旅の記憶は何の変哲もないふつうの喫茶店。



新潟での1泊2日の短い旅を振り返っていて、じゃあ、何が一番印象に残っているのだろう?と思い返せば、実に何気ない風景でした。
ホテルをチェックアウトし、駅までの無料送迎バスに乗って駅前まで連れて行ってもらい、そこから少し歩いたところで見つけた喫茶店。
歓楽街を抜けたところにある、定食屋の2階にあるお店。
ご夫婦でやってらっしゃるのでしょうか。とても気さくで笑顔の素敵な奥さんでした。
昔ながらのよくある喫茶店の4人テーブルで温かいコーヒー(確かブラジル)を飲みながらブログの記事を書きました。

その時書いた記事はこちら。

https://nemotohiroyuki.jp/everyday-psychology/32374

この文を読み返すと、あの店の風景が蘇ってきます。

なぜ、そんな古い喫茶店で?と思われるかもしれませんが、1人でも4人席に座ることが許されてるからです。
そしたら、ゆったりとパソコンを開いて仕事ができますよね。
カウンター席よりも、二人席よりも、ずっと広々としていますし、こういう店はランチタイムを除けば空いていることが多いので、気兼ねせずに居られます。
もちろん、そのままランチタイムに突入すれば相席になるのでしょうが、そしたらパソコンを閉じて店を後にするか、私も一緒にランチを頂くか、です。

ちなみにこの習慣は喫茶店の聖地である名古屋で覚えました(笑)

もちろん、ピア万代の風景も、お土産を買ったお店も、講演会場も、葱ぼうずもとてもいい思い出です。
新潟女子の酒豪っぷりに、ただただ恐れ入るばかりだった様子も、彼女たちの余りあるサービス精神もとても印象的です。
でも、初めて訪れた街だけに、ちょっとふわふわして地に足が着いていないのでしょう。
だから、そうした記憶は現実感があまりなく、ちょっと夢の中の世界の様なのです。

だから、一人で過ごしたこの何気ない喫茶店が真っ先に目に浮かんでしまうのかもしれません。
1泊分だけだけど、新潟の地に馴染み、ようやく自分自身に戻れた瞬間だったから。

そういう意味では朝のジョギングコースもとても印象的な風景です。
ただやっぱり、そこで思い浮かべるのは信濃川でも、古町の繁華街でも、日本海でもなく、何の変哲もないふつうの住宅街。
通りかかったおばさんに挨拶をしたなあ、とか、突然神社が現れてびっくりしたなあ、とか。そして、お参りをしていたら、その近くに住むおばちゃんたちが井戸端会議をしていたなあ、とか。そんな記憶が真っ先に蘇ります。

そう言えば、どこに行っても私の旅の記憶と言えば、コインランドリーに、住宅街の猫に、古くて小さな神社に、、、写真にも残さない、ただ日常を切り取ったような瞬間ばかりです。
あちこち旅をして、刺激的な景色に出会っているから、逆に、ありきたりの日常が記憶に残っているのかもしれません。
あるいは、いつも家族やスタッフや仲間や友人や誰かと一緒にいるので、一人で過ごす、その時間がより印象深いのかもしれません。

たぶん、また新潟に行ったらあの喫茶店に行ってしまうと思います。
私にとっての「ザ・新潟」ですから。

帰り際、「新潟駅は近いんですよね?」から始まって、少し立ち話をしました。
きっとあと数回会話を交わせば、「大阪からたまに来る、ハットをかぶったスーツの人」として認知されるかもしれません。
そしたらまた居心地がよくなって、ここに居着いてしまい、そこは「私の新潟の家」になるのでしょう。
そうなれば、また新潟に堂々と来ることができますね。だって、それは「帰省」なんですから。

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