッとしたり、「感情的にまろやかになる」ということがあるんですよね。

ああ、やっぱり自分はダメな人間なんだ、自分は醜くて下品な女なんだ、と思うことでなぜかホッとする、というか。

これってたぶん一種の自傷行為なんです。
あ、別に驚いたり、引いたりする必要はなく、誰もが多少なりともヤってることなので、ここは「ふーん。そうなのか。なるほど」と思ってみるといいです。

似たようなことを挙げれば「ついつい甘いものがやめられなーい。あとで自己嫌悪するのにー」とか「二日酔いが、、、、ひどい、、、うぷ。気持ち悪い、、、」とか「今日はあまり仕事できなかったから自分に罰を与える」とか。

あと履歴書に「趣味・特技:自分いじめ(はあと)」とか書いちゃう人もたくさんいまして、何かと趣味に勤しむ方も珍しくないですねっ!

また、自分と向き合うアプローチにポジティブなものが多くて、ネガティブなものがあまりないのも危険だからというのもあると思います。自傷行為を勧めるのってどうかと思いますし。

ただ、御恨み帳は書いているうちに自分に怒りが向いて、自己否定、自己攻撃的な言葉が出ることもよくありまして、「それは別に構わんよ」とお伝えしてます。

御恨み帳は感情を吐き出す場所なので、ネガティブな思いがあるならばそれを出しちゃった方が楽になりますからね。

で、自己肯定感的に見れば、ポジティブな自分もネガティブな自分もありのままに受け入れようっていう方針なので、自分の中に極悪非道な奴が住んでたとしても「まあ、それが今のあたしだもんねー」と肯定することをお勧めしてます。

>だからほんとは自分をどう感じてるのか書き出したら、「価値がない」「醜い」「下品」「低俗」など出るわ出るわで。

こういう自分が出てきたとしても、「そっかー。自分のことをそういう風に見てる自分もおるんやな」と思っておくのが良いんですなー。

こんなひどいこと思ってるなんて!ショック!最低!とか思っちゃうと「自己否定×2」になっちゃうので。

そして、そういうネガティブな思いを持ってる自分のこともちゃんと知ってらっしゃるわけですから、Yさんはすでにかなり素直な人だと思いますよ。

で、そうした自己否定的な思いが顕在化することを私は「アンダーグラウンド」って呼んでます。

参考)ココロのアンダーグラウンド(1/3)~表社会では処理し切れない、行き場のない思いがたどり着く場所~

ということでYさんの身に起きてることって誰にでも少なからずあるものよねー。きっと友人たちも違う形で何かあると思うよー。という話をしたのちに少し掘り下げてみることにしましょう。

さて、先日この記事を書きました。

「良い人・悪い人・正しい人。心の層から読み解く心の仕組み」

そのときの解説図がコレ。

まさかペンタブで適当に書いた図を2回も使うことになるとは驚きなんですが、この図を見ていくとYさんのその心の「膿み」が理解できるようになると思います。

再び引用するんですけど、

>だからほんとは自分をどう感じてるのか書き出したら、「価値がない」「醜い」「下品」「低俗」など出るわ出るわで。

という思いはどこに当たるか?というと、「良い人」の裏にある「悪い人」の仮面ですよね。

だから、もしかするとYさんはふだんからけっこう頑張って「良い人」を演じられてるのかなあ、と推測しちゃうんですけどどうでしょうか。

ちょっと背伸びしてる、というか。

>私は客観的に見たら恵まれてる方だと思います。

こういう思いは全然素敵なことだけど、逆にそれがプレッシャーになってるところってないかなあ。

自分の弱さを出すとか、自分の悪いところを許してもらうとか。
周りの友人たちもまた良い人ばかりだと、なかなか悪人の部分は出せませんよね。

で、そこからもう一つ言えることがあるんです。

そのYさんの非常に強い自己嫌悪・自己否定が「心の痛み」の層から出てる、という見方。
だからこそ、表では「正しい人」を装い、頑張っちゃうのかもしれません。

なので、機会があればじっくりとYさんの今までの人生を聴いてみたいなあ、と思うわけです。
何があったのか。
あるいは、なんもなかったのか。

前回の記事ではあまり触れませんでしたが、この「心の痛み」の層の中には非常に多くのネガティブな感情が痛みと共に眠っているものです。

この痛みの層の深いところにはまさに東京湾に沈むヘドロのように深く堆積してしまっているものもあって、その中では様々な自己否定的概念が存在しています。

「私は悪魔だ。人を不幸にする。消えていなくなった方がいい。」
「私は奴隷だ。人格もくそもない。野垂れ死ぬまで酷使されるべきだ。」
「私はものすごく醜く、周りに悪臭をまき散らすゴミのような人間だ。」
「私は淫乱だ。男を次々垂らし込む娼婦だ。」

このヘドロの主成分は「罪悪感」なわけですけれど、ほかにも「孤独感」や「無価値感」もあります。ここでの「孤独感」は「まるで宇宙空間に一人取り残されたような」と形容されるほどの感覚です。

ふつうに生活しているとこんな闇の中のさらに闇な部分なんて見えてきません。
だから、Yさんが自分と向き合うことで出てくるのはやはり「悪い人」の部分だろうと思うのですが、その背景にこんなドロドロしたマインドが隠れている場合もあるのです。

この層ってのは理屈ではたどり着けないし、感情を追いかけて行っても時間がかかるので、直感、感覚などを駆使するのが必要なので、なかなか一人では難しいものです。

つまり、潜在意識の奥深くに眠る闇なのですが、例えば「自分は悪魔だ」という概念を根っこに持っていれば、その上の「正しさ」(ルール)は「自分が良い人であることを証明すべきルール」となり、ガッチガチに硬くなります。

だからこそ、表では「非常に良い人」であり、デキる人であり、優しい人であり、きれいな人であり、周りから憧れるような人になろうとします。

表の世界できらきら輝いている人がアンダーグラウンドにハマるのは、こうした心の痛みが生み出している可能性が高く、「ほんとうに素晴らしい人格者」の中に、まるで殺人鬼のようなマインドを隠し持っていることも珍しくないんです。

でも、内面にそうした闇を抱えていると表でどれだけ良い人を演じたとしても全然心は満たされないですし、むしろ罪悪感を重ねてさらに闇を深めてしまいます。

だからYさんのように時々膿みを吐き出すように、その闇に触れることはメンタルヘルス上、悪いことではありません。

これもまた自分とつながることの一つであり、だからこそホッとするんです。

さて、自分のことを悪魔だ、奴隷だと思い込んでいるマインドをどう処理していくか?と言えば、私が持ってるやり方でいえば、そこにアクセスするイメージワークとか、ロールプレイとか、ボディワーク的なものになると思うのですが、これを一人で何とかしようとする方法は案外、基本に忠実なものです。

ただし、この闇をクリアにしようとするコミットメントにもまた抵抗が強いので、やはり数回はセッションを利用された方が早いと思います。

例えば「祈り」というやり方があります。
神社に行ってもいいし、神棚でもいいし、日々、祈りを捧げます。
大切な人の幸せを祈ることで自分自身を浄化します。

例えば「感謝」を徹底するやり方もあります。
日々意識的に感謝することを習慣化して、誰かに「ありがとう」を伝え続けます。

例えば「部屋を清める」というのもアリです。
要するに常に部屋を清浄な状態に保つためです。
部屋は心を映し出す鏡ですから。

ってなるとまるでお寺の修業みたいになるんですけど、たぶん、目的は同じです。

でも、結局のところ、その闇を溶かすにはそのさらに奥にある愛の層とつながり、その愛の力を持って痛みを癒していくことです。

このあたりになるとまるで過去生だったり、パラレルワールドだったり、怪しげなエネルギーワークだったり、天使だの妖精だの悪魔だの魔女だのスピな世界が展開されることになりますね。そういう世界なんだからしゃあないです。笑

肉体を越えて、3次元を超えて、より心の世界に深く入り込むのです。

と話がだいぶ大げさになってしまいましたが(ゴメン!笑)、Yさんにとってはそうした自己否定的な活動はある程度はいいのだけどリスカや拒食・過食のような自傷行為につながることもありますので、機会があればカウンセリングなども利用してみると良いですよ、というわけです。

それだけ強い自己否定を持つにも理由がありますし、その闇の分だけ才能も豊かです。
また想像以上に器の広い方なので、何かしら引き受けてしまうものも多いと思います。
肩こりが酷かったり、背中が重たかったりすることありませんか。

そういうプロセスを見ていくと結果的にさらに魅力的になってしまうかと思いますけどいいですかね?笑

で、案外カウンセラーという仕事をするにはそうしたヘドロの世界にも平気で入っていく必要がありまして、そういう意味でもYさんはカウンセラーにも向いてるかもしれないです。

ちなみにうちの弟子どもは“師匠と違って”(←ここ重要)、ヘドロの中に長年生息してきて真水のようなきれいな水では生きられない奴らばかりなので、みなさんに好評を頂いているんだろうと思います。
ほら、ヘドロの住人だから皆さんの闇をよく理解できるんですよ。師匠と違って。

お弟子さん一覧

★深い罪悪感を癒すには?

「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『悪感と癒着の心理』

★寂しさと孤独感を癒す本・動画

「ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本」(清流出版)

*動画配信/DVD:「ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本」発売記念講演会


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幸せそうに見える私の中には悪魔が住んでいる!?
 


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