この二日間は母体である神戸メンタルサービスで講座をしていました。
カウンセリング講座、無料説明会、心理学入門講座とレクチャーしたり、実習したり、やっぱりたくさんおしゃべりしました。
受講生の皆さんの中にも、コラムやこのページを読んでくださった方が多数いらして、たくさんの「おめでとうございます」を受け取りました。
ありがとうございます(^^)
女性の皆さんにとって「出産」というのは人生のとても大きなイベントの一つですから、興味津々ですよね。
どんな様子だったのか?
立会いをしてどんな感じだったのか?
やっぱり痛かったのか?(笑)
たくさんインタビューされました。
嬉しいことです~
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このコラムでは毎日カウンセリングなどを通じて感じた「学び」「気付き」をお届けしているのですが、お客さまから
『すごくタイムリーでビックリした』とか、
『面談受けてないのに、まるで私のこと言われてるみたいで勉強になった』とか、
『うわっ、今日、私が考えてたことがそのまま書いてあって心読まれてる?って思いました』とか、
色んなご感想を頂きます。
そう、僕達はみんな繋がってるんです(⌒-⌒)
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久々に妻が自宅にお泊りです。
講座が終わってデートみたいに待ち合わせをして、よく行くお店で食事をしてきました。
付き合い始めてから5年以上経つというのに、お互いなんか気恥ずかしいものがあって、とても新鮮です。
だって、妊婦じゃない妻に会うのは去年の7月以来、8ヶ月ぶりなんですもの。
「お泊り」って言葉も含めて、ちょっと初々しい気分を味わってます。
それに、出産を経験すると肌がとても若返るんですよね。
皆さん、知ってました?
だから、なんか、また、キレイになった妻とめぐり合ったようで・・・*^-^*
お腹の出てない妻にまだ慣れていない僕はちょっと違和感があって、妊婦時代(これはもう過去なんですよね~)の癖で、色々気遣ったりしてしまいました・・・。
とはいえ、妻はまだ腰が辛いらしく、歩くのはゆっくり、座るのもゆっくりと、妊婦時代(そう、これは過去なんです!)とあまり変わり無い態度です。
ただ、食べるのは普通に戻っていて、今までのようにツワリに気を使うこともなく、食べ過ぎに気を使うこともなく、「普通にお腹一杯になった!」という妻の言葉にはとても実感がこもっていました。
そして・・・、いつものようにハグをしたとき・・・「おぉ、お腹出てないじゃん!」と感動!!(笑)
(注:僕のお腹が引っ込んだわけではなく、妻のお腹が引っ込んだんです・・・念のため・・・)
「もう四つ相撲じゃないねっ!」と妻。
家ではショコラも久々に揃った家族(娘がまだ入院中ですから本当に揃ったわけではないのですが)を前に落ち着き無く、興奮してました。
こうして夫婦二人+一匹だけの最後の夜が更けていくのでした・・・。

↑興奮覚めやらぬショコラ。撮影が苦労しました。
↑深希の写真も早く見たいって声もたくさん頂きました。
↑もうちょっと待って下さいね。
遠慮して、あまり言わないけれど、分かっちゃうことってありますよね。
届いたメールのちょっとした言葉のニュアンスで「今日、しんどいんちゃうか?」とか「寂しいんちゃうか?」って。
あるいは、自分の気分を見て、「あいつ、今、しんどいんちゃうかな・・・」とか。
色んな方からメールを頂いて、普段は元気そうな女の子が、やっぱり元気そうなメールを書いてくれて、でも、読んでいると、引きずり込まれそうになるくらい重たさを感じることもあります。
「なんか、しんどいことあったでしょ?隠してない?」
ってストレートに聞くと、「え?どうして分かっちゃうんですか?なんで?」と。
そりゃ、分かるよ。
そんな感じがするから。
カウンセリング中って、そういう感覚を研ぎ澄ませているから、ふっとお客さんの話を聴いているときに別の誰かの顔が浮かんだりする。
そうすると、その誰かと今目の前にいるお客さまの雰囲気や問題や悩みや課題やテーマが一致していたりする。
すごく不思議だけれど、でも、説得力ある。
同じラインに乗っているんだな・・・と思って、その方向で話を進めてみると、案外ピタッとフィットしたりする。
休憩時間に「ん・・・最近、なんか疲れてるかな???」と思ったときに、理加の顔がふと思い浮かんだ。
そっか、子ども産んで1週間。
緊張が続いて、退院して、ふっと一息ついて、どっと疲れが出てきたんだな・・・と思った。
本人に聞いてみたら、やっぱりそのようで、そうすると、・・・何かしてあげたくなる。
一緒にいてあげよう・・・とか、
肩を揉んであげよう・・・とか、
ああ、たぶん、腰がしんどそうだから、そこをマッサージしてあげよう・・・とか。
そうして、ありきたりだけれど「理加のその疲れが癒えますように・・・」と願ってみたりする。
すーっと抜けていくものがあれば、きっと理加も楽になっているハズ。
僕のカウンセリングは時々、そんな感じになる。
今、背中の真ん中ら辺がしんどいでしょ?
深呼吸してみてね。
うん。そんな感じ。
そうそう、そうするとその疲れが口を伝って外にでて、楽になるでしょ?
ああ、いま、ちょっと喉のところで引っかかったよね。
焦らなくても大丈夫。
出たがってるから安心してね。
もう一回深呼吸してみるといいよ。
そうそう。大丈夫大丈夫。
ああ、それ、すごく寂しかったのに我慢してたときの感情だよね。
辛かったよね・・・。
よく我慢してたね・・・。
もし、他の人がこの二人の会話を聞いていたら、全然訳が分からないかもしれない(笑)
でも、こういうときほど「繋がってる」って感じがすごくします。
そうすると、どういう訳だか、すごく癒されるのかもしれない。
セッション終わったあとのお客さまの顔が全然違う。
すごく無邪気になっていたり、ドキッとするほど素敵になっていたりする。
そうしたとき、僕もとても癒された気持ちがする。
ああ、こういうのもアリなんだな・・・と思うわけです。
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今日のコラムはちょっといつもと違う雰囲気でお届けしてみました。。。
ふーっと浮かんで一気に書いたものです。
13日は、カウンセリング講座の後、久々にプールで泳いだら、だいぶ、疲れました・・・。
でも、以前に比べたら、長く確実に泳げるようになっていて、成長を感じましたー。
それに、その後の気分爽快感はたまらないものがありますねー。
今もすごく体が楽です(^^)
プールの後に焼肉食べ放題で、たくさんビールを飲んだせいかもしれませんが(笑)
家を留守にするとき、ショコラ(パピヨン、牝2歳)の目線が痛い今日この頃です・・・。
ちょっと首をかしげて「え?どこか行くの?あたしを置いてくの?」と語りかける様は、何とも罪悪感を刺激されるもので・・・。
妻も定宿の山本家でも、この視線に随分とやられてたそうです・・・。
こうして仕事をしているときも、時折、こちらを見ながら「まだ、仕事してるん?遊んでくれへんの?」と眠たそうな目で訴えてきす。
こいつはいつしか「鏡の原理」を学んだようで、テレビや窓ガラスに映る僕の姿を観察しているようです。
「いつも監視されてるみたい・・・」という妻の言葉に嘘はありません。
眠っているとき以外は常に「今か、今か」と観察されてますからねえ・・・(笑)
罪悪感と向き合ういいレッスンになってます・・・。
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さてさて、辛い時代が続くと、僕達は自然と空想(ファンタジー)の世界で遊ぶようになります。
現実社会が辛いから、ファンタジーに救いや楽しみを求める心理です。
ただ、それでも現実社会ときちんと区別が付いていて、適応できている場合は問題にはならないのですが、時に、そこが乖離してしまって、まったくのパラレルワールドのように二つの世界が存在してしまう場合もあります。
こうすると、どこかのオタク達をイメージされるかもしれないのですが、実際は、僕達のすぐ身近に存在していたりするものです。
恋愛でも、仕事でも、趣味でも。
もっと具体的に言えば、夫婦の間でも「セックスレスなのに旦那はいつもエッチなサイトやビデオばかり見ている」というのもそうですし、「この人が運命の人なの・・・」と強烈に惹かれあって不倫をしてしまうのも、同じことと言える場合が少なくありません。
現実というのは、往々にして辛いものがあるので、僕達は何らかの手段でそこから逃避したくなります。
それがいいとか悪いとか言うわけではなく、場合によっては防衛本能によるものだってあるんですが、ただ、そのファンタジーの世界と現実の世界が乖離してしまうと色々な問題が起きてきます。
典型的なのが「話が合わない」「誰といても楽しくない」「自分は他の人とは違うって強く思う」といった感覚ですね。
そうして、社会との繋がりが切れてしまうんですよね。
自分の心の中にはバリとハワイとタヒチを足したようなパラダイスがあるとしたら、それをどう現実の社会に「生かすか?」というのがその人のテーマになります。
ファンタジーの中では、素敵な男性とめぐり合い、素敵な恋をしているとしたら、それを現実社会で、どう「実現させるか?」というのがテーマになるわけです。
たぶん、コンマ3秒くらいで「無理!無理!無理!」と決め付けてしまいそうですが・・・。
でも、それは不可能なことではありません。
現実社会が痛すぎて、ファンタジーの世界に行くとすれば、ファンタジーの世界で得た感覚を、現実社会に適合させていくことは不可能ではないはずです。
でも、そこにはきっと、社会との間になんらか見えない壁を感じていらっしゃるんじゃないでしょうか。
過去の痛み、トラウマ、辛い気持ち、寂しさ、ハートブレイク等々・・・。
あるいは、人の顔色を伺っている自分、人の意見に左右されてしまう自分、自分の意志をもてない自分などのコンプレックスがあるのかもしれません。
ならば、あなたにとっては、そんな自分を受け入れていくことが大きな一歩になるのかもしれません。
痛みを受け入れ、ファンタジーを必要としてしまうことに気づくだけで、その二つの世界は細い糸で繋がれます。
痛みをそのまま、ありのままに受け入れていくことで、更にその糸を太く紡ぐこともできるでしょう。
逃げ込まずに、現実社会を見つめる勇気がまずはその一歩になりますね。
子どもが生まれた記念(?)に空気清浄機を買いました(まだ深希は病院だけど)。
やっぱ、部屋の空気は常に新鮮じゃないとねっ!というわけで。
思ったよりもサイズが大きくて、後で妻に怒られそうなのですが・・・、快調に動いているようです。
というのも、カウンセリングを終えて帰宅して、空気清浄機の近くでカバンを置いて一息付くと、ウィーンと動き始めました。
そりゃ、外出先から戻ってくれば、多少はアレだろうけどさー、いきなり(空気の)汚れセンサーが反応が反応するってどうよ?
ショックでした・・・。
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このところ、特に大人なカウンセリングが増えているような気がします。
大人の心。
子ども、ではなく、親側の目線。
部下、ではなく、リーダーの目線。
痛みや欲求というのも、子どもの目線もあれば、大人の目線もあります。
「ママ、甘えさせてよ・・・抱っこしてよ・・・」って子どもの甘えもあれば、
「今忙しいんだから、もうちょっと待ってよ・・・」って親のニーズもあります。
「寂しいのに、どうして電話してくれないの?」という彼女のニーズもあれば、
「仕事が忙しいんだよ、少しくらい我慢してくれよ」って彼氏の甘えもあります。
「今日も焼き魚かよ。もうちょっとマシなメシ、作れないのかよ」って旦那の甘えもあれば、
「たまには作ってくれてもいいじゃないの。家政婦じゃないのよ」って妻のニーズもあります。
「ちゃんと指示してくれなきゃ、分かりません!」という部下のニーズもあれば、
「そのくらい自分で考えてやってくれよ。分かるだろ?」って上司の甘えもあります。
そんな依存心(ニーズ、甘え)、どう受け入れていきましょうか?
ある本に書いてました。
大人とは寂しさを寂しさとして受け入れられること。
大人とは気持ちの変化を受け入れられること。
まだ大人じゃないもん!って言っていても、通用しないシーンもたくさんありますね。
大人へは勝手に成長していくものだから。
時には、厳しさ、も必要な場合だって出てくるでしょう。
そうしないと、社会の中では通用しなくなるから。
親に成り立ての僕には、なかなかタイムリーな時間が続きますね。
神様がいるとすれば、ちゃんと見ておられて、必要なものをちゃんと届けてくださるようで。
大人って難しいですね・・・。
でも、そういうのをきちんと受け入れることが出来たとしたら、すごく楽でしょう。
自由になれるから。
今日は妻が一足先に退院しましたので、その足で出生届を出してきました。
娘はまだちょっと体が小さいので、来週初めに退院予定。
だから、妻はちょっとした休暇みたいなもので、彼女の祖母、母と祝い膳と称して、焼肉を食べに行きました。
しかし、ここに深希がいれば、母方4世代が揃うってことで、すごい光景やなあ・・・と思いました。
そこに一人いる男の僕ってすごいと思いませんか???
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自立を扱うカウンセリングをしていると、必ず出てくる感情の一つが「恐れ」であり「欲求(ニーズ)」であり「怒り」です。
これらの感情を抑圧して自立するものですから、カウンセリングなどで心の中を見ていくと、いや~な感情として出てきます。
気分は最悪っ!!(と元気に言えるはずもないくらい痛かったりします・・・)
この恐れやニーズ、怒りを自立的な心は「コントロール」という行動で示します。
権利や正しさを主張して相手を否定し、そして、自分の思い通りに動かそうとします。
ところが、自分の気持ちを押し付けるようになるので、相手にはなかなかいい思いを抱いてもらうことができず、対人関係や男女関係に色々問題を持ったりするんですね。
そして、またそこで孤独感、怒り、不安、恐れなどの感情を押さえ込むのですが、そこでやはり「正しさ」や「権利」を使って「お前が間違ってる」という風に誰かを攻撃するので、ますます孤立化を深めてしまいます。
そういう時は、素直に自分自身を見つめることが大切で、頑張り屋さんな分、余裕がなくなってしまっていることも多いですから、思い切ったバカンスに出かけてみるのも一つの方法です。
でも、こういうタイプは「仕事とバカンスだったら、今は仕事を取る」と頑なになってしまいがちなんですよね。
だから、そこで体を壊すまで働き続けてしまう人も出てきますし、逆に何らかの依存症的な状態になってしまうことだって少なくありません。
一旦立ち止まって余裕を作る・・・
そして、人の気持ち、自分の気持ちに意識を向けられるようになることが最初の目標ですね。
また、そんなタイプが周りにいる人は、その人が放つ辛らつなメールや言葉を何度か聞いたことがあろうかと思いますが、その言葉の裏にある気持ちに気づいてあげることが大切です。
怖がっている男の子、甘えたがりの女の子が見えてくるはずです。
その気持ちをまずは見てあげましょうね。
ただ、すぐ調子に乗りやすかったり、どんどん欲求を見せてくるようになったり、怒りをぶつけてくるようになりますから、ご注意を。
そこでは受け流す・・・本人がそれと気づくまで・・・というやり方がけっこう利きます。
ま、ここまで来たら、彼はあなたの手のひらで転がってることが多いですから、余裕持って接することができたり、逆に魅力を感じなくなっていたりするものですが・・・。
名古屋のお客さまから素敵なプレゼントを頂きました。
わざわざ、名古屋から多治見まで出かけてくださったそうです。
ありがとうございます。
夫婦揃って、とても感動させていただきました(^^)
彼からの手紙には早くも「深希様」と明記されていまして、なおさら、感激。
全然知らなかったんですけど、岐阜県多治見市のJR太多線にあるそうです、この駅。
しかも、同封されていた地図によれば、根本駅の次の駅が姫駅らしく、
妻、娘、ペット、、、思い返せば、僕の妹達・・・みんな「姫様」です。
しかも、そのまま美濃太田駅を通り過ぎれば「坂祝(さかほぎ)駅」
岐阜県挙げて、祝福されてるようです(笑)
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今の時期は夜、外に出ると月がきれいですね。
まだまだ空気が澄んでいるので、とても輝いています。
9日は外の空気も暖かくなっていて、ジャンパーを着てショコラの散歩に出かけると、汗ばむくらいでした。
春が来たなあ~と二日続けて公園でブランチを取りました。
春というのは、どうしてこんなにぼーっとした気分にさせるのでしょうね。
日向ぼっこがとても気持ちよいです・・・。
その頃妻は、胸が張って張って痛い状態で、苦しんでいたそうです。
おっぱいが出るまではなかなかしんどいそうで・・・。
産みの苦しみを越えたら、今度は乳を与える苦しみが来たのかも知れません。。。
つくづく女性は偉大な生き物なんだな・・・と実感します。
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最近、おしゃべりですよね。
長くて、読むのが大変でしょう?
読んでくださって、ありがとうございます。
以前、唯川恵さんの「別れの言葉を私から」(光文社文庫)を紹介したのですが、僕のお客さまも何人も読んで下さってるようです。
ありがとうございます。
でも、その感想は一様に「痛かったです・・・」でした。
確かに痛いかもしれませんね。
とても深く考えさせられる小説(+エッセイ)ですもんね。
僕も未だに読み続けてます。
1章読んではじーっと考え、1章読んではじーっと考え、を繰り返してるので。
厳しい中に、凛とした風情を漂わせているのが素敵ですね。
強い女性を目指す方の教科書かな・・・と思います。
強がる女性ではなく、真の強さを持った女性です。
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9日のカウンセリングは色んなテーマを扱いました。
考えてしまうこと、自分の魅力を生かすこと、そんなお話をさせていただきました。
共通するのは・・・自己否定、自己嫌悪ということかな・・・。
自己否定する癖が付くと、自分自身の価値や魅力を当たり前のように否定してしまいます。
そして、自分を否定した像を「理想の自分」とか「魅力的な女性」という風に定義するんです。
でも、実際に周りを見渡してみても、そんな人って案外いないことに気づきます。
否定するために行動してしまうことも少なくないのかもしれません。
カウンセリングやセラピーという世界では、その中に少しずつ入っていって、その奥にある痛みを癒していきます。
ご両親から否定され続けた子どもは、ご両親の元を離れると、ご両親の代わりに自分で自分を否定し始めます。
それはまるで、自分のすぐ後ろに今もご両親が立っているかのように。
だから、それは本当はご両親が問題なのではなく、自分自身の問題になるんです。
セラピーを通じて、そのご両親を心の中から手放して行くことができたりします。
その結果、自分を自分として認めてあげることもできるようになっていきます。
他にも自分を大切にするエクササイズもあります。
僕が思いついたのか、人から教えてもらったものなのかは覚えてないのですが。。。
あなたにとって、ちょっと贅沢かな、高すぎるかな、と思うモノを一つ自分のために買ってあげて下さい。
頑張ってる自分へのご褒美としてできたら最高ですね。
この「高すぎるモノ」を手に入れると、その分、思い入れが強くなり、自然とそのモノを大切にしようとします。
そうすると、そのモノを大切にすることが、すなわち、自分自身を大切にすることにもなるわけです。
高いもので無くても、思い入れの深いものを部屋に飾っておくと、その部屋が作り出す雰囲気が、とても自分を癒してくれるようにもなりますし、その部屋を大切にしようという思いこそが、自分の気持ちを大切にするのと同じ意味にもなります。
春夏物を買うシーズンですよね。
ちょっと高めのものを自分のために購入してみてはいかがでしょうか?
コラムにも描いたんですが、子どもが生まれた日にカウンセリングルームに行くと、僕の顔や雰囲気が相当スッキリしていたようで、みんなに「あんたは何を産んできたん?」て言われてたんですよね。
確かに何かが変わったような感じがして、でも、それが何かははっきりと分からないから、時々自分をチェックするように意識を向けるようにしてます。
深いこと考えずに、どんな変化が起きたのかを。
8日は僕の休日でしたので、昼から病院に行って、妻ともそんな話をしてました。
深希が生まれただけじゃなくて、僕らも生まれ変わったんだな・・・という話。
本当に家族になったんだなあ・・・という実感も。
改めてどんな変化が出て来たんかな?と見つめて数日。
何となくですが、色々気づいてきました。
一つは、より深い安定感。
ずーんと腹が据わってます(笑)
だから、ある部分では甘えがなくなって厳しさも増していますし、
その一方では、許容範囲も広がってるように思います。
切るところは切る、受け入れるところは受け入れる。
そういう今まで曖昧だった部分がより明確化されたような感じがします。
それは責任感が強まった・・・とも言えるし、
ガツガツしたところが少なくなった・・・とも言えるかな、と思います。
今まで仕事に対して特にガツガツ取り組んできたところがありました。
でも、今はそこに“余裕”を作ることを覚えたような感じがします。
いや、その表現は正しくないなあ・・・。
“余裕”を作ることに楽しみを見出した・・・という感覚の方が近いかも。
例えば、妻が入院して、スクランブル体制がスタートしたとき、カウンセリングの予約の一切をストップさせていただいたんです。
だから、今週はけっこう空き時間があるんですよね。
今までなら、そこに面談や電話のスタンバイをバシバシ追加してたと思うんです。
待ってくれているお客さまがいる、
僕がもっと先頭切って頑張らなければ、
そんな思いからでした。
でも、今は面談のみ多少は追加したもののスケジュールには白い部分も目立ってます。
それがあまり気にならないんですよね。
待ってくださってるお客さま(特に電話のお客さま)には申し訳ないと思う一方で、その白い余裕がまた何か色んなものを創り出してくれるように感じるんです。
それが結果として、僕のカウンセリング技術を高めてくれるんじゃないかな・・・と思うのです。
もう一つは当たり前のことかもしれませんが、家族への意識がすごく高まりました。
家族を大切にしよう・・・今までもそうは思ってきたのですが、今はもっと強く、深く感じます。
何のためにこんなに頑張るの?と言われたら、僕一人のため、というよりは、家族のためです。
それをより深く認識したんだろうと思います。
いつかこのコラムにも写真として掲載できたらいいんですけど、理加とショコラと深希が3人並んで家のソファに座ってる、そんなイメージが自然と浮かぶんです。
そのイメージが浮かぶと、自然とにやけてしまいます。
なんだかとても笑えるし、ものすごくかわいくて、いとおしい構図です。
そして、強くて、大きなエネルギーを感じるんですね、やる気、という。
これは本当に初めて感じました。
新鮮すぎて、昔から当たり前のようにあったものに気づいたような驚きさえあったんです。
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そんなことを思っていたら、学生時代の友人から電話がかかってきました。
奥さんとの仲がうまくいってない、とのこと。
彼から電話がかかるのは、なんか問題が起きたときか、飲みの誘いか、どちらか。
カウンセラーということを知ってからは結構深い話まで出来るようになった仲です。
でも、最近、そんな話をよく友人から持ちかけられますな・・・。
彼の場合は「もう、あなたとはやっていけないかも・・・」というようなことを言われたらしいんです。
彼もまたとてもハードワーカーでして、朝早くから深夜まで、土日も関係なく働き続けてるような男です。
奥さんの様子などを聞いてみて「こりゃ、相当、奥さん、お怒りモードやで」って話をした後、彼に聞いてみたんです。
「お前が一番大切にしたいものって何やねん?」って。
「もちろん家族やな・・・。ほんまはこんな仕事ばっかりせずに、嫁さんと過ごす時間作りたいねんけどなあ・・・。仕事がまためちゃくちゃ忙しくなってしまってなー」
即答でした。
「じゃあ、明日、朝イチから、奥さんに『最近どこも行って無いから、遊び行こうか』って言えるか?」って聞いたんです。
「そりゃ、無理や。明日も朝から仕事や。今、休まれへんねん。土曜も日曜も無いくらいやねんから」
これも即答でした。
「それ、奥さんが聞いたらどう思うねん?喜んでくれるとでも思うんか?」ってツッコミを入れます。
「だって、しゃーないやろ、仕事やねんから」と彼。
「いやいや、俺が聞いてるのは奥さんの気持ちやねんて。お前の理由は分かるっちゅうねん。
でも、そうやっていつも仕事仕事って逃げてきたんちゃうか?
奥さんの気持ち、考えてるつもりで何も考えてないんとちゃうか?
それで奥さんに『やっていけないかも』って言われて焦って、不安になって、また、逃げようとしてるんちゃうんか?」
こういう時の僕のツッコミは容赦ないです・・・。
文字にするときついですけど、実際はゆっくり諭すように、じっくり話してます。
彼は押し黙った後、「お前、カウンセラーみたいやなあ・・・(笑)。やられたわ・・・。その通りやわ」と。
「奥さんに、ほんまに言いたいこと、言わなあかんこと、何も言うてへんやろ?
それに、自分が大切にしたいもの、もう一度、見つめてみろよ。」というと、
「分かったわ。俺なりに考えてみるわ」と彼。
実はここが一番ポイントなんですけど・・・、僕はそんな彼に言いました。
「ダメ押し言うてもええか?
そうやって考えてたら、たぶん、半年後もずっと考えてることになるで。
本音は『こんな仕事が大変な時期に何でそんなこと言うねん』やろ?
それが逃げってことになんねん。
しんどいことって、ほんま、立て続けに起こるもんやから、腹括って態度で示さな、何も変わらへんねんで。
家族が一番なら、家族のために今の仕事捨ててみ。
ほんまにそう思うんなら、できるはずやで。
もっと楽な仕事、お前なら探せるやろ。
そこで自信なくしてどうすんねん。」
「相変わらず、厳しいなあー。でも、ほんま、その通りやわ。俺、甘かったわ。目が覚めた。何かやってみるわ」と言って、彼は電話を切りました。
別に仕事を辞めることを推奨してるわけじゃないんですよね。
仕事を理由にしたらあかんで・・・と言いたいわけです。
それを理由にしたら、「家族が一番」というのは嘘になってしまいます。
そこに彼の自信の無さが隠れているんです。
腹括って自分や奥さんと向き合ってみろよ、というのが僕の一番言いたいことです。
伝わったかどうか・・・は分からないけれど、彼が何かしらの変化を起こしてくれることを願ってます。
ついつい友人ともなると、熱くなってしまう自分がいるようで・・・(笑)
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父親ってのはなかなか実感が沸かないもの・・・と聞いていたのですが、日曜日に一日会えなかっただけで、ちょっと物足りなくなってしまったんです。
8日はその分を取り返すべく、2回もミルクをあげてしまいました。
何とまあ、かわいい生き物なんでしょう・・・。
うーん。
すっかりはまってしまいました・・・。
妻は産後と思えないくらい元気で、色んなものが食べられることが嬉しくてしょうがない様子。
退院した日に焼肉を食べに行こう!って誘ったら、大喜び。
この半年以上、まともに好きなものが食べられなかったから、どこへでも誘える今が嬉しいです。