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つい正しい答えは何か?ここでどうするのが正解なのか?なんて考えてしまいませんか?
「正解」は私たちを守ってくれる防衛でもあるのですが、実はそれが必ずしも「幸せ」に導いてくるとは限らないのです。
むしろ、正解よりも自分の本音を優先したいと思いませんか?
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カウンセリングをしているとよくこういう質問を頂くんです。
「彼にこういう風に言ってしまったんですけど、それって間違ってないですよね?」
「後輩の仕事の向き合い方を注意したんですけど、それって正しかったんでしょうか?」
「ミーティングで意見を求められたときにこういう風に答えたんですけど、正解は何だったのでしょうか?」
「彼の態度がひどいので、あれこれ追求したら彼が黙り込んでしまって・・・。どうするのが正解だったのでしょうか?」
「このプロジェクトの進め方について同僚と議論になって平行線に終わったんですけど、わたしが引くべきだったのか未だに分からなくて。どうするのが正しいんでしょうか?」
いわゆる「答え合わせ」をしたくなる気持ちもよく分かるのですけれど、何かとここはどうするのが正しいのか?という疑問を抱くことってありませんか?
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人とのコミュニケーションでも、SNSでも、それからお笑いや音楽の世界でも、何かと「これが正解だ」とか「それは間違ってる」みたいな風潮があると思うんです。
「その間はおかしいやろ。そこはすぐに反応せんと盛り下がるやんか」みたいな苦言を先輩が言ってたり、「今の時代はこの音を使うのが正解」と評論家が言ってたり。
世の中全体でも「正解探し」がブームになっているような気もします。
そして、その正解を出し続けられる奴がのし上がっていく、みたいな。
そんな風潮を窮屈、息苦しい、生きづらいと感じている方も多いんじゃないでしょうか。
みんなどこかで「正解なんてひとつじゃねえし」と思っているんだけど、なんとなくその場の正解を探していて、そして、その正解を出せた奴がヒーローみたいな感じが職場でも飲み会でも友達とのおしゃべりでもパートナーシップでも出てきてませんか?
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こういう風潮は昔からあって、例えば「寿司屋でのオーダーの正解」みたいなのも「ツウ」と呼ばれる人たちが仕切ってたんですよね。
「いきなりマグロなんか頼むんじゃねえ。最初は白身とか淡泊なもんから食うもんなんだよ。そのあと光物を挟んで、いよいよマグロだ。」みたいな感じ(これも合ってるかどうか自信ない。笑)
今でもそうなんですかね?
そう言えば、かつては恋愛マニュアルとか婚活必勝法とかがあって、「こうするのが正解」ってたくさん書かれてましたね。
かつて、けっこうメジャーになった恋愛本があって(名前なんでしたっけ?このブログでも過去に触れたことがあると思うんだけど)、「この本には3回目のデートまでは手をつないだりしちゃいけねぇって書いてあるんすが、こないだ2回目のデートで手をつないじまったんすよ。もしかしてあっしは軽い女って思われやいないかと思うんですけど、大丈夫っすかね?」みたいな質問を良くいただいてました。
私の答えとしては「たぶん30%くらいの確率でその説は正しいと思うから、それを正解として表示するのは間違いないかもしれないけど、100%正しいと思うとしんどいでしょうね」なんて答えを返していました。
コロナのときは「マスクを付けるのが正解」で、それで同調圧力がどうのとか言われてましたよね。
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改めて、なぜ人は「正解」を求めるのでしょう?
そして、その風潮が今も強く残っている、あるいはますます強くなっているのでしょう?
一言で言えば、「正しい答えを出していれば人から攻撃されることがないから」という怖れや不安が背景にあるんです。
要するに「うまくやる自信がないから正解を探してしまう」という心理と言ってもいいと思います。
特にこの何かあるとすぐに炎上する風潮がある世の中ですから、SNSをやってない人でも「人から批判・攻撃されること」を肌で感じて怖いんですよね。
だから、心理的には「正解を探したい、というよりも、間違えたくない」という方が正しいのだろうと思うんです。
でも、ほんとうはそれを求めてるわけじゃないんですよね。
「間違えだと批判されても堂々と自分の意見を通せる人」や「周りがどう思うかを気にせず我が道を行く人」に憧れてる部分もあるんじゃないでしょうか?
今の言葉にピンと来なくても「常に自分らしく振舞える人」だとしたら「ああ、確かに、そうなりたいわ」と思うんじゃないでしょうか。
けど、今の自分に自信がない・・・裏を返せば、自己否定、自己嫌悪が強いからこそ、「正解を出して周りから批判されないようにしたい」という気持ちが出てくるのです。
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「正しさと幸せは反比例する」という格言があります。
正しさを求めれば求めるほど、幸せが遠ざかっていく、という意味です。
多くの場面で「ここでの正解が自分の本音とは限らない」と感じていませんか?
また、「正解を選んだとしてもうまくいくとは限らない」とか「正解を選んでうまくいったのにいまいち喜べなかった」という経験はありませんか?
論理的な議論であればいざ知らず、感情が混じる人間関係やコミュニケーションにおいては、正解なんてそもそもないです。いや、正解は無限個あるんです。
例えば、好きになってはいけない人を好きになってしまったとするでしょう。
この人を好きになっちゃだめだ、早くあきらめなければ、早く手放さなければ、と考えられると思います。
その人が好意を示してくれても「距離を取る」が正解だと一般的には考えられるでしょう。
けれど、それが本音か?と言われたらもちろんNoなわけです。
本音は「もっと近づきたい」ですよね。
そこで「正解」を取って無理やりその人から距離を取ったとして、気持ちはそれに従ってくれるでしょうか?葛藤がより強くなりませんか?
仕事でも、本音としては「午後の会議、出る必要あるんかなあ?出なくていいんじゃね?」と思っているけれど、正解は「チーム全体の会議なのだから参加しておくべき」だったりしますよね。
正解と本音が真逆の方向を指し示すわけです。
カウンセリングをしているとこんなシーンもあります。
多忙すぎて気力が湧かず、モチベーションだって落ちまくっているのに頑張って毎日仕事している方に対して、カウンセラーはこの場面での正解として「休養を取る」ということを提案するのですが、「そんなこと言ったって無理っすよ」と頑張ろうとする方。
でも、本音は?
「休みたい、ゆっくりしたい」ですよね。
そこには会社的な正解の「仕事頑張るべし!」を選んでいる自分がいるんです。
そしたらその先に待っているものは・・・?
自分の気持ち(本音)と正解が逆を向いているときに、義務感、周りからの期待、嫌われる怖れ、見捨てられる不安、炎上する怖れなどから本音を封印して正しさを選んでいるシーンはないでしょうか?
それによって自分がどんどんしんどい状況になっている・・・ということはありませんか?
「正解」や「正しさ」を選べば、周りから叩かれることはないかもしれませんが、果たしてそれが自分の幸せ、喜びにつながるかと言えば・・・必ずしもそうではないんです。
むしろ、正しさを横に置いて、本音で生きたほうが、幸福度は高まるんです。
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とはいえ、急に本音で生きるなんて選択は難しいでしょう。
そのために少し自分を掘り下げてみていくことがお勧めです。
今日の話に心当たりがある方は「なぜ自分は正しさをいつも求めているのだろう?」と想像してみてください。
嫌われるのが怖い。
間違えることがイヤだ。
期待に応えなければならない。
見捨てられるのが不安。
相手を失望させたくない。
自分が優位に立っていたい。(競争心)
相手に負けたくない。(正しさの競争)
失敗したくない。
攻撃されたくない。
自分に自信がない。
自分の気持ち(本音)が分からない。
色々と想定できますが、自分に当てはめてみるとどうでしょうか?
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そこからさらに踏み込んで、「どうして自分はそんな気持ちを持っているのだろう?」と掘り下げていくこともできます。
「元々嫌われる怖れがあって、周りの人の期待に応えるようにしてきた。自分の考えに自信が持てないから何が正解なのかをいつも探してしまう。やはり親からの愛情を十分感じていないからかもしれない。自分の親はいつも条件付きの愛を示すばかりだったから。いい成績を取ったら褒めてくれたけど、親の期待通りにしないときは冷たくされた。だから、親の考えが正しいといつしか思うようになり、自分の気持ちは押し殺すようにしてきた。そうしたら自分の気持ちが分からなくなってしまい、ますます思考的に、ここはどうすべきだろうか?ということを考えるようになった。」
そんな風に、人生と照らし合わせ、なぜ自分が正解を探してばかりいるのか?どうしてそうなってしまったのか?を知っていくことで、その「正解の呪縛」から解き放たれやすくなるでしょう。
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実は上記の質問もまた「自分の本音」に迫るものです。
自分の心に目を向けているわけですから。
だから、あまりに思考的に、正しさを求めてきた方は、そもそも上記の質問にもうまく答えられなかったかもしれません。
「正しさではなく本音で生きる」ために本音を知りたいのに、それがさっぱり分からなければ絶望してしまいますね。
それでふだんから自分の気持ち、心と対話する習慣を持ちたいものです。
「なあ、ほんとの気持ちって何なんだい?」
「今、自分は何を感じているんだ?」
「今の気分はどうだい?」
「自分は今、何を感じているんだ?」
「ほんとはどうしたんだい?」
そんな問合せを自分自身にしてみてはいかがでしょうか。
繰り返し繰り返しそんな質問を投げていくと徐々に気持ちが分かってくるようになります。
「考えるのではなく、感じろ!」(don’t think,feel!)ですね。
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本音が分かってきても、すぐに正しさは捨てられません。
場合によってはカウンセリング等で「癒し」を体験する必要があるかもしれません。
期待を手放すワーク、嫌われる怖れを乗り越えるワーク、競争を手放すワーク、親と向き合うワークなど、様々な手法がそこには用意されています。
それと同時に「小さなチャレンジ」をしてみることはできるんじゃないでしょうか?
「朝起きるのがしんどい。疲労が溜まってしまっているようだ。」というときに、正しいのは「気合を入れて会社に行く」かもしれませんが、本音は「まだ寝ていたい」でしょう。
だとしたら、せめて午前休を取ることはできるかもしれませんし、今日はリモートワークに切り替えることも可能かもしれません。
「彼に言いたい気持ちがある、けれど、伝えるのが怖い、それで機嫌を損ねたらめんどくさいから」というときも、本音として「彼にちゃんと伝えて自分の気持ちを分かってほしい」という思いがあるならば、「どうしたらそれを実現できるか?」をまずは考えてみましょう。
SNSで伝えるでもいいし、生成AIに相談して彼の機嫌を損ねないような文面を作ってもいいし、ピロートークで伝えるのもいいし、彼が酒を飲んでご機嫌になっているときを狙ってもいいし。
まあ、これは全然小さいチャレンジではないかもしれませんが・・・。
そうしてスモールステップを重ねて「正しさよりも本音を選ぶことっていいじゃん!」という経験をたくさんしていくのはどうでしょうか。
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そのためにもこのセミナーはお勧めですぞ!
↓
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◎大阪:【2/7(土)残1席、2/8(日)残1席】自己探求ラボ in 千里山 #3人生の闇に光を当てる
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「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
●この記事を読んで「ああ、自分の場合はどうだろう?」と思われた皆さん。そのネタ、聞かせてください!もしかしたらブログ上で回答させていただけるかもしれません!(不採用になっちゃったらごめんなさい!何度でもチャレンジ可!です)
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