頑張ることや無理することも時には大切なこと。


どうしたって頑張らなきゃいけない時、無理しなきゃいけない時、出てきます。
頑張ること、無理することがいけないんじゃないんです。
そんな自分を「偉いなあ」「すごいなあ」って褒めてあげればいいんです。

無理をしちゃいけないってわけじゃないんですよね。
無理はダメなんだっていうのも違うと思うんです。
無理をしなきゃいけないときも大人なんだからあります。

だけど、そういうときは「ちゃんと自分を褒めてあげる」ということをすればいいんです。

頑張っちゃダメってことじゃないんです。
好きなことや欲しいモノに対して頑張っちゃいますし、責任感や信頼からどうしたって頑張っちゃうこともあります。
それに、、、人生ってどうしたって歯を食いしばって頑張らなきゃいけない時だってありますよね。

それも同じ。
「俺、偉いなあ」
「あたし、すごいなあ」
って自分を褒めてあげること。

頑張りすぎたら、頑張り過ぎた自分を「ほんまに偉いな!すごいな!」ってたくさん褒めてあげるんです。

自分を殺して、抑圧して、ひたすら我慢して、したくないことを無理して、頑張って、そんな自分にまだまだ鞭を打つ・・・というのはしんどいな、と思います。
お勧めはしたくありません。

誰かが褒めてくれなくても、そういう自分を思い切り褒めてあげると、私たちはそもそも人の役に立ちたいわけですから、誰かのために頑張ったり、無理したりすることが「苦行」ではなくなるんです。
喜び、楽しみ、好きなこと、充実感になるんです。

時に一皮むく時、壁を乗り越えるとき、人は今までの自分から脱皮するために頑張ったり、無理したりする必要が出てくることもあります。
でも、それはその先にわくわくするヴィジョンが見えているとしたら、喜びのための無理であり、頑張りになるんです。

TDLやUSJで3時間も列に並ぶのは「無理」であり「頑張り」ですよね。
でも、その先に素晴らしい興奮が待っていると思えば、決してそれは辛いものではないはずです。
逆に待った分だけ、感動はひとしおではないでしょうか?

人目を気にして、人に嫌われるのが怖くて、頑張ったり、我慢したり、無理することを「犠牲」って言います。
自分の罪を償うために自分を殺して頑張ったり、我慢したり、無理することを「補償行為」って言います。

どちらもそこに「自分」はいません。
嫌われないように、罪を償うために、相手の顔色を気にしてやっていることです。

これはとても辛いこと。
できれば手放したいもの。

でも、どうしたって癖みたいにしちゃいますよね。
そしたら、そんな自分を思い切り褒めてあげましょう。

えらいなあ、えらいなあって。

嘘でもいいから褒めてあげてください。

あんたすごいなあ、あんた、ほんま、偉いなあ。ようやってるなあって。

今、通勤途中の皆さん。仕事中の皆さん。家事真っ最中の皆さん。学生の皆さん。退屈で死にそうな皆さん。
今していること、今からすることが「嫌なこと」「しんどいこと」「無理なこと」だとしたら、まさにそれをしている自分、しようとしている自分に、「あんた、えらいなあ」「あんた、すごいで」って今すぐ言ってみてください。

目をつむって、胸に手を当てて、「あんた、えらいなあ」って。「すごいぞ」って。

どうでしょう?
じーんと響いて来ません?

誰かが褒めてくれなくても、たった1人、自分が自分を認めて褒めてあげれば心は元気を取り戻すのです。

これは嘘ではないですよ(^^)

ちょっと大げさなくらいに今日は自分を褒めてあげてください。

「えらいなあ、あたし、こんなしたくもない仕事頑張って!すごいなあ!!」って。

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