自分の気持ちに素直になるには、自分のことをよく知っておくことが大事じゃないかな?

自分の気持ちに素直になる、という話をあちこちで書き散らしている私ですけれど、かく言う私も素直になれないときがままあって、そのたびに「反省→次からは気を付けよう」というルーティンをこなしています。

忙しくて焦っているときは、のんびりしたいなあ、と思いつつ、ついスケジュールを詰め詰めにしてしまいがちなことに6,7月のスケジュール帳を眺めながら気付きました。

「誰や、こんなスケジュール立てたのは?」

と一人ぶつぶつ言ってるのは、他ならぬ自分自身が決めたのであって、誰のことも責められないからです。

4月は本の締め切りもあり、今月から運営を開始する神楽坂のセミナールームについての決め事もあり、また、セミナーの準備やら焚き火の用意やらでバタバタしていたのですね。
ついでに7月のリトリートセミナーやその後の休暇、さらには、深刻な沖縄病の治療のための日程確保、そして、新刊が6月下旬に出ることが何となく見えていたので、講演会の日程調整などをしてました。

予定に縛られたくない私はたいてい2~3か月前にようやく仕事のスケジュールを決めるので、6、7月の予定はそんな「やべ、忙しい!」とバタバタしているときに決めたわけです。

結果、大阪から飛行機で移動した日に講演会だとか、東京から帰った3日後に再び東京だとか、「おい、自宅にいられるのは月に10日もねーぞ」というスケジュールが完成して、ぶつぶつ一人文句を言うことになるのです。

ちなみに5月はかなりゆっくりしたスケジュールを組んでいたのですが、それは「こんないい季節に仕事ばっかりしてる場合じゃね!」という長年の経験から、無理やり予定のない日をたくさん作ったわけで、そんな自分を「えらいなあ」と思いながら過ごしていました。
その予定を組んだのは2,3月でその頃は比較的余裕あるスケジュールの時だったんです。
もし、その時に講演会のスケジュールを決めていたならば、夕方移動して夜は地元の仲間とグルメを堪能し、翌日の午前中はジムに行って汗を流したのち街を散歩し、午後は気持ちのよいカフェでブログを書いて、夕方から講演会に出かけるようにしていたでしょう。

食事療法の勉強などをしている時に、「忙しかったり、自己嫌悪したりしているときは、波動が低くなっているので、良くないと思ってもジャンクフードに手を出しやすい」という話をよく耳にしていました。

内と外は繋がっていて、心の状態が目の前の状態を引き寄せるわけで食べ物もそうだし、スケジュールの組み方もそうだし、人との出会いもそうなるわけですね。

自己嫌悪しているときは、やはり自分をいじめたいわけですから、そういう状況を作り出します。

自分で気付いていようといまいと、イライラして余裕がないときは、ふだんうまく行ってるコミュニケーションもすれ違いが生じたり、よりストレスがかかるようなトラブルが振りかかったり、信号が赤ばっかだったり、電車の乗り継ぎに失敗したり、オーダーした料理が自分だけ届かなかったりするのです。

私もそういう時は「ああ、なんか自分の中の歯車がずれているんだなあ」と状況から内側を察して、温泉に行ったり、好きなカフェに行ったり、ジムで汗を流したり、焚き火をしたりして心の調整に勤めるようにしています。

でも、その時のマインドは自己嫌悪モードですから、自分をいじめたい私のマインドはそういう心を整えるようなことをさせないようにしてきます。
「温泉行きたいなあ、でも、めんどくせーなー、やらなきゃいけないことあるしなー」という風に感情を使ってその行動を回避させようとしたり、「ジムに行こうと思って準備をしていたら、息子が『パパ、今何してるの?迎えに来てっ!早くね!』と一方的に命じられる」などの一見外側から起こる現象によって、そうさせまいとします。

だから、若干無理やり温泉に行ったり、息子を迎えに行った後にジムに直行したりして、「良かれ」と思うことに行動を向けます。
ここは意志の力が必要です。
ちなみに先日までは「やんなきゃいけないことあるんだけどなあ・・・でも、別に今日やらなくてもよくね?よし、寝よう」という風に昼寝をよくしていました。

お酒を飲みたい!というのも、時に自分をいじめるための誘惑であることも多く、その言葉に乗ってしまうと飲み過ぎてしまうでしょう。
「ほんまに飲みたいん?炭酸水じゃあかんの?」と自分をいじめたい自分に聞いてみたりするのです。
すると、「えへへ、ほんまはサンペレグリノ(我が家で箱単位で購入している炭酸水)で十分でざんす」という声が返ってきたり、「ビール一本飲んだら満足しちゃった」となったりします。

たぶん、これが自分の気持ちに素直になる、ということじゃないかな、と思っています。

もちろん、そうした対話も空しく、「やっぱ温泉行くのやめよ」と思ったり、本当に行きたい温泉じゃないお風呂に浸かったりすると、やっぱりあとで「うーん、違ったなあ。またやっちまったなあ。行けばよかったなあ」などと思います。

で、冒頭に書いたように「反省→次からは気を付けよう」というルーティンになります。

ここでのポイントは「うまく行かなくても自己嫌悪したいマインドの声に従って自己嫌悪しない」というところでして、そこで「なんで行かなかったんだよー」って自分を責めるのはまんまとエゴの声に乗ってしまうことになります。

自分の気分が良くなることをしよう!という話をあちこちでしている私ですけれど、気分が良くなることをするにも、そんな心理的トラップが出現するものなのですね。

自分の気持ちに素直になる、ということは、すなわち、自分のことをよく知ることであって、自分をいじめたいエゴの声に従うことではありません。

自分の気持ちとしては「温泉、めんどくせーなー」と思うけれど、それが自分をいじめる声であることに気付くのも、また素直さです。

「ふふふーん、その手には乗らねーぜ」と軽快に交わせるのもまた心に余裕がなければできないことで、「だよね、めんどくさいよね。やめとこか。それがいいよね」と自分の気持ちに素直になったフリをしてしまうことも多いのです。

ま、そうなったらそうなったでしゃあないんですけどね。

人は弱いものだし、分かっていてもジャンクフードに手が伸びるものだし。

そういう意味で、自分がほんとに好きなことや、自分が楽しいと思えることをちゃんと普段から知っておくってことはすごく大切なことなんです。

「天気がいい!気持ちがいい風が吹いている!そりゃ、焚き火するしかないよね!」とワクワクするものを知っておけば、自分いじめモードであっても焚き火道具を車に積んで出かけられます。

ワクワクは自分いじめモードを遥かに凌駕する力を持っているのです。

ということで、私の行動を見事に正当化できたので、今から焚き火に行ってきます。


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