自己肯定感が高いのと、自己愛が強すぎる人は違いますか?


自己肯定感が高いのと、自己愛が強すぎる人は違いますか?

という質問を頂きました。
確かにねー、そういう疑問も出てきますよね~。

「自分大好き!!」って言ってる人が果たして自己肯定感が高いのか?というと、実はこれ、とても微妙なところがありまして。

ちょっと脱線するんですけど、実はかつて私は「自己愛」という言葉をよく使っていました。
「自分を愛すること」という意味で、とても大切なことですよ~!!って訴えてたんですね。

ところが、その後、「自己愛性人格障害」とか「自己愛パーソナリティ障害」と言う言葉が出てきまして、「自己愛」という言葉を使うと誤解を招くなあ、ということでやめたんです。

で、新たに使い出したのが、その頃、これまたよく使われ始めていた「自己肯定感」という言葉。

だから、私の場合「自己肯定感」というのは「自分を愛する」という意味で使っていることが多いのです。

だから、自己愛と言う言葉を見ると若干、複雑な気持ちになる・・・というのが正直なところでして。
それはまるで、別れた女がその後悪者扱いされてるような感じですかね?とはいえ、こっちはこっちで別の女に乗り換えてるんだけど、まだ前の女にちょっと未練が残ってる、、、みたいな感じですかね。
なんてことを書くと色々物議を醸しだしそうですが、我ながらいい例えだと思ったのでそのままにしたいと思います(笑)

さて、「自己愛が強すぎる人」というのは、時に「自己中心的な人」という解釈が成り立つと思います。
このタイプの人は「計算」や「損得」で人間関係を捉えたり、「正しい/間違い」「良い/悪い」「強い/弱い」といった概念で行動したりします。

つまりは、自分にとって得ならばいいけれど、損ならばNGという感じですね。

また、「自己愛が強すぎる人」というのは、他人に自分の意見を押し付けます。
「俺が言ってるんだからその通りにしろ」となりますし、相手の否定的意見を受け入れられない傾向も示します。
つまり、反対されたり、否定的意見を出されたりすると、時に感情的に反応してしまいます。
そして、「私が間違っているの?ひどい、ひどいわ!」と被害者モードに入って、相手を攻撃しようとします。

職場の上司、家族、習い事、恋人等で、そういう人、見かけたことありませんか?

でも、まあ、そういう部分って誰にでもあるんですよね。
職場では素直に振る舞えるのに、お母さんに対してはついついそんな風になっちゃったりね。

それで、自己愛が強すぎる人というのは、常に自分が正しい、あるいは、自分が上の立場でいる、などの思いがあるんですけど、それだと他人を「愛する」ということができなくなります。

愛する、ということは、「信じる」「信頼する」「与える」「受け取る」「受容する」「許す」「手放す」「感謝する」などと同じ意味です。

つまり、自己愛が強すぎると、他人を信じたり、他人のために行動したり、他人の愛を受け取ったり、他人を許したり、手放したりすることがちょっと難しくなるというわけですね。

自己肯定感が高い人というのは、これとは真逆で、自分を愛することができるので、他人のことを愛することができます。
だから、自己肯定感が高くなればなるほど、他人のために行動することが喜びとなり、愛を与え、受け取ることができ、感謝とともに常に幸せな気持ちを感じていられるようになるのです。

つまりは「自己肯定感が高い人」と「自己愛が強い人」というのは「正反対」と言えるのではないでしょうか?

「自己愛」って言葉を使うとややこしくなるんですけど、自分のことが最優先で、自分のことしか考えられない状態なわけですから、実はベースにある感情は怖れです。

自己愛が強すぎる人は、この怖れと常に共にいるのです。
そして、その防衛的態度として、自分を最優先する態度を取ってしまいます。つまり、常に自分の利益しか考えられなくなるんですね。
だから、協調性がなかったり、他の人の喜びのために行動することができなくなってしまいます。

また、自己弁護が得意となりますし、自分が正しいと思っていますから否を認めて謝罪することが苦手となります。

「私は悪くない、間違ってない」という言葉をよく使うわけですが、これもまた「防衛的態度」と言えるでしょう。

その怖れというのは
・否定される怖れ
・必要とされなくなる怖れ
・嫌われる怖れ
・見捨てられる怖れ
・バカにされる怖れ
・愛されない怖れ
・怒られる怖れ
・間違いを犯す(失敗する)怖れ
・孤立する怖れ
等々、さまざまなものがあるのですが、「自分は正しい!」という主張の元ではその怖れは感じられなくなってしまってるかもしれません。

自己肯定感というのは、この怖れを受容していきます。
「私、嫌われるのが怖いんだよね」と正直に受け入れ、それをコミュニケーションできます。

怖れは受け入れてもらうと安心感に変わります。
だから、自己肯定感が高い人は安定した精神状態を保つことができます。とはいえ、時に乱れることはありますが、そのことについて謝罪したり、自分で責任を取ったりすることができます。
そこで誰かのせいにして、誰かを責め続けたりはしません。

自己肯定感が高い人は、愛される自信があるんですね。
自分が自分のことを愛せるので、それを他人に投影し、人からも愛される自信が生まれるんです。

だから、孤立する怖れは持ちません。

よく「自信家というのは自信がない人のこと」ってお話しします。
自己愛が強すぎる人というのは、よく自信家として人から見られることもあります。

自信があるように自分を演出したり、思い込んだりしてしまうのですね。

だから、他人を受け入れられることなく、否定してしまいます。

また、権威主義(権威を振りかざす)になりやすい傾向にもあります。
虎の威を借る狐、ということですね。

また、とても頑張り屋さんやハードワーカーにもこの傾向は強いかもしれませんね。

こういうタイプの人と接するときは、ついつい引いてしまうことが多いと思います。
昨日の記事でも書きましたが、そういう場合は、その人の心の内にある怖れにフォーカスしてあげると、その時に攻撃的な態度にビビらずに済むようになります。

また、間違いを指摘されたり、否定されたりすることに過剰なほどの怖れを持つ方もいらっしゃいますよね?
そういう方に対しては「私は敵じゃないですよー」ということを気長にお伝えしつつ、時には、きちんと伝えるべきことを伝えることもすごく大切です。
やはり「一歩踏み込む」という意識が役立つかな?

自己愛が強すぎる人と接して振り回されてしまう人は、実はその人も自己肯定感が低い可能性が高いんです。
距離感を掴むのが苦手だったり、相手の顔色にうかがってしまったりすることありませんか?

一方、自分がもしかしたら「自己愛が強すぎる人」なのかもしれない、と思った方。
自分の中にある、その怖れに注目していくのも効果的なアプローチですが、その前にやはり、謙虚になって、「ああ、高いと思っていたけど自己肯定感、実は低いのかも」という目で自分を見てみることがお勧めです。

そして、そういう風になってしまった経緯がどこかにあろうかと思います。
子どもの頃の親との関係、とか、一人で頑張らなきゃいけなかった過去とか、人を信じられなくなった原因とか。

そうした出来事を、ただ、「そういうことがあったなあ」と受け入れていくことがポイントです。ちなみのこれは新刊の1~3日目で行うことです!笑

ただ、その一方で、時に天才的な要素を持っていることも多いのです。
芸術系、クリエイター系、エンターテインメント系、経営者などの、他の人にない魅力や可能性を持っているはずですから、それを開花させたいですね。

「自己愛が強すぎる」ということは、良くも悪くも「人の目を気にしない」ところがあるので、ぜひ、自分がしたいことについて驀進してみてください。できればその時に「味方」「応援」があるといいのですけどね。

そして、どちらの皆さんにもお勧めなのはコレ↓
自分の人生を振り返るために、自己肯定感をあげるためにご活用ください!

「敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法」(あさ出版)


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