自己肯定感があがった途端、怠け者になったんじゃないかと思ってしまう私。



怖れから頑張る人は他人軸です。
認められるために、愛されるために、嫌われないために、という根拠です。
しかし、自己肯定感があがると自分軸になります。
それは愛がベースの生き方。
だから、その転換期には一瞬、生き方を見失うときが出てくるのです。

いつも仏の救いのようなブログをありがとうございます。
もはや酸素と同じくらい必要不可欠になっています。

『私はどこの職場に行っても、非常に指導や付合いが困難な人達と組まされます。』
https://nemotohiroyuki.jp/everyday-psychology/16885
で取り上げて頂いた者です。

その後、シャドウに投影しているのは過去の自分自身だと気付きました。同じく私もADHDで、うまく生きられない自分自身を嫌い、強制的に更正し、許せていませんでした。

ブログを読んでからは自分を許すこと・自分を大切にすることに注力し、仕事を辞めることを決意。
その結果、退職する会社からは『頑張ってくれていたことに甘んじて大変な役を押し付けてしまい申し訳ないことをした』と謝られ、お詫びとして転職活動のために1カ月来なくていいから給料を全額出させてくれとまで言われました。

転職先もすぐに見つかり、前職よりも年収が大幅にアップし、休日も多く残業0時間で負荷やストレスが少ない、自分の好きな仕事ができる職場に巡り合いました。

これだけ聞くとただの自慢のようですが、最高の結果を手に入れた今、今度は疑問が生まれてきたんです。

今までは自分の無価値感を、長時間フルスピードで働き続けたり辛い状況に自分を追いやる仕事をすることで補ってきたのですが、そのぶん自分を律して誰にも文句言われないくらいバリバリ仕事をしてこれたと思います。転職活動時も自分がいかに仕事をしてきたかをアピールしました。

でも今は与えられている仕事にゆったりと余裕があって、上司も残業をさせないように気を遣ってくれますし、その仕事量が自分にはちょうどいいのか、はたまた怠けているだけなのか区別がつきません。

そして、以前のように『私なんぞがこの程度の仕事でお金をもらってしまって申し訳ない』とは思わなくなりましたし、馬車馬のように働く気も無くなってしまっているのですが、
上司から『それだけの仕事に今の給料は見合っていないな』とか『もっと仕事が出来ると思ってた』とか『もっと気を利かせて仕事してくれたらいいのに』とか思われていやしないか、実際にそう言われたらどうしよう、と不安だったりします。

自己肯定感がアップして自分を大切にしたとたんに、怠け者になったと感じてしまう自分とどう折り合いをつければいいか、教えていただけませんでしょうか。むしろこれは怠けですか?それかまだ自己肯定感が足りないのでしょうか?まだまだ他人軸で生きているという現れでしょうか?

ご教示いただければ幸いです。
(Nさん)

おぉ、なんと素晴らしい!!!
おめでとうございます(^^)

前の会社の方々も素晴らしいし、今の会社の人たちも素晴らしいし、そしてもちろん、Nさんの能力がちゃんと評価されているのも素晴らしいです。

ちゃんと自分と向き合うことで最高の結果が得られる証拠ですね~。

めでたし、めでたし。

・・・で終わりゃあ、苦労しねってのが、現世って奴でございましてね。
特に自立系武闘派なんちゃらの方々にしてみりゃあ、問題のねえ、平和な世の中ってのは退屈なだけでございまして、やれ恋愛だの、やれ職場だのに新たな火種を手前ぇから撒き散らすってのが習わしでございますね。

ってことで、Nさん。相変わらずの武闘派っぷり。お見逸れしやした。

>上司から『それだけの仕事に今の給料は見合っていないな』とか『もっと仕事が出来ると思ってた』とか『もっと気を利かせて仕事してくれたらいいのに』とか思われていやしないか、実際にそう言われたらどうしよう、と不安だったりします。

これね、これ。
そうそう、自ら新たな火種を作り出すって作法ですな。

これ、何が起きてるか?というと、私なりの表現を使えば「ヒマ」ということなんです。
そう、ヒマ。漢字で書くと「暇」。

今までは無価値感という問題があったり、自己肯定感が低かったりしたので、これでもかー!!!とフルパワーで駆け抜けていたわけです。

ところが、無価値感が癒され、自己肯定感があがると、そのフルパワーの源となった問題がなくなるので、「おいおい、どうしたって言うんだい?今までみたいな気合が出てねーじゃねーか!」ってことになるのです。

そしたら、問題を愛する自立系武闘派女子の皆さんは「これじゃいけねー」と、先ほど引用したように「頑張って」「無理やり」問題を作り出してしまうんです。

さらにはそこに加えて「こんな贅沢なことで悩むなんて私ダメよね~♪」といつものセリフを口ずさむようになるわけです。

以前、自己嫌悪が急速になくなっていった人がこう漏らしてました。

「今まで自分を否定するために使っていた時間とエネルギーが余っちゃってどうしたらいいのか分からなくなってしまって。
今までみたいに自分を責めようと思うんですけど、全然自分を責められなくなったんです。
どうしたらいいんでしょう?」

笑い話みたいな話っていうか、笑い話なんですけどね。

で、これを読んでる方で「いいなあ、そんな風になれて。あたしなんて全然そんな境地に至ってませんよ」と思われる方も、今日のテーマは重要です。
なぜならば、いつかはあなたも同じ立場になるから。

ヒマって言葉がピンと来ないなら、こっちはどうでしょう?

「まだ慣れてない」

これなら分かるでしょう?

今までは「自分はダメな人間だー!!」と思って、補償行為の如く馬車馬になって駆け抜けていたんです。
先ほども書きましたが、問題が行動の原動力になっていたわけです。

ところが、最近、その根拠がなくなってしまったんです。

でも、心や体は前の「感覚」を覚えています。
ものすごく動いていた時代、頑張ってた時代、無理していた時代を。

そこで「すれ違い」が起こるんです。
古い自分と新しい自分が衝突するんです。

それこそ古い記事ですがこれも参考にしてみてください。

「古い自分と新しい自分がケンカする」
https://nemotohiroyuki.jp/manwoman-psychology/7559

「新しい私vs古い私~変化を見つめる~」
https://nemotohiroyuki.jp/everyday-psychology/6195

2本目なんて今は中学生の娘がまだ乳児だった頃に書いた記事です(笑)

このネタを頂いてから3か月くらい経ってますので、もう「慣れた」かもしれませんが、これは急速な変化を体験する人によく起きる葛藤です。

いわば、急にダイエットに成功して今までの服がに合わなくなった、とか、その逆にお正月太りして服が入らなくなった、とか、そういうことが起きるわけです。

だから、そういうNさんに一言申し伝えるのであれば、

「慣れろ」

現場からは以上です!!

でも、終わんないですよ(笑)

動機を変える、根拠を変える、というのは慣れるまでに少々の時間を要するものです。

無価値感や自己肯定感の低さなど、ネガティブな感情、すなわち「怖れ」ベースの行動は瞬発力があり、かつ、自分の体調や思いなどは一切無視して闇雲に走るだけの力があります。

怖れをベースにする、ということは、サバンナでライオンに追いかけられるようなもの。
とにかく頑張って走ることしか頭にありません。
そして、怖れが心を支配している間は体力の限界まで走り続けることができるのですが、当然ですが、その後の後遺症はヤバいことになります。

無価値感、罪悪感、無力感、不安などの自己肯定感の低さなどが「犠牲」「補償行為」「頑張る」という行動を起こさせるのはそのためです。

目標もありません。逃げることが目的ですから。

これは「クビにならないために」「嫌われないために」「見捨てられないために」「能力がないとバレないために」「幻滅されないために」「期待に応えるために」「認められるために」「褒められるために」「愛されるために」何かをする行動です。

当然ながらこれらの行動は「他人軸」であり、自己喪失しています。

そのため受け取ることができません。
素晴らしい成果を収めても、周りから称賛されても、他人事のように感じます。
だから、自信は付かないし、仮に期待に応えられても、次はどうなるか分からないという不安からまた走り続けます。

それが何年も続くとその状況に慣れてしまい、それが「私」と認識するようになります。

ところが、自己肯定感があがってそうしたネガティブな感情がなくなっていくと、走り続ける動機がなくなるんですね。

ライオンがいなくなっちゃったわけです。

「あれ?どうしたらいいんだろう?全然頑張ってない私。こんなんでいいの?えー、まずいよねー。やばいよね、めっちゃサボってるように思える」

という風になるわけです。

そこでは「怖れ」をベースに頑張る時代から「愛」をベースに生きる時代へと変わっちゃったことが分かるんです。

根拠を変えなきゃいけないんです。

認められるために頑張る時代から、自分がしたいことをしていい時代へ変わっちゃったわけです。

ヤバい。
これはヤバい。

だって知らないんだもん。
体験したことないんだもん。

以前、ある社長さんが
「今まで借金を返すために頑張って来たんだよ。無借金経営に憧れて。それでな、去年、借り入れがなくなって銀行からも『おめでとうございます!』って頭下げられたんだけどな、それからなんかやる気がなくなっちまったんだよ」
って案外マジで相談しにきてくれたことがあるんですけど、分かりやすいでしょ?この事例。

自己肯定感があがるとネガティブな感情がなくなります。
これは良いことですよね。
ところが、それは誰かのせいにできなくなる、という新たな局面を私たちに与えてくれるのです。

「愛されるため」に頑張っている人は、誰か自分を愛してくれる対象があるわけです。
そして、何かとその人のせいにすることができるんです。
「こんだけ頑張ってるのに彼は全然愛してくれない」と言えちゃうんです。

同じように「認められるため」に仕事を頑張ってる人は会社の愚痴を言えるんです。
「嫌われないため」に人に気を使っている人は、人の悪口を言えるんです。

でも、自己肯定感が高い状態は自分軸です。
誰かのせいにできないんです。

私がしたいからする、のです。
私が好きだからやる、のです。
私が喜ぶから行動する、のです。

そして、その自分軸をベースにして、彼のことを愛しているから彼を喜ばせるし、仕事が好きだから会社に貢献するし、人を笑顔にしてあげたいから人の気持ちを察するのです。

根拠が変わってしまうわけです。

そこで求められるのがいつもお伝えしていますが「何のために」という動機であり、「誰のために」という「愛」であり、「私」という自分軸が大切です。

何がしたいの?どうしたいの?という私がよく投げかける問いはそこから生まれます。

だから、Nさんにとって大切なことは「自分が本当にしたいことをする」ということです。
聴きようによっちゃ当たり前のことですけれどね。

それで「ライフワーク」を生きましょうね!ということなんです。

好きな仕事に就き、いい人間関係の中で仕事ができますよね。
それは自分にそれだけの価値があり、それだけの力があることを表しています。

それは「私が私だから認められている」だけなのです。

だから、今、受け取るべきは「私の素晴らしさ」です。
そして、同時にそのような環境を与えてくれている皆の衆にただただ感謝することなのです。
そして、自分の喜びや愛をベースに、皆々様に与えていく、ということがこの世界での喜びとなります。

このマインドを「女王様マインド」と呼びます。
女王様ったって鞭でビシバシやるんじゃなくて、愛をベースにしたリーダーとして愛を受け取り、与える立場の生き方です。男性の場合は「王様マインド」ですね。

これは近々(2018/1/8号)、オンラインスクールの方でお姫様マインドと合わせて詳しくご紹介する予定です、という宣伝を付け加えておきましょう。
http://www.mag2.com/m/0001677732.html

ということで、Nさん。
「自分が本当にしたいことは何か?」
「素晴らしい私がこの会社に貢献できることは何か?」
をじっくりと考えて頂くのと同時に、
「この環境を与えてくれる庶民に感謝する」
ことをぜひ意識してみてくださいな。

そんな自己肯定感をあげたい皆さんに送るセミナーはコチラ

名古屋、大阪、福岡、東京で開催。
ワークショップ「自己肯定感をあげて仕事や恋愛を成功に導く7つのメソッド」
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