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「猜疑心」について深堀りしていきましょう。
どこからそれが来たのか?なぜ、それが強くなったのか?にはちゃんと理由があるはずです。
そして、そこには心の痛みがあるはずで、それを癒していくのがひとつ。
それと同時に「今、信用できる人を信用できる範囲で信用する」という風に100%を求めないことも重要なアプローチだと思います。
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あれから、自分の幸せを優先して考えるようになり、心許せる友人やパートナーが欲しいと思い、コミュニティなどに参加してきました。が、なかなか進展しません。
「どうせコイツも裏があるんだろ?」「何か別の目的があるんだろ?」と猜疑心があり、ちょっとでも矛盾したところが見えると一気に引いてしまい、相手を否定的に捉えてしまうのです。
最終的には「私なんかに人は集まらない(残らない)」という考えに到着するのがいつものオチ。私が長年親友だと思っていた人とも疎遠になってしまいました。
私の場合、拒絶されるのが怖いという繊細さは無いようで笑、単純に人が嫌いなのか、自分から拒絶してる気がします。
仕事でもなかなかクライアントが付かず、もしかしたらこれも、私が人を拒絶してるからなのかと思い、根本先生のご意見をいただきたく(平身低頭)。
心許せる相手が欲しいのに、自分から拒絶して孤独に陥るとか、私は何プレイをしているのでしょうか?笑
(Aさん)
文中のこちらの記事はこちら。
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さて、長年の習慣ってのはなかなかすぐに変わらないものですが、「自分の幸せを優先して考えるようになり」と行動されるようになったのはAさんにとって革命的な出来事ではないかと思うわけです。まあ、そんなすぐには進展しねーかー、というくらいでまずは受け止めつつ、さらなる進化を遂げていくことに致しましょう。
「人を拒絶してしまう」という話となれば、「なんでだと思う?」と疑問を投げかけるのが私たちのお仕事なわけですが、その前にちょっと触れておきたいのは、
「心許せる友人やパートナーが欲しいと思うようになったのはなぜ?」
という点です。
今までは「そんなもんはいらん!」と思っていたんでしょうか?
それともほんとは欲しかったけどいらないふりをしていたのでしょうか?
また、何か心境の変化があって「ほしい」と思うようになったのでしょうか。
それは「いつ以来」だと思いますか?自分史上初?
それから「人嫌い」というのもいつからなのでしょうか?
何か人を嫌いになるきっかけとかありましたか?
・・・という風に、私のカウンセリングも例に漏れずあれやこれやと疑問点を質問させていただくところから始まるものです。
その答えが分からないときは分からないで全然OKで、そこでいろんなケースを考えていくことになるものです。だから分からなくても全然いいんです。
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ということで、人を拒否してしまう理由としては「猜疑心」があるみたいですね。
>「どうせコイツも裏があるんだろ?」「何か別の目的があるんだろ?」と猜疑心があり、ちょっとでも矛盾したところが見えると一気に引いてしまい、相手を否定的に捉えてしまうのです。
猜疑心があって、警戒心が高まれば、そりゃあ人を遠ざけたくなるのも無理はないわけで、そしたらパートナーシップにしてもフレンドシップにしても仕事についても「私なんかに人は集まらない(残らない)」という結論に至るのも無理はないですよね?
で、ふつうに考えれば「その猜疑心がなくなればいいんだよね?」という風に今後のプロセスを考えるのですが、私の場合はそこで一旦「猜疑心をなくせばいいのか?それともそうしない方がいいのか?」ということを考えるものです。
それはAさんの本質にかかわる部分でして、Aさんのライフワークを考えた際に、「人とは距離を置いた方がいいんじゃない?」という方向性だって選択肢に入ってくるものです。
例えば、うちのクライアントさまには芸術家肌の方もたくさんいらっしゃいます。
リアルに芸術家の方もいれば、気質がそっち系の方もいます。
そういう方は自分が好きなことを自分がやりたいようにやるのがぴったりな生き方なので、下手に人と関わることでそれがブレちゃうことを危惧するわけです。
「じゃあ、自分を支持してくれる人を除き、人嫌いで全然いいんじゃね?その方が自分の道を走れるし、自分らしく生きられるんじゃね?」と思うわけです。
その場合は、ホモサピエンスと仲良くしようとするよりも、自分の道を究める方向に突き進んだ方が結果的に「必要な人が寄ってくる」ということになるのです。
傍目には気難しい芸術家という風に映るかもしれませんが、逆に他人に惑わされることがないので堂々と自分の道を進めるわけです。
こういう方は「気難しい職人」というタイプにも言えるわけでして、外資系コンサルでぶいぶい言わせてるロックマン氏とか、自分のやりたい医療をとことん突き詰めてる医師とか、直感的かつ我が道を行くシャチョーさんとかにも当てはまります。
だから、その猜疑心を癒すよりも、ライフワークを突き進んだ方がいいってケースも存在するということです。
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ただ、「ニンゲントナカヨクシタイ」という思いが強くあり、心の通ったパートナーシップを築きたい、気を許せるフレンドシップを手に入れたい、という場合にはその猜疑心がブロックになるわけで、それを癒していった方がいいよね、と考えます。
つまりは「自分はどうしたいか?どういう人生を歩んで行きたいか?」というところが重要なのです。なので、私のカウンセリングでもグループセッションでも、その質問は必ずといっていいほどさせてもらいます。もちろん、「それが分かんないんですー!」というのも答えですので心配は無用っす。
で、ここからは猜疑心について考えていくことにしましょう。
その猜疑心、いつからどこから出てきたものでしょうか?
なぜ「どうせコイツも裏があるんだろ?」「何か別の目的があるんだろ?」という風に考えるようになったのでしょうか?
誰かに騙された、裏切られた経験があるんでしょうか?
それとも身近な人(両親とか兄とか近い親族とか)に信用ならねえ嘘つきがいたのでしょうか?
それともそういう身近な方々もそろって猜疑心が強く、「人を見たら泥棒と思え」などの教育を施されてきたのでしょうか?
要するにその「猜疑心」というのは「自分が騙されてひどく傷ついた経験がある」もしくは「そのような教育を受けてきた」のどちらかによって生まれます。
例えば、「仲良くなった親友に裏切られて、学校ですごく恥ずかしい思いをした」という経験があれば、そう簡単に人に心を開くことはできなくなりますね。
また裏切られるんじゃないかと思って人を信用することができなくなりますね。
そして、その痛みが強ければ強いほど、人を拒絶するし、人に心を開けなくなります。
そうすると「孤独」になって、それも辛いんですが、人に裏切られるよりはマシ、と思うわけです。
そこで「だけどもうそんな人生は嫌だ。もっと人と仲良くなりたい。もう一度人を信用できるようになりたい。」と思うのであれば、その裏切られた痛みを癒していきましょう!という方向に進みます。
そこではその親友に裏切られた経験をもう一度振り返っていくことになり、悲しみや絶望、不安、怖れ、罪悪感や痛み、無価値感、そして、怒り、といった感情を解放していきます。
それはちょっと痛みを伴う作業なのですが、心の中にずっと溜め込んでいたものを解消していくので、少しずつ心がすっきりし、軽くなっていくものです。
その次に、相手の事情を汲んだり、当時の自分の振る舞いを振り返ったりしながらその相手に対する思いを緩和させていきます。
その親友ともう一度友達になる!好きになる!なんてことを目指すわけではなく、「フラットな状態」(良くも悪くもない状態)を目指します。
そうしていくことで裏切られた傷は治っていき、もう一度人に心を開きたい、人と心からつながりたい、親密感を感じたい、という思いが復活して行くのです。
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ただ「親友に裏切られた」という事件があれば分かりやすいのですが、そういう大きなことじゃなく、細かいことが重なって猜疑心が強まっていくケースだと、ターゲットとすべき傷が分かりにくくなります。
例えば、そもそもあまり治安のよくない地域(時代)に育ち、パトカーのサイレンが頻繁に鳴り響くような環境だと、「簡単に人を信用しちゃならねぇ」と親から言われて育ちます。
しかも、その親も少々物騒な人間で、平気でうそをついたり、約束を反故にしたりするようなことがあれば、そこで傷つき、親を信用できなくなるものです。
さらに、そうした経験から自分も嘘をついたり、裏切ったりするようなことをしていけば、罪悪感も出てきますが、投影の法則も働いて「(自分が嘘をつくのだから)相手も嘘をつくだろう」という風に人を見るようになります。
そうすると「そもそも人を信用するってことをあまりしたことがない」という状態になるものです。
つまり、猜疑心を持つことが自分を守ることになるわけで、いわば、正義の味方として「猜疑心」が存在するってことです。
そうなると、その猜疑心を手放すってことは自分を無防備にし、傷つきやすい状態にしてしまうわけで、これは抵抗が出ますよね。
あ、たとえ話ね。Aさんがそうだって話じゃないですよ。
そういう場合には「罪悪感」という感情がカギになってくるし、親から裏切られた痛みもひとつひとつは細かいけど、量はたくさんありそうなので、そっちもケアして行った方がいいし、ということで、ちょっと忙しくなります。
自分自身に対する誠実さを取り戻すことであったり、親のことを理解し、許していくプロセスだったり、罪悪感を手放して自分を許すってこともやってみたり、さまざまな方向から取り組んでいくことになります。
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そうして「猜疑心」(警戒心、人間不信)というものを解消していくことを目指すものです。
そこで、カウンセリングの現場でよく行われるのは「まずはカウンセラーを信用してみよう」というチャレンジです。
時間を取って、料金払って、交通費まで負担してカウンセリングに来られるわけですから、信用度は他の人よりもあるはずです。
そこでカウンセラーの態度などを見て、少しずつその人を信用することを自分に許可していくわけです。
そこでついカウンセラーに対する「お試し行動」に出ちゃうこともあるでしょう。
でも、逆にそれにカウンセラーがどう対応するかで信用度も上がりやすいものです。
そうしてまずはカウンセラーを信用してみる、ということをやってみるんです。
ただ一人目のカウンセラーでそれがうまく行けばいいのですが、私が聞くところ、カウンセラーも人間なんだね、という逸話を耳にしますからカウンセラーの選択は慎重に行いたいものです。
というのも、猜疑心・不信感があると、そもそも怪しい人を選びがちだからです。
自分の猜疑心を証明する、守るためにね。
そこで「ほら、カウンセラーといってもやっぱり信用ならんわ!」という経験をしちゃいやすいんですね。
だから、できれば3,4人くらいは試してみるつもりで挑んだ方がいいと思います。
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そうして、少しずつ「社会の中に信用できる人」を増やしていきます。
その際「100%信用できる人」を作ろうとしないのがポイントです。これ大事ね。
やっぱ今まで人を拒絶してくると、それが逆に触れて、100%を求めがちですから要注意。
「この人のこの部分は信用してもいい」という風に全部ではなく、部分に目を向けることです。
「とりあえずカウンセリングの時間中はこいつのことを信用してもいいな」くらいを目標にした方が安全です。
そうして、少し「信用できる」ということを体験してみると、その次は一気に対象が広がっていくものです。
「あいつを信用できるんだったら、かかりつけのお医者さんも歯医者さんも信用できるかもな。いつも行くカフェの店員さんもコーヒーについては信用できるかもな。そういえば、職場の先輩のBさんは仕事に関しては信用できるな。」という風に。
ゼロイチはけっこう大変だけど、イチができてしまうと、そこから先は案外すーっと行くことも多いんです。
なぜならば自分は相手を信用していなくても、相手はそれなりに信用してくれていたことがあるからです。
猜疑心を少しでも減らしているなら、このプロセスはけっこう早くにやってきます。
そうすると少しずつコミュニティに馴染んでいることに気づけるわけです。
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猜疑心をなくすことが目指すところじゃないんです。
猜疑心も大事なもので、それがなければほんとにまた騙されちゃうこともあるでしょう。
しかし、猜疑心が強すぎてもまた人を寄せ付けなくなっちゃいますから、そのバランスというか、使い方なんですよね。
だから「今の自分が信用できる範囲で信用すればいい」という風に理解してみてはいかがでしょうか?
猜疑心を手放しつつ、その時々でできる範囲で信用を与えていく、というイメージでいくといいんじゃないかなあ、と思うわけです。
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そんな風に自分を癒す場です。
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