食べられない心理~拒食の奥にあるものは?~(2/2)



「痩せ信仰」の場合もあれば、愛情の受け取りを拒否する場合、何らかの感情でいっぱいいっぱいで食べることを忘れることもあれば、期待に応えられない罪悪感から自己攻撃の一種として拒食を選ぶこともあります。今回も2回目。より深く掘り下げます。

昨日に引き続き、食べられない心理についてお話ししましょう。

さて、「過食」が「愛情が不足しているので、愛情を取り込みたい衝動」から生まれるという話を先日しました。
それに対すれば「拒食」というと「何らかの感情的理由により愛情を受け取ることを拒否してる状態」と言えます。

ある女性はこんな話をしてくれました。
「何不自由なく育った来たと思うんです。両親はとても尊敬できる人だし、私に対して惜しみなく愛情を注いでくれました。でも、私、特に思春期以降は両親を裏切ったり、悲しませるようなことばかりしてきたんです。」
拒食症とは思わないけど、ご飯を食べなくて倒れたことがあるって言う彼女はそんな告白をしてくれました。

いい子にならなきゃ、ちゃんとした子にならなきゃ、ってずっと頑張ってきたんです。
でも、その期待に応えられない自分を感じたときに、強い自己嫌悪に陥ります。
そして、自分を責め始めます。
親に隠れてちょっと悪いことをしちゃうのもその一つですが、なぜか食欲がないからって食べないことも自己攻撃の一つになりますね。

食にだけ注目すると拒食→過食→拒食の流れがメジャーですけど、少し視野を広げると、拒食→男関係が乱れる→拒食→超ハードワーク→男関係乱れまくる→拒食、みたいな展開をしてる方も多いんじゃないでしょうか?

「罪悪感」なんです。自分は全然いい子じゃないって。
お父さんやお母さんを悲しませる悪いことは傷つかきゃ行けないんです。
その自分を罰する方法が「拒食」なんです。

口は愛を受け取る器官です。だから、食べられないことで「すいません。私は両親の愛を受け取る資格がありません」という思いを表しているのです。

だから、その子に言ってあげなきゃいけないんです。あなたは悪くないよって。
一生懸命やってきたじゃん。
ちゃんとお父さん、お母さんのために頑張ってきたじゃんって。

そして、必ず自覚して欲しいことがあるんです。
「あなたは十分すぎるほど、ご両親を愛してきたんですよ」て。

愛することばかり(それが結果的に両親の期待に応えようとすることだったとしても)に意識を向けてきて、受け取ることを拒否してる状態が拒食の状態とも言えるんです。

ある層では罪悪感が引き起こしますが、このレベルまで掘り下げると「愛」なんですね。
だから、そんなに頑張らなくても、抱え込まなくても、背負わなくても、ちゃんとあなたは愛されてるし、あなたは十分に愛してきた、ということを受け入れることが解決の道筋になるんです。

このプロセスでは多くの「許し」「愛」「受け取る」「与える」というキーワードが出てきます。

そんな「愛情を十分に注いでくれたご両親」と同様なことが、「心配性のお母さん」の場合にも起こりやすいようです。
何かと不安げなお母さんを安心させようと、そんなお母さんに心配をかけないように、すごく頑張る時期がやってきます。
勉強を頑張っていい成績を取る、学校で嫌なことがあっても笑顔で「楽しいよ」って言う、本当は嫌なんだけどお母さんが安心する学校を進学先に選ぶ、等。

やっぱりさっきのケースと同じ状況になります。
心配性なお母さんを助けるために頑張っていい子をしたんだけど、それに失敗し、無力感を感じ、罪悪感に至ります。
そんな自分はダメなんだ、という思いが拒食を作ります。

だから、ここでは自分が十分にお母さんの役に立ったこと、助けてきたことを受け取ります(自分の愛の素晴らしさを知ります)。
同時に、お母さんがあなたの存在に感謝していること、お母さんなりにあなたを愛してきたことを受け取っていくのです。

心配性がより強くなって「過干渉」になると、これはもう親からの愛情を明らかに拒否する姿勢に変わるんですね。
ここで拒食になるのは「親からの愛情を明確に拒否する姿勢」とも言えます。
これ以上自分に関わらせないような壁を作るためのハンガーストライキなんです(笑)

ただ、その背景にも過干渉な親に対して必死に応えようとしてきた姿勢が見えてきますよね。
それだけ頑張り屋さん、愛情深い人でもあります。

だから、このタイプの人には情熱の女がものすごく多いですよね。
先の2例と同じ心理が裏では働いてるのです。

拒食→過食→拒食を繰り返す心理について最後に触れておきたいと思います。
先ほどの、拒食→男関係乱れる→ハードワーク→拒食、のように、罪悪感から自分を責める手段の一つとして、拒食→過食という流れを取るものです。

ただ、もっとシンプルに「振り子の法則」だと思うと理解がしやすいと思います。
「躁→鬱→躁→・・・」のと似ていて、一方の極に触れると、強い勢いで真逆に触れることって私たちの人生ではよく起こるんです。

だから、一定期間拒食を続けた後は、何かの瞬間に、その間のカロリーを取り戻すかのように食べ始めてその勢いが止まらずに過食になり、時には嘔吐までします。そして、それにものすごく嫌悪するから、強い強いブレーキをかけて拒食になる・・・そして、再び過食の時期が来る、という風に。

これは自分をコントロールする傾向がある人により強く出ると思うんです。(親が非常に強いコントローラーでもこのパターンの拒食は起こり得ます。)
ああしなきゃ、こうしなきゃ、こうでなければ、これではいけない、みたいな自分ルールを強烈に持ってる人。
そして、とてもパワフルで情熱の塊のような人。

この傾向にある人は「サレンダー」を学びます。
私としては「自然回帰」もお勧めしたいですね。自然に触れる、土や水に触れる、動物に触れると少しずつ落ち着いて来ます。

流れに身を任せる、というのは“コントローラー”にはとても苦手な作業ですけどね。
でも、こうした流れを作ってあげると心は少しずつ解放されていきます。

でもね、やっぱり本来の自分を見付けるためにこのプロセスも用意されてるんですよ。
サレンダーを学びながら、その情熱を本当にどこに使いたいのか?
何をしたいのか?をじっくりと見ていきましょう。

そうしたら気付けるんですね。
本当にしたいことが。
そしたら、案外サクッとこの悪循環から抜けられるんですね。

自分を責める必要はなく、この状況がなぜ必要なのかを見ていくことでここを脱することができるのです。

私たちは起きている現象の「奥にある感情」を見ていきます。
その感情が現象を作っている、という発想です。

よく「感情が先、現象が後」って言うんですけど、「罪悪感がある」→「自分を傷つけるできごとが起こる」という見方です。

太ることが怖いから食べられないなら、なぜ太ることが怖いのか?を掘り下げます。
ストレスがいっぱいで食べられないのなら、そのストレスの背景にあるものを見ていきます。
両親の期待に応えられなくて辛くて食べることを拒否しているのならば自分の愛に気付いたりして、その感情的な理由を取り除いていきます。
罪悪感から自分を責めるために拒食を続けるのならば、自分を許していくことで、食べられるようになるでしょう、という見方をします。

今回は「食べられない心理」について、そのような見方を紹介しました。
参考になりましたら、幸いです!

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